偵察に訪れていた夜会で人攫いに狙われていた所を助けたその令嬢は、ずっと思っていた兄のような幼馴染にふられて、ヤケを起こしてここへ来た、と言っていた。そして、そんな自分を馬鹿だと自嘲気味に笑って言っていた。その笑顔はとても悲しげで、まるで自分を見ているようで苦しかった。

「アンドレ、様……どうして……」

 人攫いからもらった薬入りのドリンクをそうとは知らずに飲みそのまま眠ってしまった令嬢が、苦しげにそう呟く。きっとふられた相手の夢を見ているんだろう。目尻に涙が流れ落ちる。眉を顰めながら、ロレンスは指でそっと涙を拭った。
 朝起きたら、騎士団へ連れて行って保護しよう。令嬢をかくまった部屋にベッドが一つしかなかったため、令嬢の隣で仕方なく眠ったロレンスは、朝起きて令嬢がいなくなっていることに驚く。
 果たして、ちゃんと帰れたのだろうか。もしも運悪く人攫いと鉢合わせでもしていたら、そう思うといてもたってもいられず、聞き込みをするが、行方不明になった令嬢はいないようだった。
 おそらく無事に帰れたのだろう。ロレンスはホッと胸を撫で下ろす。今は失恋の傷が癒えないかもしれない、でも、いつか誰かと幸せになれるといい、そう願ってロレンスはいつものように仕事へ向かった。


 その令嬢と、まさか任務先の社交パーティー会場で再会するとは思わなかった。しかも、自分の幼馴染でずっと慕ってきたアリスの相手であるアンドレという男の幼馴染だと言う。そのアンドレという男はつまり、令嬢がふられたと言っていた張本人だ。

(まさか、こんなところで出会うなんて)

 アンドレに不安げに寄り添うアリスを見て胸が痛むが、何よりもその二人と対峙しているエレノアと呼ばれたその令嬢のことが気になって仕方がない。だが、エレノアのことを気にしている自分へ畳み掛けるように、アリスから衝撃の一言を言い渡される。

「本当に私たちはなんでもないんです。ロレンスお兄様、お兄様からもアンドレ様に言ってください。私たちはただの幼馴染だって、ロレンスお兄様も、私のことを妹としか思っていないって」

 頭を鈍器で殴られたような気分だった。そして世界が一瞬にして止まったような、何も聞こえない、何も動かない、そんな風に思えた。

(他に思い人がいると教えられた時点で、わかっているつもりだった。でも、はっきり面と向かって言われることが、こんなに辛いなんて)

 固まっていると、近くにいたエレノアがはっきりとした口調で言う。

「お二人とも、いい加減にしていただけますか?この状況で何か思い出しません?先日、アンドレお兄様が私に言ったことと同じですよね。兄か妹かの違いなだけで、あの状況と全く同じです。それで、お二人はそうやって私たちを当て馬にして満足ですか?そうやって私たちの心をズタズタにして、お二人は絆を深めあって幸せですか?幸せですよね、幸せでいてくれないと困ります。だって私たちの心はこんなにも悲鳴をあげているんですもの」

 エレノアの言葉を、アンドレもアリスも、唖然として聞いている。

「もうお二人には付き合いきれません。お二人の当て馬でいることには疲れました。勝手に幸せになってください。私も、ロレンス様も、お二人の知らないところで勝手に幸せになりますから!」

 エレノアに腕を引かれ、ロレンスはその場を後にする。立ち去る寸前に見えたアリスとアンドレの顔は、二人とも蒼白で両目を大きく見開いていた。