朝になり、緊張のあまりまた目の下には黒い影を残したまま仕事へ向かった。
とにかく今日から始めてみようと決めはしたが、嫌われてしまうんじゃないかという怖い気持と、変われるかもしれないという期待が入り混じっている。
出勤するために玄関のドアの前に立ち、小さく「よしっ」と気合いをいれた。
でも、ノブを掴んだ手はガチガチと固く力がはいっている。
いざ職場に着き仕事が始まったが、ずっと緊張している。
ふと合間が出来るとそわそわしてしまう。
何度も時計を見ては時間が過ぎる遅さを感じる。
なぜだか焦っていて、焦ることなどないんだから落ち着こうと思ってもやっぱり落ち着かない。
そしてようやく長い長い時間が過ぎ、その日の仕事を終えた私はサロンのカウンターから一歩ふみだした。
アシスタントとして働くヘアサロンのオーナーの元へ行くために。
オーナーはケンジさん。
みんなはケンジさんと呼ぶ。
私も前はそう呼んでいたけど、今はなぜかオーナーと呼んでいる。
オーナーは鏡の前のワゴンをカラカラと押し、フロアの隅へ片付けている。
「…あの、オーナー。」
緊張しながら声をかけると、振り返りこっちを向いた。
緊張が増す。
「あの、ご飯…行きませんか?
…ちょっと…聞いてほしいことがあって。」
「おう。じゃ、行くか!」
私の不自然に硬い誘いにもいつも通りの調子ですんなり答えてくれた。
でも、いつもは当たり前のようにみんなを誘うオーナーだけど、何かを感じたのか誰も誘わなかった。
オーナーとの出会いは約6年前。
ケイスケとの最後の電話の後、たまたま見た求人をきっかけに私は本屋でバイトを始めた。
働いている間は、少しだけ真っ暗だった視界に陽があたったようだった。
そこでがむしゃらに働いていた時のこと。
顔馴染みのお客さんらしきオーナーが、「うちで働かない?」とあやしく声をかけてきたのが最初だった。
突然のことに「はぁ」と曖昧に返事をしたはずが、次の出勤の時には辞めることが決まっていたようで、何も知らず出勤した本屋さんからオーナーの当時の職場へ連れていかれたのだった。
私より5歳上のオーナーは当時まだ雇われのスタイリスト。
その店のオーナーに私をアシスタントにすると紹介した。
それから約2年後、あっさり独立。
何故か私を連れて。
ずっと私に何を聞くわけでも言うわけでもなく、下心の様なものもなく、何故かいつも私をサポートをしてくれた。
そんなオーナーに一番に話そうと思った。
「んで?」
行きつけのダイニングバーのいつもの席につくと、オーナーはいつものようにマイヤーズをグイっと飲み、いつもの調子でサラっと聞いてくる。
拳に力を込め、覚悟を決めた。
「あの…。いきなりで、わけわかんないと思うんですけど、一番お世話になってるオーナーにちゃんと謝りたくて…。」
「はぁ?改まってなに。お前に謝られるようなことねーけど?
つーか、愛の告白じゃねーのかよ!ヒャッヒャッヒャッ!」
素なのか敢えてかは分からないけど、私が話しやすいようにオーナーなりに気をつかってくれたんだ…と思うことにした。
「冗談だよ。で?」
横目でチラッと私を見て、また一口。
「ちょっと長くなるんですけど、いいですか?明日も仕事ですけど…。」
「なめんな。」
そう言って笑うオーナーが頼もしくて、なんだか話す前から泣きそうになってしまった。
「…実は、私、今までオーナーだけじゃなく、友達にもお店のみんなにも距離をおいていました。
私の深いところを知られるのが怖かったから…。」
黙って聞いてるオーナー。
視線はどこか遠く。
料理が運ばれ鮮やかになるテーブルを眺めながら私は続けた。
とにかく今日から始めてみようと決めはしたが、嫌われてしまうんじゃないかという怖い気持と、変われるかもしれないという期待が入り混じっている。
出勤するために玄関のドアの前に立ち、小さく「よしっ」と気合いをいれた。
でも、ノブを掴んだ手はガチガチと固く力がはいっている。
いざ職場に着き仕事が始まったが、ずっと緊張している。
ふと合間が出来るとそわそわしてしまう。
何度も時計を見ては時間が過ぎる遅さを感じる。
なぜだか焦っていて、焦ることなどないんだから落ち着こうと思ってもやっぱり落ち着かない。
そしてようやく長い長い時間が過ぎ、その日の仕事を終えた私はサロンのカウンターから一歩ふみだした。
アシスタントとして働くヘアサロンのオーナーの元へ行くために。
オーナーはケンジさん。
みんなはケンジさんと呼ぶ。
私も前はそう呼んでいたけど、今はなぜかオーナーと呼んでいる。
オーナーは鏡の前のワゴンをカラカラと押し、フロアの隅へ片付けている。
「…あの、オーナー。」
緊張しながら声をかけると、振り返りこっちを向いた。
緊張が増す。
「あの、ご飯…行きませんか?
…ちょっと…聞いてほしいことがあって。」
「おう。じゃ、行くか!」
私の不自然に硬い誘いにもいつも通りの調子ですんなり答えてくれた。
でも、いつもは当たり前のようにみんなを誘うオーナーだけど、何かを感じたのか誰も誘わなかった。
オーナーとの出会いは約6年前。
ケイスケとの最後の電話の後、たまたま見た求人をきっかけに私は本屋でバイトを始めた。
働いている間は、少しだけ真っ暗だった視界に陽があたったようだった。
そこでがむしゃらに働いていた時のこと。
顔馴染みのお客さんらしきオーナーが、「うちで働かない?」とあやしく声をかけてきたのが最初だった。
突然のことに「はぁ」と曖昧に返事をしたはずが、次の出勤の時には辞めることが決まっていたようで、何も知らず出勤した本屋さんからオーナーの当時の職場へ連れていかれたのだった。
私より5歳上のオーナーは当時まだ雇われのスタイリスト。
その店のオーナーに私をアシスタントにすると紹介した。
それから約2年後、あっさり独立。
何故か私を連れて。
ずっと私に何を聞くわけでも言うわけでもなく、下心の様なものもなく、何故かいつも私をサポートをしてくれた。
そんなオーナーに一番に話そうと思った。
「んで?」
行きつけのダイニングバーのいつもの席につくと、オーナーはいつものようにマイヤーズをグイっと飲み、いつもの調子でサラっと聞いてくる。
拳に力を込め、覚悟を決めた。
「あの…。いきなりで、わけわかんないと思うんですけど、一番お世話になってるオーナーにちゃんと謝りたくて…。」
「はぁ?改まってなに。お前に謝られるようなことねーけど?
つーか、愛の告白じゃねーのかよ!ヒャッヒャッヒャッ!」
素なのか敢えてかは分からないけど、私が話しやすいようにオーナーなりに気をつかってくれたんだ…と思うことにした。
「冗談だよ。で?」
横目でチラッと私を見て、また一口。
「ちょっと長くなるんですけど、いいですか?明日も仕事ですけど…。」
「なめんな。」
そう言って笑うオーナーが頼もしくて、なんだか話す前から泣きそうになってしまった。
「…実は、私、今までオーナーだけじゃなく、友達にもお店のみんなにも距離をおいていました。
私の深いところを知られるのが怖かったから…。」
黙って聞いてるオーナー。
視線はどこか遠く。
料理が運ばれ鮮やかになるテーブルを眺めながら私は続けた。
