「はい、これで出来上がり。」
「ありがとう、ママ。」

キュッと締めた帯の形を整えて、姿見で確認する。
白地に淡い水縹色の紫陽花が咲いた浴衣に梅鼠色の帯、結われた白銀に浴衣と同じ花の簪を身につけていた。

「うん、よく似合ってるわ。それにしても珍しいわねぇ、美月が花火大会に行くなんて。」
「遙に誘われたし、たまにはいいかなって思って。」
「そう。まあ気をつけて、楽しんでらっしゃい。」
「うん、行ってきます。」

母に見送られて、遙との集合場所に向かった。
ちょっと着付けに時間かかっちゃったな…と時間を見ながら少し遅れるかもと連絡を入れた。
足早に向かうと、段々と人が多くなっていく。

「えっと、確かこの辺りにいるって……。」
「あ、美月!こっちこっち!」

大きく手を振ってくれている彼女の元に行くと、他の2人も既に来ていることを教えてくれた。

「ごめんね、遅くなって。」
「大丈夫大丈夫!それより、美月めちゃくちゃ綺麗!」
「ありがと。遙もよく似合ってるよ、可愛い。」
そういうと遥は嬉しそうに笑った。
「そういえば、他の2人はどこに?」
「先に着いたってLINE来てたけど、どこにいるんだろ…。」
「じゃあ電話でもするか、LINEじゃ気づかなそうだし…。」

そう思い、スマホを取り出した時。

「おーい!」

と少し離れたところから声がした。
その方向を見ると、2人がこちらの方に手を振っていた。

「あ、いたね。」
「う、うん…。」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと緊張しちゃって…。」
「あぁ、大丈夫よ。こんなに可愛いんだから、自信持って!」
「うん…ありがと。」

そう言って彼女の顔から少しだけ緊張の色が消えた。
恋をすると女の子は可愛くなるって本当だな…なんて考えた。

「悪い、人が多くて…」
「大丈夫大丈夫!人多いもんね。あ、そうだ。佐藤くん、紹介するね。この子が鍵倉 美月ちゃん。」
「こんばんは、鍵倉です。」
「どうも、佐藤 翔です。」

軽く挨拶をして私たちは屋台を回ることにした。

「あ、りんご飴といちご飴!」
「ほんとだ、美味しそうだね。」
「あ、じゃあ俺買ってくるよ。みんなどっちにする?」

そう佐藤君が私たちに聴いてくれた。

「俺りんごで。」
「私はいちごかな、遙は?」
「私もいちごにしようかな。」
「りょーかい。んじゃ並んでくるわ。」
「あっ、私も一緒に行くよ!」

そう言って佐藤君と遥は2人で屋台に並んでくれた。
ふと横を見るとあまり顔色が良くなかった。

「…鈴咲くん、大丈夫?」
「…なんとか…。」
「人酔いかな、2人が戻ってきたら少し人の少ないところ探す?」
「いや、大丈夫。屋台回りたいし…。」
「あの2人で回って貰えばいいんじゃない?なんかいい感じだし、ほら。」

少し遠くで並んでいる2人に視線を向けると、楽しそうに会話していた。

「ほんとだ…って、あの2人付き合ってるのか!?」
「いや、多分まだだと思うけど…。」
「マジか…。だから佐藤のやつ、そわそわしてたんだな…。」
「そうなの?じゃあ、うまくいくかもしれないね、あの2人。」

さっきまで少し緊張顔をしていたのに、2人とも楽しそうに会話していて微笑ましかった。

「翔のやつ、言ってくれればいいのに…。」
「気を使わせたくなかったんじゃない?」

そんな会話をしているとと2人が戻ってきた。

「お待たせ!はい、いちごだったよね?」
「うん、ありがと。」

屋台の明かりが当たって艶やかないちごを受け取って頬張ると、口いっぱいに飴の甘みといちごの微かな酸味が広がった。

「ん!美味しい!」
「ほんと、甘くて美味しい!」

いちご飴なんて食べたのは久しぶりだったから、もう1本買うか悩んでしまった。

「そういえば、花火何時からだっけ?」
「確か20時半ぐらいだったはず。」
「んじゃ、もう少し回れそうだな。」

そんな3人の会話が聴こえてきて、少し悩んだが言うことにした。

「あっ、ごめん。慣れない下駄で足を痛めちゃって、ちょっと向こうで座ってるから回ってて?」
「え、大丈夫?一緒にいるよ。」
「大丈夫大丈夫、せっかくのお祭りだから楽しんでおいで。」

ちょいちょいと遙に手招きをして、
「それに、私と鈴咲くんいない方が距離縮められるでしょ。」
と耳打ちする。

「!、ありがとう、美月。」

私の意図に気がついたようで、素直に引いてくれた。

「でも女子1人じゃ危ないんじゃ…、俺残ろうか?」
「俺が残るよ、佐藤は四宮と一緒に色々見て回ってあとで合流しようぜ。それでいいか?」

朔くんも私の意図に気が付き2人が一緒になれるようにそう提案し、こちらに目配せをする。

「うん、ありがとう。」

そうして2人は一緒に人混みの方へ歩いて行った。
それとは逆に、私たちは人の少ない場所を探して歩き始めた。

「ありがとう、私の意図に気づいてくれて。」
「どういたしまして、足は平気なのか?」
「大丈夫だよ。」

嘘、慣れない下駄で早歩きして鼻緒が擦れて小さな痛みがずっと続いている。

「とりあえずあそこで休憩しよ。」

小さな茂みを抜けた先にはベンチと街灯があった。

「誰もいないな…。」
「みんな近くで見るために必死だからね…。毎年こうなんだよ。」
「…よく知ってるな、よく来てたのか?」
「うん、この髪色だから目立っちゃって人の多い場所は苦手なんだ。」

苦手だった、この髪色に目の色も。
揶揄われるし、人の視線が向けられるのも。今も、実は少し苦手。

「…、…。」
「どうしたの?」
「いや、ほら…俺もその髪よく見てたから…。」

あぁ、そんなことを気にしていたのか…。

「ふふっ、知ってるよ。でも、鈴咲くんはそれでからかったりはしなかったでしょ?」
「でも、嫌だったんじゃ…。」
「嫌だったら言ってるよ、見るなってね。」
「んー、鍵倉がいいならいいんだけど…。」
「うん、鈴咲くんは平気。とりあえず座ろ?」

2人でベンチに腰掛けてふと息をつく。
後ろの方から楽しそうな人たちの声や、お祭りの音楽が聞こえてきた。

「ようやく落ち着けるね。」
「そうだな…ってそれより、さっき平気って言ってたけど足痛いんだろ。」

「…どうしてそう思うの?」
「いつもより歩幅が小さかったし、足庇うように歩いてたから。」

よく見てるな…と素直に感動した。

「…鼻緒が擦れて少し痛いだけだよ。」
「絆創膏は?」
「あるけど、なんで?」
「貼るから貸して。」
「貼るって、鈴咲くんが?」

思わず大きな声で言いそうになったのを必死に抑えて言ったけど、多分意味はなかった。

「浴衣じゃ貼りにくいだろ?」
「そ、うだけど…。」
「痛いままは嫌だろ、ほら。」
「う、…。」

籠巾着から母から受け取った救急セットを取り出して渡した。

「お、消毒液も入ってる。」
「ママが用意してたの。私が鼻緒擦れになるのわかってたみたいだね…。」
「流石…、ちょっと触るけどいいか?」
「ん。」

浴衣の裾を少し上げて下駄を脱ぐと、擦れた部分には血が滲んでいた。

「血滲んじゃってるじゃん、よく歩けたな…。」
「そんなに酷くなってるとは思わなくて、」
「とりあえず消毒するから、少し滲みるかも。」

そう言って丁寧に消毒をした後、絆創膏を貼ってくれた。

「ん、ありがとね。」
「いいよ、さっきのお礼。」

下駄を履き直すと、手当したおかげで痛みは無くなっていた。

「どう?」
「うん、大丈夫。ありがとう。」
「良かった、でも無理すんなよ?」
「はーい。」

雑談しながら、残っていたいちご飴を頬張る。
不思議とさっき食べたよりも甘く感じたけど、気のせいだろうと思った。

「花火、もうすぐだけど合流するか?」
「あー…、どうしよっか。ちょっと遙にLINEしてみる。」
「おう。」

スマホを確認すると、遙からLINEが来ていた。

「遙たち、もう花火の場所取ってくれたみたい、私たちも向こう行こっか。」
「仕事早いな、あいつら…。」
「それだけ楽しみなんでしょ。」

ゆっくり立ち上がって、足の痛みを確認する。

「…痛いのか?」
「いや、平気。ちょっと確認しただけ。」
「そっか、じゃあ行こうぜ。」
「うん。」

私の足を気遣ってか、普段よりもゆっくりな足取りで歩き始めた。
家が近所だとわかった時からなんとなく一緒に帰るようになった。
だからこそわかる、いつも歩幅を私に合わせてくれていることに。
そんな気遣わなくてもいいのに、と思いながらも言葉にはしなかった。

「あっ、…。」
「っと、すんませーん。」

後ろの方からぶつかられてしまい、躓いてしまった。
慣れない下駄のせいもあって前に倒れそうになって、咄嗟に何かに捕まろうと手を伸ばすと誰かにぐっと掴まれた。

「えっ、?」

思わず声を零して、掴んだ人が誰なのか確認すると鈴咲くんだった。

「鍵倉、大丈夫か?」
「あっ、うん…ありがと。よく反応できたね、私の前を歩いてたのに…。」
「まぁ、大体わかるよ。」
「…そっか。」
「とりあえず進もう。」
「あっ、うん。」

けれど、またさっきみたいなことが起こりうるかもしれない。
どうしよう、と悩んでいたら。

「嫌かもしれないけど、着くまで我慢してくれな。」

控えめに手を取って逸れないよう引いてくれた。
鈴咲くんの考えとは裏腹に、嫌だなんて微塵も思わなかった。

「…ありがと、朔くん。」
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。」

人の声でかき消されてしまった言葉の代わりに、小さく手を握り返した。
けれど進めば進むほど、人は増えていくだけだった。

「………。」

このままだと逸れかねない、そう思って私から繋ぎ方を変えた。

「!」

振り返りはしなかったけど、驚いたのが肩口でもわかった。
それがどこか面白くて、思わず笑ってしまいそうになったけれどなんとか飲み込んだ。

「あっ、美月!」
「お待たせ。」
「朔も、遅かったな。」
「悪い悪い、人が多くてさ。」

合流したタイミングで、まもなく上がると放送が流れた。
少し待つと1発目が上がった。
それに続くように2発、3発と連続で上がっていく。
鮮やかに咲いて散る花に、人の視線は空に釘付けになっていた。

「綺麗…。」
「だなぁ…。」

そう小さく会話した後は、ただ花火を見ていた。
合流した時に離した筈の手はどちらからともなく繋がれた。
最後の1発が散るまで、離れることはなかった。