彼が自宅にいるかどうか賭けではあるが、美咲はマンションへ行ってみることにした。事前に電話をして確認しなかったのは、家にいなかった時に電話口でこの現状を説明して、仕事中の兄に余計な心配をかけたくなかったからだ。
雨に濡れた顔や身体をハンカチで雑に拭い、再び電車に乗って品川方面に向かった。
篤志の自宅は羽田空港へアクセスのいい立地にあるマンションで、美咲ではとても手の出せないタワーレジデンス。半年前まで住んでいたが、二十五階建てのオシャレな外観は何度見ても圧倒される。
(せっかく説得して同棲を許してもらったのに……。浮気されて別れたなんて伝えたら、お兄ちゃん怒りで爆発しちゃいそう)
静かに怒りを滲ませる兄の端正な顔を想像すると、申し訳なさからため息が零れる。
四つ年の離れた兄は、昔から美咲に対して過保護だった。早くに母を亡くしたのも関係しているのかもしれない。目に見えてベタベタくっついているわけではないけれど、忙しい父に代わって美咲の面倒をよく見てくれたし、近所の男の子にいじめられようなものなら何倍にもして返り討ちにしていた。
美咲が大学生の頃に事故で父を亡くしてからは一層『自分が守らなくては』という兄の思いを顕著に感じた。職場で嫌な思いをしていないか、変な男に引っかかっていないか、金銭面で不自由していないかなど、あれこれ心配してくれるのだ。
そんな兄を早く安心させたくて結婚を前提とした同棲を始めたのに、結局こうして頼ろうとしているなんて本末転倒もいいところだ。



