March〜さよならじゃない〜

絵菜の手を掴んで止めてくれたのが賢治だった。そのまま二人で手を繋いだまま中学校まで走ったため、それからしばらく「お前ら付き合ってんの?」と他の生徒から勘違いされてしまったものだ。

入学式がきっかけで絵菜と賢治は仲良くなり、同じ美術部に入部した。休日には一緒に美術館に行くこともあり、絵菜はいつの間にか賢治に恋をしていた。

(多分、賢治も私のこと好きなのかな……)

賢治の熱を帯びた視線や、他の女子生徒とはどこか違う扱いに絵菜は薄々そう思うようになった。しかし、両片想いかもしれないと思った矢先に賢治に言われたのだ。

「俺、中学卒業したらドイツに行くんだ。父さんの仕事の都合でさ」

賢治の父親は海外にも支社を持つ会社で働いており、ドイツにある会社に赴任することが命じられたのだという。家族でドイツへ行くことになり、賢治も高校はドイツの学校へ行くことが決まったそうだ。

(もう賢治には会えないんだ……)

日本とドイツ。ヨーロッパとアジア。あまりにも距離が離れ過ぎている。絵菜はこの気持ちを隠すことに決めたのだ。しかし、その決意を賢治自身が壊そうとしてくる。