「俺の女に何してんだ、お前ら」
凍てつくような視線で、白綾君が男子と野田君をにらみつけていた。
「し、し、白綾……っ?!」
鼻でもぶつけたのか鼻血を流し始めた男子は、我が校最強ヤンキーの一人とうたわれる白綾美咲の登場に狼狽している。そして旗色悪しと判断したのか、這うようにして逃げ出した。野田君に握られた弱みより、白綾君にシメられる方が恐ろしかったんだろう。
「俺の……女……?」
どういう意味? と白綾君を見つめると、彼は首を傾げた。
「俺達、膝枕もした仲だろ」
無表情で私の横を通り抜けると、白綾君は後ずさる野田君との距離を詰めていった。
「野田。お前、小春を脅したな」
私と野田君は同時にびくりと肩を揺らした。野田君は恐怖のためだろうけど、私は下の名前を呼ばれた驚きからだ。
「し、仕方ないだろ、僕はこんな方法でしか、交渉できないから……っ」
白綾君が容赦なく野田君の胸ぐらをつかむ。
「お前みたいな弱い奴見てると、反吐が出るよ。他人の秘密をこそこそ嗅ぎ回って楽しいか?」
すると野田君は自棄になったのか、かなりの剣幕で白綾君に食ってかかった。
「白綾なんかにわかってたまるかよ! 弱い人間の気持ちなんて! 僕は不良に絡まれて、腕と足を骨折したことがあるんだ! これは僕の処世術で、身を守るにはこうするしかなかったんだよ!」
そんな。だったら――。
「だったら、私に言ってくれればよかったのに」
私は小声で言っていた。そんな卑怯なやり方しなくたって、まともに相談してくれたら、力になったのに。
白綾君は私に「黙ってろ」と言うと、野田君の方へ顔を戻す。
「なら、今度めんどくせー奴に絡まれたら俺に言え。最近近寄る奴がいなくなってきて暇だから、代わりに遊んできてやるよ」
「え……?」
まさか、あの白綾君の口から出たとは思えない提案だった。面倒くさがりで何でも傍観を決め込む彼が、野田君の助けになろうとするなんて。
「モディバのトリュフチョコで手を打つわ」
「……え?」
野田君から手を離すと、白綾君はスマホを操作し始めて画面を突きつけた。
「金をとったらカツアゲとか言われて周りがうるさいからな。お前が好意で俺にチョコをおごってくれればいいわけ」
画面をのぞきこんだ野田君は、「高っ!」と声をあげた。私も近づいてのぞいてみたけど、十二粒入りで七千円近くする。
「もしくは大まけにまけて別の店のマカロンでもいいけど」
と見せてきたのは十個詰め合わせで五千円するものだ。どっちも安くはない。さすが甘党らしく、スイーツ好きのようだった。
白綾君は野田君の肩を軽く叩いた。
「お前ってすごい幸運だと思わない? 俺の小春に最悪な口説き方したのに許されて、いざという時は俺が助けてやるって言うんだからさ」
確かにすごい。日頃の白綾君の行動とはかけ離れている。報酬は安くはないけれど。
困惑したような野田君の顔を眺めて、白綾君は薄笑いを浮かべた。
「これくらいで勘弁してやるよ」
止める暇もなく、白綾君は野田君に頭突きを食らわせた。ただ、喧嘩慣れした私から見て、かなり手加減したものではあった。
尻餅をついてうめき声を出す野田に、白綾君はこう言い放った。
「二度と小春に近づくな」



