(マンガシナリオ)   ハルと私のダ・カーポ

◯宮本家・リビング・中・夕方
桜空、インターフォンの画面を見てフリーズしている。

母「どうしたの? 早く出なさいよ」

桜空の母、インターフォンの応答ボタンを押す。

母「今、開けます」

     ×  ×  ×

桜空、桜空の母、ご馳走をはさんで向かい合わせに晴琉、悠、吾妻先生が座っている。
桜空の母、ずっと悠に見惚れている。

吾妻先生「ということで、大変申し訳ありません」
母「(上の空で)ええ」
吾妻先生「あの…お母様?」
母「(上の空で)ええ」
桜空「ねえ。先生の話聞いてる?」
母「(上の空で)ええ」

桜空の母、悠をうっとりと眺めている。
吾妻先生、桜空、お互い目で合図してこれはダメだという表情で首を横に振る。

桜空「もう、お母さんってば!」

桜空、横から母の体を左右に揺さぶる。

母「(上の空で)ええ。不思議よね。あの世界一有名な指揮者様が目の前にいらっしゃるなんて」
桜空「お母さん…」

悠、恥ずかしさを隠すように咳払いをする。

悠「この度は、弟が娘さんに不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。晴琉」

悠、晴琉を促す。
晴琉、座り直して姿勢を正す。

晴琉「宮本さん、ごめんなさい」
桜空「……」
母「ほら、桜空」
桜空「前みたいに呼び捨てでいいよ。私も感情的になってごめんなさい」
悠「(気遣うように)そんな…桜空さんが謝ることなんてないよ」
桜空「(嬉しそうに)悠さん…」

晴琉、桜空と悠がのやりとりを見てふてくされている。
晴琉、目の前のご馳走を見てツバを飲み込む。

母「悠さん。それよりお腹空いていません? いつこちらに?」
悠「昨日です」
母「それなら色々と大変でしょう? ご一緒に夕飯どうぞ」

晴琉、目の前の唐揚げをつまもうとして悠に手を叩かれる。

悠「いえ、弟がご迷惑おかけした上にお食事なんていただけません」
母「そんなことおっしゃらずに。ね?」

晴琉、目の前の唐揚げをつまもうとする。
インターフォンが鳴る。
悠、にこやかに晴琉の手を叩く。

     ×  ×  ×

桜空、横に座っている由季が唐揚げを美味しそうに食べているのを見る。
晴琉、由季と唐揚げを食べるのを張り合っている。

母「由季ちゃん、わざわざカバンありがとね。たくさん食べて。まだまだあるから」
由季「ありがとうございます! っていうか、(晴琉を指差して)あんたやっぱり桜空に謝りたかったんじゃん!」
晴琉「そんなんじゃねぇよ」

悠、晴琉を小突く。
晴琉、ムッとしている。

晴琉「そうだよ! 謝りたかったんだよ! つーか、お前食いすぎ! 桜空が全然食ってねーだろ!」
桜空「私はいつでも食べれるし。悠さんもどうぞ」

桜空、お皿におかずをとって悠に渡す。

悠「ありがとう」

桜空、嬉しそうに笑う。

晴琉、桜空に負けじと取皿にたくさんおかずをのせ桜空の前に置く。

晴琉「食え!」

桜空、晴琉を睨む。

桜空「学校でのことは許すけど、それ以外は無理!」

晴琉、一瞬たじろぐが前のめりになって。

晴琉「それ以外って、何だよ! 俺が何かしたかよ!」

桜空(したじゃない。そのせいで、私は…私は……ピアノが…)

悠「桜空さん?」

桜空、声を出さずに涙を流している。
悠、頬を伝う桜空の涙を手のひらで拭う。
晴琉、悠の腕をつかんでねじあげる。
悠、逆に晴琉の腕をつかんでねじあげる。
桜空、ハッとして自分の腕で涙を拭う。

桜空「ご、ごめんなさい」

桜空、リビングを飛び出す。

由季「桜空」

由季、桜空の後を追いかける。

◯同・桜空の部屋・中・夜
桜空、由季と並んでベッドに座っている。
由季、桜空の背中をさすっている。

桜空「何も聞かないの?」
由季「聞いてほしい?」
桜空「いや」
由季「昔、何かあった?」
桜空「別に」
由季「あたしね、小さい時は引越しばかりで友達ができなかったから。幼馴染がいる桜空が羨ましい」
桜空「私はいらない」
由季「少なくともそういう存在があれば、感情って動くじゃない?」
桜空「負の感情しかない」
由季「ずっと1人ぼっちのあたしは、無だった。ゼロ。何も感じないの」
桜空「静かでいいと思う」
由季「孤独は闇。そこから救ってくれたのが桜空」
桜空「大げさだよ」
由季「ね。桜空って悠さんと仲いいんだね」
桜空「そんなことない」
由季「さっきいいカンジだったじゃん」
桜空「誰にでもそうなんだと思う」
由季「そう? でも、あんなにスッと行動できちゃうなんて、すごいね。イケオト」
桜空「何それ?」
由季「イケメンなオトナ」

桜空、由季、爆笑してベッドの上を転げまわる。

桜空「そういえば、私、コンクールの時ね。あまりにも緊張して弾く前に意識がなくなって倒れたんだけど」
由季「ピアノコンクール?」
桜空「そう」

由季、棚を見る。

由季「あれ? 優勝トロフィーは?」
桜空「捨てた」
由季「はあ? なんてことしてんの!」
桜空「初挑戦で初優勝なんてまぐれだし、ピアノもう弾いてないし。上から落ちてきてケガするだけだし」
由季「ケガ?」
桜空「とにかく。ピアノはもういい」
由季「たまに弾きたくならない?」

桜空、体を硬くする。

×  ×  ×
学校の音楽室前。
桜空、晴琉の演奏を聞いて指が動く。
×  ×  ×

桜空「ないよ」

由季、心配そうに桜空を見つめている。

由季「倒れた後の続きは?」
桜空「そうだったね。その時のことあまり覚えてないけど、悠さんが舞台にきて応急手当してくれたらしいの」
由季「それってもう脈アリじゃない?!」
桜空「(諭すように)由季ちゃん。そういう人なの。悠さんって」
由季「完璧すぎてある意味コワイかも」
桜空「完璧……そうかもね」
由季「倒れたのに、コンクールで弾けたんだ」
桜空「順番を1番最後にしてくれて。それも悠さんが手配してくれたみたい」
由季「うーん、恋の予感しかない」
桜空「だから、そういうのじゃないって」
由季「幼馴染みとそのお兄さんが桜空を取り合うのか…ゾクゾクするっ」
桜空「由季ちゃーん、なんか変な妄想スイッチ入ってますよ」
由季「いいじゃないの。(晴琉のモノマネで)俺と、兄さんとどっちを選ぶんだよ!」

由季、桜空に迫る。

桜空「由季ちゃん、イケメン♡」
由季「でしょ? 女優めざしちゃおっかな」
桜空「今のうちにサインもらわなきゃ」

桜空、由季、一緒に笑っている。

◯同・リビング・中・夜
悠、桜空が出て行った扉をじっと見つめている。

悠「まだピアノ続けてますか? 桜空さん」
母「実は、コンクールに出た後は辞めてしまったんです」
悠「そうでしたか。差し支えなければ理由を聞かせていただけますか?」
母「お恥ずかしながら…実は私もよくわかりません。ただ、コンクールの後はピアノの前に座ると大泣きしていました」
悠「あの時、2位だったね。晴琉は」
晴琉「そうだけど」
悠「晴琉も大泣きしてた」
吾妻先生「そうそう。大変だった。帰りの電車でも泣き止まないから途中下車したよな」
晴琉「そこまで泣いてません~」
悠・吾妻先生「いいや泣いてた」
母「晴琉くんはずっとピアノを?」
晴琉「ええ。なんだかんだで1番好きだから。それに続けてればいつか会えるって思って」

晴琉(桜空に……)

晴琉、しまったという顔をする。
悠、吾妻先生、桜空の母、不思議そうな顔で晴琉を見ている。

晴琉「礼言いたくて! 世話になったピアノの先生とか! (小声で付け足す)親代わりの悠にいとか…」
母「あら、とてもいい子」
悠「可愛い弟を褒めてくださりありがとうございます」
吾妻先生「(ボソッと)出た。ブラコン」

悠、ニコニコ顔で吾妻先生の足を思い切り踏んづける。
吾妻先生、とても痛がっている。

◯同・桜空の部屋・中・夜
パジャマ姿の桜空、ベッドに潜り込む。
天井をじっと見ている。

◯(回想)音楽教室・中
桜空(10歳)、晴琉(10歳)と連弾をしている。
桜空、とても気持ちよく弾いている。
晴琉、楽しそうに弾いている。
晴琉、演奏し終わり桜空の所に駆け寄る。

晴琉「桜空、お前やっぱすげぇな! また、一緒にやろうな」

晴琉、手を出す。

桜空「何? その手」
晴琉「握手だよ。見りゃわかるだろ?」

桜空、その手に触れる。
晴琉、ニコッと笑う。

晴琉「お前さ、今度のコンクール出る?」
桜空「出る」
晴琉「初めて?」
桜空「そう」
晴琉「大丈夫。俺がそ、そ、側……」

晴琉、真っ赤になって黙る。

桜空「おソバ? 食べたいの?」

桜空、不思議そうに晴琉を見る。
晴琉、両手で自分の頬を挟むように叩く。

晴琉「いや、俺が勝つ! 全力でやるからな」
桜空「うん! 私も負けない」
晴琉「俺が勝ったら」
桜空「勝ったら?」
晴琉「勝ったら!! 勝つんだ!」

晴琉、顔を真っ赤にしている。
桜空、首を傾げている。