●幹線道路沿いの歩道(日没)
啓介の告白を受けて、琥珀は胸焼けのような感覚に襲われる。
空子と自分が両想いでありながら、今は琥珀から距離をとっていた。
そんな中で啓介が空子に想いを寄せている。
琥珀にとって今まで嫉妬の原因になっていた啓介の存在が、脅威に変わった。
琥珀「……それを俺に話してどうすんの。喧嘩売ってんの?」
啓介「俺だったら青宮さんの連絡に返信するし、ちゃんと話も聞く。今の佐々木くんみたいに不安にさせるようなことは絶対しない」
琥珀「っ!」
図星を突かれた琥珀は頭に血が昇り、衝動的に啓介の胸ぐらを掴んだ。
苛立ちに満ちた琥珀の瞳を、負けじと啓介も睨み返す。
啓介「……でも俺じゃだめなんだっ」
琥珀「っ……⁉︎」
啓介「佐々木くんじゃないと青宮さんは救われない。二人の間に誰かが入る隙なんて、もうないんだよっ!」
普段落ち着いていて大人しい優等生の啓介から、張った声と言葉が出てきた。
琥珀は圧倒されて、ゆっくりと手を離す。
啓介「……幼なじみって、場合によっては厄介な関係だよ。でも俺は、二人を応援するって決めたから」
琥珀「え、でも仲野は……」(空子のこと好きって言って……?)
つまり琥珀と啓介は、同じ人物を好きになったライバル同士のはず。
それでも啓介が琥珀を応援するという理由がわからなかった。
琥珀の疑問に、啓介が困ったように微笑みながら答える。
啓介「青宮さんのことは素敵な子だなって思ってる、けど……佐々木くんには敵わないよ」
琥珀(仲野、俺の気持ちにも気付いてんのかよ……)
啓介「それに俺は、一年の時同じクラスだった佐々木くんにも感謝してるんだ」
一年前、琥珀と同じクラスだった頃を思い出す啓介は、穏やかな顔をする。
●(回想)約一年前、入学式、教室(終礼後)
帰り支度をする新一年生たちの教室。
自己紹介は明日以降のため、誰もが緊張でソワソワしながら教室を出ていく。
いかにも大人しそうな風貌の啓介が席を立とうとした時、隣の席の琥珀に声をかけられた。
琥珀『なあ、自己紹介って今日じゃねぇの?』
啓介『あ……そうみたい』(いきなり陽キャに話しかけられた……!)
琥珀『まじか。誰一人名前わかんねー』
空子以外に同じ中学出身の生徒がいない琥珀が、愕然としていた。
その事情を知らない啓介が、気を使う。
啓介(名前知りたいってこと?)『あ、俺は仲野啓介っていいます』
啓介の名前を知ることができた琥珀は、ニカッと嬉しそうに笑った。
琥珀『俺は佐々木琥珀、よろしくっ』
啓介『よ、よろしく……』
琥珀『お互い、自己紹介第一号だなっ』
誰かと群れるわけでもなく、友達がいなくても平気だった。
そんな啓介の壁を、物怖じしない琥珀が簡単に超えてきたのだ。
損得勘定、釣り合いや属性も関係ない。
同じクラスの仲間として接してきてくれた琥珀に、この時の啓介は感心した。
(回想終了)
●(現在に戻る)
啓介から入学当時の話をされた琥珀が、ポカンとした表情を浮かべていた。
琥珀「……え、それだけのことで?」
その時のことは覚えていたが、啓介に感謝されることのほどではないと思っていた。
琥珀はそういう人なんだと理解している啓介は、笑い声を漏らしてしまう。
啓介「そういう佐々木くんだから話せば理解してもらえるって思った、青宮さんのこと」
琥珀「……っ」
啓介「だから早く帰って、青宮さんを安心させてね」
熱心に願いを言葉にする啓介が、琥珀の背中を駅のある方へ押し出した。
首根をかく琥珀がため息をつくと、少しいじけたように啓介に話す。
琥珀「……言っとくけど、仲野に言われなくても空子とは仲直りするつもりだったからな?」
啓介「うん、わかってるよ」
琥珀「あと……、ありがと」
意地になっていた琥珀は気持ちを改め、啓介に感謝の言葉を残し駅へと走っていった。
●啓介の自宅マンション前
琥珀を送りだし、先ほどの公園を通りすぎて自宅マンション前に戻ってきた啓介。
するとエントランス前の段差に、涼音が座って何かを待っているようだった。
啓介「……」
涼音「……」
啓介は涼音を避けて通り過ぎると、声を荒げた涼音に呼び止められる。
涼音「スルーすんな!」
啓介「……いつもしていることだけど」
涼音「って言いながらさっきは私たちの邪魔して来たじゃん!」
●マンション内、エントランス
感情を露わにして話す涼音を、まともに相手しない啓介がマンション内に入る。
その後を追う涼音はさらに文句を続けた。
涼音「だいたいあんたが琥珀に話ってなんだったのよ」
啓介はエレベーター前で階ボタンを押す。
そして隣に並んだ涼音の乱暴な口調に臆することなく、淡々と答えた。
啓介「言うわけないだろ、部外者に」
涼音「あああほんとムカつく! やっぱり嫌い!」
無人のエレベーターが到着して当たり前のように乗り込む二人。
●エレベーター内
もちろんここでも涼音の苛立ちは続く。
涼音「琥珀とファミレス行きたかった! 少しでも一緒にいたかっただけなのに」
啓介「……」
そんなことだろうと薄々勘付いていた啓介。しかし涼音の恋は早く諦めて正解だと思っている。
空子も琥珀も、啓介の前ではっきりと言葉にはしていないけれど想い合っているのだから。
二人を見ていると、自分もこのままではいけない気がしていた啓介が、口を開く。
啓介「……あのさ」
涼音「ああ?」
可愛い見た目なのにヤンキーのような返事をする涼音。
それに動じない啓介が、涼音を見つめながら提案する。
啓介「一旦仲直りしない?」
涼音「…………は」
しばし沈黙した涼音がようやく一文字だけ発した時、エレベーターが目的の階に到着する。
●通路、啓介自宅前
啓介がエレベーターを降りて、呆けていた涼音が慌てて後に続く。
自宅ドア前に到着した啓介は、立ち止まって心情を吐露した。
啓介「小学生の頃、確かに俺は君を嫌いになった」
涼音「っ……!」
啓介「今もそれは変わらないけど……このまま大人になってしまうのは、少し寂しいとも思う」
啓介がゆっくりと視線を移すと、感動と苛立ちで感情がぐちゃぐちゃな涼音が立っていた。
啓介「だからもう一度、やり直してみたい」
涼音「……やり、直す……?」
啓介「幼なじみを、涼音と」
小学生の時に仲違いになってから、涼音を名前で呼んだことがなかった啓介。
今、数年ぶりに啓介の声で自分の名前を聞いた涼音が、胸を熱くさせた。
涼音「……え、本気……なの?」
啓介「うん……でも――」
自宅ドアを開けた啓介が、最後にポツリと呟いた。
啓介「やっぱ無理ってなったら永久に疎遠だけど」
涼音「は、はああ⁉︎ そんなのこっちから願い下げだし!」
涼音を残してドアを閉めた啓介。
イライラが募る涼音は、啓介自宅ドアをバンと叩いたのち、隣の自宅へと入っていった。
●涼音自宅、玄関先
ドアに背中を預けた涼音が、胸を押さえて顔を歪ませる。
涼音「……ぐ、ぐるじい……」
(なんでいきなりあんなこと……私のこと嫌いだったじゃん……!)
突然の幼なじみ再開宣言に、思考の整理が追いつかない涼音。
ただ、一つだけわかっていることがある。
涼音(……嬉しいに決まってる。啓介は、私の初恋だもん……)
(同級生に揶揄われて、気持ちを悟られないためについ思ってもないこと言っちゃって……)
(それが原因で啓介に嫌われてからは、もう完全に諦めて他の恋に逃げた)
そんな経緯を振り返りながら、涼音がその場に座り込む。
その頬は熱を帯びていて、先ほどまでの威勢がどこかへ飛んでいってしまった様子。
●空子自宅の最寄駅付近(日没後、午後八時前)
図書委員の仕事を終えた日は、いつもより帰宅時間が遅くなる。
本日は母の帰宅も遅いと報告を受けていた空子は、改札口を出てため息をついた。
空子(今日も一人の夕食か……)
今までも一人での食事は平気だった。
なのに琥珀と半同居状態になってからは、二人での食事が当たり前になっていた。
そうして今また一人となったことに、空子は寂しさを覚える。
空子(……コンビニでも寄ろうかな……)
自宅近くのコンビニが見えて、なんとなく立ち寄った。
●コンビニ店内
店の中を歩きながら、つい琥珀の姿を探してしまう。
しかし店内に琥珀はいるはずもなく、数人の客のみ。
中には学校帰りのカップルが仲良くアイスを選んでいた。
空子(キャラメル買ってこ……)
空子が羨ましい気持ちを抱きながら、お菓子の陳列棚に向か宇。
そして迷うことなくキャラメルの箱を二つ手にとった。
以前もこんなことがあったと思い出して、空子の胸が締め付けられる。
空子(……もう一度、あの頃からやり直したいな)
まだ幼なじみとして過ごしていた頃。
空子はゆっくりと自分の気持ちに気づいていき、琥珀への想いを膨らませていく。
空子(そして、私から“彼女にして”ってお願いするの……)
琥珀を近くに感じられなくて、ずっと不安で寂しい空子の感情がつい緩んだ。
空子(……おひとり様がいいなんて、錯覚だったんだ)
(琥珀がいてくれたからこそ、私は安心しておひとり様でいられたんだ……)
一人がこんなに寂しいと思うのは、一緒にいることが当たり前だった琥珀がいないから。
琥珀が恋しくてたまらない空子の瞳には涙が溢れていた。
空子(……お菓子の陳列棚前で泣くなんて、恥ずかしすぎる)
空子は涙がこぼれ落ちる前に、手の甲で目元を拭った。
●住宅街
やっと気持ちが落ち着いてコンビニを出た空子は、自宅に向かってとぼとぼと歩く。
すると自分の足音とは別の足音が後ろから聞こえて、空子が振り返った。
空子「琥珀……?」
しかし後ろには誰もいない。今まで空子が歩いてきた夜道が奥まで続いているだけだった。
空子(気のせいだった。こんな時間に琥珀な訳ないか……)
いつも下校中の空子の背後に近づいて、突然目隠しをしてくる琥珀。
それを思い出した空子だが、人影は見当たらない。
再び歩き出した空子は、またすぐに微かに響く足音を耳にした。
空子(……え、また……? 何……?)
空子の足音に重ねるように、別の足音が聞こえた。その違和感から、今度は振り返ることができない空子。
空子(え、待ってなに? か、帰り道がたまたま同じ人……?)
(走った方がいい? でも追いかけられたらそれこそ怖い……)
そう考えていた空子が早足になると、後ろの人物も合わせてくる。
このまま家に向かうのも怖くて、家とは逆の見知っている道に入った。
それでもついてくる足音に、空子の精神は徐々に追い詰められていく。
空子(やだ、なに……怖い……!)
ついに空子が走り出すと、後ろをついてくる足音も走り出した。
途端、空子は恐怖に支配される。息を切らして走る中、心の中で助けを求めた。
空子(っ誰か……! 助けて……)
焦りのせいでつま先が地面を引きずり、空子が転んだ。
空子「っ……痛……!」
膝を擦りむいたが、それに気づく余裕もなく背後を確認する。
帽子を深く被り、無精髭を生やした細い体の人物が立っていた。
空子「……あ……っ」
(お願い……、助けて……琥珀っ!)
恐怖で体が硬直してしまった空子が、大きな声を出して名前を呼んだ。
空子「――琥珀ッ!!」
その時、横道から突然飛び出してきた人影が、空子に迫る不審者に飛び蹴りをお見舞いした。



