玄関に出たのは私で、最初、その人が誰だか検討がつかなかった。知らない若い男性。その人は私を見て一瞬驚き、しかしすぐ呆れたようなため息を吐いた。
「兄さーん、いる?」
「イツキ?」
シオンさんが玄関に来ると、イツキと呼ばれたその人は、シオンさんの腕をグイッと掴み、シオンさんの書斎に行ってしまった。シオンさんを兄さんと呼んでいたから、たぶん弟なんだろうと思った。
書斎はほんの少しだけ扉が開いていて、私が聞き耳を立てると、会話が聞こえてくる。
「またつまんない事やってんのかよ。女囲ってる場合じゃないだろ?」
これはイツキさんの声。
「つまらない事じゃない」
怒ってそう言ったのが、シオンさんの声だった。
「あのさ、親父が決めた人だけど、もう相手方のご令嬢は婚約一歩手前まできてんの。こっちの条件ほとんど飲んでくれてるわけ。取引も順調だし、ご令嬢と兄さんが結婚すれば、うちの会社は未来永劫安泰。このチャンスを逃すのは無いだろ?それなのに、他に女作ってどうすんだよ。将来の愛人でも見つけたのか?」
そこまで聞いてしまって、私は扉の前から離れた。寝室に戻り、ベッドに座る。深呼吸。だけど、心臓はバクバクと音を鳴らしていた。
シオンさんには結婚する予定の人がいる。私は、遊び。愛人なんて言っていたし。本当に好きでいてくれてると思っていたのに·····。いや、たぶん、好きでいてくれてる。だけど、私と結婚する気は、無かったのかも知れない·····。



