〇翌日の昼休み、校舎のろうか
ろうかを歩く稲岡と明日香
二人は正反対の表情をしていた
稲岡はアトラクションに乗る直前のようなワクワク顔
明日香はまるで赤点を宣告されたかのような悲壮感ある表情
二人は美術室へ向かって歩いていた
稲岡裕「それにしても、だれだろうな」
明日香「だれでもいい……むしろいたずらであってほしい」
稲岡裕「その可能性もあるのか。つまんないな」
明日香「あのね、私は平和な日常が一番の幸せなの」
稲岡裕「そこにボクが一緒にいれば最高でしょ?」
明日香「……ユウちゃんの性格って、とってもうらやましいよ」
稲岡裕「お、皮肉かな? 皮肉を言う明日香ちゃんもかわいいよ」
稲岡はからかうようにわざとらしいウィンクをみせる
しかし明日香は稲岡の明るさに救われていた
そして美術室の前――とびらはしまっている
明日香が戸惑うように稲岡をみると、稲岡が「まかせて」と言って代わりにとびらを開けた
稲岡裕「失礼しまーす」
明日香「失礼します」
中には一人の女子生徒が絵を描いていた
後ろ姿で顔が見えない
女子生徒がゆっくり振り返ると、途端に顔をしかめた
? 「なぜ稲岡がいるの」
稲岡裕「なに? ボクがいたら悪い?」
? 「……そうか、手紙にひとりでって書かなかったから……失敗したわ」
その女子生徒は立ち上がったが、とても身長が低く小柄だった
彼女の履く上履きのカラーから明日香たちと同じ一年生だとわかる
明日香は彼女の顔をみたことがあるように思った
? 「わたしは一年C組の寺島京子」
明日香は寺島の顔をじっと見てようやく思い出した
明日香「この間、私たちのクラスに来てたよね? ユウちゃんに会いに」
すると寺島は眉を吊り上げた
寺島「ちがいます! わ、わたしは!」
寺島は顔を真っ赤にさせている
稲岡は「なるほど」とうなずいた
稲岡裕「ボクのファンなんだね?」
明日香「なるほど。だからいつも一緒にいる私を呼び出したのか……ごめんね、気が利かなくて」
寺島は「ちがいますーっ!」と叫ぶ
寺島「わたしが好きなのは、明日香さまです!」
そのひと言に明日香と稲岡の表情がかたまった
寺島も勢いで言ってしまったことに顔を真っ赤にしてかたまってしまった
稲岡裕「……えっと、つまり明日香ちゃんが好きだと」
寺島(うなずく)
稲岡裕「だから、告白するために呼び出したと」
寺島(連続で三回ほどうなずく)
稲岡裕は「そうかそうか」と現状把握する
しかし明日香は困ったように稲岡のうでをつかんだ
明日香「ど、どういうこと?」
稲岡裕「つまり、こういうこと――」
稲岡は突然、明日香の体を引き寄せて抱きしめた
明日香は「キャッ」と悲鳴を上げ、寺島が「ギャっ」と叫んだ
寺島「は、放しなさい、ケダモノ!」
稲岡裕「悪いけど、明日香ちゃんはボクのものだから」
寺島「明日香さまはだれのものでもないわ!」
明日香は稲岡のうでから離れて呼吸を整える
寺島は稲岡をにらむように見上げて訴える
寺島「明日香さまはわたしにとって孤高の女神さまなんです! 人を寄せ付けない美しい方なのです!」
そう言って寺島が描いていた絵を指さした
そこには大きなキャンバスがあり、憂いた表情の(少し美化された)明日香の絵が描かれていた
稲岡は感心したように絵をみている
稲岡裕「へー、良く描けてるじゃん。これ完成したら買い取らせてよ」
寺島「売り物じゃありません!」
稲岡裕「いや、言い値で買うよ」
寺島「たとえ売り物でもあなたにだけは売りません!」
寺島と稲岡はまるで小動物をからかって遊ぶ肉食動物のようすだった
明日香はようやく笑みをこぼす
明日香「あの、寺島さん」
寺島「は、はいっ!」
明日香「私、たしかにユウちゃんがくるまで一人でいた。一人でいるのが楽だったから」
寺島「…………」
明日香「でも、一人が好きなわけじゃないの。だから、ユウちゃんと離れるのはむずかしいかな」
寺島「くっ……」
明日香「そして、それはあなたも同じなの」
寺島「…………?」
寺島はキョトンと明日香を見上げている
明日香はすっと手を差し出した
明日香「もしよかったら、友だちになってほしいな」
明日香は寺島と稲岡のやり取りをみていて〈寺島と仲良くなりたい〉という気持ちを覚えたのだ
寺島はしばらく内なる自分との葛藤をしていたが、明日香の笑み(キラキラのエフェクトがかかっている)をみていたら、自然と握手をしていた
寺島「よ、よろしくです」
明日香「うん。よろしくね、京子ちゃん」
ちょうど昼休みが終わる予鈴が鳴り響く
寺島「片付けてから教室にもどりますから、二人は先にもどってください」
稲岡裕「うん。まったねー」
稲岡は二ッと笑って寺島の小さな頭をポンポンとたたく
まるで妹でもできたような稲岡を明日香もうれしそうに見ている
明日香「またね」
二人は教室にもどるため階段を上がっていく
明日香「なんとかなっちゃったね」
稲岡裕「むしろ拍子抜けだよ」
そういうものの、稲岡も友だちができてうれしそうだった
(稲岡は自分を見てキャーキャー言わない寺島を気に入っている)
すると、とあるクラスの女子生徒たちが集団で階段を降りてきた
どうも移動教室らしい
その中に茶道部のレイ(男嫌いで蕁麻疹が出る子)もいた
明日香「あ、レイちゃん!」
レイ「あ、明日香ちゃ――!」
レイは稲岡に気づくなり顔が真っ青になる
そして女子生徒の列を抜けて駆け足でどこかへ消えて行ってしまった
明日香と稲岡は顔を見合わせる
明日香「レイちゃん対策、考えないとね」
稲岡裕「そうだった……うん、今日こそは茶道部の活動にちゃんと加わりたいからね」
稲岡はうでを組みながらしばらく黙ってしまった
〇放課後の一年A組
放課後になるとめずらしく稲岡が明日香のもとではなく、クラスメートの中でも化粧をしている陽気な女の子たちのもとへと駆けて行った
稲岡裕「ちょっといい?」
女子A「あ、王子さまだ! なになに?」
稲岡裕「お願いがあるんだけど」
明日香が不思議そうにその様子を見ていると、その視線に気づいた稲岡が手招きした
女子たちはこれから他所の高校の男子と合コンをするそうなのだ
女子B「急いでるんだけど、なに?」
女子C「王子さまがお願いってめずらしいね」
すると稲岡が手を合わせて言った。
稲岡裕「ボクに、化粧をしてくれないかな?」
ろうかを歩く稲岡と明日香
二人は正反対の表情をしていた
稲岡はアトラクションに乗る直前のようなワクワク顔
明日香はまるで赤点を宣告されたかのような悲壮感ある表情
二人は美術室へ向かって歩いていた
稲岡裕「それにしても、だれだろうな」
明日香「だれでもいい……むしろいたずらであってほしい」
稲岡裕「その可能性もあるのか。つまんないな」
明日香「あのね、私は平和な日常が一番の幸せなの」
稲岡裕「そこにボクが一緒にいれば最高でしょ?」
明日香「……ユウちゃんの性格って、とってもうらやましいよ」
稲岡裕「お、皮肉かな? 皮肉を言う明日香ちゃんもかわいいよ」
稲岡はからかうようにわざとらしいウィンクをみせる
しかし明日香は稲岡の明るさに救われていた
そして美術室の前――とびらはしまっている
明日香が戸惑うように稲岡をみると、稲岡が「まかせて」と言って代わりにとびらを開けた
稲岡裕「失礼しまーす」
明日香「失礼します」
中には一人の女子生徒が絵を描いていた
後ろ姿で顔が見えない
女子生徒がゆっくり振り返ると、途端に顔をしかめた
? 「なぜ稲岡がいるの」
稲岡裕「なに? ボクがいたら悪い?」
? 「……そうか、手紙にひとりでって書かなかったから……失敗したわ」
その女子生徒は立ち上がったが、とても身長が低く小柄だった
彼女の履く上履きのカラーから明日香たちと同じ一年生だとわかる
明日香は彼女の顔をみたことがあるように思った
? 「わたしは一年C組の寺島京子」
明日香は寺島の顔をじっと見てようやく思い出した
明日香「この間、私たちのクラスに来てたよね? ユウちゃんに会いに」
すると寺島は眉を吊り上げた
寺島「ちがいます! わ、わたしは!」
寺島は顔を真っ赤にさせている
稲岡は「なるほど」とうなずいた
稲岡裕「ボクのファンなんだね?」
明日香「なるほど。だからいつも一緒にいる私を呼び出したのか……ごめんね、気が利かなくて」
寺島は「ちがいますーっ!」と叫ぶ
寺島「わたしが好きなのは、明日香さまです!」
そのひと言に明日香と稲岡の表情がかたまった
寺島も勢いで言ってしまったことに顔を真っ赤にしてかたまってしまった
稲岡裕「……えっと、つまり明日香ちゃんが好きだと」
寺島(うなずく)
稲岡裕「だから、告白するために呼び出したと」
寺島(連続で三回ほどうなずく)
稲岡裕は「そうかそうか」と現状把握する
しかし明日香は困ったように稲岡のうでをつかんだ
明日香「ど、どういうこと?」
稲岡裕「つまり、こういうこと――」
稲岡は突然、明日香の体を引き寄せて抱きしめた
明日香は「キャッ」と悲鳴を上げ、寺島が「ギャっ」と叫んだ
寺島「は、放しなさい、ケダモノ!」
稲岡裕「悪いけど、明日香ちゃんはボクのものだから」
寺島「明日香さまはだれのものでもないわ!」
明日香は稲岡のうでから離れて呼吸を整える
寺島は稲岡をにらむように見上げて訴える
寺島「明日香さまはわたしにとって孤高の女神さまなんです! 人を寄せ付けない美しい方なのです!」
そう言って寺島が描いていた絵を指さした
そこには大きなキャンバスがあり、憂いた表情の(少し美化された)明日香の絵が描かれていた
稲岡は感心したように絵をみている
稲岡裕「へー、良く描けてるじゃん。これ完成したら買い取らせてよ」
寺島「売り物じゃありません!」
稲岡裕「いや、言い値で買うよ」
寺島「たとえ売り物でもあなたにだけは売りません!」
寺島と稲岡はまるで小動物をからかって遊ぶ肉食動物のようすだった
明日香はようやく笑みをこぼす
明日香「あの、寺島さん」
寺島「は、はいっ!」
明日香「私、たしかにユウちゃんがくるまで一人でいた。一人でいるのが楽だったから」
寺島「…………」
明日香「でも、一人が好きなわけじゃないの。だから、ユウちゃんと離れるのはむずかしいかな」
寺島「くっ……」
明日香「そして、それはあなたも同じなの」
寺島「…………?」
寺島はキョトンと明日香を見上げている
明日香はすっと手を差し出した
明日香「もしよかったら、友だちになってほしいな」
明日香は寺島と稲岡のやり取りをみていて〈寺島と仲良くなりたい〉という気持ちを覚えたのだ
寺島はしばらく内なる自分との葛藤をしていたが、明日香の笑み(キラキラのエフェクトがかかっている)をみていたら、自然と握手をしていた
寺島「よ、よろしくです」
明日香「うん。よろしくね、京子ちゃん」
ちょうど昼休みが終わる予鈴が鳴り響く
寺島「片付けてから教室にもどりますから、二人は先にもどってください」
稲岡裕「うん。まったねー」
稲岡は二ッと笑って寺島の小さな頭をポンポンとたたく
まるで妹でもできたような稲岡を明日香もうれしそうに見ている
明日香「またね」
二人は教室にもどるため階段を上がっていく
明日香「なんとかなっちゃったね」
稲岡裕「むしろ拍子抜けだよ」
そういうものの、稲岡も友だちができてうれしそうだった
(稲岡は自分を見てキャーキャー言わない寺島を気に入っている)
すると、とあるクラスの女子生徒たちが集団で階段を降りてきた
どうも移動教室らしい
その中に茶道部のレイ(男嫌いで蕁麻疹が出る子)もいた
明日香「あ、レイちゃん!」
レイ「あ、明日香ちゃ――!」
レイは稲岡に気づくなり顔が真っ青になる
そして女子生徒の列を抜けて駆け足でどこかへ消えて行ってしまった
明日香と稲岡は顔を見合わせる
明日香「レイちゃん対策、考えないとね」
稲岡裕「そうだった……うん、今日こそは茶道部の活動にちゃんと加わりたいからね」
稲岡はうでを組みながらしばらく黙ってしまった
〇放課後の一年A組
放課後になるとめずらしく稲岡が明日香のもとではなく、クラスメートの中でも化粧をしている陽気な女の子たちのもとへと駆けて行った
稲岡裕「ちょっといい?」
女子A「あ、王子さまだ! なになに?」
稲岡裕「お願いがあるんだけど」
明日香が不思議そうにその様子を見ていると、その視線に気づいた稲岡が手招きした
女子たちはこれから他所の高校の男子と合コンをするそうなのだ
女子B「急いでるんだけど、なに?」
女子C「王子さまがお願いってめずらしいね」
すると稲岡が手を合わせて言った。
稲岡裕「ボクに、化粧をしてくれないかな?」
