後悔

フロアに戻ってからは、一応ケンジさんは頬を隠しているし、いつも通りに掃除したり準備したりと過ごしていた。
ケイスケもいつも通りで、ケンジさんと新型の車の話や自分達の車の話をしていた。

時間が過ぎ、徐々にみんなが出勤してくる時間が近づく。
何となく見てはいけない気がしていたケンジさんの横顔をこっそりと見た。
よく見るとケンジさんの頬杖からはみ出た左頬は明らかに赤く、手のひらの跡が浮き出た頬は何も聞かなくても想像がつくだろう。
傷だってずっと手で隠しておくなんてできるわけでもない。
みんなもこれを見たら当然驚くに違いない。
なんとかしなきゃなんだけど、切り出せない。


そんな事をかんがえているうちに、アツシが出勤した。
ちょっと、嫌な予感がする。


「おはようございます！
あれ？ケンジさんほっぺ赤いっすね！？｣


やっぱりだ。
深読みという事が出来ないアツシは素直に疑問を述べる。


「何でもねぇよ。ほら、ケイスケ来てるぞ！｣

「あ！ケイスケくん！早いっすね！」


触れて欲しくない話であるのはわかる。
ただ、単純なアツシの興味はすぐに促された方へと向いた。

普通に振る舞うケンジさんを見ていると、何も聞ける気がしなかった。
手の甲の傷はバレないように気をつけよう。
ケンジさんは気をつかうから。

そして、ヤヨイさんが出勤。
ケンジさんを見た瞬間にあきらかにギョッとした。


「あれ、やっぱり彼女にやられたんだよね？
ケンジさん何かやったのかな？」


そそくさと私に近寄り、コソコソ声で話すヤヨイさんに合わせて私も声をひそめた。


「きっと色々あるんですよ。」


ヤヨイさんに朝見たことは言わなかった。
オーバーリアクションするに決まってるからだ。


立て続けにマコトが出勤すると、ケンジさんの顔を見たマコトは何かを察したのか、顔色ひとつ変えず何も言わずごく普通にふるまった。

最後にいつも通り、開店時間が迫った頃にリョウタロウさんは出勤した。
「おはよ～さ～ん。｣とのん気な声だ。
だけど、チラッとケンジさんを見て何かを察したようだ。


「ケンジ。ちょっと。」


二人が奥へ入って行った。
すぐにリョウさんだけが出てきて、私を黙って手招きする。


「顔冷やして、絆創膏貼ってやって。｣


さり気なくそれだけ言って準備しに行った。
ケンジさんのことであることは明確で、私は頼まれた通り奥の部屋に行くとケンジさんがちょっと面白くなさそうに座っていた。
特に言葉を交わすことなく、私は黙って冷凍庫から氷を出し、ジャラジャラと袋に入れタオルにくるんだ。


「このまま当てて下さいね。｣


ケンジさんの前へ行き、左頬へそれをそっと当てた。


「…あぁ。」


ケンジさんが氷を掴むと、今度は棚の扉を開け薬箱から絆創膏を出した。


「貼りますね。｣


氷をよけ、傷に絆創膏を貼った。


「ハイ、ＯＫです。
またこれ当てていて下さいね。｣


ケンジさんはまた大人しく氷を自分で押さえた。


「…悪いな、アカリ。｣

「いいえ。フロア出てますから何かあったら言って下さいね。」


笑顔を向け、ケンジさんを残してフロアに出た。
きっと一人で何か考えたい事もあるだろう。