(マンガシナリオ)   ハルと私のダ・カーポ

○街・全景から宮本家外観・朝
朝日に照らされた住宅がたくさん立ち並ぶ街。
鳥の鳴き声がする。
小さな赤い屋根のこぢんまりとした古い家が見える。
『宮本』の表札が見える。

○宮本家・桜空の部屋・中・朝
スマホの目覚ましを手探りで消し、起きずにまだ寝ている宮本(みやもと)桜空(みそら)(17歳)。
長い黒髪が枕で波打ち、白いスラリとした腕は掛け布団から出て桜空の頭の上にバンザイしている。
桜空のスマホ、メッセージ通知が鳴る。
『由季:もうすぐ駅つくよー』
寝ぼけている桜空、飛び起きる。
桜空、慌てて着替えるが、床の上に置きっぱなしの自分の大きなカバンにつまずく。
桜空、体勢を立て直そうと目の前の棚を掴む。
ぐらりと揺れた棚の上から、優勝トロフィーが落下して桜空の頭に当たる。

桜空「いったーい!」

トロフィーには『ピアノコンクール優勝』の文字。
桜空、トロフィーを握りしめじっと見つめていると次第に苦しそうな顔になる。
トロフィーをゴミ箱に投げ捨てる桜空。
底へ落ち大きな音が部屋に響く。

○同・リビング・中・朝
桜空の母、キッチンで朝ごはんを作りながらテレビをちらっと見る。
テレビに映る『ハワイフェステバル』の看板と着々と準備をしている人々。

アナウンサーの声「ご覧ください! 野外ステージではフラダンスも行われます!楽しみですね。また、こちらではハワイをイメージしたピアノが置かれており誰でも自由に弾くことができます」

母「これに行くんでしょ? もう、あの子ったら」

桜空、髪の毛もボサボサで服もヨレヨレのまま慌てて入ってくる。

母「桜空、今起きたの? 由季ちゃん、もう駅にいるんじゃない?」
桜空「こんな早く? いない、いない」
母「ほら、テレビでもしてるからすごい人よ、きっと」

テレビからは小さな子が2人並んでピアノを連弾している様子が放送されている。

桜空「ねえ、朝ごはん」
母「食べてるヒマあるの?」
桜空「へへへ……ない!」

母、ホットドッグを数個、素早く包み桜空に持たせる。

母「いってらっしゃい。帰り気をつけるのよ」
桜空「ありがとう。お休みの日にごめんね」
母「そう思うなら、早く起きて自分で準備して」
桜空「できると思う?」

母、首を横に振る。
桜空、バツが悪そうにそそくさと出ていく。

○住宅街・道・朝
猛ダッシュしている桜空。
止まっている引越しトラックから大きなグランドピアノが降ろされ、6.7人の男に担がれ家に運ばれていく。
その側を走りぬける桜空。
桜空の黒髪が揺れる。

○新田家・玄関・中・朝
引越し業者の人たち、重そうにピアノを運んでくる。
犬、玄関で伏せていたがピアノを運んでいる引越し業者の人たちの間をすり抜けて飛び出し駆け出して行く。

業者1「(驚いて)新田さん! 犬!犬!」

頭にタオルを巻き、顔も全身も汚れている背の高いイケメンの新田(にった)(ゆう)(25歳)雑巾を握り締め慌てて出てくる。

業者2「今、あっちに!」
悠「(慌てて)うそっ! キャプ! キャプ! ちょっと戻って!」

ピアノに阻まれ玄関から外に出られず、もがいている悠。

○道・朝
必死で走っている桜空の後ろから、猛スピードで追いかけてくる犬。

桜空「(息を切らして)やばい、由季、怒ってるかも」
犬「わんっ!」

桜空、振り返って。

桜空「キャーッ」

桜空、必死に走る。
犬、桜空と並走している。
しばらくすると犬が桜空を抜いて行く。

桜空「え? ちょっと、ワンちゃん!」

桜空、犬を追いかける。

○駅・朝
駅前の広場が多くの人で賑わっている。
由季、腕時計を見ながらソワソワしている。
由季の目の前を犬と桜空が走って行く。

由季「桜空? え? 何してんの?」

犬、改札口に着くと耳をピンと伸ばしてお座りする。
改札口から出てくる人々をじっと見ている。
改札口の向こうから帽子とサングラスにマスクを着用しているにもかかわらずスタイリッシュな男(新田(にった)晴琉(はる)(17歳))を見つけると、立って尻尾を激しく振る。
桜空、息切れしながら後ろからそっと犬に近づく。

桜空「ワンちゃん。いいこだね。こっちおいで。そっち行ったらダーメ」

犬、落ち着きが無くなり今にも飛び出して行きそうなそぶり。
桜空、犬が飛び越えていかないように抱く。
男(晴琉)、改札口を出る。
犬、桜空の腕をすり抜け男(晴琉)に飛びつく。
男(晴琉)、尻餅をつく。
犬、男(晴琉)に甘えるような声でクンクン鳴き、顔を舐める。
男(晴琉)のマスクがズレて外れると、スッとした顎のラインがあらわになる。

男(晴琉)「キャプテン? なんで?」

犬と男(晴琉)に見惚れている桜空。

桜空「あの……飼い主の方ですか?」
男(晴琉)「そうだけど、なんか用?」
桜空「(ホッとして)よかった。駅に行く途中追いかけられて追い抜かれちゃったから。迷っているワンちゃんだったら…って心配で」
男(晴琉)「(爆笑)どんな状況だよ。キャプテン、速いだろ?」

桜空、激しくうなずく。

由季「ちょっと、桜空! 早く〜」
桜空「由季ちゃん、ごめん。今行く!」
男(晴琉)「(ハッとして呟くように)桜空……?」

桜空、犬の頭をなでなでして。

桜空「キャプテンって言うんだね。すごいね。1人でお迎えに来れて。一緒に走って楽しかったよ!」
キャプテン「わんっ!」

桜空、キャプテンにバイバイし、男(晴琉)に一礼をするやいなや走って由季の所に行く。

男(晴琉)「(高揚して)え? 待って。マジ? 桜空ってあの?」

×  ×  ×
小さい頃の桜空の屈託のない笑顔。
×  ×  ×

男(晴琉)、微笑んでキャプテンをギュッと抱きしめる。

男(晴琉)「(ハッとして)連絡先!」

男(晴琉)、立ち上がってサングラスを外し桜空を探す。
桜空と由季、走って行く背中が見える。

男(晴琉)「キャプテン、追うぞ!」
キャプテン「わん!」

女子高生の集団、男(晴琉)を見て。

女子高生1「あれ、ピアニストのハルじゃない?」
女子高生2「そうかも。行こう、行こう」

女子高生の集団、男(晴琉)を囲む。

女子高生1「あの、ハルくんですよね?」
女子高生2「ピアノ動画いつも見てます!」
女子高生3「アカウント、フォローしてます!」

ハルと呼ばれた男(晴琉)、愛想笑いしながら目で桜空たちの背中を追う。

ハル(晴琉)「みんな、いつもサンキュー」
女子高生1「写真、一枚だけ! お願いします!」
ハル(晴琉)「(焦りながらも笑って)マジ急いでるんだけど」
女子高生たちみんな「(頭下げて)お願いします!」
ハル(晴琉)「(困惑しながら)うーん、一枚だけね」

女子高生たち、嬉しそうにハル(晴琉)と写真を撮る。
周りの人たち、次々とハル(晴琉)に気付きあっという間に人だかりができる。
ハル(晴琉)の視界から桜空たちが消える。

○セントラルパーク・野外ステージ・朝
『ハワイフェスティバル』の大きな看板が高々と設置されている。
10人のグループが煌びやかな衣装をきてフラダンスをしている。
桜空、ステージの脇で由季の衣装とメイクを直している。

桜空「オッケー。バッチリ」
由季「あー、緊張する。でも、さっきの桜空ママのホットドッグ最高だった」
桜空「全然緊張してないみたいでよかった。由季ちゃん、初めてのソロだもんね。期待されちゃってるんじゃない? 先生に」
由季「(嬉しそうに)そうかな?」
桜空「そうだよ。由季ちゃん、笑顔も踊りもステキだもん」
由季「サンキュー、桜空」

由季、桜空に抱きつく。
曲が変わり、ステージに上がっていく由季。
桜空、眩しそうにステージ上で輝く由季を見ている。
多くの人の前で堂々と音に合わせて踊る由季。

桜空「(呟く)すごいな、由季ちゃんは。それに比べて私は……」

×  ×  ×
コンクール会場。
ステージでピアノを弾き終えた小さな桜空、眩しいほどのライトと拍手喝采。
×  ×  ×

苦しそうな顔をしている桜空。
遠くから誰かが弾いているピアノの音がする。

○同・ピアノ広場・朝
小さい子たちがピアノの周りに集まって思いのまま弾いている。
みんな変わるがわる弾いたり歌ったりしてはしゃいでいる。

○同・野外ステージ・朝
身震いするのを抑える桜空。

桜空「ピアノなんて……」

桜空、その場に苦しそうにうずくまってしまう。