「ああ、うん。なかなかいいな、膝枕って」

 下から聞こえる声に反応はせず、私はむすっとした顔で前方を見続けていた。
 断ればよかったのに、どうして応じてしまったんだろう。私ってものすごく、馬鹿なのかもしれない。

「ねえ、怒ってんの? 男に膝枕すんの、初めて?」

 白綾君が笑い混じりに言うのを聞いて、さすがに苛ついた私は目線を落とした。
 そこにあったのは、色白で、目鼻立ちの整った顔だった。色素が薄くて長めの髪。まるでお人形のようで、どこか愛らしさもある。ドキッとはしたけれど目はそらさず、白綾君を睨みつけた。

「どういうつもり?」
「別にどういうつもりもないけど。ただの思いつき。なんか早川さんに膝枕してほしいなーって思っただけ。オッケーもらえるとは予想外だったけど」

 仏頂面の私と、薄笑いを浮かべる白綾君は見つめ合う。そこに甘やかな雰囲気は当然なかった。

 校舎裏の、園芸部が使用している畑の近く。そこの階段に私は腰かけ、この腹の立つ美青年に膝を貸してあげていた。あまり人通りがないところだけど、園芸部やその他の生徒が絶対に通りかからない場所ではない。いつまでもこうしてなんていられない。

 ――白綾美咲。それが彼の名前だ。

 白綾君と私は同じクラスだけれど、ろくに会話をしたことがない。喧嘩好きが集まるこの学校ではヤンチャな性格の男子が多くて、強面でも気さくなのが大半だった。

 だけど、白綾君はとっつきにくい。基本的に周囲とつるまず、何があっても大抵傍観を決め込んでいた。
 白綾君は学校でも「最強」の部類に入ると聞いている。

 どれくらい強いんだろう? こんな、まるでどこかのお姫様みたいに綺麗な顔をして――。

「何で私に膝枕してほしかったの? 私の足が太くて寝心地良いとでも?」
「被害妄想しんど。そんなカリカリしないでよ。何? やっぱり男に膝枕すんの初めてだから緊張してんの?」

 怒りが湧いて眉間でも殴ってやろうかと思ったけど、どうにかこらえた。挑発にのったらダメだ。なるべくおとなしくするって決めたんだから。

「大丈夫、俺も同級生に膝枕してもらうの初めてだからさ」

 何が大丈夫なんだ。

 ああ、馬鹿だ。私って、馬鹿。「膝枕、してくれない?」なんて小首を傾げて頼んでくる白綾君が何故か一瞬子犬みたいに見えて、いいよ、なんて言っちゃったんだから。
 からかわれっぱなしでは悔しいから、私はこう挑発してやった。

「白綾君って膝枕好きなんだ。もしかして、マザコンとか?」

 怒るかな、と思ったけれど、白綾君は閉じかけていた目を開いて、ちらっと私を見ただけだった。

「さあね」

 そう言って、目を閉じる。
 え? ちょっと待って。まさか、寝る気じゃないよね。私の膝で?!

「ね、ねえ! 白綾君、もういいでしょ、起きてよ!」
「早川さんって彼氏いるの?」
「い、いない、けど」
「じゃあいいじゃん」