私の頭はこの状況を把握しきれていない。
でも、今が仕事中だという現実は変わらない。
落ち着け、落ち着け…!
うろたえてはダメだと言い聞かせる。
フロアへ戻らなきゃ。仕事しなきゃ…!

そもそも、もしかしたら私だって分かってないかもしれないし、私が変な反応したから驚いてただけかもしれない。
そう思い直し、震える両足をグーで叩いてフロアへ戻った。

アツシはシャンプーに入るところで、その横を通り過ぎる。
2人の声がきこえる。
やっぱりこの声はケイスケだ。
アツシの声と懐かしいケイスケの声、二人の会話だけボリュームをあげたように耳に入る。


「へぇ!最近引っ越して来たんですか!
お仕事の関係ですか?」

「そう。だから髪も伸びてきたから切りたかったけど、店わかんないから迷ってたんだよね。」

「俺、ナイスタイミングですね!ハハハッ!」


仕事?引っ越し?
この街に住むってこと…?


「あぁ。…すごいタイミングでびっくりした。」


何かを含むような言い方にドキッとした。
やっぱり、ケイスケも私だって気づいてただろう。

髪を切ってもらったあの日のケンジさんとの会話を思い出す。

これは偶然?必然?
これも必要な出来事なの?

私の心は今、神様に試されているようだ。


しばらくしてカットは終わり、カウンターにいた私はアツシとケイスケを見送らなくてならない。

頭を下げながら「ありがとうございます」と言ったあと、ゆっくり頭をあげるとケイスケと目が合った。

少し伸びていた髪はカットされ、来た時よりも顔がよく見えた。
とっさに目線を下へそらしてしまった。
髪の色も顔つきも、当然当時よりも大人びてはいるけど、相変わらず整った顔をしていた。

あくまでも事務的な対応しかできない私。

ケイスケの足は何か躊躇うように動き出した。
アツシがドアをあけると、ありがとうとケイスケの声がした。
顔を上げてみるとケイスケはドアに向かって立っていた。
ドアを出る瞬間に振り返り私を見たケイスケ。
無意識に肩に力が入る。
何か言いたげな表情を残し、ケイスケは何も言わず出ていった。

ケイスケの姿が見えなくなってようやく一気に力が抜けた。
でも、また膝と手がガクガクしている。

不思議そうに私を見るアツシに、次のお客さんを任せる。

とにかく、今は仕事。
仕事しなきゃ…!

だけど、仕事をしながらも頭の中ではケイスケの事がぐるぐるしていた。

引っ越して来たって、やっぱりこの街に住むわけだ。
だからってまた会うとは限らない。
でも、今まであり得なかった同じ町に住んでいるという事実。

ずっとケイスケのことが頭の中をぐるぐるしたまま時間が過ぎ、いつの間にか閉店時間になっていた。

みんなのお陰でようやく落ち着いた私の心は、今日1日でまた大きく動揺していた。

動揺しながらも、ケイスケのアツシと笑いながら話す姿を思い出していた。

この後いつものお店でお休みのケンジさんも合流する。

早くケンジさんに会いたくて、とにかく急いで片付けをした。
ケンジさんに会えば大丈夫、安心出来る気がしていた。