ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

(ジークベルトをヒロインに惚れさせるにはどうしたら……)

 イザベルは一人、公爵邸内の植物園でお茶を飲みながら考えに耽っていた。

 現在、ジークベルトは任務の関係で、数日は戻れないようだった。

 そこへメイドが現れる。

「マーガレット・ハニーベリー様という方が、奥様とお会いしたいといらっしゃっておりますがいかがなさいますか?」

「え……」

「お引き取り願いましょうか?」

「いいえ。会うわ。通して」

「かしこまりました」

(マーガレットから来てくれるなんて。そんなシナリオはゲーム中にはなかったけど、私がそもそも生存している訳だから、流れが違っていてもおかしくないわよね)

 栗色のボブカット、青い瞳の可愛らしい女性がメイドに付き添われて、やってくる。

(さすがはヒロイン、可愛い!)

 マーガレットはプレイヤーの分身だからゲーム中ではスチールでしかその姿は見られない。だからこそ、こうしてちゃんと向き合うと、見とれてしまう。

 乙女ゲームの主役に相応しい。

(もしかしたらお友達になれたり?)

 そんなことを考える。

「はじめまして、イザベル様。マーガレット・ハニーベリーと申します」

「よくいらっしゃったわ。さ、おかけになって」

 メイドがお茶と追加の茶菓子を持ってくる。

「ありがとうございます」

 マーガレットがにこりと微笑んで礼を言う。

 メイドが去って二人きりになる。

「マーガレットさん、それでどうしてうちに――」

「……あんた、一体何者なの」

 使用人たちが去ったかと思いきや、今の今まで彼女が伴っていたぽわぽわした雰囲気が一気に消し飛び、ドスの利いた声が聞こえてきた。

「え」

「イザベラはとっくにジークベルトの正体を知って、殺されてるはずでしょ!? なんで、生きてるのよっ!?」

「……どうして、そのことを」

「聞いてるのはこっちなんだけど!?」

 前世のチンピラのようなしゃべり方と、マーガレットの可愛らしい顔とのギャップで、混乱してしまう。

「まさか、あなた、転生者……?」

「やっぱりあんたも、だったのね。つい最近、流行ってる保湿クリームとか絆創膏とかその他もろもろの商品を作ってるの、あんたねっ!」

 イザベラは勢いに推され、頷く。

「やっぱり! まあそれはどうでもいいわ。そんなことより、なんでジークベルトとちゃっかり夫婦やってんの!? ジークベルトは、主人公である私のものなんだから、さっさと返しなさいよ!」

「お、落ち着いて……」

「落ち着いていられる訳がないでしょうが! この泥棒モブ女! 私はね、ジークベルトが推しなの! なのに、私がいくら何を言っても相手にされないし、一目惚れしないし! 何をしたの!? チートでも使ったんじゃないでしょうね!?」

 苛立ったマーガレットはテーブルを思いっきり叩く。

 ガチャン、と音を立てたティーカップが揺れ、中身がこぼれた。

(この転生者、狂暴すぎる……こんな人が主人公をやってるなんて……ショックだわ……)

 確かにヒロインとしては困った展開だろうが、それにしたっていくらなんでもこれは。

「……もしかして同担拒否の人、ですか?」

「そうだけど、何か文句でもある!?」

「い、いえ」

 ここで危うく、私もジークベルトは推しなんですと口を滑らした日には、どんな目に遭わされるか分かったものじゃない。

「第一、ジークベルトが私に恋に落ちなきゃ闇を払えないのよ!? 世界が闇に包まれて、世界中の連中が死ぬの! 世界が滅びるの! それでもいい訳!? そんなことになったら、責任取れるの!?」

「それは私だって困ります」

「それじゃあ、何とかしなさいよ!」

「分かりました。それじゃ、改めてお二人が会える場を設けますので、それで……」

「本当でしょうねっ」

 下から思いっきり睨め上げられてしまう。

「私だって、今のこの状況は予想外なんです。ジーク様があなたに一目惚れして、私は離婚を切り出されるとばかり思ってたので……」

「いいわ、じゃあ、ちゃんとやんなさいよね!」

「は、はい……」

「じゃ、帰るからっ」

 マーガレットはクッキーを一枚つまんで、植物園を後にした。

 心臓がドキドキする。

(こ、怖すぎる……!!)