世界はそれを愛と呼ぶ



私は勇真兄から、大樹兄から、父親を奪った。
朝陽の妹を名乗る人から、兄を奪った。

私を守ってくれている彼らから父親を奪って、
お父さんからは親友たちを奪って、
お母さんからは、双子の妹を奪って。

(沢山与えてもらったのに……)

返すどころか、奪い尽くしていたなんて。
知らなかったなんて、通用する話では無いだろう。

(苦しい)

許して欲しいなんて、口が裂けても言えない。
言いたくない。言う資格なんてない。

泣いて泣いて泣いて泣いて……涙が枯れ果てて。
静かな家に、また息苦しくなって。

『─沙耶、顔色が悪いよ』

時が経ち、ふたりの兄は家に帰ってくるようになった。
それは帰ってこなくなって、3年後のこと。
沙耶が9歳、兄達が20歳を迎える年。

そう言って心配してくれる彼らは優しく笑っていて、まるで、過去なんてものがなかったかのような微笑みに、胸がズタズタに張り裂けそうなほど痛くて。

『全然食べてないじゃん』

勇真兄は、医者になるらしい。医大生なんだと。

『沙耶……少しでも食べな?春のご飯、美味しいよ?』

大樹兄は沙耶を視界に入れ、微笑むようになっていた。
彼がここまでなるのに、どれほど苦しんだのか。
許さなくていいよ、許される資格なんてないよ。
親の仇だと、恨んでくれていいのに。

そんなことを思いながら、少しでも嬉しいと感じている自分が許せなくて、許せなくて、仕方がなかった。

時折、届く手紙には私の罪を再自覚させるような言葉が、呪いのように埋めつくされていて、沙耶はそれが家族に見つからないように必死だった。

それから2年後の、秋。自分自身の存在を呪いながらも、何も出来ないでいた無力な頃。朝陽達の部屋があった離れの掃除をしないといけないと言っていた母の言葉を聞いて、沙耶は朝陽の部屋を見に行った。
朝陽が生きていた頃、よく遊んでいた場所だった。

そこで、ひとつの紙を見つける。
─朝陽の殴り書きとも思われる紙で、そこには、大体朝陽が死んだ時期くらいに、朝陽の字で『恐らく、近いうちに消されるだろう』と書いてあった。

(………知っていたの?ううん、それよりも)

勿論、そんな紙を見つけて頭を占めるのは、『朝陽が事故死ではなかったかもしれない』ということ。

─誰に殺された?沙耶のせいで、殺された?
沙耶が幼い頃、黒服の人について行かなかったから。
そのせいで、みんな、いなくなってしまう?

(どうして……)

沙耶は恨まれていた。何故かは分からないけれど、生まれてきたことすらも呪われるほど、望まれてなかった。
その理由が何故なのかは分からなかったが、沙耶が何もかもを奪ってしまったことは事実だったので、沙耶は自分の存在に罪悪を感じたまま、中学生になった。

朝陽が誰かに殺されたかもしれないことは、頭の中に残ったまま。自分に何ができるのか分からなくて、朝陽が足を運んでいた街中を散歩し続けていた。

そして、中学に入学した日、『あなたは産まれてくるべきではなかったのよ』と書かれた手紙が届いた。

(そんなこと、誰よりも一番分かってるよ)

手紙をいつも通り、部屋の隅の缶の中に仕舞って。

(それでも、朝陽が殺されたというならば、私はそれを明かしてからじゃないと死ねないわ)

─そして、繰り返す散歩の日々の中、漸く、とある1冊の日記帳に辿り着く。それは街の端にある、廃した街の入口の、門番の休憩所的存在だったであろう机の上に置いてあった。

その日記は鍵がかかっていて、最初は開けられないかもしれないと残念に思っていたが、ヘアピンで何か弄ったら開いたので、意外とそっちの才能があるのかもしれない。