半分は冗談。半分は本気だった。
だって、あたしの方が、ずっと、ずっとずっと前から、ひかりのこと、好きなんだもん。
決行日は、九月二十日。琴平サンの誕生日パーティーと称して、彼女の運命を決めてあげるの。
死んだらラッキー。死ななくても、あたしとしては、日頃の鬱憤を晴らせるから、良い。ウィンウィン、ってやつ。
でも、あたしとひかりと、琴平サンの三人だけだと、ちょっと寂しいじゃない? んーん、違うの、本当に琴平サンが死んじゃったときに、彼女のために泣くひかりを見たくないだけなのよ。
だからね、ちゃんと仲間を呼んだの。彩香と、愛良と、亜梨沙。もちろん、今回あたしがやろうとしてることは事前に伝えてあるし、何だか知らないけど彼女たちも琴平サンに思うところがあるらしく、あっさりと承諾してくれた。あたしってば、いい友達に恵まれたわ。
夜風が心地良かったからかな、前日はとても素敵な夢をみれた。
二人で街を歩いていた。ひかりと、体温を手先から伝え合いながら。落ちつつある夕陽を背に。伸びる影も繋がってて、二人で一つみたい。
でも、商店街も駅も、がらんとしていて、車だってひとつも通らなかった。
「人っ子一人いないね」
透き通った声で、ひかりが呟く。こてんとあたしが首をかしげると、「私たち以外、誰もいないってことだよ」と丁寧に説明してくれる。その優しさに嬉しくなって、手に力がこもった。
「もう、痛いよ」
からからと笑いながら、ひかりの方からも力が伝わってくる。ぎゅっと固く結ばれたあたしたちは、きっと誰にも割くことなんてできっこない。
「ねえ、楓」
なあに、と聞くと、ひかりは歩みを止めて、あたしから手を離した。
途端に不安が渦巻く。ひかりが手を離したら、あたしから手を繋ぐことはできないじゃない。
なんでそんな酷いこと、と喉まで出てきた。違った、ひかりは両手を広げて、ちょっとそっぽを向きながら、頬と耳を赤らめて、言った。
「ちょっと、寒くなっちゃった」
……夢って無慈悲だ。ここで目が覚めてしまった。続きは現実で、ということかな。
カーテンを開けると、すっきりとした秋晴れが広がっていた。まるで楓の未来を表しているかのよう、なんて、ひかりなら言ってくれそう。
でも、本当のひかりは、『楓』なんて名前で呼んでくれない。彼女はいつだってあたしのこと、『須崎さん』って呼ぶ。わかってるよ、夢と現実の区別は、ちゃんとつけてるの。
◇◆◇
ちょうどお昼ご飯を食べきった頃、インターホンが鳴った。画面を確認すると、ひかりに、彩香、愛良、亜梨沙、それから琴平サン。みんなちゃんと来てくれたみたい。通話、のボタンを軽く押すと、風切り音がごうごうといった。
「はぁい、今開けるね〜」
終了、のボタンを押し、駆け足で玄関に向かう。今にも上がりきってしまいそうなほっぺを押さえながら。
ドアを開けて真っ先に目に入ったのは、琴平サンの顔だった。
思わず眉をひそめてしまいそうになるが、ギリギリのところで我慢する。
「みんないらっしゃい、待ってたよ」
上手く口角は上げれているだろうか。鏡がないからわからない。
「こちらこそ、ありがとね」
琴平サンが憎たらしい笑顔を浮かべる。一瞬反射でドアを閉めそうになるが、我慢我慢。
あたしわかってるよ、いつもその笑顔でひかりを惑わしてるんでしょ? でもそれも今日で終わり。
「さぁさぁ中に入って、お菓子は用意してあるよ〜」
表はにこにこ笑顔で。絶対に仕留めてみせる。あたしが、あたしこそが、ひかりの隣にふさわしいんだから。
◇◆◇
最初は、お菓子をつまみながら、ちょっとした雑談。数学が難しいー、とか、国語の先生が面白いー、とか、今部活はこんなことをしててー、とか。
実は、あたしとひかりは入っている部活が違うから、関わりを持てるのが教室くらいしかない。だから話題は尽きないの。大体琴平サンに邪魔されるんだけどね。
でも今日、憎き彼女のために誕生日会を開いてよかった。
「須崎さん、改めてなんだけど」
「ど、どうしたの、ひかりちゃん」
お菓子を食べる手を止めて、正座したひかりがあたしの方を微笑んで見つめてくる。こんなことは人生で初めて。
「鳴海の誕生日会、開いてくれてありがとう」
深々とお辞儀される。
「いや、そんな、でも」
手をわたわたと顔の前で振りながら、ついどもってしまう。ほっぺが熱い。
ふふ、と小さくひかりが笑った。ああ、嬉しい、今すぐ抱きしめてしまいたいくらい。
まだ我慢、まだ我慢、と心の中で唱えながら、でもひかりの顔を見たくて、口に手を当てながら彼女の方を見る。
純度の高い、煌めいた瞳に、長く伸びた艶のある黒髪。好き。大好き。
「こちらこそ、来てくれてありがとう……」
自分でつぶやいた声に、どこか胸がちくりと傷んだ気がした。
それから、トランプで適当に遊んで、カラオケアプリで歌いあって、人狼ゲームして、気がついたら日が傾き始めて。ついに計画を実行する時が来た。
あたしは用意していた言葉を、さも今思いついたかのように吐き出す。
「ねえ、布団投げ大会しない?」
「なにそれ、面白そう」
「そこは枕じゃないんだ」
「楓はいつも変なこと言い出すね」
事前打ち合わせした三人は、二つ返事で乗ってくる。当然よね。これで裏切られたら、それこそちょっと殺しかねない。
ひかりの顔をじっと見つめる。彼女は顎に手を当てながら、ふんわりと笑った。
「いいと思うよ。ね、鳴海」
「う、うん」
琴平サンの顔には少し戸惑いが見えたけど、そんなことはどうでもいい。
「そうこなくっちゃね!」
あたしは部屋にある、ありとあらゆる布団を一気に解放する。白、ピンク、青、いろんな色の、いろんな素材が宙を舞う。
こういうことは、言い出しっぺから始めるべき。適当に掴んで、琴平サンめがけて思い切り投げる。布団は重力に引っ張られながらも、何とか彼女に当てることができたようだ。
「これは、すごく埃が舞いそうだねぇ」
ひかりは目を細め、ぼそりと呟いた。
そうして、みんながみんなに投げ合って、ごちゃごちゃのぐちゃぐちゃになって、笑い声で溢れかえった頃、遂にあたしは琴平サンの肩を思い切り押し、そのまま倒す。
え、と微かに耳元でなる声すら、あたしにはひどく不愉快だ。
ごちん、と鈍い音が鳴る。でも誰にも咎められない。
そのまま一緒に布団も被って、あたしと琴平サン、二人きりの空間を作る。
琴平サンは目をまんまるにして、こちらを見つめている、ような気がした。薄暗いからよくわからない。わからなくていい。
そのまま手探りで彼女の細い首に手をかけて、ゆっくり、ゆっくりと力を入れる。
「ちょ、っと……⁉︎」
手首にヒヤリとした感触が伝わってきた。きっと彼女が掴んでいる。でも、琴平サンは文化部。運動部のあたしに敵うわけがない。
どちらかの鼓動が早くなるのを感じる。彼女とあたしの息が溶け合って、熱を生み出す。静かに喘いでいる。その様子が、すごく、すごくすごくすっごく気持ちいい。
手の触覚が、彼女の振動を何一つ、たがうことなく伝えてくる。ああ、ああ、死にそう、死んでくれ、いなくなってくれ、息を引き取って、早く、早く、はやく——
「鳴海、どこにいるの?」
その声は、耳を割いてきた。瞬間、力が抜ける。
……ああ、やっぱり、そっか。
所詮、あたしの片想いなんだ。
全身の力がするすると抜ける。騒いでいた仲間たちもすっかり静まり返って、いい加減電気付けようか、と、彩香か、愛良か、亜梨沙が言っていた。
被っていた布団が剥がされる。恐る恐る後ろを振り返ると、微塵も笑っていない、ひかりがいた。
「鳴海、帰ろう。須崎さん、離してくれないかな」
「ぇ、あ、うん……」
琴平サンの上から降りると、ひかりは慣れた手つきで彼女を起こす。大丈夫? と一つ心配をしながら、二人分の荷物を持って、振り返らずに出てってしまう。
酸素の足りない頭が、ぼんやりと考える。
叱ってすらくれないのね。感情をむき出しにして、噛みついてすらこないのね。
心の中で、あたしの固まっていた何かが溶けていく。元の形すら思い出せないくらい、ぐちゃぐちゃに。
だって、あたしの方が、ずっと、ずっとずっと前から、ひかりのこと、好きなんだもん。
決行日は、九月二十日。琴平サンの誕生日パーティーと称して、彼女の運命を決めてあげるの。
死んだらラッキー。死ななくても、あたしとしては、日頃の鬱憤を晴らせるから、良い。ウィンウィン、ってやつ。
でも、あたしとひかりと、琴平サンの三人だけだと、ちょっと寂しいじゃない? んーん、違うの、本当に琴平サンが死んじゃったときに、彼女のために泣くひかりを見たくないだけなのよ。
だからね、ちゃんと仲間を呼んだの。彩香と、愛良と、亜梨沙。もちろん、今回あたしがやろうとしてることは事前に伝えてあるし、何だか知らないけど彼女たちも琴平サンに思うところがあるらしく、あっさりと承諾してくれた。あたしってば、いい友達に恵まれたわ。
夜風が心地良かったからかな、前日はとても素敵な夢をみれた。
二人で街を歩いていた。ひかりと、体温を手先から伝え合いながら。落ちつつある夕陽を背に。伸びる影も繋がってて、二人で一つみたい。
でも、商店街も駅も、がらんとしていて、車だってひとつも通らなかった。
「人っ子一人いないね」
透き通った声で、ひかりが呟く。こてんとあたしが首をかしげると、「私たち以外、誰もいないってことだよ」と丁寧に説明してくれる。その優しさに嬉しくなって、手に力がこもった。
「もう、痛いよ」
からからと笑いながら、ひかりの方からも力が伝わってくる。ぎゅっと固く結ばれたあたしたちは、きっと誰にも割くことなんてできっこない。
「ねえ、楓」
なあに、と聞くと、ひかりは歩みを止めて、あたしから手を離した。
途端に不安が渦巻く。ひかりが手を離したら、あたしから手を繋ぐことはできないじゃない。
なんでそんな酷いこと、と喉まで出てきた。違った、ひかりは両手を広げて、ちょっとそっぽを向きながら、頬と耳を赤らめて、言った。
「ちょっと、寒くなっちゃった」
……夢って無慈悲だ。ここで目が覚めてしまった。続きは現実で、ということかな。
カーテンを開けると、すっきりとした秋晴れが広がっていた。まるで楓の未来を表しているかのよう、なんて、ひかりなら言ってくれそう。
でも、本当のひかりは、『楓』なんて名前で呼んでくれない。彼女はいつだってあたしのこと、『須崎さん』って呼ぶ。わかってるよ、夢と現実の区別は、ちゃんとつけてるの。
◇◆◇
ちょうどお昼ご飯を食べきった頃、インターホンが鳴った。画面を確認すると、ひかりに、彩香、愛良、亜梨沙、それから琴平サン。みんなちゃんと来てくれたみたい。通話、のボタンを軽く押すと、風切り音がごうごうといった。
「はぁい、今開けるね〜」
終了、のボタンを押し、駆け足で玄関に向かう。今にも上がりきってしまいそうなほっぺを押さえながら。
ドアを開けて真っ先に目に入ったのは、琴平サンの顔だった。
思わず眉をひそめてしまいそうになるが、ギリギリのところで我慢する。
「みんないらっしゃい、待ってたよ」
上手く口角は上げれているだろうか。鏡がないからわからない。
「こちらこそ、ありがとね」
琴平サンが憎たらしい笑顔を浮かべる。一瞬反射でドアを閉めそうになるが、我慢我慢。
あたしわかってるよ、いつもその笑顔でひかりを惑わしてるんでしょ? でもそれも今日で終わり。
「さぁさぁ中に入って、お菓子は用意してあるよ〜」
表はにこにこ笑顔で。絶対に仕留めてみせる。あたしが、あたしこそが、ひかりの隣にふさわしいんだから。
◇◆◇
最初は、お菓子をつまみながら、ちょっとした雑談。数学が難しいー、とか、国語の先生が面白いー、とか、今部活はこんなことをしててー、とか。
実は、あたしとひかりは入っている部活が違うから、関わりを持てるのが教室くらいしかない。だから話題は尽きないの。大体琴平サンに邪魔されるんだけどね。
でも今日、憎き彼女のために誕生日会を開いてよかった。
「須崎さん、改めてなんだけど」
「ど、どうしたの、ひかりちゃん」
お菓子を食べる手を止めて、正座したひかりがあたしの方を微笑んで見つめてくる。こんなことは人生で初めて。
「鳴海の誕生日会、開いてくれてありがとう」
深々とお辞儀される。
「いや、そんな、でも」
手をわたわたと顔の前で振りながら、ついどもってしまう。ほっぺが熱い。
ふふ、と小さくひかりが笑った。ああ、嬉しい、今すぐ抱きしめてしまいたいくらい。
まだ我慢、まだ我慢、と心の中で唱えながら、でもひかりの顔を見たくて、口に手を当てながら彼女の方を見る。
純度の高い、煌めいた瞳に、長く伸びた艶のある黒髪。好き。大好き。
「こちらこそ、来てくれてありがとう……」
自分でつぶやいた声に、どこか胸がちくりと傷んだ気がした。
それから、トランプで適当に遊んで、カラオケアプリで歌いあって、人狼ゲームして、気がついたら日が傾き始めて。ついに計画を実行する時が来た。
あたしは用意していた言葉を、さも今思いついたかのように吐き出す。
「ねえ、布団投げ大会しない?」
「なにそれ、面白そう」
「そこは枕じゃないんだ」
「楓はいつも変なこと言い出すね」
事前打ち合わせした三人は、二つ返事で乗ってくる。当然よね。これで裏切られたら、それこそちょっと殺しかねない。
ひかりの顔をじっと見つめる。彼女は顎に手を当てながら、ふんわりと笑った。
「いいと思うよ。ね、鳴海」
「う、うん」
琴平サンの顔には少し戸惑いが見えたけど、そんなことはどうでもいい。
「そうこなくっちゃね!」
あたしは部屋にある、ありとあらゆる布団を一気に解放する。白、ピンク、青、いろんな色の、いろんな素材が宙を舞う。
こういうことは、言い出しっぺから始めるべき。適当に掴んで、琴平サンめがけて思い切り投げる。布団は重力に引っ張られながらも、何とか彼女に当てることができたようだ。
「これは、すごく埃が舞いそうだねぇ」
ひかりは目を細め、ぼそりと呟いた。
そうして、みんながみんなに投げ合って、ごちゃごちゃのぐちゃぐちゃになって、笑い声で溢れかえった頃、遂にあたしは琴平サンの肩を思い切り押し、そのまま倒す。
え、と微かに耳元でなる声すら、あたしにはひどく不愉快だ。
ごちん、と鈍い音が鳴る。でも誰にも咎められない。
そのまま一緒に布団も被って、あたしと琴平サン、二人きりの空間を作る。
琴平サンは目をまんまるにして、こちらを見つめている、ような気がした。薄暗いからよくわからない。わからなくていい。
そのまま手探りで彼女の細い首に手をかけて、ゆっくり、ゆっくりと力を入れる。
「ちょ、っと……⁉︎」
手首にヒヤリとした感触が伝わってきた。きっと彼女が掴んでいる。でも、琴平サンは文化部。運動部のあたしに敵うわけがない。
どちらかの鼓動が早くなるのを感じる。彼女とあたしの息が溶け合って、熱を生み出す。静かに喘いでいる。その様子が、すごく、すごくすごくすっごく気持ちいい。
手の触覚が、彼女の振動を何一つ、たがうことなく伝えてくる。ああ、ああ、死にそう、死んでくれ、いなくなってくれ、息を引き取って、早く、早く、はやく——
「鳴海、どこにいるの?」
その声は、耳を割いてきた。瞬間、力が抜ける。
……ああ、やっぱり、そっか。
所詮、あたしの片想いなんだ。
全身の力がするすると抜ける。騒いでいた仲間たちもすっかり静まり返って、いい加減電気付けようか、と、彩香か、愛良か、亜梨沙が言っていた。
被っていた布団が剥がされる。恐る恐る後ろを振り返ると、微塵も笑っていない、ひかりがいた。
「鳴海、帰ろう。須崎さん、離してくれないかな」
「ぇ、あ、うん……」
琴平サンの上から降りると、ひかりは慣れた手つきで彼女を起こす。大丈夫? と一つ心配をしながら、二人分の荷物を持って、振り返らずに出てってしまう。
酸素の足りない頭が、ぼんやりと考える。
叱ってすらくれないのね。感情をむき出しにして、噛みついてすらこないのね。
心の中で、あたしの固まっていた何かが溶けていく。元の形すら思い出せないくらい、ぐちゃぐちゃに。

