そのまま男性はラブホテル街へと足を向ける。
少年は歩幅を広げて男性について行く。
少年は思う。
(どこまで行くんだろう)
左右に何件もラブホテルが並んでいる。
最近の流行なのだろうか。
この街に並ぶラブホテルは一見するとラブホテルに見えない。
外観はオシャレな洋食屋かカフェに見える。
出入り口付近に
休憩 ◯◯円
宿泊 ◯◯円
などの看板があるので近づかないとラブホテルと認識できない場合もある。
少年自身も売春を始めた1年前はラブホテルと聞くともっときらびやかなものをイメージしていた。
(そういえば、この人、風俗とか利用したことはないって言ってたよな。こういうお店も利用したことがないのかもしれない)
「この付近はラブホ街ですよ」
と、少年が声をかけようとした瞬間だった。
男性が細い路地へと向かった。
(そっちにはラブホはない……はず)
はず、で少年の思考は止まった。
少年が知らないだけでラブホテルがあるのかもしれない。
この街に来ての3ヶ月は長いとは言えない。
男性はあのコンビニの喫煙所に慣れている様子だった。
男性の方がよくこの街を知っている可能性が高い。
少年は黙って男性に従う。
「ここだ」
男性がふいに立ち止まる。
目の前にはアパートがあった。
2階建てのアパートだ。
築年数が相当に経過してそうなアパートである。
(自宅でプレイするのか?)
少年はいぶかり、男性を見上げる。
男性は後頭部をポリポリと掻くと言う。
「ここが俺の家だ」
「このアパートですか?」
「ボロいだろ」
「いえ」
「本音を言っていいんだぞ」
「僕の家よりはいいですよ」
これは本当だった。
少年の家はいわゆる長屋だ。
平屋建ての家で築年数は30年は超えていると思われる。
トイレは水洗式ではあるが便座が和式だ。
古い。
「そっか」
男性はうなずくとマンションの階段へと向かった。
そのまま階段をあがる。
少年もあとをついて行く。
階段をあがる時、
「カーン、カーン」
と金属を足で踏む音が闇夜に響いた。
「ここだ」
と、男性は階段を上がったすぐの場所で止まった。
201号
と扉にあり、その横には表札があった。
『戸台』
と表札には縦書きで書いてある。
(なんて読むんだ?)
少年は心の中で首をひねった。
「俺の部屋は汚いが驚くなよ」
「汚いのには慣れてます」
「そうか。俺の部屋はフツーの汚いじゃないけどな」
男性がポケットから鍵を出し、扉を開けた。
時刻は夜の9時近い。
真っ暗で部屋の中が見えない。
男性が玄関のスイッチを触れる。
明かりがつく。
瞬間に玄関から暗闇が取り除かれる。
「わ!」
少年は声を出してしまった。
マンションの部屋の玄関、それは玄関と呼べなかった。
玄関にはゴミ袋が散乱していた。
自治体が指定しているビニール袋ではなくコンビニのビニール袋だ。
ビニール袋にはタバコのパッケージやペットボトル、コンビニ弁当の容器などが詰め込まれていた。
玄関の明かりをたどって部屋の奥を見るとリビングが見える。
リビングにもゴミ袋があり、その上に服が無造作に置かれているのがわかる。
(この部屋でプレイするのはキツイな)
今まで少年は買い手の自宅で売春をしたことがあった。
女性が3回。
男性が1回。
女性の3回は別々の人物で、同一の人ではない。
が、すべての女性の部屋はこざっぱりしていた。
整頓されていた。
少年は女性に
「なぜホテルを使わないんですか?」
と聞くことはなかったが、40歳を過ぎたと思われる女性が買春が終わったあとに独り言のように言ったのを覚えている。
「家の方がリラックスするんだ」
自宅と思わしき場所で買春をした男性は実に合理的だった。
「ホテル代が浮くから」
たった4回の経験であるが、少年が自宅で売春をした時はプレイするだけの空間的余裕はあった。
シャワーもあった。
この部屋て売春をするとなると面倒である。
口だけでのプレイを求められるならば少年なりの準備もいる。
シャワーやトイレがまともに使えないようならば口以上のプレイはできない。
「この付近に安いラブホがありますよ」
少年がそう言おうと口を開きかけた時、男性に手を強引につかまれた。
玄関のゴミ袋を越えて部屋の中へと無理やり入れられた。
「大股にしないと中に入れないんだ」
男性に手をつかまれたまま、少年は部屋の中の人となっていた。
部屋の中に入るとすぐに手を離された。
少年は部屋を見渡す。
6畳ほどのリビング。
中央に足の短い机が置かれている。
机の上も周囲も
ゴミ
ゴミ
ゴミ
である。
玄関からうかがったようにコンビニ袋の中に突っ込まれているものがあるが、多くのゴミがむき出しのままである。
空のペットボトルの容器。
おにぎりを包んていだビニール袋。
カップラーメンの容器。
使い捨てカイロ。
くしゃくしゃに丸められたマスク。
そして灰皿代わりに使っている缶コーヒーに突っ込まれたタバコの吸い殻。
6畳のリビングにくっつくように流し台とガスコンロがある。
が、台所と呼ぶにはあまりにも狭い。
流し台にも無数のカップラーメンの容器やコンビニ弁当の空の容器がある。
ガスコンロの上には底が煤で黒くなったステンレスのヤカンが置いてある。
(手を洗うことも難しそうだ)
少年はカバンの中にウェットティッシュが入っていることを思い出していた。
必要最低限に手を拭くことは可能だろう。
あとは水さえあればなんとかなる、と思いたい。
「時間はどれくらいだい?」
男性が聞く。
「0時までです。それで一晩です。それも決まりですので」
「おじさんのか」
「はい」
「今、9時15分。もう3時間もない。やってもらうか」
「シャワーはありますか?」
「あるが、終わってからの方がよくないか?」
「まずは身体を綺麗にしたいんですが」
「どう考えても終わってから綺麗にした方がいいと思うが」
「お願いします」
「……」
よほどこの男性は何もせずにプレイするのが好きなようだ。
そういのうのは男女問わず一定数いた。
特に匂いを重視する人間はプレイの前にシャワーや湯船に浸かることを嫌った。
(ご飯と居場所のためだ。我慢して売春をしよう)
少年が腹をくくった瞬間だった。
男性が言った。
「よし! 遅くなっちまったが年末年始の大掃除は始めよう!」
「お、大掃除?」
「ああ、俺はきみを買ったんだ。本来は性的な行為をするんだろうが、今はそういう気分じゃない」
「あの……」
「待て、言いたいことはわかる。きみは綺麗だ。とても男子には見えない。美少女と言っても差し支えないだろう。きみの美しさは認める」
「あの……」
「待て、言いたいことはわかる。今、俺は訳あって性的な気分になれないんだ。きみの上目遣いは完璧だった。あれでどうこうならない人間の方がおかしい。きみに問題があるわけじゃないんだ」
少年は我慢てきずに男性の話をさえぎった。
「僕は売春しなくてすむんですか?!」
男性が目を見開いた。
そして細くさせた。
笑顔。
「やらなくていい。その代わりにこの部屋を片付けてくれないか?」
少年はどうしようもなく散らばった部屋を見渡した。
なぜか少年も笑いたくなった。
笑いたくなった理由はわからない。
ただ自然と口元がゆるむ。
「僕でよければ喜んで」
男性が右手を差し出した。
「俺の名前はトダイ。酒が飲めない人間のことを表す『下戸』の『戸』に、『台所』の『台』の字でトダイと読ませる」
「変わってますね」
「よく言われる」
「名前のことじゃありません」
「なにが?」
「買春する時に本名を言う人を初めて見ました」
少年はマンションの部屋に入る前に目にした表札を頭の中で思い出していた。
表札には縦書きで、
『戸台』
とあった。
少年が意を決して差し出された男性の右手を握った。
少しだけ強い握手。
「僕の名前はユウ」
「本名?」
「ちょっと変えました」
「名無しの権兵衛さんよりマシだろう」
「すみません」
ゴミだらけの部屋で、
1月中旬の寒さでなければ腐敗臭がしたかもしれないほどすさまじく乱れた部屋で、
ひとりの少年と、ひとりの男性が固い握手をした瞬間だった。
笑顔を真顔に戻すと戸台は言う。
「さあ、部屋を片付けるぞ!」
その瞬間、少年もといユウは思った。
(この人けっこうイケメンだな)
と。
少年は歩幅を広げて男性について行く。
少年は思う。
(どこまで行くんだろう)
左右に何件もラブホテルが並んでいる。
最近の流行なのだろうか。
この街に並ぶラブホテルは一見するとラブホテルに見えない。
外観はオシャレな洋食屋かカフェに見える。
出入り口付近に
休憩 ◯◯円
宿泊 ◯◯円
などの看板があるので近づかないとラブホテルと認識できない場合もある。
少年自身も売春を始めた1年前はラブホテルと聞くともっときらびやかなものをイメージしていた。
(そういえば、この人、風俗とか利用したことはないって言ってたよな。こういうお店も利用したことがないのかもしれない)
「この付近はラブホ街ですよ」
と、少年が声をかけようとした瞬間だった。
男性が細い路地へと向かった。
(そっちにはラブホはない……はず)
はず、で少年の思考は止まった。
少年が知らないだけでラブホテルがあるのかもしれない。
この街に来ての3ヶ月は長いとは言えない。
男性はあのコンビニの喫煙所に慣れている様子だった。
男性の方がよくこの街を知っている可能性が高い。
少年は黙って男性に従う。
「ここだ」
男性がふいに立ち止まる。
目の前にはアパートがあった。
2階建てのアパートだ。
築年数が相当に経過してそうなアパートである。
(自宅でプレイするのか?)
少年はいぶかり、男性を見上げる。
男性は後頭部をポリポリと掻くと言う。
「ここが俺の家だ」
「このアパートですか?」
「ボロいだろ」
「いえ」
「本音を言っていいんだぞ」
「僕の家よりはいいですよ」
これは本当だった。
少年の家はいわゆる長屋だ。
平屋建ての家で築年数は30年は超えていると思われる。
トイレは水洗式ではあるが便座が和式だ。
古い。
「そっか」
男性はうなずくとマンションの階段へと向かった。
そのまま階段をあがる。
少年もあとをついて行く。
階段をあがる時、
「カーン、カーン」
と金属を足で踏む音が闇夜に響いた。
「ここだ」
と、男性は階段を上がったすぐの場所で止まった。
201号
と扉にあり、その横には表札があった。
『戸台』
と表札には縦書きで書いてある。
(なんて読むんだ?)
少年は心の中で首をひねった。
「俺の部屋は汚いが驚くなよ」
「汚いのには慣れてます」
「そうか。俺の部屋はフツーの汚いじゃないけどな」
男性がポケットから鍵を出し、扉を開けた。
時刻は夜の9時近い。
真っ暗で部屋の中が見えない。
男性が玄関のスイッチを触れる。
明かりがつく。
瞬間に玄関から暗闇が取り除かれる。
「わ!」
少年は声を出してしまった。
マンションの部屋の玄関、それは玄関と呼べなかった。
玄関にはゴミ袋が散乱していた。
自治体が指定しているビニール袋ではなくコンビニのビニール袋だ。
ビニール袋にはタバコのパッケージやペットボトル、コンビニ弁当の容器などが詰め込まれていた。
玄関の明かりをたどって部屋の奥を見るとリビングが見える。
リビングにもゴミ袋があり、その上に服が無造作に置かれているのがわかる。
(この部屋でプレイするのはキツイな)
今まで少年は買い手の自宅で売春をしたことがあった。
女性が3回。
男性が1回。
女性の3回は別々の人物で、同一の人ではない。
が、すべての女性の部屋はこざっぱりしていた。
整頓されていた。
少年は女性に
「なぜホテルを使わないんですか?」
と聞くことはなかったが、40歳を過ぎたと思われる女性が買春が終わったあとに独り言のように言ったのを覚えている。
「家の方がリラックスするんだ」
自宅と思わしき場所で買春をした男性は実に合理的だった。
「ホテル代が浮くから」
たった4回の経験であるが、少年が自宅で売春をした時はプレイするだけの空間的余裕はあった。
シャワーもあった。
この部屋て売春をするとなると面倒である。
口だけでのプレイを求められるならば少年なりの準備もいる。
シャワーやトイレがまともに使えないようならば口以上のプレイはできない。
「この付近に安いラブホがありますよ」
少年がそう言おうと口を開きかけた時、男性に手を強引につかまれた。
玄関のゴミ袋を越えて部屋の中へと無理やり入れられた。
「大股にしないと中に入れないんだ」
男性に手をつかまれたまま、少年は部屋の中の人となっていた。
部屋の中に入るとすぐに手を離された。
少年は部屋を見渡す。
6畳ほどのリビング。
中央に足の短い机が置かれている。
机の上も周囲も
ゴミ
ゴミ
ゴミ
である。
玄関からうかがったようにコンビニ袋の中に突っ込まれているものがあるが、多くのゴミがむき出しのままである。
空のペットボトルの容器。
おにぎりを包んていだビニール袋。
カップラーメンの容器。
使い捨てカイロ。
くしゃくしゃに丸められたマスク。
そして灰皿代わりに使っている缶コーヒーに突っ込まれたタバコの吸い殻。
6畳のリビングにくっつくように流し台とガスコンロがある。
が、台所と呼ぶにはあまりにも狭い。
流し台にも無数のカップラーメンの容器やコンビニ弁当の空の容器がある。
ガスコンロの上には底が煤で黒くなったステンレスのヤカンが置いてある。
(手を洗うことも難しそうだ)
少年はカバンの中にウェットティッシュが入っていることを思い出していた。
必要最低限に手を拭くことは可能だろう。
あとは水さえあればなんとかなる、と思いたい。
「時間はどれくらいだい?」
男性が聞く。
「0時までです。それで一晩です。それも決まりですので」
「おじさんのか」
「はい」
「今、9時15分。もう3時間もない。やってもらうか」
「シャワーはありますか?」
「あるが、終わってからの方がよくないか?」
「まずは身体を綺麗にしたいんですが」
「どう考えても終わってから綺麗にした方がいいと思うが」
「お願いします」
「……」
よほどこの男性は何もせずにプレイするのが好きなようだ。
そういのうのは男女問わず一定数いた。
特に匂いを重視する人間はプレイの前にシャワーや湯船に浸かることを嫌った。
(ご飯と居場所のためだ。我慢して売春をしよう)
少年が腹をくくった瞬間だった。
男性が言った。
「よし! 遅くなっちまったが年末年始の大掃除は始めよう!」
「お、大掃除?」
「ああ、俺はきみを買ったんだ。本来は性的な行為をするんだろうが、今はそういう気分じゃない」
「あの……」
「待て、言いたいことはわかる。きみは綺麗だ。とても男子には見えない。美少女と言っても差し支えないだろう。きみの美しさは認める」
「あの……」
「待て、言いたいことはわかる。今、俺は訳あって性的な気分になれないんだ。きみの上目遣いは完璧だった。あれでどうこうならない人間の方がおかしい。きみに問題があるわけじゃないんだ」
少年は我慢てきずに男性の話をさえぎった。
「僕は売春しなくてすむんですか?!」
男性が目を見開いた。
そして細くさせた。
笑顔。
「やらなくていい。その代わりにこの部屋を片付けてくれないか?」
少年はどうしようもなく散らばった部屋を見渡した。
なぜか少年も笑いたくなった。
笑いたくなった理由はわからない。
ただ自然と口元がゆるむ。
「僕でよければ喜んで」
男性が右手を差し出した。
「俺の名前はトダイ。酒が飲めない人間のことを表す『下戸』の『戸』に、『台所』の『台』の字でトダイと読ませる」
「変わってますね」
「よく言われる」
「名前のことじゃありません」
「なにが?」
「買春する時に本名を言う人を初めて見ました」
少年はマンションの部屋に入る前に目にした表札を頭の中で思い出していた。
表札には縦書きで、
『戸台』
とあった。
少年が意を決して差し出された男性の右手を握った。
少しだけ強い握手。
「僕の名前はユウ」
「本名?」
「ちょっと変えました」
「名無しの権兵衛さんよりマシだろう」
「すみません」
ゴミだらけの部屋で、
1月中旬の寒さでなければ腐敗臭がしたかもしれないほどすさまじく乱れた部屋で、
ひとりの少年と、ひとりの男性が固い握手をした瞬間だった。
笑顔を真顔に戻すと戸台は言う。
「さあ、部屋を片付けるぞ!」
その瞬間、少年もといユウは思った。
(この人けっこうイケメンだな)
と。


