君を知りたい膝枕



 * * *

 その翌日。私は彼と目が合わせられなかった。
 いや、前から目なんて合わせてなかったけど。

 誰かにバラされたらどうしようとハラハラしてたものの、考えてみれば白綾君は誰かと親しげに噂話をするような男子ではない。スマホを見たり欠伸をしたり板チョコにかぶりついたりと、いつも通り一人で過ごしている。
 私の周りに変化はないし、紗菜も普通に接してくる。

(白綾君も、私の過去を知ったからって、その情報をどうこうするつもりはないってことかな……)

 そうやって誰かを強請るような卑怯な人には見えない。
 ますますこれから彼とどう接していけばいいのかわからなくて、私は頭を抱えるしかなかった。

 そして、なんとなくそわつきながら過ごしていたのだけれど、休み時間にとある人から呼び出しを受けた。
 一瞬誰だかわからなかった、野田と名乗るメガネをかけた男子生徒。

(ああ、あの時イジメられてた……)

 申し訳ないけど、顔をはっきり覚えていなかったし、ろくに会話もしないで立ち去ったから名前も聞いていなかったんだった。その野田君は隣の隣のクラスの人だそうで、なにやら話があるそうだ。教室前じゃダメなのって尋ねると、どうしても人のいないところで話がしたいのだと言う。

 なんでだろうと思いつつ、渋る理由もないので私は頷いた。あの時のお礼だろうか。そんなのいいのに。白綾君が口止めしてくれたみたいだけど、野田君には私の正体の片鱗みたいなのを見られてちょっと気まずい。

 ひとけのない階段で野田君と二人きりになる。野田君はうつむきながらメガネをいじって、呟いた。

「……早川さん、助けてくれて、ありがとう。ちゃんとお礼を言えてなかったから……」
「いや、別にそんな改まって言わなくても……」

 野田君は顔を上げて、私の目を見つめてきた。

「僕と付き合ってくれない?」
「……は?」

 想像もしなかった言葉に、私は目を丸くした。少ししてから意味が頭の中に浸透してきて、戸惑いが隠せなくなる。
 付き合ってほしいという望みに対して、今の私の答えは一つしかない。あんまり濁さず、はっきり伝えた方がいいだろう。

「えーと、野田君。申し訳ないんだけど……」
「早川さんは断らないよね? いや、断れないはずだ。そうでしょ? 反逆の姫だなんてダサい名前も暴力行為も、周りに知られたくないはずだから」

 すっと、血の気が下がる感じがした。
 野田君のメガネの奥の目が光っている。上級生に脅されている時はあんなに弱そうに見えたのに、今、野田君はまるで別人だ。

「なん、で、それ……」

 その不名誉な厨二ネームをどうして野田君が知っているのか。はっとして私は詰め寄った。

「まさか、白綾君が教えたの?」
「白綾? 関係ないけど。あいつも知ってるの?」

 白綾君が言ったんじゃない。それを知った私は少し、安堵していた。

「僕、実は、情報通で知られてるんだよね。誰かの弱みを握るために、SNSの裏アカとかさがすの得意なんだ。あの日も情報さがして来いって頼まれてて、なかなか用意できなくてキレられてたんだよ」

 だから私が中学時代にどんな生徒だったかなんて調べるのは朝飯前だったという。それが弱みになるってことを知るのも。

 こんな展開に馴れていない私は、動揺して頭が真っ白になってしまった。交渉も得意じゃないし、早くここを離れなくちゃ。一人になって考えをよくまとめたい。
 きびすを返して立ち去ろうとしたところ、背の高い男子がいつの間にかそこにいて、通せんぼをしてくる。

「ちょっと、どいて……」

 横にズレても進路を塞がれてしまう。一体何なのと苛ついていると、後ろから笑い声がした。

「そいつは僕が弱み握ってる奴で、言うことを聞いてくれるんだ。早川さん、殴ってでも蹴ってでも、そいつをどかせばいいよ。ただし」

 野田君はスマホを持ち上げて、カメラをこちらに向けた。

「その勇姿は、ばっちり録画させてもらうけど」

 私は奥歯を噛みしめた。
 そんな動画を撮られたらおしまいだ。でもそもそも、知られたくないあだ名を野田君は知っている。広めてほしくなかったら、付き合えってことなんだろう。

 ――最高にムカついた。

 カッときて、思わず野田君をぶん殴りたくなってしまう。
 キツく握りしめた拳が震えて、でもそれは怒りとか戸惑いのためというより――。

「おい、どけよ」

 聞き覚えのある声がしたかと思うと、私の足止めをしていた男子が、襟首をつかまれて壁の方に投げられた。男子は壁に叩きつけられて悲鳴をもらす。