君を知りたい膝枕



 * * *

 どうしても教室に戻る気になれなくて、私は授業をサボることにした。紗菜に連絡して、具合が悪くて保健室に向かったことにしてもらう。
 私のサボりに白綾君も付き合ってついてきた。白綾君はまあ、こういう生徒だから、授業に顔を出さないのはさほど珍しくもなくて先生も気にしない。

 私達は自然とあの、膝枕をした階段のそばまでやって来ていた。
 私はうつむいたまま立っていて、白綾君が階段に座る。そして彼は、自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「ん。膝枕してあげる」

 ……何で。何で私が、白綾君に膝枕してもらわなくちゃなんないの。

 そう思うのに足は動いて、おそるおそる彼の隣に腰かけていた。そして横になり、白綾君の膝に頭をのせる。

「どう? 結構よくない? 膝枕って」
「……わかんないよ……」

 あおりのアングルはブスに見えがちっていうのが定説だけど、白綾君は下から見ても美人だった。見上げるのが恥ずかしくて、私は腕で自分の目を覆う。
 そのまま沈黙の時間が過ぎた。

「言っただろ。お人好しは損するって」

 白綾君の声が降ってくる。
 もしかして、気がついているのかな。私が落ち込んでるってこと。目には涙が少し滲んでるってこと。

 私は強いつもりだった。弱い人の味方でいたいって思っていた。誰かを助けたら、感謝されるのが当たり前だと思ってた。
 だからああやって野田君に迫られたのが、少し、ショックだったんだ。恩をあだで返されるって、本当にあるんだなって。

「小春は優しすぎるんだよ」
「白綾君だって優しいでしょ……」
「野田をボコボコにしなかったから? いやだって、あそこで殴ったら小春はもっと落ち込んでたんじゃない?」

 そうかもしれない。やっぱり野田君に同情して、そんなことしないでって白綾君に頼み込んだはずだ。

 白綾君は困ったら自分を頼ればいい、と報酬つきではあるけど野田君に提案した。もし私に何かしたら、白綾君が黙っていないと野田君も思い知っただろう。野田君が本当に白綾君を頼るかはともかく、白綾君は彼に温情を見せたし、私が傷つかないようにしてくれた。

「別に、優しすぎるのが悪いなんて言わない。今度から俺を頼ったらいいよ。今までたくさん頑張ってきたんだろ」

 白綾君の、存外大きい手が私の頭を優しく撫でる。
 白綾君が、どんな人なのか、まだよくわからない。私達は言葉を交わすようになったばかりだし、人となりを知るには、もう少し時間がかかりそうだ。

「私は、何買ってあげればいいの? 金箔入りのチョコとか……?」
「小春はタダだよ。膝枕してくれたから」

 どうしてそんなに優しくしてくれるんだろう。私は君に、何もしてあげてないのに。

 膝枕って、確かにちょっといいかもしれない。
 人の温もりが、伝わってくる。

 鼻をすすった私はどうしても腕がどけられなくて、いつまでも白綾君と目が合わせられなかった。