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「何? こんなところに呼び出して」

 とある日の昼休み。今日も今日とて綺麗な顔をした――そしてそうやって顔を褒められるのを嫌がることで有名な――白綾君は、畑の近くの階段までやってきた。

 笑っているような、やる気のないような、なんとも言い難い表情で白綾君は立っている。腹の内が読めない人だと思う。
 私は真顔で白綾君を見つめていて、その後深く頭を下げた。

「ごめんなさい」
「は?」
「マザコンとか、失礼なこと言って、ごめんなさい」

 しばらく沈黙が流れた後、鬱陶しそうな小さなため息が聞こえてきた。

「……誰かから俺のうちの事情聞いた?」

 私は黙って頭を下げ続ける。
 あれは冗談というか、からかわれた意趣返しのために言った何気ない言葉のつもりだったけど、言うべきじゃなかった。知らなかったとは言え、言っていいことと悪いことがある。

「俺別に何とも思ってないし、謝られるとかえってウザいよ。話したくないし、知られたくないんだ。俺の生い立ちとか、事情のことなんて」

 私は顔を上げて白綾君と向き合った。別に怒っているようでもないし、淡々としている。

「わかるよ。私も昔いろいろあって、他人からあれこれ言われるのは嫌いだから。私が謝りたいだけなんだ。謝らせてくれてありがとう」

 そして、私は階段に腰かけると、膝をぽんぽんと叩いた。

「失礼なこと言ったお詫びに、膝枕してあげる」

 一瞬、白綾君がぽかんとした。眠そうだった目を少しだけ見開いて、いつも以上に可愛らしい顔になる。
 長い沈黙の後で彼は言った。

「早川さん、俺に『おもしれー女』とか言われたいの?」

 私は無言で白綾君を見つめ続けていた。

「いや……意味がわからんわ……」

 と言いつつ白綾君は近寄ってきて、自然な動作で横になると、私の膝に頭を乗せた。

 前に膝枕をしてあげた時、白綾君の目は少し充血してた。もしかしたら眠れてなくて、寝不足だったのかもしれない。だからああやってすぐに眠ってしまったのかもしれない。
 バイトをしてるっていうし、彼にもいろいろあるんだろう。

「あのさぁ、マジで俺が母親恋しさに同級生の膝求めてるとかキショイ想像するのはやめてほしいんだけど」
「思ってないよ。大丈夫。単純に私の膝がお気に召したんでしょ? 寝心地良さそうで」
「足太いとかは言ってないよ」

 苦笑して、白綾君は目を閉じた。
 心地良い風が吹いて、白綾君はお姫様みたいな顔をして眠っている。こんなに整った顔を見ているとクラクラするから、私はずっと遠くを眺めていた。

 誰も訪れず、様々な音が遠くに聞こえる。
 私の膝に頭を乗せた、お姫様みたいな喧嘩上等のクラスメイトは、五分ほどして目を開けた。

「……早川さんって、お人好しだろ。お人好しは損するよ」

 私はそれに答えなかった。

「もしかして俺のこと、良い人だって思ってる? 早川さんやイジメられてるあいつを助けたから。親のいない苦労人だから。でも残念、俺はあんたと違ってお人好しじゃないよ。弱い奴は嫌いだし、正義の味方みたいに誰かのために暴れるなんてごめんだし。軽々しく人助けなんかしない方がいいよ、あんたも」

 白綾君は体を起こすと、腕をのばして伸びをした。
 彼がどういう人なのか、やっぱりまだよくわからない。二回膝枕をしただけじゃ、当然なのかもしれない。

 でもどうしてか、白綾君のことをもう少し知りたいと思う自分がいる。多分、一種の好奇心なんだと思う、けど――。
 白綾君は私から離れていくと振り返り、へらっと笑って見せた。

「今日も膝枕ありがとう。また頼むよ、『反逆の姫』様」

 ――絶句。

 私は勢いよく立ち上がると、白綾君を指さした。

「ど、ど、どうして、それ……!」
「噂話って思いもよらないところから流れるから、気をつけな」

 立ち尽くす私を置いて、白綾君はそのまま去って行ってしまった。