婚約者に悪役令嬢になってほしいと言われたので




「そもそもトリシャとの婚約は私が願い、陛下が決められたこと。それを覆そうなどと陛下の決定に反するのだと誰であろうとわかるだろうに、それでも抗うというのは国家反逆でも企んでいるのか」


「それは飛躍しすぎでは?相手はまだ言ってしまえば子どもですわよ?」


「だが私達と同じ歳だ。あまりにも程度が知れて付き合うのも一苦労だったぞ……」



「お前達は自分と自分に近しい人間を客観視するということを学ぶといい、」と冷静に言い放つ殿下の姿にヒロイン(仮)一行はどうやら状況が飲み込めていないらしい。まぁ二転三転してますものね。



「ロアン様!そんな、ロアン様はあたし達の味方ですよねっ……?」



狼狽えながらも華奢な体を震わせて、今にも涙が溢れそうなほどに瞳を潤ませた少女の姿は庇護欲をそそる。が、残念ながらそんなあざとさも殿下には効かなかったらしい。


長い付き合いのあるわたしですらも見たことがないのではと思える程の絶対零度の視線を向ける殿下の姿はわたしも勿論その対象じゃない他の人の背筋も凍らせるぐらいに恐ろしかった。



「イリーナ・アン・ジーグ男爵令嬢。私は君に名を許した覚えはないが?」


「え……?で、でも、今までも呼んでたのにっ」


「改めるように忠告はしたがそれを聞き入れなかったのはそちらだ。大体トリシャですら滅多に名前を呼んでくれないというのに私が他の女性に名を許す筈がないだろう」


「……なんで…………?」



今までになく不利な状況に余裕がなくなったのか表情を作ることも忘れているらしい。愛らしい顔に似つかわしくない激情を浮かべる姿に周りの人達は驚いている。


まぁ、と言っても本当に驚いているのはヒロイン(仮)一行だけなのだけど。それ以外の観衆達は特に何の反応もしていない。中には驚いている人もいるかもしれないがそこは表情を出さないのが貴族としての処世術である。



「あぁそれと、ジーグ男爵令嬢。君には他にも聞きたいことが山ほどある」