「どうして命令に逆らった! 余がいつ、あの男を殺せと言った!?」

 ジークベルトが皇帝の部屋へ入るなり、怒声が響きわたった。

 イザベラを救出した数日後のこと。

「イザベラを誘拐し、地下牢に閉じ込めたばかりか、彼女を人質に取ったんです。助けるには殺すしかありませんでした」

 ジークベルトは、じっとアレクセイを見つめると、彼は気圧されたように表情を引き攣らせる。

「な、なんだ、その目はっ。まさか余を脅迫しているのか!?」

「何も申しておりません。今回は私の独断で勝手なことをいたし、お詫びのしようもございません。しかしあの男は人身売買や薬物の密輸等、多くの悪事に手を染めていることが判明したのですから、良かったのではありませんか?」

 フリードの息子たちは父親の犯罪の共犯者として拘束されていた。

 イザベラに関しては、彼女は何も知らなかったと訴えた。

 さらにジークベルトや皇太子のレオポルドまで口添えをしたことで、その証言が正しいと判断された。

「問題にしているのは、余の命に背いたことだっ」

「もう二度とこのようなことはいたしません」

「当然だ!」

 アレクセイは顔をますます赤黒く変色させる。

 その時、控え目にノックの音がした。

「何だっ」

 恐る恐る入室してきた侍従が「陛下、会議の時間でございます」と恐る恐る言ってくる。

 ギリッ、とアレクセイは歯ぎしりをした。

「もういい。下がれ」

「御前、失礼いたします」

 ジークベルトは頭を下げると、退出した。

 しばらく廊下を進むと、曲がり角からレオポルドが顔を出す。

「こってり絞られたみたいだね。怒声が廊下にまで響いていて、使用人たちが困惑していたよ」

「仕方ありません。私が命に背いたのですから」

「殺さなければならない状況だったのだろう。仕方がない」

 レオポルドは小さく肩をすくめた。

「殿下はお怒りではないのですか?」

「イザベラ嬢を救うための行動だ。何も言うことはない。父上も、一時的に感情的になってはいるけど、そのうち冷静になってくれるだろう。大丈夫。父上には、ジークベルトが必要だ。何か罰を与えられることはないよ」

「ご理解頂き、ありがとうございます。それから、イザベラに口添えをして頂き、ありがとうございます。あれがなければ、罪に問われていた可能性がありました」

「友の妻だからね、助けるのは当然だよ」

「友……」

「僕はそう思っているよ」

 ジークベルトは頭を下げ、その場を後にした。



 「ジーク様!」

 屋敷に戻るなり、イザベラが心配そうな顔で駆け寄ってくる。

「どうしたんだ?」

 ジークベルトはそうするのが当たり前であるかのように、イザベラを抱き寄せる。

 ずっとイザベラの顔が見たいと思っていたから、屋敷について一番すぐに彼女を見られるだけで幸せな気分になる。

 イザベラは心配そうな顔をしている。

「今回の件で、陛下から何かお咎めがあったりはしませんでしたか? 今回は私のためとはいえ、その……父を……」

「全て問題ない。これからは勝手なことをするなと釘を刺されただけだ」

「それは大丈夫と言っていいのでしょうか」

「不安か?」

「……というより、申し訳ないんです。今回の一件で、ジーク様と陛下の間の信頼関係にひびが入るのではないかと」

 笑ってしまう。

 信頼関係? そんなものがアレクセイとの間に存在するはずがない。

 元より忠誠心などないのだから。

「心配する必要はないが、もし、陛下がお怒りになり、許さないと言われれば、国を捨てればいい。」

「えっ!?」

「そんなに驚くことか? 俺とイザベラ。二人ならどこでもやっていける、だろ?」

「確かにそうですけど……ってそうではなくて……ジーク様は公爵ですし、陛下にとっても大切な存在で……」

「俺にとっては大切でもなんでもない。父からそうしろと言われたからやっているだけに過ぎない。他にしたいことも特になかったからな。――イザベラ。俺の首に初めて枷を嵌めたのは、お前なんだ。決して壊れようのない枷を。父上でも、陛下でもない。イザベラ以上に、大切な存在などないんだ」

「それは……すごいことね」

「ああ、誇ってくれ」

 ジークベルトはイザベラの手を取り、指先に優しく唇を落とす。

 くすぐったいのか、イザベラはぴくっとかすかに反応する。

 早く、彼女の柔らかな小鳥のように優しい声で愛していると言ってほしい。言わせたい。