(回想)
電車に乗る明日香をずっと見つめている稲岡
稲岡は手を振ったりはしないが、走り出す電車をいつまでも見送っていた
口元が動くが、セリフはない
(回想終了)
〇翌日の学校(朝)
明日香が一年A組の教室へ入ろうとすると、教室から「キャーキャー」と黄色い悲鳴が上がっている
なんだろう、と明日香がうかがうと、案の定稲岡が女子たちに囲まれていた
しかし明日香が登校したことに気づいた稲岡がまぶしい笑顔で立ち上がった
稲岡裕「明日香ちゃん!」
そのひと言に周囲の女子たちも「きゃあ!」と声を上げる
すこし引き気味の明日香
明日香「ユウちゃん、おはよう」
明日香は戸惑いながら自分の席につく
稲岡が明日香の席に近寄る
稲岡裕「明日香ちゃんって部活は入ってるの?」
明日香は(とつぜん、どうしたんだろう?)と思いながら「入ってるよ」と答えた
稲岡裕「なに部?」
明日香「茶道部だよ」
稲岡裕「活動日は?」
明日香「今日と金曜日」
稲岡裕「火曜と金曜? ちょうどいいや! 今日見学に行きたいんだけど、良い?」
明日香は笑顔でうなずく
明日香「部員少なくて、困ってるって部長さんが言ってたから、うれしいよ!」
すると周囲の女の子たちが「えー!」と騒ぎ立てる
女子A「それなら私も茶道部に入ろうかな」
女子B「え、ずるい! でもうちは兼部禁止だもんな……」
女子C「あたしも茶道部の見学、行きたーい!」
女子D「あ、ずるいずるい! あたしも見学行く!」
騒ぎ立てる周囲を気にしない稲岡
教室にはいつの間にか担任が入ってきていた
担任「はい! 朝のHRはじめますよ! ちょっと、よそのクラスは勝手に入っちゃいけません!」
他クラスの女の子たちは「キャー、すみませーん」とはしゃぎながら教室を出ていく
その中にひとり、ひと言も発しなかった女の子が心残りがあるように教室の外で一度立ち止まる
稲岡裕「茶道部かー、お菓子とか食べられるのかな?」
明日香「ユウちゃんは和菓子すき?」
稲岡裕「好き! 甘いもの大好きだよ」
その女の子はじっと二人をにらむように見てから教室を離れていく
そのうしろすがたに明日香はわずかに不安を覚える
稲岡裕「どうかした?」
明日香「ううん、なんでもない」
〇放課後の校舎を歩く明日香と稲岡裕
校舎間をつなぐ渡り廊下を歩きながら稲岡は鼻歌をうたっている
明日香「ユウちゃんはみんなの王子さまだね。モテモテ」
稲岡裕「お、嫉妬?」
すこしうれしそうな稲岡に対して、明日香はキョトンとして首を横に振る
明日香「べつに……」
稲岡裕「え……」
稲岡はあきらかにがっかりした様子
稲岡裕「それは傷つく。嫉妬してよ」
明日香「なんで」
稲岡裕「なんか、恋愛対象として見られてない感じがする……」
明日香「うーん、どうだろう」
稲岡裕「え」
明日香は申し訳なさそうに立ち止まった
明日香「ユウちゃんとして再会しちゃったし、今は友だちって気持ちの方が強いんだ」
稲岡裕「明日香ちゃん」
稲岡も立ち止まると、両手で明日香の顔を包み込んだ
稲岡裕「明日香ちゃんがそういうつもりなら、ボクは本気で行くよ」
明日香「えっと、それはどういうことかな?」
稲岡裕「学校でも外でも、ボクはボクらしく、明日香ちゃんに攻めていくから」
稲岡の真剣な表情にドギマギする明日香
明日香「ゆ、ユウちゃんはそういうけど、ここにはもっとたくさんの女の子がいるんだよ?」
稲岡裕「だから?」
明日香「だから……」
明日香は胸にチクっとした痛みを感じながらさびしそうに笑う
明日香「もしかしたら、ユウちゃんにもっとふさわしい女の子がいるかもしれない……よ」
稲岡裕「……ふーん、明日香ちゃんはそういうこと考えてるんだ」
稲岡の低い声に明日香は(あ、怒らせちゃった……?)と不安そうに稲岡を見上げる
稲岡は目が据わっていた
稲岡裕「ボクがどれぐらい明日香ちゃんのことが好きなのか、わかってないんだね」
明日香「ユウちゃん?」
稲岡裕「まあ、いいよ。急がなくても学校内ならライバルはいないわけだし」
そう言って稲岡は明日香に顔を近づけていく
明日香はあわてて逃げようとするが、まだ両手で顔をつかまれているので逃げられない
明日香「ユウちゃん! 学校だよ」
稲岡裕「だから? 見られてもいい、見せてやる」
明日香「ユウちゃん――」
? 「穂村さん、部活はじまってますよ」
キス寸前の明日香と稲岡は同時に声がした方をふり向いた
そこには黒髪ロングの美少女が立っていた
(茶道部の部長である)
明日香「ぶ、部長!」
稲岡裕「部長さん……」
稲岡は明日香からすこし離れると頭を軽く下げた
稲岡裕「はじめまして、一年A組の稲岡です。茶道部に入部希望で、本日は見学に参りました」
部長「そう。見学は大歓迎よ。もう最初の人の練習がはじまっているから、うしろから入ってちょうだい」
明日香「はい! すいません」
部長「良いのよ」
部長は稲岡を不審そうに見つつも先に部室である和室へと入っていく
稲岡は顔をしかめた
稲岡裕「なんか、ヤな感じ」
明日香「そう? いい人だよ」
稲岡裕「ボクに敵意を感じた」
明日香「まさか」
明日香はおかしいようにくすっと笑うと、部長の入っていったすこし開いているふすまを押し開いて中に入った
明日香「失礼します」
稲岡裕「失礼しまーす」
五人ほどの部員(中には部長もいる)が一斉に二人を見て「こんにちは」「いらっしゃい」と和やかに迎える
一人だけお茶をたてている女子生徒は集中しているのか、壁の方でしずかに茶道具を持ったり置いたりしていた
明日香と稲岡は客側の席の後方に座った
お茶をたてた女子生徒が茶器をもって立ち上がる
そして最初の客の前に座り、茶器を差し出す……ふと明日香たちの方をみると、飛び上がった
部員A「お、おとこーっ!」
稲岡は笑顔がかたまる
明日香があわてて「レイちゃん、ちがうの! 転校生の稲岡裕ちゃんなの! 見学に来たんだ」と稲岡の前に立つ
しかしレイと呼ばれた部員が首を横になんども振った
レイ「いいえ、彼は男子よ! だって……ほら!」
レイはそう言って制服の袖をまくる
すると真っ赤になっていた
レイ「半径五メートル以内に男子がいると、蕁麻疹がでるの! これがその証拠よ」
部長が「落ち着いて。女子校に男子がいるわけないでしょう?」と立ち上がって彼女の肩をおさえる
ほかの部員も「稲岡さん、かっこいいけど女子だよね」「うんうん」と話している
稲岡だけ笑顔が凍っていた
明日香「えっと、すいません……今日は早退します、すいません!」
明日香は危険を察知して稲岡のうでを引っ張って部室を出ていく
遠くで部長が「穂村さん! 待って――」と声をかけているのが聞こえるが、それより明日香は稲岡を守らなければと思っていた
階段を駆け下りた二人は、一階の一番下の階段に腰かける
稲岡裕「なに、あの子。怖いんだけど」
明日香「すっかり忘れてたけど、レイちゃんは極度の男子恐怖症なの」
稲岡裕「なにそれ……この学校には男の先生だっているのに」
明日香「そのときは授業の前に、蕁麻疹の出なくなる薬を飲んでるらしいよ」
稲岡裕「マジか……こんな形でバレそうになるとか想定外なんだけど」
明日香「私もまさかだよ……あんなに正確だと思ってなかった……」
稲岡裕「ロボットかな?」
明日香「ふだんはおとなしくてかわいいこなんだけどね……」
二人は同時に「ふう」とため息をつく
稲岡裕「同じ部活はむずかしいのかな」
明日香「そうだね。レイちゃんのそばにいるとバレちゃうよ」
稲岡裕「……いや、待てよ?」
稲岡は目を光らせた
稲岡裕「逆手に取ったらよくね?」
明日香「どういう意味?」
稲岡は明日香の手を取って興奮気味に言う
稲岡裕「つまり、レイちゃんでも反応しなくなるぐらい完璧な女子としての振る舞いができたら、だれからも男子だとバレないんじゃないかな!」
明日香「……え、つまり?」
稲岡裕「やっぱり茶道部に入るよ!」
明日香「えー!」
稲岡裕「その前に、レイちゃんを攻略しないとね。レイちゃんと仲良くなって蕁麻疹でなければ、だれもボクを男子だと思わなくなる!」
明日香「いやいや、それはむずかしいよ」
稲岡裕「むずかしくても、やる意味はある!」
稲岡の目が燃えている
稲岡裕「やっぱり明日香ちゃんと一緒にいたいからね。がんばるよ」
明日香「がんばる方向性、そっちでいいの?」
稲岡裕「むしろ方向性は三百六十度だから」
明日香「ユウちゃん……」
明日香はすこしあきれたように稲岡をみている
けれど燃えている稲岡にもう何も言えない
明日香「……無理はしないでね」
稲岡裕「無理? してないよ」
明日香「私もできるだけフォローするね」
稲岡裕「ありがと!」
稲岡は明日香のほほにチュッと口を寄せる
明日香は顔が真っ赤になる
稲岡裕「あはは、かわいい」
明日香「もう、ユウちゃん!」
逃げる稲岡を追いかけていく明日香
〇明日香の自宅(夜)
明日香の兄(とてつもないイケメン。明日香と目元が似ている)がフリフリのエプロンをつけて晩ご飯を作っている
明日香「お兄ちゃん、いい加減そのエプロンやめなよ。はずかしいよ」
兄 「はずかしい? なんでだ? これは明日香が小学二年生の時にオレの誕生日プレゼントでくれたものだぞ」
明日香「だからはずかしいんだけど……」
兄は気にしないようすで鼻歌交じりにフライパンを振っている
リビングのテーブル前に座る明日香の目の前に空いた皿があり、そこにお店もびっくりなほどおいしそうできれいなオムレツがのせられる
兄 「ケチャップで何を描いてほしい? ハートか? 星か?」
明日香「いらない」
兄 「お兄ちゃんラブ、でいいか?」
明日香「いらないって!」
明日香は兄の手からケチャップを奪うと、波線を一本引いて「いただきます」と食べ始める
すると兄はエプロンを外し、ろうかへと消えた
明日香「お兄ちゃん? 食べないの?」
兄 「明日香、明後日はこれで良いか?」
兄は突然、新品のスーツを着て現れた
おどろいた明日香は固まってしまった
明日香「もしかしてお兄ちゃん、デートでも行くの?」
兄 「お! お兄ちゃんとデートしてくれるのか?」
明日香「話が違う。明後日、だれかと会うの?」
兄 「おいおい、明日香。もしかして忘れたのか?」
兄はそう言うと壁掛けのカレンダーを指さした。
兄 「明後日はお前の学校の授業参観だろ?」
明日香「…………」
明日香はスプーンにすくったオムレツをお皿に落としてしまった
明日香「……わ、忘れてた」
兄 「オレは忘れてなかったぞ。むしろどれほど待ち望んだことか!」
明日香「来るつもりなの?」
兄 「もちろんだ!」
すると兄は大号泣しだす
兄 「女子校が安心だと思って入れてみれば、父兄は授業参観と文化祭でしか校内に入れないというじゃないか! 明日香の女子校でのかがやかしい日々をたくさん写真におさめたかったのに!」
明日香「それはやめて。写真とか、本当にやめて。つかまるよ」
兄 「十五歳の明日香は今しかないのに!」
明日香「お兄ちゃん……」
明日香は兄を気の毒そうにみつめるが、すぐに我に返る
明日香「って、明後日授業参観? 本当に来るの?」
兄 「ああ、もちろんだ。お父さんは出張でいないし、代わりにオレの目に焼き付ける」
明日香「……ど、どうしよう」
兄 「うん? どうしようとはどういう意味だ?」
明日香はあわててご飯をかきこむと「ごちそうさまでした」と言って部屋に逃げていく
明日香(お兄ちゃんは、ユウちゃん……タスクくんのこと、キライなんだよね……)
(回想)
幼稚園の送り迎えのシーン
明日香の手を放さず泣いている兄(高校生)を煩わしい表情で見つめている明日香
すると顔の隠れた母親らしき女性に送られてきた稲岡が駆け寄ってくる
稲岡裕「おはよう、明日香ちゃん」
明日香「タスクくん、おはよう!」
兄はとたんに泣くのをやめ、稲岡に向かって「気安いぞ、小僧」と怒る
しかし稲岡は気にしないようすで明日香と兄の手を放す
稲岡裕「明日香ちゃん、遊ぼう!」
明日香「うん! じゃ、お兄ちゃんまたね」
かけていく二人を見送る兄
背後にはおどろおどろしい炎が見える
兄 「……稲岡祐。ゆるさぬ!」
(回想終了)
自分の勉強机で頭を抱えている明日香
明日香(どうしよう、もしユウちゃんがタスクくんだってばれたら……)
怪獣になって学校を荒らす兄のすがたが浮かぶ明日香
明日香(これは、大問題だ!)
明日香は頭を掻きむしりながら(どうしよう)と悩んでいた
電車に乗る明日香をずっと見つめている稲岡
稲岡は手を振ったりはしないが、走り出す電車をいつまでも見送っていた
口元が動くが、セリフはない
(回想終了)
〇翌日の学校(朝)
明日香が一年A組の教室へ入ろうとすると、教室から「キャーキャー」と黄色い悲鳴が上がっている
なんだろう、と明日香がうかがうと、案の定稲岡が女子たちに囲まれていた
しかし明日香が登校したことに気づいた稲岡がまぶしい笑顔で立ち上がった
稲岡裕「明日香ちゃん!」
そのひと言に周囲の女子たちも「きゃあ!」と声を上げる
すこし引き気味の明日香
明日香「ユウちゃん、おはよう」
明日香は戸惑いながら自分の席につく
稲岡が明日香の席に近寄る
稲岡裕「明日香ちゃんって部活は入ってるの?」
明日香は(とつぜん、どうしたんだろう?)と思いながら「入ってるよ」と答えた
稲岡裕「なに部?」
明日香「茶道部だよ」
稲岡裕「活動日は?」
明日香「今日と金曜日」
稲岡裕「火曜と金曜? ちょうどいいや! 今日見学に行きたいんだけど、良い?」
明日香は笑顔でうなずく
明日香「部員少なくて、困ってるって部長さんが言ってたから、うれしいよ!」
すると周囲の女の子たちが「えー!」と騒ぎ立てる
女子A「それなら私も茶道部に入ろうかな」
女子B「え、ずるい! でもうちは兼部禁止だもんな……」
女子C「あたしも茶道部の見学、行きたーい!」
女子D「あ、ずるいずるい! あたしも見学行く!」
騒ぎ立てる周囲を気にしない稲岡
教室にはいつの間にか担任が入ってきていた
担任「はい! 朝のHRはじめますよ! ちょっと、よそのクラスは勝手に入っちゃいけません!」
他クラスの女の子たちは「キャー、すみませーん」とはしゃぎながら教室を出ていく
その中にひとり、ひと言も発しなかった女の子が心残りがあるように教室の外で一度立ち止まる
稲岡裕「茶道部かー、お菓子とか食べられるのかな?」
明日香「ユウちゃんは和菓子すき?」
稲岡裕「好き! 甘いもの大好きだよ」
その女の子はじっと二人をにらむように見てから教室を離れていく
そのうしろすがたに明日香はわずかに不安を覚える
稲岡裕「どうかした?」
明日香「ううん、なんでもない」
〇放課後の校舎を歩く明日香と稲岡裕
校舎間をつなぐ渡り廊下を歩きながら稲岡は鼻歌をうたっている
明日香「ユウちゃんはみんなの王子さまだね。モテモテ」
稲岡裕「お、嫉妬?」
すこしうれしそうな稲岡に対して、明日香はキョトンとして首を横に振る
明日香「べつに……」
稲岡裕「え……」
稲岡はあきらかにがっかりした様子
稲岡裕「それは傷つく。嫉妬してよ」
明日香「なんで」
稲岡裕「なんか、恋愛対象として見られてない感じがする……」
明日香「うーん、どうだろう」
稲岡裕「え」
明日香は申し訳なさそうに立ち止まった
明日香「ユウちゃんとして再会しちゃったし、今は友だちって気持ちの方が強いんだ」
稲岡裕「明日香ちゃん」
稲岡も立ち止まると、両手で明日香の顔を包み込んだ
稲岡裕「明日香ちゃんがそういうつもりなら、ボクは本気で行くよ」
明日香「えっと、それはどういうことかな?」
稲岡裕「学校でも外でも、ボクはボクらしく、明日香ちゃんに攻めていくから」
稲岡の真剣な表情にドギマギする明日香
明日香「ゆ、ユウちゃんはそういうけど、ここにはもっとたくさんの女の子がいるんだよ?」
稲岡裕「だから?」
明日香「だから……」
明日香は胸にチクっとした痛みを感じながらさびしそうに笑う
明日香「もしかしたら、ユウちゃんにもっとふさわしい女の子がいるかもしれない……よ」
稲岡裕「……ふーん、明日香ちゃんはそういうこと考えてるんだ」
稲岡の低い声に明日香は(あ、怒らせちゃった……?)と不安そうに稲岡を見上げる
稲岡は目が据わっていた
稲岡裕「ボクがどれぐらい明日香ちゃんのことが好きなのか、わかってないんだね」
明日香「ユウちゃん?」
稲岡裕「まあ、いいよ。急がなくても学校内ならライバルはいないわけだし」
そう言って稲岡は明日香に顔を近づけていく
明日香はあわてて逃げようとするが、まだ両手で顔をつかまれているので逃げられない
明日香「ユウちゃん! 学校だよ」
稲岡裕「だから? 見られてもいい、見せてやる」
明日香「ユウちゃん――」
? 「穂村さん、部活はじまってますよ」
キス寸前の明日香と稲岡は同時に声がした方をふり向いた
そこには黒髪ロングの美少女が立っていた
(茶道部の部長である)
明日香「ぶ、部長!」
稲岡裕「部長さん……」
稲岡は明日香からすこし離れると頭を軽く下げた
稲岡裕「はじめまして、一年A組の稲岡です。茶道部に入部希望で、本日は見学に参りました」
部長「そう。見学は大歓迎よ。もう最初の人の練習がはじまっているから、うしろから入ってちょうだい」
明日香「はい! すいません」
部長「良いのよ」
部長は稲岡を不審そうに見つつも先に部室である和室へと入っていく
稲岡は顔をしかめた
稲岡裕「なんか、ヤな感じ」
明日香「そう? いい人だよ」
稲岡裕「ボクに敵意を感じた」
明日香「まさか」
明日香はおかしいようにくすっと笑うと、部長の入っていったすこし開いているふすまを押し開いて中に入った
明日香「失礼します」
稲岡裕「失礼しまーす」
五人ほどの部員(中には部長もいる)が一斉に二人を見て「こんにちは」「いらっしゃい」と和やかに迎える
一人だけお茶をたてている女子生徒は集中しているのか、壁の方でしずかに茶道具を持ったり置いたりしていた
明日香と稲岡は客側の席の後方に座った
お茶をたてた女子生徒が茶器をもって立ち上がる
そして最初の客の前に座り、茶器を差し出す……ふと明日香たちの方をみると、飛び上がった
部員A「お、おとこーっ!」
稲岡は笑顔がかたまる
明日香があわてて「レイちゃん、ちがうの! 転校生の稲岡裕ちゃんなの! 見学に来たんだ」と稲岡の前に立つ
しかしレイと呼ばれた部員が首を横になんども振った
レイ「いいえ、彼は男子よ! だって……ほら!」
レイはそう言って制服の袖をまくる
すると真っ赤になっていた
レイ「半径五メートル以内に男子がいると、蕁麻疹がでるの! これがその証拠よ」
部長が「落ち着いて。女子校に男子がいるわけないでしょう?」と立ち上がって彼女の肩をおさえる
ほかの部員も「稲岡さん、かっこいいけど女子だよね」「うんうん」と話している
稲岡だけ笑顔が凍っていた
明日香「えっと、すいません……今日は早退します、すいません!」
明日香は危険を察知して稲岡のうでを引っ張って部室を出ていく
遠くで部長が「穂村さん! 待って――」と声をかけているのが聞こえるが、それより明日香は稲岡を守らなければと思っていた
階段を駆け下りた二人は、一階の一番下の階段に腰かける
稲岡裕「なに、あの子。怖いんだけど」
明日香「すっかり忘れてたけど、レイちゃんは極度の男子恐怖症なの」
稲岡裕「なにそれ……この学校には男の先生だっているのに」
明日香「そのときは授業の前に、蕁麻疹の出なくなる薬を飲んでるらしいよ」
稲岡裕「マジか……こんな形でバレそうになるとか想定外なんだけど」
明日香「私もまさかだよ……あんなに正確だと思ってなかった……」
稲岡裕「ロボットかな?」
明日香「ふだんはおとなしくてかわいいこなんだけどね……」
二人は同時に「ふう」とため息をつく
稲岡裕「同じ部活はむずかしいのかな」
明日香「そうだね。レイちゃんのそばにいるとバレちゃうよ」
稲岡裕「……いや、待てよ?」
稲岡は目を光らせた
稲岡裕「逆手に取ったらよくね?」
明日香「どういう意味?」
稲岡は明日香の手を取って興奮気味に言う
稲岡裕「つまり、レイちゃんでも反応しなくなるぐらい完璧な女子としての振る舞いができたら、だれからも男子だとバレないんじゃないかな!」
明日香「……え、つまり?」
稲岡裕「やっぱり茶道部に入るよ!」
明日香「えー!」
稲岡裕「その前に、レイちゃんを攻略しないとね。レイちゃんと仲良くなって蕁麻疹でなければ、だれもボクを男子だと思わなくなる!」
明日香「いやいや、それはむずかしいよ」
稲岡裕「むずかしくても、やる意味はある!」
稲岡の目が燃えている
稲岡裕「やっぱり明日香ちゃんと一緒にいたいからね。がんばるよ」
明日香「がんばる方向性、そっちでいいの?」
稲岡裕「むしろ方向性は三百六十度だから」
明日香「ユウちゃん……」
明日香はすこしあきれたように稲岡をみている
けれど燃えている稲岡にもう何も言えない
明日香「……無理はしないでね」
稲岡裕「無理? してないよ」
明日香「私もできるだけフォローするね」
稲岡裕「ありがと!」
稲岡は明日香のほほにチュッと口を寄せる
明日香は顔が真っ赤になる
稲岡裕「あはは、かわいい」
明日香「もう、ユウちゃん!」
逃げる稲岡を追いかけていく明日香
〇明日香の自宅(夜)
明日香の兄(とてつもないイケメン。明日香と目元が似ている)がフリフリのエプロンをつけて晩ご飯を作っている
明日香「お兄ちゃん、いい加減そのエプロンやめなよ。はずかしいよ」
兄 「はずかしい? なんでだ? これは明日香が小学二年生の時にオレの誕生日プレゼントでくれたものだぞ」
明日香「だからはずかしいんだけど……」
兄は気にしないようすで鼻歌交じりにフライパンを振っている
リビングのテーブル前に座る明日香の目の前に空いた皿があり、そこにお店もびっくりなほどおいしそうできれいなオムレツがのせられる
兄 「ケチャップで何を描いてほしい? ハートか? 星か?」
明日香「いらない」
兄 「お兄ちゃんラブ、でいいか?」
明日香「いらないって!」
明日香は兄の手からケチャップを奪うと、波線を一本引いて「いただきます」と食べ始める
すると兄はエプロンを外し、ろうかへと消えた
明日香「お兄ちゃん? 食べないの?」
兄 「明日香、明後日はこれで良いか?」
兄は突然、新品のスーツを着て現れた
おどろいた明日香は固まってしまった
明日香「もしかしてお兄ちゃん、デートでも行くの?」
兄 「お! お兄ちゃんとデートしてくれるのか?」
明日香「話が違う。明後日、だれかと会うの?」
兄 「おいおい、明日香。もしかして忘れたのか?」
兄はそう言うと壁掛けのカレンダーを指さした。
兄 「明後日はお前の学校の授業参観だろ?」
明日香「…………」
明日香はスプーンにすくったオムレツをお皿に落としてしまった
明日香「……わ、忘れてた」
兄 「オレは忘れてなかったぞ。むしろどれほど待ち望んだことか!」
明日香「来るつもりなの?」
兄 「もちろんだ!」
すると兄は大号泣しだす
兄 「女子校が安心だと思って入れてみれば、父兄は授業参観と文化祭でしか校内に入れないというじゃないか! 明日香の女子校でのかがやかしい日々をたくさん写真におさめたかったのに!」
明日香「それはやめて。写真とか、本当にやめて。つかまるよ」
兄 「十五歳の明日香は今しかないのに!」
明日香「お兄ちゃん……」
明日香は兄を気の毒そうにみつめるが、すぐに我に返る
明日香「って、明後日授業参観? 本当に来るの?」
兄 「ああ、もちろんだ。お父さんは出張でいないし、代わりにオレの目に焼き付ける」
明日香「……ど、どうしよう」
兄 「うん? どうしようとはどういう意味だ?」
明日香はあわててご飯をかきこむと「ごちそうさまでした」と言って部屋に逃げていく
明日香(お兄ちゃんは、ユウちゃん……タスクくんのこと、キライなんだよね……)
(回想)
幼稚園の送り迎えのシーン
明日香の手を放さず泣いている兄(高校生)を煩わしい表情で見つめている明日香
すると顔の隠れた母親らしき女性に送られてきた稲岡が駆け寄ってくる
稲岡裕「おはよう、明日香ちゃん」
明日香「タスクくん、おはよう!」
兄はとたんに泣くのをやめ、稲岡に向かって「気安いぞ、小僧」と怒る
しかし稲岡は気にしないようすで明日香と兄の手を放す
稲岡裕「明日香ちゃん、遊ぼう!」
明日香「うん! じゃ、お兄ちゃんまたね」
かけていく二人を見送る兄
背後にはおどろおどろしい炎が見える
兄 「……稲岡祐。ゆるさぬ!」
(回想終了)
自分の勉強机で頭を抱えている明日香
明日香(どうしよう、もしユウちゃんがタスクくんだってばれたら……)
怪獣になって学校を荒らす兄のすがたが浮かぶ明日香
明日香(これは、大問題だ!)
明日香は頭を掻きむしりながら(どうしよう)と悩んでいた
