●食堂(昼休み)
昼休みの食堂は生徒で賑わっている。
弁当袋と水筒を持った空子、琥珀、啓介の三人は、八組のメンバーと合流する。
廉と涼音、涼音の友人の里菜がすでに食事をはじめていた。
琥珀「待たせたな」
涼音「え! なんで啓介までいるの⁉︎」
てっきり空子だけが合流すると思っていた涼音が、啓介の姿に気づいて嫌な顔をする。
琥珀「俺が誘ったんだよ。涼音の幼なじみなんだからいいじゃん」
そこで空子が驚いた様子で涼音を見た。
空子「えっ、仲野くんの幼なじみ……?」
涼音「……そうよ! 文句ある⁉︎」
答えた涼音の頬は少し赤く色づいていて、照れているようにも見えた。
啓介の幼なじみの女の子の話は知っていた。それが涼音だという事実に、空子が驚いた顔を啓介に向ける。
啓介は微笑みで応えた。
空子(っ! そっか、だから琥珀は仲野くんも誘ったんだ)
人の繋がりが少しずつつ増え広がっていることに、空子も喜びが込み上げていた。
そんな中、啓介が涼音を注意する。
啓介「そんな嫌な顔するな、一旦仲直りって言っただろ?」
涼音「啓介がどうしてもって言うから仕方なく付き合ってんのよ」
啓介「はあ、その無意味な強がりなんとかした方がいい。損するだけだよ」
涼音「うるっさいわね。啓介も私にだけ冷たい言い方するのなんとかしてよ」
啓介と涼音の止まらないバトルを目の前にして、図書館での出来事を思い出した。
あの頃も二人は仲違いした幼なじみ状態だったと思うと、空子は感動すら覚えた。
空子(こうしてみんなでランチ時間を過ごすこと自体、すごいことなんだ)
(みんなに刺激を受けたり助けてもらったりして、今の私がここにいる)
(確かにおひとり様は気楽だけど、この時間も、私は好きだな……)
そう思いながら隣の琥珀と目を合わせた空子が、にこりと微笑む。
空子が楽しそうにしていて、琥珀も安堵した。
その時、周囲の会話が空子の耳に入ってくる。
女子8「え? 佐々木くんの隣に青宮さん座ってる……」
女子9「佐々木くんは花城さんと付き合ってんじゃないの?」
女子8「しかも青宮さんは仲野くんと噂あったよね?」
一瞬、中学時代を思い出して喉が詰まったような感覚に襲われる空子。
しかし、そこで立ち上がったのはあの涼音だった。
女子らの元に颯爽と向かい、可愛い身振り手振りと声で話しはじめる。
涼音「えー私と琥珀って付き合ってるように見えた? うれしー」
女子9「あ、うん……みんなそう言ってるし」
涼音「じゃあそのみんなとやらに言っておいてね? ……私と琥珀は付き合ってねーよって」
笑顔と声は可愛いのに、最後の言葉は乱暴だった。
女子らが少し引いている顔をしていても、構うことなく自分の話を続ける。
涼音「とっくに諦めついてんのに、私の古傷抉るな」
女子8「え……ご、ごめん」
睨みをきかせていると思ったら、今度は猫撫で声で話しはじめる涼音。
涼音「てことで、いい男いたら紹介してね。顔重視で」
女子9「あ……はい……」(花城さんコワ)
涼音「ばいばーい」
そんな会話で女子らを退けた涼音が席に戻ると、啓介に見つめられた。
涼音「な、なによ……」
啓介「いや。俺、涼音のそういうところは好きだよ」
涼音「っっ……は、はあ⁉︎」
涼音が顔を赤くして驚くが、啓介はそれ以上の詳細は語らず食事を再開。
ただ、空子には啓介がそう話す意味がなんとなく伝わっていた。
空子(涼音さん、自虐的に話す代わりに私のことを庇ってくれた……)
今後、空子と琥珀が交際しているということが知れ渡っていくだろう。
その時、涼音を庇い空子を責める者がないようにしてくれたのかもしれない。
きつい言葉の裏にある、涼音の優しさと気遣いが空子の胸を熱くする。
空子「花城さん、ありがとう」
涼音「……べ、別に。啓介と青宮空子の噂を少し信じた罪悪感を払拭したかっただけよ」
他クラスの女子から回ってきた噂を、琥珀に告げ口した涼音。
琥珀のことが好きだったから、都合の良いことを鵜呑みにしていた過去を反省していた。
空子「それでも、私は嬉しかったよ」
涼音「っ……」
言いながら微笑む空子が可愛らしくて、涼音も悪い気はしなかった。
ため息をつき、頭を抱えながら琥珀に忠告する。
涼音「琥珀、ちゃんと見張ってないとダメだよ。この笑顔は他の男を無自覚に誘惑するわ」
琥珀「っ……わかってる」
啓介「…………」(……俺のことだ)
空子「え? 誘……え?」
全てを察している琥珀が即答するが、空子はわかっていなくて少し戸惑う。
空子を好きになりかけていた啓介は、ばつが悪そうに俯いていた。
廉「平和だなー」
里菜「平和だねー」
その光景を眺めていた廉と里菜が、微笑ましく思いながら声を揃えた。
●帰り道、自宅近く(一週間後、夕方)
琥珀と正式に付き合うようになって、一週間ほどが経った。
空子(私と琥珀が付き合っていることは、徐々に学年の中で浸透していた)
(はじめはすれ違いざまにチラッと見られたり、ヒソヒソと話す人たちもいたけれど)
(今のところ、攻撃的な言葉や冷たい視線は向けられていない)
(私自身も琥珀と離れたくないから、強い気持ちを持てるようになった)
(この先なにがあっても、きっと大丈夫……)
あれから毎日、みんなで昼休みを過ごすのが定着してきた。
おひとり様の時間は徐々に少なくなっていたが、みんなと食べる弁当は格別に美味しいと感じるようになっていた。
衣替えの時期となり、夏服を着ている空子と琥珀が並んで下校している。
今日の昼休みの様子を思い出して、空子が問いかけた。
空子「今日は花城さんがおとなしかったね……」
琥珀「あー、また仲野に何か言われたんじゃね?」
空子「何かって?」
琥珀「んー……好きとか可愛いとか? 知らんけど」
それを聞いて空子の瞳が輝きはじめた。
空子「それって……もしかして二人は実は好き同士だったりするの?」
琥珀はその可能性も考えたが、徐々に顔を歪ませていく。
琥珀「涼音は素直じゃないからな〜」
空子「でも仲野くんならうまく花城さんをその気にさせそうだね」
空子はふふっと笑いながら、涼音と啓介の仲がうまくいくことを願う。
すると、上下黒い服を着た痩せ型の男性が正面から歩いて向かってきた。
咄嗟に琥珀が空子の肩に手を乗せて、自分の方へと引き寄せる。
空子(っ……!)
突然距離が近くなって、空子が胸を鳴らした。
男性は空子たちには見向きもせず、問題なくすれ違っていく。
空子「あ、ありがと……」
琥珀「はあ、空子の肩も可愛い」
空子「……意味わかんない」
意味不明な発言をした琥珀だが、空子を不安にさせないようにするための計らい。
不審者の件があって以降、琥珀は今まで以上に周囲を警戒するようになった。
しかし琥珀の存在のおかげで、空子の中の恐怖心は日に日に薄れている。
そのことに感謝している空子が、自ら琥珀の手を取った。
琥珀「⁉︎」
空子「……琥珀の手は、温かい」
照れながらも微笑む空子に、琥珀もぎゅっと握り返して応えた。
このまま帰宅するのがもったいなくて、琥珀があることを提案する。
琥珀「少し寄り道しない?」
空子「え?」
そうして、琥珀は空子の手を引いて、とある場所へと向かった。
●角地の公園
近所の公園にやってきた空子と琥珀。
子供向けの遊具のほかに、東屋やベンチも設置されている角地の公園。
小学生低学年くらいの子供たちが、数人で遊具周辺を走り回っていた。
琥珀「高校とは真逆だから通ることなくなったけど、子供の頃よく遊んだよな」
空子「そうだね、懐かしい」
遊んでいる小学生たちと、自分たちの記憶を重ねて空子が微笑む。
こうして琥珀とまた来ることができて、嬉しく思っていた。
すると滑り台の一番上に登っている男の子が、空子と琥珀に気づいて指をさしてきた。
男の子「あー! カップルだー!」
空子「えっ⁉︎」
その大きな声で他の小学生も振り向く。
一斉に視線が向けられて空子が困惑する中、琥珀は山に叫ぶように堂々と男の子に返事する。
琥珀「おーカップルだー」
空子「はっ、え、ちょ、琥珀……!」
琥珀「え? 違うの?」
ショックを受けた顔をする琥珀に、空子が一瞬躊躇した。
空子「違……くないけど、そんなこと小学生に宣言しなくても」
琥珀「聞かれたから正直に答えただけ。自慢できるし」
空子(小学生相手に自慢してどうするのよ……!)
満足げな琥珀の隣で、空子は呆れていた。
すると今度は、二人のもとに女の子が寄ってきて空子に質問してきた。
女の子「もうキスした?」
空子「ふぇ⁉︎」
あまりに衝撃的な質問に、変な声が出てしまった空子。
キスはまだしていないけれど、以前未遂のまま終わっていることを思い出して頬を赤く染める。
ませた小学生を前に、琥珀もばつの悪い顔をした。
琥珀「……最近の小学生って……」
女の子「キスくらい知ってるよ。パパとママは毎朝してるもん」
琥珀「へえ〜毎朝……ふむふむ」
空子(なんで参考にしようとしてるの⁉︎)
女の子の情報を真剣な表情で聞き入る琥珀に、空子は危機感を覚えた。
するとニヤリとした笑みを浮かべた琥珀が提案してくる。
琥珀「俺たちも毎朝しよっか」
空子「なっ……!」(それもうキス済ませた人がいうセリフ!)
(私たち“まだ”だし!)
見栄を張っているのか、琥珀は真実を小学生の前で話そうとしない。
頬を赤くしたまま言葉を失う空子。そこへ滑り台を滑った男の子が合流した。
男の子「このカップル、絶対イチャイチャしにきたー」
空子「ち、違うよ!」
琥珀「あ、バレてる」
空子「!!」
驚愕した空子の顔は、ついに火がついたように真っ赤になった。
小学生にも琥珀にも振り回されている空子。
それが面白くて、琥珀は背を向けて笑いを堪える。
空子「もう帰るよっ」
琥珀(はー腹いてぇ)
空子は琥珀のブレザーを乱暴に引っ張って、二人は公園を出ていった。
背後からは「逃げたー」という小学生らの声もしたが、キャパオーバーの空子には聞こえていない。
●住宅街
公園を出て、自宅方面に並んで歩く。
琥珀「小学生相手にムキになる空子かわいー」
空子「琥珀は悪ノリしすぎ。もうほんとやめてよ」
自分の手で顔を扇いでいた空子が、琥珀をジトーっと睨む。
どんな空子も可愛いと思っている琥珀の指先が、その頬にそっと触れた。
琥珀「空子が彼女になってくれたから、毎日嬉しくて」
空子「……っ!」
琥珀「これでもう、俺の要望を拒否する理由はねぇもんな?」
夕日に照らされた琥珀が、甘い瞳を空子に向ける。
じっと見つめられ、空子の心臓がドッと大きく跳ねた。
空子(……え? まさか、こんな道端でキ……キ……?)
困惑する空子。だけど琥珀の想いを受け入れる心の準備はできている。
覚悟か決まった空子が固く瞼を閉じると、ハッとした琥珀に額を突かれた。
琥珀「ッばか、ここでキスなんてするかよ」
空子「っ……⁉︎」
琥珀「初めては、ちゃんと二人きりの時って決めてんだから」
予想だにしない空子の行動に頬を赤くした琥珀が、照れながら理由を説明した。
空子「……!」(か、勘違い……恥ずかしいぃぃ)
キス待ちしてしまったことを後悔して、空子は咄嗟に顔を覆った。
確かにこんな道端でキスなんて、どこで誰が見ているかわからない。
理解しつつも耳まで真っ赤にしている空子に、琥珀の決心が揺らぐ。
琥珀「……空子が、どうしてもここでっていうなら……」(この我慢、家まで持ち帰んのつらいし……)
空子「……結構です……」
琥珀(結構⁉︎)
琥珀が軽くショックを受けていて、羞恥でいっぱいだった空子が思わず笑う。
それを見て、琥珀も柔らかい笑みを浮かべた。
どんな会話内容も、最後は微笑み合える。それが嬉しい二人が再び歩きはじめた時。
角を曲がって現れた女子高生に気づいて、空子の体に緊張が走る。
空子「……っ⁉︎」
マネ「っ、青宮さん……」
その女子高生は、中学時代の男子バスケ部マネージャーだった。



