ハサミの音が心地よくて目を閉じる。
しばらくすると、ハサミが止まった。
髪をついばむような軽い感触。
目を開けると少し離れて真剣な目で出来栄えをチェックするケンジさんがいる。
「よし!完成!どうよ!!」
イスを向きなおされ、鏡の中に私と自信満々のケンジさんが映る。
鏡に映ったのは今までに見たことのない私。
新鮮で見慣れない姿に驚いた。だけど、あまりにしっくりくる。
「あ、私じゃないみたい…!」
少し短めにカットされた髪は、短めなのにとても女の子らしいやわらい雰囲気のあるスタイル。
暑いこの季節にぴったりだと思った。
心の変化も手伝ってか、さっきまでの私とは別人のよう。
「なかなか良いだろ!
しばらく長めのスタイルばかりだったからな。
イメチェンだ。」
イメチェンどころか、ハサミ1つでこんなに変えられるなんてまるで魔法みたい。
感動して鏡を見つめる私にケンジさんはとても満足気に笑う。
「じゃ、あいつら待ってるから行くか!」
「はい!ありがとうございました!
みんな驚くかな~!」
髪型が変わると気分も変わる。
お客さんが喜んでお店を後にする姿を思い出す。
人の心をこんなにハッピーにできるこの仕事は、本当に素敵だと改めて思った。
終始私は上機嫌で、ケンジさんもなんだか嬉しそうで、みんなに会うのが楽しみで仕方ない。
あっという間にいつものダイニングバーに着くと、新しいスタイルはすごく好評で、合流したみんなが口々に褒めてくれた。
ケンジさんの腕を改めて凄いとみんなが感じていた。
技術はもちろんだけど、センスだと思う。
それから数週間が経った。
一番若手のアツシは俄然燃えだし、毎日カットモデルを道で声かけては頼んで練習させて貰っていた。
「アツシ頑張ってんな~。
閉店後の練習も前よりもよくやってるよな。」
「よっぽど刺激受けたんだろうね~。ケンジさんがやったアカリの髪!私も勉強しよ~。」
マコトもヤヨイさんもみんなアツシの頑張りに感心していた。
「俺もモデル探ししたな~!ついでに電話番号聞いたりして!ヒヒヒ!」
ヤヨイさんから「サイテー」と批難されるリョウタロウさんのこの軽さは、昔から今まで変わっていないようだ。
そのやり取りを笑いながら今日も開店準備をする。
開店して1時間。
外は晴天で気温がぐんぐん上がるなか、今日も1つ席を空けてもらいモデルを探しにアツシは出ていた。
カットモデルを探すのはなかなか大変な様で、アツシはとにかく切り時な人を見つけては男女問わず片っ端から声をかけていた。
