●(回想)空子・琥珀小学四年生、琥珀の自宅、リビング(夜)
琥珀の父が事故に遭い、そのまま帰らぬ人となってしまった。
告別式が終わり自宅に帰ってきた日の夜。
集まっていた親戚も帰り、喪服姿の真衣が香苗に泣きついていた。
真衣『うう……』
香苗『たくさん泣いていいよ。ゆっくり、一緒に乗り越えていこう……』
真衣『香苗さん……ありっ、がとう……』
互いの嗚咽がリビングに響く。
●リビングとなりの客間
琥珀の父親の祭壇が設けられていた。父の遺影を眺めながら琥珀がポツンと座っている。
黒のワンピースを着た空子がやってきて、その背中に声をかけた。
空子『琥珀、大丈夫?』
琥珀『……うん』
空子『……琥珀は、泣かないの?』
泣いた後のような目の空子が問いかけると、琥珀は俯いて宣言した。
琥珀『泣かないよ。俺が泣いたら、お母さんがもっと泣いちゃうだろ』
母を気遣う琥珀の優しさを知った空子は、静かに隣に座る。
そして右手の握り拳を差し出し、琥珀の目の前でゆっくりと開いた。
琥珀『?』
空子『キャラメルだよ、あげる』
空子の手のひらには、琥珀の好きなキャラメルが一粒乗っていた。
どこにでも売っている普通のキャラメル。
空子が琥珀を元気づけようとした思いが伝わり、そっと受け取る。
個包装紙を剥がして一つ口に入れると、甘ったるさが口の中に広がった。
琥珀『……おいしい』
本当は泣きたくてしょうがない琥珀の心が、徐々に癒されていく。
すると空子は赤く腫らした目をにこりと垂らして微笑んだ。
空子『琥珀って宝石の名前だよね?』
琥珀『え、うん……』
空子『キャラメルも磨けば琥珀みたいにキラキラになるのかな〜?』
言いながら空子が琥珀に目を向けると、何かに気づいてずいっと琥珀に顔を近づける。
じっと瞳を見つめながら、再び優しく微笑んだ。
空子『あ! 琥珀の瞳がキャラメルとおんなじ色!』
琥珀『っ……』
新しい発見を嬉しそうに知らせてくる空子。
塞ぎ込んでいた琥珀の心に、優しくて温かな光が差し込めた。
(回想終了)
●ゴールデンウィーク明け、学校屋上(昼休み)
一人で仰向けに寝転んでいた琥珀。
気持ちの良い真っ青な空を眺めながら、昔の記憶を思い出していた。
琥珀(父さんが亡くなって、どん底にいた)
(そんな俺を心配したり励ましたりして、空子がずっとそばにいてくれた)
(優しいところも、頑張り屋なところも昔から知っていたけど……)
(“空子とずっと一緒にいたい”と強く願うようになったのは、あれがきっかけだったな)
その時、屋上のドアが開いて涼音の声が響き渡った。
涼音「琥珀! こんなところにいたー!」
言いながら駆け寄ってくる涼音。静かな時間が終わりを告げて、琥珀は体を起こした。
涼音「お弁当食べたらすぐどっか行っちゃうんだもん、探したよ」
琥珀「なに、なんかあった?」
あくびをする琥珀を見つめながら、涼音の脳内では連休中に見かけた琥珀と空子の姿がよぎった。
あの日、なぜ二人が一緒にいたのか尋ねようとしたが――。
涼音「んー、連休中は琥珀が全然構ってくれなかったから一緒にいたくて」
琥珀「残念だな、俺はもう教室戻る」
涼音「えー! ひどーい!」
立ち上がった琥珀は、きたばかりの涼音を置いて立ち去ろうとする。
それを健気に追いかける涼音だったが疑念は晴れない。心の中で作戦を考える。
●教室前の廊下(昼休み)
琥珀は涼音に付き纏われながら自分の教室に戻るところだった。すると正面から空子が歩いてくるのが見えた。
空子も琥珀の存在に気付いた時、涼音が琥珀の腕に抱きついた。
涼音「ねえ、琥珀聞いてるのー?」
琥珀「は? ちょ、離せよ」(よりによって空子の目の前でっ)
内心慌てる琥珀だったが、空子はいつも通り無表情のまま素通りしていった。
琥珀(あ……)
涼音「……」
琥珀(さすが空子だな……いやいや違うって、なんであんな平然といられるんだよ)
少し自信をなくしかける琥珀の隣で、涼音は今も腕に抱きつく。
しかしそっと振り向き、空子の背中を睨んでいた。
●空子の教室、自席
教室に戻った空子が自分の席についた途端、心臓がバクバクと音を立てていた。
空子(え? え? 腕組んでた? あれで本当に付き合ってないんだよね……)
おひとり様が定着している空子には、最近の男女の距離感がわからなくて混乱した。
ただ、他の人が“琥珀の彼女は涼音”と思ってしまうのもわかる気がした。
それに――。
空子(誰もが認める、美男美女カップルって感じ……)
普段はこんなこと気にすることがないほどに、おひとり様を満喫していた。
しかし琥珀を好きだと自覚したあとでは、感じ方が変わってくる。
空子(これも嫉妬なんだよね……やだな……)
自分の醜い感情が出やすくなっている気がして、自己嫌悪に陥る空子。
大きなため息をついて、次の授業の準備をはじめた。
●図書館のカウンター(放課後、午後五時頃)
学校敷地内に、校舎とは別の建物として存在していた図書館。
本日、図書委員の空子と啓介は図書当番だった。
放課後の午後六時まで貸出や返却受付をする他、おすすめ本用のPOP作成も行う。
先生は他の仕事が残っており、閉館間際まで不在。
カウンターで作業していた啓介は、上半身をカウンターに預けて遠い目をする隣の空子を心配した。
周囲に配慮する声量でそっと声をかける。
啓介「……青宮さん、大丈夫?」
空子「え……ハッ! ごめん……」
啓介の指摘で、図書委員の仕事をサボっている自分に気付いた空子は慌てて姿勢を正した。
啓介「あ、そういうことじゃなくて」
空子「え?」
啓介「何か疲れたこととか、悩み事とかあるのかなって思っただけ」
ハサミを持ち、色画用紙を本の形に切り取りながら啓介が話す。
啓介「この前みたいに体調が悪かったら無理しないで。俺一人で当番できるし……」
空子「違うの、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
無理に笑顔を作って応えた空子も、POP作りをはじめる。
しかし啓介の目は誤魔化せなかった。メガネを直しながら、空子の横顔をしばらく眺める。
その時、一冊の本を持ってカウンターに近づく女子生徒。
空子と啓介の目の前に本が置かれて、二人はその人物に視線を向ける。
琥珀のクラスメイトの涼音が、空子を見下ろしていた。
涼音「……この本、借りたいんだけど」
可愛い見た目からは想像できないくらいにトゲトゲした声色。目は敵意を含んでいて空気がピリついた。
空子は慌てて本を受け取り、専用機器でバーコードを読み取ろうとした。
すると涼音がいきなりの直球質問を投げてきた。
涼音「青宮空子。あんた、琥珀とどういう関係?」
空子「……え……」
涼音の突然の質問に、空子の作業の手が止まる。
啓介も状況はよくわからなかったが、涼音に対して冷静に忠告した。
啓介「図書館内では静かにしてください」
涼音「ふん、私がこっそり“閉館”にしておいたから誰もいないわよ」
腕を組んで得意げに話す涼音。
今の時間、図書館のドアにかけてある札は“開館”であることが正しい。
しかし涼音がわざと札を裏返しにして“閉館”に変えたと二人に報告する。
涼音「入院中のおじいちゃんの見舞いに行った時に見たわ。琥珀と青宮空子が揃ってバスに乗るところ」
空子「っ……」
涼音「ねえ、質問に答えて? 琥珀とどういう関係なのよ」
涼音の威圧的な態度は、空子をどんどん追い詰めて正常な判断をしにくくする。
空子(……な、なんて言い訳しよう)
(“バスが一緒だったことなんて気づかなかった”)
(“それは私じゃない、関係なんてない……”)
(二人でいるところを目撃されていて、どこまで通用するだろう)
顔色の悪い空子に気づいた啓介は、空子に代わって涼音に問いかける。
啓介「それ、佐々木くんに直接聞けば? 同じクラスなんだから」
涼音「……は? あんたと話してないし」
啓介「わざわざ青宮さんを尋ねにくるなんて、すっごく卑怯だと思う」
そう言われた涼音が啓介を睨む。負けじと啓介が睨み返して、二人の間に火花が散った。
優等生の啓介が涼音を逆撫でするような言い方をしたことに、空子が驚く。
涼音「いいから琥珀とどういう関係か答――」
啓介「青宮さん、答える必要ないよ」
空子を問い詰める涼音と、空子を庇ってくれる啓介。
涼音「あんたマジうるさい! 部外者黙ってて!」
啓介「俺は部外者だし、君も部外者だよ。青宮さんと佐々木くんがどういう関係かなんて、君には関係ない」
涼音「っ……!!」
明らかに苛立つ涼音は、何も話さない空子をギッと睨む。
そして舌打ちしたのち、なにも答えを得られないまま図書館を出ていってしまった。
一気に静まる図書館内。
空子「……仲野くん。ごめん」
啓介「え?」
空子「嫌な思いさせて。でも、間に入ってくれて本当助かった、ありがとう……」
俯いたまま弱々しい声で礼を言う空子を、啓介はさらに心配した。
啓介「俺は大丈夫だよ。それより青宮さん、手が震えてる……」
空子「あ……」
言われてようやく、自分の手が震えていることに気がついた。
両手を擦り合わせて震えがおさまるようにしてみても、あまり効果がない。
啓介「……ちょっとごめん」
空子「っ⁉︎」
啓介は断りを入れたあと、空子の両手を自分の手のひらで包み込んだ。
緊張で冷たくなっていた空子の手が、啓介の熱で温められていく。
徐々に安心感を覚えた空子の手は、ようやく震えがおさまった。
空子「あ……ありがと……」
啓介「あ、触られるの嫌だったよね。本当、ごめんっ」
慌てて手を離した啓介が、申し訳なさそうに二度目の謝罪をした。空子は首を振って微笑んだ。
空子「嫌じゃないよ。私、仲野くんに助けられてばかりだね……」
啓介「っ……」
啓介が胸の高鳴りを自覚する中、空子は視線を落として啓介に感謝の念を抱く。
涼音の質問を聞いた啓介も、きっと空子と琥珀の関係を気にしているだろう。
空子(なのに尋ねてこないのは、仲野くんが優しいからだ)
ただ、庇ってもらった空子は、啓介には真実を伝えるべきだと思った。
空子「……この前話した幼なじみ、琥珀のことなの」
啓介「え……、佐々木くんと青宮さんが、幼なじみってこと?」
目を丸くする啓介に、空子は小さく頷いた。
さすがに最近両想いになったことは言えない。それでもずっと秘密にしてきた幼なじみの事実をついに他言してしまった。
恐怖心がゼロではない空子だけれど、啓介は少し腑に落ちないところがあって尋ねてみる。
啓介「幼なじみって、秘密にしないといけないほどのことなの?」
空子「……それは……」
啓介「俺は、佐々木くんと青宮さんが幼なじみって知っても、そうなんだって思うだけだけど……」
すると空子の表情がぎゅっと強張っていくのがわかって、啓介がすぐに違う角度から問いかけた。
啓介「……そのことで、何か嫌な思いをしたとか……?」
空子「っ……!」
啓介の言葉に肩がぴくりと反応した空子。
先ほど震えてしまった両手をぎゅっと握り合わせて、空子は今にも泣きそうな瞳で啓介を見た。
そして、琥珀にも母にも言えずにいた中学時代の話をはじめる。