「ねえ、小説って読む?」
「ない。学校の教科書くらいかな」
「だよね」
「ごめん、うそ。最近読んだ」
「ホントに? マンガしか読まないと思ってた」
「小説って言ってもスマホで読んだWEB小説だよ」
「どんな内容?」
「女剣士が活躍する冒険ファンタジー。私、ゲームやらないから冒険ファンタジーものはよくわかんないけど結構のめり込んで、読んじゃった」
「人気な作品なんだ」
「どうだろう? 何気なく読んでただけだし、ランキングにも載ってなかったから人気ではないと思うよ」
「たまーに『私だけが知ってる物語』ってのを読みたくなるよね」
「それはあるかも。でも作者の人が女性じゃない気がするんだよね。女剣士にリアリティがないっていうか」
「たとえば?」
「生理がなかったり」
「ああ。なるほど」
「『応援してます』とか書いた?」
「書かないよ。なんか私の前にけっこう厳しい感想文みたいなのを書いてる人がいて書ける雰囲気じゃなかった。でも、あの感想文は作者さんのことを思って書いてたと思う」
「厳しいのに?」
「うん、登場人物に名前がないことや誤字脱字があることは私も不満だったんだ。でも、感想文では不要って書かれてた作中に出てくるギャグ、私は笑ったな。夜中のテンションで読んだからかもしれないけど」
「確かに物語を最後まで読まないと感想文すら書けないもんね」
「だから厳しい感想文だけど、作者さんのことを思ってるんだなって」
「読書か。私、現代文の点数が悪いからちょっとは読書しろって言われてるんだよな」
「私の読書はWEB小説だよ。学校の教科書とは違うよ。読んだのも世界史の小テストから逃げるためだったし」
「だから夜中に読んだのか。なんか納得だな……。あ!」
「どうしたの?」
「今日の英語の宿題、忘れた」
「また?」
「お願い! 見せて!」
「いやだよ。いつも」
「その代わり、さっき聞いた女剣士のWEB小説を読むから」
「夜中だったからタイトルすら忘れちゃったよ」
「そんなこと言わずに」
「本当に忘れたんだって」
「フフフ」
「ハハハ」
―――――――
そして最後の戦いが始まった時だった。
女剣士は重要なことに気がつき叫んだ。
「そうか! あなたがお母さんだったからこんなあたしの敵でいて、そして目標になってくれたのね!」
「うるさい! 私はお前の母親と名乗った覚えなどない! そもそも私は男だ。さあ戦いはこれからだ!」
「剣と魔法の杖を下ろしてください。あなたが母親とわかったからには戦いたくない」
「話を聞け! どうやったら男の私がお前を産むことができる?」
「ミジンコは1人でも子供を作ることができます」
「私をミジンコ並と言いたいのか。どうやらお前の体をミジンコのように切り刻む方がよいようだ」
「……話をしても無駄のようですね。お母さんはいつもそうやってあたしの邪魔をしているようで目標でいてくれた。ありがとう、お母さん。今、決着をつけて上げます」
「勝手に決着をつけるな。しかし覚悟はいい。ゆくぞ!」
「オオオオオオ!」
「アァァァ!」
ふたりの剣と剣が激しくぶつかる!
決着はいかに?
僕はスマホの画面の上でチラチラと輝く文字を追って読み直し、送信ボタンをタップした。
書き始めてから1時間は経っている。
結局、今日も完結させることができずに送信ボタンを指で押すことになった。
本当は早く物語を終わらせたいのだが、なかなか終わりが見えない。
主人公の女剣士がいろんな敵と戦い、最後の敵である母親なのか父親なのかよくわからない存在に挑んで1周間と少しになる。
(早く終わらせないと)
気持ちは焦るのだが終わらない。
まだ隠していた要素もあるし、とっておきの展開も用意しているつもりだ。
主人公の女剣士が実は恋している無口な魔法戦士の男。
最後の戦いでも彼が女剣士のピンチに颯爽とあらわれて窮地を救ってくれる。
救ってくれるはずだった。
が、戦いが進むにつれて笑いの要素が大きくなってしまった。
(僕としては真剣に書いてるんだけど……)
真剣に書いているのに会話の中にジョークを入れるのはつらい。
物語が進みにくくなる。
テンポも悪くなる。
(まあ、みんなが喜んでくれるからいいか)
僕がとあるグループメッセージに物語を投稿し始めて3ヶ月近くなる。
グループメッセージといっても誰かが投稿したらすぐに読まなくともいい。
LINEのように既読機能がないのだ。
このグループメッセージは気の向いたままに、
『イイね!』
をつけたり、メッセージに対して色よい返信ができたりする。
来年、大学受験を控え現実逃避のために物語を書いてるわけでは断じてない。
べ、勉強くらい少しはしている。
本当に少しだが。
母親にLINEで、
『ご飯だよ』
と、呼ばれて僕はスマホをズボンに突っ込むと部屋から出た。
ご飯を食べ終えてベッドに横になりながらグループメッセージを開く。
『イイね』
や、一言感想はまだない。
夜型人間が多いのか僕の物語は深夜に読まれる。
(僕も夜型人間なんだけど)
心の中で独り言を言うと英語と数Ⅱの宿題を片付けるために机に向かった。
30分と集中が持たず風呂に行く。
湯船につかりながら、先ほど書いた文章を思い出す。
(誤字脱字があった気がする)
(!や?が多かったし、擬音が多すぎたような気がする)
(ミジンコじゃなくて単為生殖するアブラムシにすればよかった)
(剣と剣がぶつかったのに魔法の杖はどこにいった?)
頭に浮かぶのは先ほど机で格闘していた英単語や数式ではなく、スマホで投稿した物語のことばかりだ。
(だいたい僕はRPGをやったことがないのにどうしてあんな物語を書き始めたんだろう?)
僕はRPGというゲームを人生で一度だけプレイしたことがあった。
が、かなり退屈だった。
ゲームの中で物語を進めるにはフラグを立ててねばならず、さらに要所要所でボスがいてそいつを倒すためにはレベルを上げなくてはいけなかった。
最後のボスを倒すまでの時間が待てなくて、YouTubeでそのゲームのストーリーを追った。
だから僕はRPGに関しての知識がほとんどない。
本当は女剣士が使う剣術の流派や、敵が使う魔法の種類を増やしたい。
が、RPGをたった1本しかやったことがないので知識がない。
知識がないことを書こうとすると道がそれる。
(僕の場合はジョークに道がそれたわけだ)
でも、RPG的な物語を書くとウケはいいのだ。
みんなも最初は、
『すごく面白そう!!』
『続きを書いてください』
『主人公が女剣士ってのがちょっと気になるけどイイねを押しておきます』
などの感想を書いてくれていた。
しかし、たくさんの反応があったのは初めの1週間ほどで、今ではたった3人のレスポンスがあるだけだ。
でも3人でも反応があるだけ嬉しい。
たった一押しの
『イイね!』
が、
(次も書こう)
という気持ちにさせてくれる。
風呂から上がり、パジャマ代わりのスウェットを着たあと渋々と机に向かい、英語と数Ⅱの宿題を片付けた。
宿題を終わらせたが、頭に入ったのか入ってないのか自分でもよくわからなかった。
机から離れるとベッドに横になり、YouTubeを観た。
その後、バッテリーが20パーセントを切ったので、電源ケーブルを繋ぎ、眠くなるまでスマホをいじっていた。
ポチポチと。
翌朝。
母に部屋の扉をガンガンと叩かれて起こされる。
僕は寝ぼけまなこで枕元のスマホを引き寄せ時刻を確認する。
(いつもの朝食よりも15分ほど時間が早いな)
と、確認できたときには、自然とグループメッセージを開いていた。
「反応アリ!」
僕は思わず小さく声を出す。
昨夜、投稿した物語に、
『イイね!』
が2つと、短いが感想が1つある。
僕は『イイね!』を送ってくれた人に、
「いつもありがとうございます」
と返信をした。
次に感想に目を通す。
『いよいよ宿敵と相対する時がきましたね。まさか最後の敵が母親?だとは思いませんでした笑。ところどころに笑いもあり、読んでいて楽です。次回の更新も楽しみにしています』
この人は決してマイナスな感想を送ってこない。
いつも褒めてくれる。
僕は喜々とした。
自分が書いた物語に対して反応がある。
それが1つの
『イイね!』
でも、短い文章でも嬉しい。
僕は心を弾ませながらベッドから降り、制服に着替えた。
昨夜なんとか片付けた宿題と今日、学校でイヤイヤ受ける授業の科目の教科書をカバンに詰め込むと部屋を出た。
1階に降りる。
リビングでテレビを観ながら朝食をとっている時、僕の頭は物語の中で戦う女剣士と最後の敵の姿でいっぱいだった。
(どのタイミングで女剣士が惚れている魔法戦士を出そう?)
無口でクールな魔法戦士。
主人公の女剣士が、
「万事休す。もうダメよ!」
と思った時、駆けつけてくれるヒーロー。
あまりにも都合のいい時に現れるのでいつも読んでくれる人からは、
『この魔法戦士はストーカーなのでは?笑』
と書かれてしまった。
僕自身もあまりにもご都合主義展開だと思う。
でも、彼の存在で物語がうまく進むのも確かだ。
無口という設定だからセリフも
「……」
にしておくのも楽だ。
女剣士が彼に問う場面は幾度もあった。
「どうしていつもあたしを助けてくれるの?」
「……」
「本当はなにか事情があるんじゃないの?」
「……」
「あなたいつも何も言ってくれないのね」
「……」
「なにか理由があるのね」
「……」
書いている僕としては実に楽だ。
本当は魔法戦士がなぜ何もしゃべらないのか、なぜ無口なのか決めていない。
そういうキャラだから、としか決めていない。
「なにか理由があるのね」
と女剣士は言うが、その理由とやらを書き手の僕自身すら知らないのだ。
いつも感想を書き込んでくれる人は、
『彼には隠された真実があるんだろう』
『もしかすると、魔法で口を閉ざされているのかもしれない』
『口をきかない、ということを課すことで強力な魔法が使えるという考察もアリ』
とメッセージしてくれた。
(そんな設定もありだな)
と読んだ当初は思った。
が、読んでくれた人が想像した設定を盛り込むのは気に触るので取り入れていない。
そうこうするうちにズルズルと最後の戦いまできてしまったのだ。
(なにも言わないまま女剣士をかばって死ぬのもありだな)
僕は登校しながら考えた。
退屈な学校から帰宅するなり、僕は部屋にこもるとスマホの画面をスワイプした。
昨日の続きを書き込む。
が、この日は物語がまったく進まなかった。
女剣士と最後の敵との戦いは接戦とセリフだけで前進がない。
接戦と言っても擬音ばかりなので文章にすらなっていない。
ガキィン!!
ドン!!
ザン!!
とかである。
セリフもただの気合だけだ。
「オォォォ!」
「アァァァ!」
とか書いてて情けなくなる。
本来なら、
『鍛え抜かれた鋼と鋼がすさまじい勢いで衝突し、火花が散る。そして両者が猛獣のような雄叫びを上げる』
などと表現するのだろう。
書き始めた当初は僕も文章をねっていた。
かっこいい文章を書きたいと思っていた。
が、それでは読者の反応がにぶいと理解した。
ネットの読者にはなるべく安易な文章にしたほうがウケがいいようだった。
いつも感想を書いてくれる人も、
『小難しい文を使いたいのはわかるけど、ネットの読者にはわかりやすい文章を使った方がいいと思うよ』
という指摘もあり、以後、そうしている。
結局、この日、スマホの画面をスワイプして文字を入れては消し、文字を入れては消すの作業を繰り返すだけで終わった。
グループメッセージに投稿することはできなかった。
今日も学校でほかの生徒から無視され化学の時間に宿題の箇所を間違い、教師に、
「お前、来年は受験なんだぞ。もっと勉強に気合いれろよ」
と言われたからではない。
ない、と思いたい。
もやもやした気分でご飯を食べ、風呂に入り、寝る前にスマホを触る。
そうして一日が終わった。
翌朝、グループメッセージを開いた。
反応は一切ないと思っていた。
物語の更新がなかったのだから。
が、1つだけメッセージがあった。
『昨日は物語の更新がなくて残念。俺は毎日、楽しみにしてるんだけどな。俺、前から思ってたんだけど、この物語を閉じたグループメッセージにUPするんじゃなくて、ネットのみんなが読めるようにしたらどうかな? 絶対反響があると思う』
メッセージを読んだのは学校に到着し、ホームルームが始まる前のことだった。
(僕の文章を閉じた世界じゃなくて不特定多数の人に読んでもらう?)
考えただけでワクワクした。
閉じたグループメッセージではなくてネットに上げれば大勢の人たちに僕の物語を読んでもらえるのだ。
とても魅力的な提案に思えた。
その日の学校生活はひどいものだった。
クラスメイトから無視されるのは常日頃だから会話がないのは通常通りなのだが、授業中も上の空だった。
お弁当の時間も箸からボロボロとご飯を落としてしまった。
もっともボッチ飯なので誰も見ていないのだが。
学校から戻ると僕は自室でスマホとにらめっこした。
今朝あった提案にのるために物語を完結させることにしたのだ。
正式にネットに上げるからには物語を完結させる必要があると感じていた。
根拠は僕自身もよくわかっていない。
が、中途半端なものを上げてはいけない気がした。
(とにかく物語を終わらせなくては)
僕は大慌てで物語を展開させていった。
女剣士と最後の敵とのやり取りは実に適当なものになった。
最後の戦いにふさわしくなく、短い2人のやり取り。
物語の中で女剣士は最後の敵にあっさりと追い詰められてしまった。
というか、それしか物語を終わらせる方法がわからなかった。
女剣士が振り返るともうそこは壁だった。
体力は尽きた。
魔法の力はもともとない。
剣を持つ左右の手が重い。
敵が剣の切っ先を突きつけて笑っている。
女剣士の手からずり落ちるように剣が落ちる。
カツン
と乾いた音が周囲に響き渡る。
「もうあたしに力はありません。終わりです。でも、最後まであたしのことを気にかけてくれてありがとう、お母さん。あなたがいたからあたしは今まで剣を振るえた」
「だから、私はお前のお母さんではないわ! あの世でそのことをたっぷり知るがいい」
「ああ、そう言いながらもあなたの目には血の涙が流れています」
「これはお前の返り血だ。私をおちょくるものいい加減にしろ。もうお前とのバカな言い合いも飽きた。さらばだ!」
最後の敵が持つ呪われた剣が女剣士に振り下ろされる。
「お母さん……」
女剣士がつぶやきながら目を閉じる。
(殺される!)
その瞬間、
ガツン!
という音が暗闇の世界で響いた。
暗闇なのは女剣士が目を閉じていたからだ。
自分が斬り殺されたと思った瞬間、目を開けると目の前にはずっと心の中で追いかけてきた魔法戦士の背中があった。
彼の持つ聖なる剣が敵の呪われた剣を防いでいる。
「来てくれたのね!」
「……」
「そうやってあなたはいつも何も言わずにあたしを助けてくれる」
「……」
「きっとあなたはあたしの運命の人なのね」
「……」
「本当に何も言わないのね」
「……」
何も言われなくも女剣士に力がわく。
「……」
魔法戦士が右手を剣から離し、左手で持ったままの状態で女剣士の前に差し出す。
「あたしに片方を握れって?」
「……」
「でもあたし魔法が使えなくて」
「……」
「大丈夫って言ってくれるのね。わかった。ふたりで力を合わせましょう!」
女剣士が右手で魔法戦士の剣を握る。
女剣士の右手から聖なる魔法の剣の力がみるみる伝わる。
「これが魔法の剣の力。これなら勝てる。いきます! お母さん!!」
「だから私はお母さんではない! 2人とも死ね!」
「オオオオオオ!」
「アァァァ!」
女剣士と魔法戦士が握るひとつの剣。
最後の敵が握るひとつの剣。
ふたりが握る剣とひとりが握る剣。
そのふたつが稲妻の光を放ってぶつかる。
ガキン!!
バン!!
剣が折れる。
折れたのは敵の剣だった。
そして剣を持つ者も倒れる。
最後の敵が倒れた。
女剣士は敵に近寄る。
「お母さん!」
敵は頭からおびただしい血を流している。
敵に力はない。
声も弱々しい。
「私はお前のお母さんでは、ない……」
「いえ、あなたはあたしのお母さんでした。だから、あの方、いつも何も言ってくれない魔法戦士と剣を取り合った時も待っていてくれたんですね」
「あいつが来たからにはありったけの魔力を剣に溜めていて時間がかかっていただけだが……。まあ、いい、お前がそう言うからには、そう……なんだろう……」
「お母さん!」
「……」
「お母さん!!」
「……」
「いっちゃった、あの世へ」
女剣士は最後の敵の横で立った。
しばらく感傷にふけったあと女剣士は動くこともしゃべることもしない敵のもとから離れた。
敵の死体はこのまま放置する。
未練はない。
女剣士は独り言をする。
「これからどうしようかな。お母さん、もとい最後の敵も倒しちゃったし、やることも目標もなくなっちゃった」
女剣士は視線を魔法戦士に向ける。
「やることがないな。どうしようかな」
「……」
魔法戦士は無言を貫く。
女剣士が無遠慮な格好で魔法戦士を見る。
「あたし、やることないから田舎に戻って、畑を耕す生活に戻るんだけど1人だけだと心細いんだよな」
「……」
「誰か一緒について来てくれると嬉しいんだけどな」
「……」
「いっそ誰かと結婚して田舎で夫婦生活を送りたいな」
「……」
「誰か結婚してくれないかな?」
「……」
「? その目って『俺と結婚しろ』って言ってるの?」
「……」
「そうなのね?」
「……」
驚くべきことにこの時の魔法戦士の無言はいつもの無言と違った。
いつもは何も言わず、何の動作もしない。
が、この時はわずかだか首を縦に振ったのだ。
小さい動きだが
うん
と、うなずいたのだ。
女剣士は魔法戦士に抱きついた。
「ありがとう! あたし、とっても幸せよ」
「……」
無口な魔法戦士が何を思ったのかはわからない。
しかし、抱きついてきた女剣士を拒否することはなかった。
こうして女剣士は故郷に戻った。
無言だがとっても格好いい旦那様を連れて。
田舎の人々に祝福されて2人は挙式を行い、夫婦となった。
戦いは終わり、2人は幸せな生活を続けたのだった。
終わり。
むちゃくちゃな終わらせ方だが、僕はある程度納得した。
もうこれでいいじゃないか、と自身を納得させた側面は強い。
本当は、
「ふたりの間にできた子は運命の勇者となる」
と続けたかったが、それでは永遠に終わらない。
だいたいRPGを知らない僕がRPGを舞台にした物語を書こうとしたのが無理だったのだ。
ギャグ要素も思い浮かばないし、ストーリーを広げることは困難だ。
(誤字脱字を見直して送信しよう)
僕は書き上げたものを読み直した。
(幼稚だな、物語が駆け足で進んでるし)
と思うがこれ以上の文章の追加は基本的になしにした。
読み終えると、グループメッセージに投稿する。
とりあえずこれで物語が終わったことになる。
みんなの反応は気になるが、今の僕にはもっと気になっていたことがあった。
僕はグループメッセージを閉じるとスマホのブラウザを呼び出し、検索を開始した。
30分間ほどで僕は腹を決めた。
(このサイトにしよう)
僕は物語を投稿するサイトを探していたのだ。
物語を投稿しようと検索した結果、ひとつのことがわかった。
小説の主人公が男性ならば男性が読み、主人公が女性ならば女性が読む傾向にある、ということだ。
この結果は意外だった。
僕自身がこの結果に該当しないと思っていたからだ。
思っていただけで、好きな小説を思い浮かべるとほとんど男性が主人公だ。
(でも)
と思う。
(僕のは小説なんて大袈裟なものじゃなくて遊びで書いたものだ。確かに真剣には書いたけど、命を張ってまで書いたものじゃない)
またこうも思う。
(みんなの反応があったのは嬉しかった。たった3人だけどあの反応があったからこうやってスマホでポチポチできたんだと思う。どうせ投稿するなら多くの人に読んでほしい)
結局、後者、つまりは
(多くの人に読んでほしい)
という承認欲求が買ってしまい、僕は女性の読者が多いと思われるサイトに投稿することにした。
そのサイトは『野いちご』という。
ピンクのいちごがかわいらしく描かれたいかにも女子向けのサイトだ。
(男の僕にはふさわしくない)
とわかっているのだが、ここに投稿することにする。
僕は『野いちご』というサイトでアカウントを作った。
アカウントを作り終えるとどうやって物語、もとい小説を投稿するかのシステムを知った。
やり方は実に簡単だった。
普段、メモ帳に使っているようなやり方で文字を挿入すればそのままネットに文章があがる。
ルビも簡単にふれる。
火炎魔法
と書いて、
火炎魔法
とか格好いいこともできるようだが、僕の物語は固有名詞がほぼないので使うことはなさそうだ。
試しに一行だけの文章を保存してプレビューでどんな具合でネットに載っているかを確認する。
書いている時と同じ体裁でネットにも上がっている。
『野いちご』での掲載のやり方を確認すると、僕は先ほど試しに上げた文章をすぐに消去した。
その後、『野いちご』で掲載して人気な作品を少しだけ読んだ。
本来は読む方から入るのが順番なのだろうが、仕方ない。
『野いちご』で人気なのはやはり女性向けの恋愛ものだった。
女性が主人公で格好いい男性に好かれる恋の物語。
(どうして女性はこんなにも恋愛ものが好きなのだろう?)
と思ってしまう。
が、批判はできない。
僕だって戦闘もの、バトルものが好きだ。
女子に
「男ってバトルものばかりしか読まないよね」
と反論されれば言い返すことができない。
もちろん、恋愛ものだって好きなのだが主人公はほぼ男子だ。
とにかく、『野いちご』では女性読者が多いことはわかった。
僕の物語の主人公は腕っぷしの強い女剣士だ。
バトル要素が強く、茶化すようにジョークも入っているが、読んでもらえるなら『野いちご』だろう。
僕は一旦ブラウザから離れると、メモ帳機能を呼び出した。
今まで書いてきた物語はすべてメモ帳に残してある。
これをひとつひとつ全て『野いちご』に掲載する。
(ちょっと面倒な作業だな)
そう思いつつも僕はその作業に没頭した。
決して翌日に世界史の小テストがあり、それに向けて教科書を開くという作業から逃げたわけではない。
決して。
ご飯を食べる時間やお風呂に入る時間もあり、僕が物語を投稿する作業は連続して行われなかった。
20分ほどスマホをタップして、別のことをし、20分ほどスマホで作業をするという行程だ。
すべての作業を終えた頃には0時を回っていた。
毎日更新、とまではいかないが3ヶ月近くも物語を書き溜めるとけっこうな分量になる。
『野いちご』に投稿する際には「章タイトル」と「話タイトル」が必要になった。
僕の物語は冒険の始まりから仲間を集める過程、小さな敵との戦闘、大きな戦い、そして最後の敵といくつかの節目があったのでそれを分けるのにも苦労した。
「章タイトル」には「第一章」と書き、「話タイトル」には「冒険の始まり」などと書いた。
安易でそのままである。
僕にとっての初めての大冒険ファンタジー物語が『野いちご』に上がった。
ひとから見れば短編異世界ファンタジーかもしれないが。
気を良くした僕はスマホから手を離した。
そのまま目をつむる。
今までこの作業をベッドで横になって行っていた。
もちろん、ずっとではない。
机に座っていた時もあるし、理由もなく床にあぐらをかいていた時もあった。
最後の20分間がたまたまベッドの上での作業になっていただけだ。
「眠い」
僕はひとりごちる。
身体を動かしたわけでもないのに疲労が強い。
脳みそを使ったからこんなにも眠くなるのだろうか。
僕はそのまま眠ってしまった。
翌日、僕はずっとそわそわしていた。
授業に身が入らないことはいつも以上だった。
教室のみんなから無視され、存在しないも同然の扱いなのはいつもと同じなので変わりなかったが、それでも心が教室になかった。
古文の授業中に行われた小テストで、僕はひどい点数を取った。
結果、僕は教員室に呼び出された。
先生に、
「来年、受験なんだぞ」
と脅された。
僕は勉強しなくちゃ、という思いよりも、
(早く教員室から出たい。教員室から出て授業を終えて、スマホで『野いちご』にアクセスしたい)
という思いが強かった。
すべての授業が終わり、学校が終わり帰宅すると僕は自室でスマホとにらめっこした。
『野いちご』のサイトを開きたいが指が動かない。
見るのが怖い。
学校でお昼休みなどにスマホで『野いちご』のサイトを見ることは可能だった。
が、僕は『野いちご』を見なかった。
(学校だから)
という理由をつけていたが、実際は違う。
単に心の準備ができていなかっただけだからだ。
(ここは僕の部屋だ。どんな結果が出ていても落ち着いて見ることができるはずだ)
僕は震える指で『野いちご』のサイトにアクセスすると、ログインメニューからログインIDとパスワードを打ち込んだ。
物語の作品情報を見る。
PV 0
読者数がたったの1人もいないことを示していた。
僕の肩からどっと力が落ちる。
(僕なりに一生懸命に書いたのに)
僕は思う。
同時に、
(学校で見なくてよかった)
とも思う。
学校でこの数字を目にしていたら早退していたかもしれない。
(でも、まだ投稿してたったの1日だぞ。これから僕の物語が発掘されて『こんなにも面白い作品がある!』ってネットで評判になるかもしれない)
僕は想像をふくらませた。
想像は肥大化し妄想となる。
(そして1つの口コミが次々と読者を呼び、マンガ化となる。マンガ化の次はアニメ化だ。そして僕は人気作家になってしまう)
「くっくっくっ」
と気持ちの悪い笑みが出る。
(まだまだこれからだ!)
それから3日経った。
PV数は相変わらず0だった。
1週間が経った。
PV数は相変わらず0だった。
2週間が経った。
PV数は相変わらず0だった。
僕は『野いちご』のサイトにアクセスしなくなった。
『野いちご』にRPG風の物語を投稿してから3ヶ月と少しが経った頃だった。
その頃、僕は完全に物語を書くことをやめていた。
閉じたグループメッセージに物語を書くことも辞めていた。
僕は3年生に進級して受験生になっていた。
イヤイヤではあるが周囲の学生と合わせるように勉強をしていた。
ある日、ふとしたきっかけで僕はスマホで『野いちご』にアクセスした。
ログインして作品情報を見ると「PV1」と表示されている。
そして、「ひとこと感想数」にも「1」という数字が並んでいた。
僕は指を震わせながら「ひとこと感想」を読む。
『一応、全部読んだので感想を書く。はっきり言って読んで時間の無駄だった。主人公の女剣士の性格が気に入らない。彼女、頭がお花畑なんじゃない? それから男の魔法戦士もご都合主義すぎ。こんな男はいない。なんでこいつはずっとしゃべらないの? 魔法戦士が口を利かない理由は物語の最後まで明かされなかった。風呂敷を広げて畳みきれなかった感じ。
あと、固有名詞がほしかった。これだけ長い物語なんだから女剣士にも魔法戦士にも名前があっていいと思う。覚えやすいアンとかなんでもいいから名前がほしかった。
それから全体に文字の間違いが多すぎ。読みにくい。私もひとのことを言えないけど、やっぱり誤字脱字が多いと思う。
あと作者は面白いと思ってやってるのかもしれないけど、ところどころに出てくるジョークが全然面白くない。真剣勝負をやってる最中にジョークを入れられると笑えない。もし、ジョーク的な作品を作りたいなら徹頭徹尾、ジョークでやればよかったと思う。
何かも中途半端な作品です』
読み終えると僕はめまいを覚えた。
(今まで僕の作品を読んできた人たちは僕の作品を褒めてくれたじゃないか! どうして『野いちご』の読者さんはこんなにも厳しいんだ?)
高校3年生の春。
さあ、これから受験生だ、と息巻いているのに小説が連載されているサイトにスマホで接続しているという批判はもっともである。
(けど、一生懸命書いた物語に対してこの批判はあんまりじゃないか。すべてを否定された気分だ)
僕は元気を出すために『野いちご』の前に物語を投稿してきたグループメッセージを開いた。
(ここのみんなに癒やしてもらおう)
そう思ったからだ。
グループメッセージへの投稿は僕が最後の物語を投稿して以降、ない。
1人も発言をしていない。
3ヶ月近く、このグループメッセージに発信者がいないことになる。
僕は自室で机を前にしていた。
目の前には漢文の問題集が広げられている。
問題集は視界に入らないようにする。
スマホの画面をスワイプする。
『久しぶり! ちょっとわけあって期間があったけど、またここで物語を書くことにしたよ。感想をくれると嬉しいな!』
僕はこれまで頭の中にあふれていた物語を書く。
主人公の名前はアンという女性。
彼女の長い長い恋愛物語。
その序章を僕は書き始めた。
僕の目の中にはスマホの画面しかない。
漢文の問題集は気にならない。
翌朝、僕はいつもどおりの時間に起きることができなかった。
母が何度も僕の部屋の扉を叩いたようだが気がつかなかった。
その日、僕は学校を休んだ。
お昼すぎになって僕は起き出した。
スマホの画面をタップし、グループメッセージに反応があるか確かめる。
(いた!)
そこにはいつも3人の反応があった。
『恋愛もの、それも女子の恋愛を書くなんて素敵。面白い!』
『続きが気になる』
『イイね!』
僕は嬉しくなった。
(『野いちご』とかいうサイトの反応が間違ってたんだ。こっちのメッセージグループのほうの反応が正しいんだ)
僕は序章に続く物語を書き始めていた。
(早くみんなの反応がほしい。褒めてほしい)
僕は必死になってスマホの画面と対峙した。
翌日から僕は学校に行かなくなった。
僕にはスマホの向こう側で褒めてくれる人がいる。
周りの人間が受験しているからといって僕も受験しなくてはいいではないか。
多様性の時代なんだろう?
だったら僕のように小さなグループの中で物語を発展させて徐々に大きくさせていくのもありじゃないか。
今は小さなグループでもそのうちに拡大してやがては大手に目をつけられてマンガになってアニメ化されて、僕の名前も世間に知れ渡って……。
あれ?
いつか考えたことがある気がする。
かなり最近のような気がするがどうでもいい。
今はこのグループの人たちに向けて物語を書こう。
きっとそれが僕の使命なんだ。
僕はスマホをスワイプし続けたのだった。
―――――――
「あの噂話、聞いた?」
「噂話?」
「ある受験生がネットにあるものを投稿して落第した話」
「何を投稿したの?」
「小説」
「小説? そんな堅苦しいものを投稿する高校生が今どきいるの?」
「小説っていうと大袈裟かな? 最近、マンガ化やアニメ化する前にネットで文章形式で物語が載ってるじゃん。あれのこと」
「ああ、なんとなくわかった。確かに受験生がネットに小説もどきをのせるのは時間の無駄かもね。その時間で勉強しろよ、みたいな」
「話のオチは小説を投稿するくらいなら勉強しろよってことじゃなくてさ」
「何よ?」
「その人、今もネットの閉じた世界にずっと1人で小説を投稿し続けてるんだって」
「なにそれ、だれが読むの?」
「自分」
「自分で書いて、自分で読むの? 意味わかんない」
「私も意味わかんないよ。その人ね、最初から非公開のネットグループに小説を投稿してて、たった一度だけ誰もが読めるサイトに投稿したんだけど、ちょっと批判もらっただけで引っ込んじゃったんだって」
「引っ込んでどうしたの?」
「だから、今でもずっと閉じたグループメッセージに物語を書き続けてるんだって」
「じゃあ、そのグループメッセージにはその人の文章が永遠に載ってるの?」
「反応があるんだって。『面白い!』とか『イイね!』とか『この続きが気になります』とか」
「ちょっと待って。そのグループメッセージにはその人しか書き込めないんだよね? つまり……」
「そうつまり自分で物語を書いて、自分で反応のメッセージを送ってる」
「……何それ」
「怖い話でしょ?」
「私が言いたいのはそっちじゃなくてさ。最初からその人はずっと閉じたグループメッセージで物語を書いて、自分で『面白い』って書いてるわけでしょ?」
「うん、ひとりで自作自演してるわけだね」
「だったらこの話はどこから出てきたの? 誰もが読めるサイトに投稿する前から、ひとりでグループメッセージに小説を書き込んでひとりで『面白い』って書き込んでたわけでしょ? 作者の人がどっかで、『閉じたグループメッセージで小説を書いて、自分自身にレスポンスしてました』って暴露でもしない限りこの話は世間に出ないよ?」
「だ、だから噂話だって!」
「この噂話、どこで聞いたの? 話の出どころの方が怖いよ」
「どこだったかな……」
「やっぱりこの噂話は怖いよ」
「と、とにかく、私たち受験生は勉強しなさいってことが言いたいの」
「私はやらなきゃいけない勉強から逃げて何か別のことに没頭する気持ちわかるな。勉強から逃げて落第することも含めて怖い話だね」
「ない。学校の教科書くらいかな」
「だよね」
「ごめん、うそ。最近読んだ」
「ホントに? マンガしか読まないと思ってた」
「小説って言ってもスマホで読んだWEB小説だよ」
「どんな内容?」
「女剣士が活躍する冒険ファンタジー。私、ゲームやらないから冒険ファンタジーものはよくわかんないけど結構のめり込んで、読んじゃった」
「人気な作品なんだ」
「どうだろう? 何気なく読んでただけだし、ランキングにも載ってなかったから人気ではないと思うよ」
「たまーに『私だけが知ってる物語』ってのを読みたくなるよね」
「それはあるかも。でも作者の人が女性じゃない気がするんだよね。女剣士にリアリティがないっていうか」
「たとえば?」
「生理がなかったり」
「ああ。なるほど」
「『応援してます』とか書いた?」
「書かないよ。なんか私の前にけっこう厳しい感想文みたいなのを書いてる人がいて書ける雰囲気じゃなかった。でも、あの感想文は作者さんのことを思って書いてたと思う」
「厳しいのに?」
「うん、登場人物に名前がないことや誤字脱字があることは私も不満だったんだ。でも、感想文では不要って書かれてた作中に出てくるギャグ、私は笑ったな。夜中のテンションで読んだからかもしれないけど」
「確かに物語を最後まで読まないと感想文すら書けないもんね」
「だから厳しい感想文だけど、作者さんのことを思ってるんだなって」
「読書か。私、現代文の点数が悪いからちょっとは読書しろって言われてるんだよな」
「私の読書はWEB小説だよ。学校の教科書とは違うよ。読んだのも世界史の小テストから逃げるためだったし」
「だから夜中に読んだのか。なんか納得だな……。あ!」
「どうしたの?」
「今日の英語の宿題、忘れた」
「また?」
「お願い! 見せて!」
「いやだよ。いつも」
「その代わり、さっき聞いた女剣士のWEB小説を読むから」
「夜中だったからタイトルすら忘れちゃったよ」
「そんなこと言わずに」
「本当に忘れたんだって」
「フフフ」
「ハハハ」
―――――――
そして最後の戦いが始まった時だった。
女剣士は重要なことに気がつき叫んだ。
「そうか! あなたがお母さんだったからこんなあたしの敵でいて、そして目標になってくれたのね!」
「うるさい! 私はお前の母親と名乗った覚えなどない! そもそも私は男だ。さあ戦いはこれからだ!」
「剣と魔法の杖を下ろしてください。あなたが母親とわかったからには戦いたくない」
「話を聞け! どうやったら男の私がお前を産むことができる?」
「ミジンコは1人でも子供を作ることができます」
「私をミジンコ並と言いたいのか。どうやらお前の体をミジンコのように切り刻む方がよいようだ」
「……話をしても無駄のようですね。お母さんはいつもそうやってあたしの邪魔をしているようで目標でいてくれた。ありがとう、お母さん。今、決着をつけて上げます」
「勝手に決着をつけるな。しかし覚悟はいい。ゆくぞ!」
「オオオオオオ!」
「アァァァ!」
ふたりの剣と剣が激しくぶつかる!
決着はいかに?
僕はスマホの画面の上でチラチラと輝く文字を追って読み直し、送信ボタンをタップした。
書き始めてから1時間は経っている。
結局、今日も完結させることができずに送信ボタンを指で押すことになった。
本当は早く物語を終わらせたいのだが、なかなか終わりが見えない。
主人公の女剣士がいろんな敵と戦い、最後の敵である母親なのか父親なのかよくわからない存在に挑んで1周間と少しになる。
(早く終わらせないと)
気持ちは焦るのだが終わらない。
まだ隠していた要素もあるし、とっておきの展開も用意しているつもりだ。
主人公の女剣士が実は恋している無口な魔法戦士の男。
最後の戦いでも彼が女剣士のピンチに颯爽とあらわれて窮地を救ってくれる。
救ってくれるはずだった。
が、戦いが進むにつれて笑いの要素が大きくなってしまった。
(僕としては真剣に書いてるんだけど……)
真剣に書いているのに会話の中にジョークを入れるのはつらい。
物語が進みにくくなる。
テンポも悪くなる。
(まあ、みんなが喜んでくれるからいいか)
僕がとあるグループメッセージに物語を投稿し始めて3ヶ月近くなる。
グループメッセージといっても誰かが投稿したらすぐに読まなくともいい。
LINEのように既読機能がないのだ。
このグループメッセージは気の向いたままに、
『イイね!』
をつけたり、メッセージに対して色よい返信ができたりする。
来年、大学受験を控え現実逃避のために物語を書いてるわけでは断じてない。
べ、勉強くらい少しはしている。
本当に少しだが。
母親にLINEで、
『ご飯だよ』
と、呼ばれて僕はスマホをズボンに突っ込むと部屋から出た。
ご飯を食べ終えてベッドに横になりながらグループメッセージを開く。
『イイね』
や、一言感想はまだない。
夜型人間が多いのか僕の物語は深夜に読まれる。
(僕も夜型人間なんだけど)
心の中で独り言を言うと英語と数Ⅱの宿題を片付けるために机に向かった。
30分と集中が持たず風呂に行く。
湯船につかりながら、先ほど書いた文章を思い出す。
(誤字脱字があった気がする)
(!や?が多かったし、擬音が多すぎたような気がする)
(ミジンコじゃなくて単為生殖するアブラムシにすればよかった)
(剣と剣がぶつかったのに魔法の杖はどこにいった?)
頭に浮かぶのは先ほど机で格闘していた英単語や数式ではなく、スマホで投稿した物語のことばかりだ。
(だいたい僕はRPGをやったことがないのにどうしてあんな物語を書き始めたんだろう?)
僕はRPGというゲームを人生で一度だけプレイしたことがあった。
が、かなり退屈だった。
ゲームの中で物語を進めるにはフラグを立ててねばならず、さらに要所要所でボスがいてそいつを倒すためにはレベルを上げなくてはいけなかった。
最後のボスを倒すまでの時間が待てなくて、YouTubeでそのゲームのストーリーを追った。
だから僕はRPGに関しての知識がほとんどない。
本当は女剣士が使う剣術の流派や、敵が使う魔法の種類を増やしたい。
が、RPGをたった1本しかやったことがないので知識がない。
知識がないことを書こうとすると道がそれる。
(僕の場合はジョークに道がそれたわけだ)
でも、RPG的な物語を書くとウケはいいのだ。
みんなも最初は、
『すごく面白そう!!』
『続きを書いてください』
『主人公が女剣士ってのがちょっと気になるけどイイねを押しておきます』
などの感想を書いてくれていた。
しかし、たくさんの反応があったのは初めの1週間ほどで、今ではたった3人のレスポンスがあるだけだ。
でも3人でも反応があるだけ嬉しい。
たった一押しの
『イイね!』
が、
(次も書こう)
という気持ちにさせてくれる。
風呂から上がり、パジャマ代わりのスウェットを着たあと渋々と机に向かい、英語と数Ⅱの宿題を片付けた。
宿題を終わらせたが、頭に入ったのか入ってないのか自分でもよくわからなかった。
机から離れるとベッドに横になり、YouTubeを観た。
その後、バッテリーが20パーセントを切ったので、電源ケーブルを繋ぎ、眠くなるまでスマホをいじっていた。
ポチポチと。
翌朝。
母に部屋の扉をガンガンと叩かれて起こされる。
僕は寝ぼけまなこで枕元のスマホを引き寄せ時刻を確認する。
(いつもの朝食よりも15分ほど時間が早いな)
と、確認できたときには、自然とグループメッセージを開いていた。
「反応アリ!」
僕は思わず小さく声を出す。
昨夜、投稿した物語に、
『イイね!』
が2つと、短いが感想が1つある。
僕は『イイね!』を送ってくれた人に、
「いつもありがとうございます」
と返信をした。
次に感想に目を通す。
『いよいよ宿敵と相対する時がきましたね。まさか最後の敵が母親?だとは思いませんでした笑。ところどころに笑いもあり、読んでいて楽です。次回の更新も楽しみにしています』
この人は決してマイナスな感想を送ってこない。
いつも褒めてくれる。
僕は喜々とした。
自分が書いた物語に対して反応がある。
それが1つの
『イイね!』
でも、短い文章でも嬉しい。
僕は心を弾ませながらベッドから降り、制服に着替えた。
昨夜なんとか片付けた宿題と今日、学校でイヤイヤ受ける授業の科目の教科書をカバンに詰め込むと部屋を出た。
1階に降りる。
リビングでテレビを観ながら朝食をとっている時、僕の頭は物語の中で戦う女剣士と最後の敵の姿でいっぱいだった。
(どのタイミングで女剣士が惚れている魔法戦士を出そう?)
無口でクールな魔法戦士。
主人公の女剣士が、
「万事休す。もうダメよ!」
と思った時、駆けつけてくれるヒーロー。
あまりにも都合のいい時に現れるのでいつも読んでくれる人からは、
『この魔法戦士はストーカーなのでは?笑』
と書かれてしまった。
僕自身もあまりにもご都合主義展開だと思う。
でも、彼の存在で物語がうまく進むのも確かだ。
無口という設定だからセリフも
「……」
にしておくのも楽だ。
女剣士が彼に問う場面は幾度もあった。
「どうしていつもあたしを助けてくれるの?」
「……」
「本当はなにか事情があるんじゃないの?」
「……」
「あなたいつも何も言ってくれないのね」
「……」
「なにか理由があるのね」
「……」
書いている僕としては実に楽だ。
本当は魔法戦士がなぜ何もしゃべらないのか、なぜ無口なのか決めていない。
そういうキャラだから、としか決めていない。
「なにか理由があるのね」
と女剣士は言うが、その理由とやらを書き手の僕自身すら知らないのだ。
いつも感想を書き込んでくれる人は、
『彼には隠された真実があるんだろう』
『もしかすると、魔法で口を閉ざされているのかもしれない』
『口をきかない、ということを課すことで強力な魔法が使えるという考察もアリ』
とメッセージしてくれた。
(そんな設定もありだな)
と読んだ当初は思った。
が、読んでくれた人が想像した設定を盛り込むのは気に触るので取り入れていない。
そうこうするうちにズルズルと最後の戦いまできてしまったのだ。
(なにも言わないまま女剣士をかばって死ぬのもありだな)
僕は登校しながら考えた。
退屈な学校から帰宅するなり、僕は部屋にこもるとスマホの画面をスワイプした。
昨日の続きを書き込む。
が、この日は物語がまったく進まなかった。
女剣士と最後の敵との戦いは接戦とセリフだけで前進がない。
接戦と言っても擬音ばかりなので文章にすらなっていない。
ガキィン!!
ドン!!
ザン!!
とかである。
セリフもただの気合だけだ。
「オォォォ!」
「アァァァ!」
とか書いてて情けなくなる。
本来なら、
『鍛え抜かれた鋼と鋼がすさまじい勢いで衝突し、火花が散る。そして両者が猛獣のような雄叫びを上げる』
などと表現するのだろう。
書き始めた当初は僕も文章をねっていた。
かっこいい文章を書きたいと思っていた。
が、それでは読者の反応がにぶいと理解した。
ネットの読者にはなるべく安易な文章にしたほうがウケがいいようだった。
いつも感想を書いてくれる人も、
『小難しい文を使いたいのはわかるけど、ネットの読者にはわかりやすい文章を使った方がいいと思うよ』
という指摘もあり、以後、そうしている。
結局、この日、スマホの画面をスワイプして文字を入れては消し、文字を入れては消すの作業を繰り返すだけで終わった。
グループメッセージに投稿することはできなかった。
今日も学校でほかの生徒から無視され化学の時間に宿題の箇所を間違い、教師に、
「お前、来年は受験なんだぞ。もっと勉強に気合いれろよ」
と言われたからではない。
ない、と思いたい。
もやもやした気分でご飯を食べ、風呂に入り、寝る前にスマホを触る。
そうして一日が終わった。
翌朝、グループメッセージを開いた。
反応は一切ないと思っていた。
物語の更新がなかったのだから。
が、1つだけメッセージがあった。
『昨日は物語の更新がなくて残念。俺は毎日、楽しみにしてるんだけどな。俺、前から思ってたんだけど、この物語を閉じたグループメッセージにUPするんじゃなくて、ネットのみんなが読めるようにしたらどうかな? 絶対反響があると思う』
メッセージを読んだのは学校に到着し、ホームルームが始まる前のことだった。
(僕の文章を閉じた世界じゃなくて不特定多数の人に読んでもらう?)
考えただけでワクワクした。
閉じたグループメッセージではなくてネットに上げれば大勢の人たちに僕の物語を読んでもらえるのだ。
とても魅力的な提案に思えた。
その日の学校生活はひどいものだった。
クラスメイトから無視されるのは常日頃だから会話がないのは通常通りなのだが、授業中も上の空だった。
お弁当の時間も箸からボロボロとご飯を落としてしまった。
もっともボッチ飯なので誰も見ていないのだが。
学校から戻ると僕は自室でスマホとにらめっこした。
今朝あった提案にのるために物語を完結させることにしたのだ。
正式にネットに上げるからには物語を完結させる必要があると感じていた。
根拠は僕自身もよくわかっていない。
が、中途半端なものを上げてはいけない気がした。
(とにかく物語を終わらせなくては)
僕は大慌てで物語を展開させていった。
女剣士と最後の敵とのやり取りは実に適当なものになった。
最後の戦いにふさわしくなく、短い2人のやり取り。
物語の中で女剣士は最後の敵にあっさりと追い詰められてしまった。
というか、それしか物語を終わらせる方法がわからなかった。
女剣士が振り返るともうそこは壁だった。
体力は尽きた。
魔法の力はもともとない。
剣を持つ左右の手が重い。
敵が剣の切っ先を突きつけて笑っている。
女剣士の手からずり落ちるように剣が落ちる。
カツン
と乾いた音が周囲に響き渡る。
「もうあたしに力はありません。終わりです。でも、最後まであたしのことを気にかけてくれてありがとう、お母さん。あなたがいたからあたしは今まで剣を振るえた」
「だから、私はお前のお母さんではないわ! あの世でそのことをたっぷり知るがいい」
「ああ、そう言いながらもあなたの目には血の涙が流れています」
「これはお前の返り血だ。私をおちょくるものいい加減にしろ。もうお前とのバカな言い合いも飽きた。さらばだ!」
最後の敵が持つ呪われた剣が女剣士に振り下ろされる。
「お母さん……」
女剣士がつぶやきながら目を閉じる。
(殺される!)
その瞬間、
ガツン!
という音が暗闇の世界で響いた。
暗闇なのは女剣士が目を閉じていたからだ。
自分が斬り殺されたと思った瞬間、目を開けると目の前にはずっと心の中で追いかけてきた魔法戦士の背中があった。
彼の持つ聖なる剣が敵の呪われた剣を防いでいる。
「来てくれたのね!」
「……」
「そうやってあなたはいつも何も言わずにあたしを助けてくれる」
「……」
「きっとあなたはあたしの運命の人なのね」
「……」
「本当に何も言わないのね」
「……」
何も言われなくも女剣士に力がわく。
「……」
魔法戦士が右手を剣から離し、左手で持ったままの状態で女剣士の前に差し出す。
「あたしに片方を握れって?」
「……」
「でもあたし魔法が使えなくて」
「……」
「大丈夫って言ってくれるのね。わかった。ふたりで力を合わせましょう!」
女剣士が右手で魔法戦士の剣を握る。
女剣士の右手から聖なる魔法の剣の力がみるみる伝わる。
「これが魔法の剣の力。これなら勝てる。いきます! お母さん!!」
「だから私はお母さんではない! 2人とも死ね!」
「オオオオオオ!」
「アァァァ!」
女剣士と魔法戦士が握るひとつの剣。
最後の敵が握るひとつの剣。
ふたりが握る剣とひとりが握る剣。
そのふたつが稲妻の光を放ってぶつかる。
ガキン!!
バン!!
剣が折れる。
折れたのは敵の剣だった。
そして剣を持つ者も倒れる。
最後の敵が倒れた。
女剣士は敵に近寄る。
「お母さん!」
敵は頭からおびただしい血を流している。
敵に力はない。
声も弱々しい。
「私はお前のお母さんでは、ない……」
「いえ、あなたはあたしのお母さんでした。だから、あの方、いつも何も言ってくれない魔法戦士と剣を取り合った時も待っていてくれたんですね」
「あいつが来たからにはありったけの魔力を剣に溜めていて時間がかかっていただけだが……。まあ、いい、お前がそう言うからには、そう……なんだろう……」
「お母さん!」
「……」
「お母さん!!」
「……」
「いっちゃった、あの世へ」
女剣士は最後の敵の横で立った。
しばらく感傷にふけったあと女剣士は動くこともしゃべることもしない敵のもとから離れた。
敵の死体はこのまま放置する。
未練はない。
女剣士は独り言をする。
「これからどうしようかな。お母さん、もとい最後の敵も倒しちゃったし、やることも目標もなくなっちゃった」
女剣士は視線を魔法戦士に向ける。
「やることがないな。どうしようかな」
「……」
魔法戦士は無言を貫く。
女剣士が無遠慮な格好で魔法戦士を見る。
「あたし、やることないから田舎に戻って、畑を耕す生活に戻るんだけど1人だけだと心細いんだよな」
「……」
「誰か一緒について来てくれると嬉しいんだけどな」
「……」
「いっそ誰かと結婚して田舎で夫婦生活を送りたいな」
「……」
「誰か結婚してくれないかな?」
「……」
「? その目って『俺と結婚しろ』って言ってるの?」
「……」
「そうなのね?」
「……」
驚くべきことにこの時の魔法戦士の無言はいつもの無言と違った。
いつもは何も言わず、何の動作もしない。
が、この時はわずかだか首を縦に振ったのだ。
小さい動きだが
うん
と、うなずいたのだ。
女剣士は魔法戦士に抱きついた。
「ありがとう! あたし、とっても幸せよ」
「……」
無口な魔法戦士が何を思ったのかはわからない。
しかし、抱きついてきた女剣士を拒否することはなかった。
こうして女剣士は故郷に戻った。
無言だがとっても格好いい旦那様を連れて。
田舎の人々に祝福されて2人は挙式を行い、夫婦となった。
戦いは終わり、2人は幸せな生活を続けたのだった。
終わり。
むちゃくちゃな終わらせ方だが、僕はある程度納得した。
もうこれでいいじゃないか、と自身を納得させた側面は強い。
本当は、
「ふたりの間にできた子は運命の勇者となる」
と続けたかったが、それでは永遠に終わらない。
だいたいRPGを知らない僕がRPGを舞台にした物語を書こうとしたのが無理だったのだ。
ギャグ要素も思い浮かばないし、ストーリーを広げることは困難だ。
(誤字脱字を見直して送信しよう)
僕は書き上げたものを読み直した。
(幼稚だな、物語が駆け足で進んでるし)
と思うがこれ以上の文章の追加は基本的になしにした。
読み終えると、グループメッセージに投稿する。
とりあえずこれで物語が終わったことになる。
みんなの反応は気になるが、今の僕にはもっと気になっていたことがあった。
僕はグループメッセージを閉じるとスマホのブラウザを呼び出し、検索を開始した。
30分間ほどで僕は腹を決めた。
(このサイトにしよう)
僕は物語を投稿するサイトを探していたのだ。
物語を投稿しようと検索した結果、ひとつのことがわかった。
小説の主人公が男性ならば男性が読み、主人公が女性ならば女性が読む傾向にある、ということだ。
この結果は意外だった。
僕自身がこの結果に該当しないと思っていたからだ。
思っていただけで、好きな小説を思い浮かべるとほとんど男性が主人公だ。
(でも)
と思う。
(僕のは小説なんて大袈裟なものじゃなくて遊びで書いたものだ。確かに真剣には書いたけど、命を張ってまで書いたものじゃない)
またこうも思う。
(みんなの反応があったのは嬉しかった。たった3人だけどあの反応があったからこうやってスマホでポチポチできたんだと思う。どうせ投稿するなら多くの人に読んでほしい)
結局、後者、つまりは
(多くの人に読んでほしい)
という承認欲求が買ってしまい、僕は女性の読者が多いと思われるサイトに投稿することにした。
そのサイトは『野いちご』という。
ピンクのいちごがかわいらしく描かれたいかにも女子向けのサイトだ。
(男の僕にはふさわしくない)
とわかっているのだが、ここに投稿することにする。
僕は『野いちご』というサイトでアカウントを作った。
アカウントを作り終えるとどうやって物語、もとい小説を投稿するかのシステムを知った。
やり方は実に簡単だった。
普段、メモ帳に使っているようなやり方で文字を挿入すればそのままネットに文章があがる。
ルビも簡単にふれる。
火炎魔法
と書いて、
火炎魔法
とか格好いいこともできるようだが、僕の物語は固有名詞がほぼないので使うことはなさそうだ。
試しに一行だけの文章を保存してプレビューでどんな具合でネットに載っているかを確認する。
書いている時と同じ体裁でネットにも上がっている。
『野いちご』での掲載のやり方を確認すると、僕は先ほど試しに上げた文章をすぐに消去した。
その後、『野いちご』で掲載して人気な作品を少しだけ読んだ。
本来は読む方から入るのが順番なのだろうが、仕方ない。
『野いちご』で人気なのはやはり女性向けの恋愛ものだった。
女性が主人公で格好いい男性に好かれる恋の物語。
(どうして女性はこんなにも恋愛ものが好きなのだろう?)
と思ってしまう。
が、批判はできない。
僕だって戦闘もの、バトルものが好きだ。
女子に
「男ってバトルものばかりしか読まないよね」
と反論されれば言い返すことができない。
もちろん、恋愛ものだって好きなのだが主人公はほぼ男子だ。
とにかく、『野いちご』では女性読者が多いことはわかった。
僕の物語の主人公は腕っぷしの強い女剣士だ。
バトル要素が強く、茶化すようにジョークも入っているが、読んでもらえるなら『野いちご』だろう。
僕は一旦ブラウザから離れると、メモ帳機能を呼び出した。
今まで書いてきた物語はすべてメモ帳に残してある。
これをひとつひとつ全て『野いちご』に掲載する。
(ちょっと面倒な作業だな)
そう思いつつも僕はその作業に没頭した。
決して翌日に世界史の小テストがあり、それに向けて教科書を開くという作業から逃げたわけではない。
決して。
ご飯を食べる時間やお風呂に入る時間もあり、僕が物語を投稿する作業は連続して行われなかった。
20分ほどスマホをタップして、別のことをし、20分ほどスマホで作業をするという行程だ。
すべての作業を終えた頃には0時を回っていた。
毎日更新、とまではいかないが3ヶ月近くも物語を書き溜めるとけっこうな分量になる。
『野いちご』に投稿する際には「章タイトル」と「話タイトル」が必要になった。
僕の物語は冒険の始まりから仲間を集める過程、小さな敵との戦闘、大きな戦い、そして最後の敵といくつかの節目があったのでそれを分けるのにも苦労した。
「章タイトル」には「第一章」と書き、「話タイトル」には「冒険の始まり」などと書いた。
安易でそのままである。
僕にとっての初めての大冒険ファンタジー物語が『野いちご』に上がった。
ひとから見れば短編異世界ファンタジーかもしれないが。
気を良くした僕はスマホから手を離した。
そのまま目をつむる。
今までこの作業をベッドで横になって行っていた。
もちろん、ずっとではない。
机に座っていた時もあるし、理由もなく床にあぐらをかいていた時もあった。
最後の20分間がたまたまベッドの上での作業になっていただけだ。
「眠い」
僕はひとりごちる。
身体を動かしたわけでもないのに疲労が強い。
脳みそを使ったからこんなにも眠くなるのだろうか。
僕はそのまま眠ってしまった。
翌日、僕はずっとそわそわしていた。
授業に身が入らないことはいつも以上だった。
教室のみんなから無視され、存在しないも同然の扱いなのはいつもと同じなので変わりなかったが、それでも心が教室になかった。
古文の授業中に行われた小テストで、僕はひどい点数を取った。
結果、僕は教員室に呼び出された。
先生に、
「来年、受験なんだぞ」
と脅された。
僕は勉強しなくちゃ、という思いよりも、
(早く教員室から出たい。教員室から出て授業を終えて、スマホで『野いちご』にアクセスしたい)
という思いが強かった。
すべての授業が終わり、学校が終わり帰宅すると僕は自室でスマホとにらめっこした。
『野いちご』のサイトを開きたいが指が動かない。
見るのが怖い。
学校でお昼休みなどにスマホで『野いちご』のサイトを見ることは可能だった。
が、僕は『野いちご』を見なかった。
(学校だから)
という理由をつけていたが、実際は違う。
単に心の準備ができていなかっただけだからだ。
(ここは僕の部屋だ。どんな結果が出ていても落ち着いて見ることができるはずだ)
僕は震える指で『野いちご』のサイトにアクセスすると、ログインメニューからログインIDとパスワードを打ち込んだ。
物語の作品情報を見る。
PV 0
読者数がたったの1人もいないことを示していた。
僕の肩からどっと力が落ちる。
(僕なりに一生懸命に書いたのに)
僕は思う。
同時に、
(学校で見なくてよかった)
とも思う。
学校でこの数字を目にしていたら早退していたかもしれない。
(でも、まだ投稿してたったの1日だぞ。これから僕の物語が発掘されて『こんなにも面白い作品がある!』ってネットで評判になるかもしれない)
僕は想像をふくらませた。
想像は肥大化し妄想となる。
(そして1つの口コミが次々と読者を呼び、マンガ化となる。マンガ化の次はアニメ化だ。そして僕は人気作家になってしまう)
「くっくっくっ」
と気持ちの悪い笑みが出る。
(まだまだこれからだ!)
それから3日経った。
PV数は相変わらず0だった。
1週間が経った。
PV数は相変わらず0だった。
2週間が経った。
PV数は相変わらず0だった。
僕は『野いちご』のサイトにアクセスしなくなった。
『野いちご』にRPG風の物語を投稿してから3ヶ月と少しが経った頃だった。
その頃、僕は完全に物語を書くことをやめていた。
閉じたグループメッセージに物語を書くことも辞めていた。
僕は3年生に進級して受験生になっていた。
イヤイヤではあるが周囲の学生と合わせるように勉強をしていた。
ある日、ふとしたきっかけで僕はスマホで『野いちご』にアクセスした。
ログインして作品情報を見ると「PV1」と表示されている。
そして、「ひとこと感想数」にも「1」という数字が並んでいた。
僕は指を震わせながら「ひとこと感想」を読む。
『一応、全部読んだので感想を書く。はっきり言って読んで時間の無駄だった。主人公の女剣士の性格が気に入らない。彼女、頭がお花畑なんじゃない? それから男の魔法戦士もご都合主義すぎ。こんな男はいない。なんでこいつはずっとしゃべらないの? 魔法戦士が口を利かない理由は物語の最後まで明かされなかった。風呂敷を広げて畳みきれなかった感じ。
あと、固有名詞がほしかった。これだけ長い物語なんだから女剣士にも魔法戦士にも名前があっていいと思う。覚えやすいアンとかなんでもいいから名前がほしかった。
それから全体に文字の間違いが多すぎ。読みにくい。私もひとのことを言えないけど、やっぱり誤字脱字が多いと思う。
あと作者は面白いと思ってやってるのかもしれないけど、ところどころに出てくるジョークが全然面白くない。真剣勝負をやってる最中にジョークを入れられると笑えない。もし、ジョーク的な作品を作りたいなら徹頭徹尾、ジョークでやればよかったと思う。
何かも中途半端な作品です』
読み終えると僕はめまいを覚えた。
(今まで僕の作品を読んできた人たちは僕の作品を褒めてくれたじゃないか! どうして『野いちご』の読者さんはこんなにも厳しいんだ?)
高校3年生の春。
さあ、これから受験生だ、と息巻いているのに小説が連載されているサイトにスマホで接続しているという批判はもっともである。
(けど、一生懸命書いた物語に対してこの批判はあんまりじゃないか。すべてを否定された気分だ)
僕は元気を出すために『野いちご』の前に物語を投稿してきたグループメッセージを開いた。
(ここのみんなに癒やしてもらおう)
そう思ったからだ。
グループメッセージへの投稿は僕が最後の物語を投稿して以降、ない。
1人も発言をしていない。
3ヶ月近く、このグループメッセージに発信者がいないことになる。
僕は自室で机を前にしていた。
目の前には漢文の問題集が広げられている。
問題集は視界に入らないようにする。
スマホの画面をスワイプする。
『久しぶり! ちょっとわけあって期間があったけど、またここで物語を書くことにしたよ。感想をくれると嬉しいな!』
僕はこれまで頭の中にあふれていた物語を書く。
主人公の名前はアンという女性。
彼女の長い長い恋愛物語。
その序章を僕は書き始めた。
僕の目の中にはスマホの画面しかない。
漢文の問題集は気にならない。
翌朝、僕はいつもどおりの時間に起きることができなかった。
母が何度も僕の部屋の扉を叩いたようだが気がつかなかった。
その日、僕は学校を休んだ。
お昼すぎになって僕は起き出した。
スマホの画面をタップし、グループメッセージに反応があるか確かめる。
(いた!)
そこにはいつも3人の反応があった。
『恋愛もの、それも女子の恋愛を書くなんて素敵。面白い!』
『続きが気になる』
『イイね!』
僕は嬉しくなった。
(『野いちご』とかいうサイトの反応が間違ってたんだ。こっちのメッセージグループのほうの反応が正しいんだ)
僕は序章に続く物語を書き始めていた。
(早くみんなの反応がほしい。褒めてほしい)
僕は必死になってスマホの画面と対峙した。
翌日から僕は学校に行かなくなった。
僕にはスマホの向こう側で褒めてくれる人がいる。
周りの人間が受験しているからといって僕も受験しなくてはいいではないか。
多様性の時代なんだろう?
だったら僕のように小さなグループの中で物語を発展させて徐々に大きくさせていくのもありじゃないか。
今は小さなグループでもそのうちに拡大してやがては大手に目をつけられてマンガになってアニメ化されて、僕の名前も世間に知れ渡って……。
あれ?
いつか考えたことがある気がする。
かなり最近のような気がするがどうでもいい。
今はこのグループの人たちに向けて物語を書こう。
きっとそれが僕の使命なんだ。
僕はスマホをスワイプし続けたのだった。
―――――――
「あの噂話、聞いた?」
「噂話?」
「ある受験生がネットにあるものを投稿して落第した話」
「何を投稿したの?」
「小説」
「小説? そんな堅苦しいものを投稿する高校生が今どきいるの?」
「小説っていうと大袈裟かな? 最近、マンガ化やアニメ化する前にネットで文章形式で物語が載ってるじゃん。あれのこと」
「ああ、なんとなくわかった。確かに受験生がネットに小説もどきをのせるのは時間の無駄かもね。その時間で勉強しろよ、みたいな」
「話のオチは小説を投稿するくらいなら勉強しろよってことじゃなくてさ」
「何よ?」
「その人、今もネットの閉じた世界にずっと1人で小説を投稿し続けてるんだって」
「なにそれ、だれが読むの?」
「自分」
「自分で書いて、自分で読むの? 意味わかんない」
「私も意味わかんないよ。その人ね、最初から非公開のネットグループに小説を投稿してて、たった一度だけ誰もが読めるサイトに投稿したんだけど、ちょっと批判もらっただけで引っ込んじゃったんだって」
「引っ込んでどうしたの?」
「だから、今でもずっと閉じたグループメッセージに物語を書き続けてるんだって」
「じゃあ、そのグループメッセージにはその人の文章が永遠に載ってるの?」
「反応があるんだって。『面白い!』とか『イイね!』とか『この続きが気になります』とか」
「ちょっと待って。そのグループメッセージにはその人しか書き込めないんだよね? つまり……」
「そうつまり自分で物語を書いて、自分で反応のメッセージを送ってる」
「……何それ」
「怖い話でしょ?」
「私が言いたいのはそっちじゃなくてさ。最初からその人はずっと閉じたグループメッセージで物語を書いて、自分で『面白い』って書いてるわけでしょ?」
「うん、ひとりで自作自演してるわけだね」
「だったらこの話はどこから出てきたの? 誰もが読めるサイトに投稿する前から、ひとりでグループメッセージに小説を書き込んでひとりで『面白い』って書き込んでたわけでしょ? 作者の人がどっかで、『閉じたグループメッセージで小説を書いて、自分自身にレスポンスしてました』って暴露でもしない限りこの話は世間に出ないよ?」
「だ、だから噂話だって!」
「この噂話、どこで聞いたの? 話の出どころの方が怖いよ」
「どこだったかな……」
「やっぱりこの噂話は怖いよ」
「と、とにかく、私たち受験生は勉強しなさいってことが言いたいの」
「私はやらなきゃいけない勉強から逃げて何か別のことに没頭する気持ちわかるな。勉強から逃げて落第することも含めて怖い話だね」


