(マンガシナリオ)   ハルと私のダ・カーポ

○学校・廊下・朝
桜空、吾妻先生に背中を向けて立っている。
吾妻先生、真剣な顔でじっと桜空の背中をみる。

吾妻先生「それは…難しいな。だが、このことは新田の保護者にも報告して……」
桜空「(会話を遮り)私、うまくやれる自信ないです。きっと、クラスにも先生にも、もっと迷惑かけてしまいます!」
吾妻先生「そんなの気にするな」
桜空「前もそう。ピアノ教室でいつもケンカばかり……。(呟く)嫌い。大っ嫌い」
吾妻先生「確かに嫌いなヤツと一緒はキツイよな」
桜空「先生も嫌いな人いるんですか?」

桜空、振り返って吾妻先生を見る。

吾妻先生「当たり前だ。好き、嫌い、得意、苦手…オレは感情の塊みたいなもんだからな。神山先生…キライ」

吾妻先生、泣くようなしぐさをする。

桜空「(心配そうに)そんなに……」
吾妻先生「わけわからずすぐキレられるし、正論押し付けるし」

桜空、不思議そうにしている。

桜空「神山先生、怒った事ないですよ? 授業、とってもわかりやすいです。細かくてすごく真面目すぎるとこありますけど」
吾妻先生「そうなんだよな。オレとは水と油くらい正反対。デスク、隣同士なんだけど…教材雪崩起こした時は…ものすごい地獄だった……」
桜空「それは、先生が悪いのでは…」
吾妻先生「(自信満々に)まあ、オレは整理整頓は壊滅的だからな」
桜空「いや、ダメですよ。それは」
吾妻先生「完璧すぎる神山先生みたいなのが稀なんだよ」
桜空「完璧ではないですよ?」
吾妻先生「本当か?」
桜空「教室に蝶々が迷い込んだ時、逃げ回ってました」
吾妻先生「いいこと聞いた」
桜空「ダメですよ。先生、今いじめっ子の顔してます」
吾妻先生「んなこと、するわけないだろ。日頃の復讐とか、復讐とか(ニヤニヤする)」

桜空(あ、絶対考えてる)

吾妻先生「オレもそうやって嫌だと思うことはあるけど、嫌われる方の心情もわかるんだ……」
桜空「(不思議そうに)先生はみんなに好かれてますよ?」
吾妻先生「そうか? 嬉しいなそれは」
桜空「もしかして神山先生にも好かれたいって思ってます?」
吾妻先生「いや、ないない。晴琉のアニキさ。オレ、小さい頃からずーっと嫌われてて、会いに行くといつもケンカ」
桜空「悠さん?」
吾妻先生「そう。知ってるのか?」
桜空「小さい頃何度か会いました。とてもいい人でした」
吾妻先生「そう。いいヤツなんだよ。オレ以外には」
桜空「すごく優しくて…。私が倒れた時、助けてくれた恩人です」
吾妻先生「そうなんだよ。オレ以外には。怒ると、ラスボスみたいだぞ」
桜空「昔、何かしたんじゃないですか?」
吾妻先生「したんだろうな……。でも何したのかさっぱりわからん」

吾妻先生、降参のポーズ。

桜空「もしかして、思い出せなくて、それ、悠さんに聞きました?」
吾妻先生「……宮本、お前、エスパーか?」
桜空「少し考えたらわかりますよ! 先生、仲直りしたかったら頑張って思い出しましょう」
吾妻先生「だな」
桜空「教室、戻ります」
吾妻先生「いや、思いっきり保健室で休んどけ」
桜空「いいんですか?」
吾妻先生「ああ。(怒って)アイツへのいいお灸だ」

桜空、吾妻先生、一緒に笑う。

○学校・保健室・中・夕方
チャイムが鳴る。
窓の向こうでは生徒たちが部活動をしている。
暖かい西日が入り部屋中をポカポカにしている。
桜空、ベッドの上で寝ているが掛け布団から抜け出している。
晴琉、保健室をのぞく。
大きく深呼吸し、入ってくる晴琉。
晴琉、桜空のベッドに近づく。
桜空の寝顔をじっと見ている晴琉。
晴琉、手を伸ばして桜空の額に触れようとする。
由季、同じタイミングで入ってくる。

由季「桜空〜」

晴琉、ハッとして由季を見て手を引っ込める。
由季、晴琉に気付いて驚く。

由季「(ニヤリとして)優しいね」
晴琉「まさか。ウソツキに文句言いに来た」
由季「そう?(大きな声で)桜空っ!! おきて!」

晴琉、反射的に桜空の耳をふさぐ。

晴琉「(焦って)おい! おこすなって」
由季「(にっこり笑って)文句言いたいんでしょ?」
晴琉「(呆れて)あのなぁ」
由季「ね、どうしてなでなでしてたのは犬って言わなかったの?」
晴琉「見てたのか?」
由季「昨日、駅で桜空と待ち合わせだったから」

由季、にんまりと笑う。
晴琉、舌打ちして桜空の耳から手を離すと、布団から出ている桜空に布団をかけなおす。

由季、それを見て真っ赤になる。

晴琉、人差し指を自分の薄い唇に当てシーッと言う。
由季、さらに真っ赤になる。

晴琉「(小声で)冷やしちゃダメっしょ? 大事なカラダは」

晴琉、由季にウィンクをし、部屋を出ていく時にあっかんべーをしている。

由季「(小声で騒いで)ちょっと! なんなのアレ!」

由季、晴琉を追いかけて出て行く。
しばらくして由季、帰ってくる。

由季「アイツ、逃げるの早すぎ! 桜空、あたし部活行ってくるからまた後で迎えにくるね」

由季、部屋を出ていく。
目を閉じている桜空、ぱっちり目を開ける。
桜空、真っ赤になって鼓動が早くなっている。
辺りの様子を伺ってから身震いし、勢いよく布団を頭から被る。

○同・音楽室・中・夕方
晴琉、ピアノの前に座っている。
外からはグラウンドで活動している部活の子たちの声が聞こえてくる。
晴琉、鍵盤に手を置いているが弾こうとはしない。
深いため息をする晴琉。

晴琉(チェッ…あんなのちょっとしたジョークじゃん? いや、やっぱアレはやりすぎたか?)

×  ×  ×
教室。
桜空、真っ赤になって下を向いている。
×  ×  ×

しょんぼりする晴琉。
チャイムが鳴る。晴琉、じっと一点を見て考え込んでいる。

○同・グラウンド・夕方
部活を終えた生徒たちが、グランド整備をしている。

アナウンス「下校の時間です。校内に残っている生徒はすみやかに帰りましょう」

○同・保健室・夕方
由季、駆け足で戻ってきて桜空の側へ行く。

由季「(耳元で)桜空のチョコケーキ食べちゃうよ」

桜空、飛び起きて。

桜空「だめ! あれ?」
由季「下校時間。帰ろ」

由季、桜空にカバンを渡す。

桜空「ダンス部は?」
由季「さっき終わったとこ」
桜空「お疲れさま」
由季「しかし、本当によく寝るね」
桜空「それが私の取り柄ですから」

桜空、かすかなピアノの音に気づいてハッとする。

由季「どうしたの?」
桜空「ごめん、由季ちゃん。先に帰ってて!」

桜空、バッグも持たず急いで走って出ていく。
由季、桜空が出ていったドアの方を見て大きなため息をする。

由季「ふられちゃった。こりゃ、やけ食いだね、チョコケーキ」

由季、自分のカバンからチョコレートのお菓子を取り出すとかぶりつく。

○同・音楽室・夕方
晴琉、短調の悲しげでゆったりとした曲を弾いている
(ピョートル・チャイコフスキー 6つの小品より Op51-6『感傷的なワルツ』のような曲のイメージ)

○同・廊下・夕方
桜空、音に導かれ音楽室の近くへ来ると立ち止まり聞きいる。
自然と桜空の指が宙で動く。
ハッとして、両手を握りしめる桜空。
桜空の拳が握りしめた勢いで扉にあたる。
桜空、慌てて走って逃げる。

○同・音楽室(中)から廊下・夕方
晴琉、物音を聞くと演奏をやめて廊下へ飛び出す。
誰もいない廊下。
吾妻先生、階段を登ってきて晴琉とばったり会う。

吾妻先生「帰るぞ」
晴琉「悠にいに言いつける?」
吾妻先生「電話連絡済みだ」
晴琉「マジ? もう、悠にいと喋ったの?」
吾妻先生「喋ったというか、一方的に怒鳴られた」

晴琉、その状況を想像して爆笑している。
吾妻先生、晴琉の頭を叩く。
晴琉、舌打ちする。
晴琉、吾妻先生、歩き出す。

晴琉「マーくん……。アイツ…」
吾妻先生「(怒って)アイツ?」
晴琉「み、宮本さん…大丈夫?」
吾妻先生「さあな。とりあえず、ちょうど今帰ったとこだ」

晴琉(さっき聞きに来てた? まさかな…)

晴琉「そこですれ違った?」
吾妻先生「いや、保健室の前で梶田由季から聞いた」
晴琉「そっか」
吾妻先生「相当参ってたんだろ? 朝からずーっとだ」
晴琉「ちょっとした挨拶がわりのジョークじゃんよ」
吾妻先生「それが宮本を傷つけた」
晴琉「悪かったってば」
吾妻先生「それ。オレじゃなくて宮本に言え」
晴琉「……わかってる」
吾妻先生「素直じゃないなぁ」

晴琉、吾妻先生に向かってムスッとした顔をする。

晴琉「本当に一緒来んの? 大丈夫? 悠にいニガテだろ?」
吾妻先生「わかってるなら、おとなしくしてろ。お前がそんなだからオレが苦労する」
晴琉「さっさと仲直りすればいいのに。(吾妻先生のマネをして)素直じゃないなぁ」
吾妻先生「(怒って)はあ?」

◯宮本家・リビング・中・夕方
桜空の母、食事を盛り付けた皿をテーブルに並べている。
あっと言う間にサラダに、唐揚げ、オムライスなど数々のごちそうが並ぶ。
手ぶらの桜空、入ってくる。

桜空「ただいま」
母「おかえり」
桜空「どうしたの? 誰か来るの?」
母「違うの。急に作りたくなってね」
桜空「私の好きなものばっかり」
母「最近、作ってなかったから奮発したの」
桜空「イライラしてるの?」
母「まあね。職場でちょっと」
桜空「私も…実は今日ね」

チャイムが鳴る。

母「律儀な宅配業者ね」
桜空「私、出る」

桜空、インターフォンの画面をチェックする。
画面に、晴琉、悠、吾妻先生が映っている。

桜空「えっ?!」

桜空、画面を見てフリーズしている。