〇私立公郷女子学院、理事長室内(朝)
花瓶に花を飾る40代の女性(理事長)
そのすぐ後ろには稲岡祐が制服に慣れないようすで立っている
理事長「後悔はないわね」
稲岡祐「はい」
理事長「約束も守ってくれるのよね?」
すこしだけうつむいてからうなずく稲岡祐
稲岡祐「必ず守ります」
理事長「期待しているわ」
理事長室をノックする音
理事長「時間よ。いってらっしゃい、がんばって」
稲岡祐「いってきます、おばさん」
稲岡祐はのどを押さえて咳払いをする
そして切り替えたようにキリッとした表情を浮かべた
〇一年A組の教室内
朝のHR前でクラスはさわがしい
窓際で一番後ろから二番目の席に座る主人公の穂村明日香
あくびをかみころしながらぼんやりと外を見ていた
明日香「あー、平和だな」
明日香はうれしそうに目を細める
明日香のモノローグが入る
明日香「私は、穂村明日香。高等部の一年生
妹大好き! なシスコンの兄と
心配性の父のすすめで
ここ、私立公郷女子学院に通っています
私は高等部から入ったけど、クラスのほとんどは
初等部からエスカレーター式で上がっているようで、
なかなか新しい友だちはできません
でも、私は気にしません
友だちがいなくても、さびしいとか思っていないので。
女子校なら色恋沙汰で被害を受けることもないから
平和な毎日です」
(回想)小学校の校庭
女子たちに囲まれる明日香
女子A「みっちーがケータを好きなの知ってたでしょ?」
明日香「もちろんだよ……」
女子B「じゃあ、なんでケータに告白したの?」
明日香「ちがう……告白されたの……」
女子C「みっちーの気持ち知ってて、よく告白されるよね?」
明日香(理不尽すぎる!)
みっちー「いいの、みんな……あたしが不細工なのが悪いの」
女子A「そんなことないよ! みっちーかわいいもん!」
女子B「明日香が悪いんだから」
女子C「そうよ! アスカが悪いんだから、みっちーに謝ってよ」
明日香「…………」
最終的に女子Cに頭を押さえられてみっちーに謝らせられる明日香
(回想終了)
明日香「あれ以来、男子とは関わらないようにしてるし、
女の子相手でも気を許さないようにしてる」
明日香はうでを伸ばしながら「平和最高!」とほほ笑む
教室に担任の先生(メガネにスーツの若い女性)が入ってくる
担任「はい、みなさん座ってください
ゴールデンウイークはゆっくり休めましたか?
早速ですが、転校生がきましたので、紹介します」
転校生、の言葉に沸き立つ教室内
入ってきたのはショートヘアーに真っ黒なタイツを履いた
スタイルの良い生徒(稲岡祐)だった
担任「稲岡祐(いなおかゆう)さんです
家庭の事情で転校してきました
みなさん、仲良くしてあげてくださいね」
かっこいい女子生徒の登場にクラスからは
「かっこいいー!」「王子様みたい!」との声が上がる
担任「席は……二つ空いてるけど――」
すると稲岡祐は担任が席を決める前に、明日香のうしろの席を指さした
稲岡祐「あそこが良いです」
担任「そう? じゃああの席についてちょうだい」
稲岡祐はしずかに歩いていく
明日香のうしろの席の前に立つと、教室をぐるりと見まわして言った
稲岡祐「稲岡裕(いなおかゆう)です
よろしくお願いします」
明日香はうしろをふり返って稲岡祐を見上げている
明日香(なんだろう……はじめて会うはずなのに、どこかなつかしい……)
明日香の視線に気づいた稲岡祐はニコッとほほ笑んだ
稲岡祐「よろしくね」
明日香は顔を赤らめる
明日香「よ、よろしくお願いします」
明日香は前を向きなおす
明日香は小さくうなずくと心に決めた
明日香(稲岡さん、きっとモテる……! これは近寄らない方が平和だな)
〇休憩時間になった一年A組
稲岡裕の周りにはたくさんの女子生徒
中には他クラスの生徒も混じっている
女子生徒A「前はどんな学校にいたの?」
稲岡裕「私立の共学。普通のところだよ」
女子生徒B「私、クラス委員をしているの! わからないことがあったら何でも聞いてね!」
稲岡裕「ありがとう」
明日香はうしろの席の稲岡裕の周りに生徒が集まりすぎて圧迫され、
思わず起立してそろりと教室を出て行ってしまう
? 「明日香ちゃん」
明日香は「だれ?」と振り返ると、衆目を集める稲岡が立っていた。
稲岡裕「明日香ちゃん」
明日香「えっと、稲岡さん? 私の名前、なんで知ってるの……?」
稲岡裕「なんでだと思う?」
稲岡は幸せをかみしめるようにほほ笑むと、明日香のほほに手を寄せた
稲岡裕「明日香ちゃん――おまたせ。迎えにきたよ」
明日香はその言葉にふと幼馴染の少年を思い出していた
(回想)場所は幼稚園の園庭
光に満ちてキラキラしている
幼馴染の少年「明日香ちゃん!」
明日香「タスクくん!」
手をつなぎあう二人はうれしそうに笑顔をみせあっている
幼馴染の少年「ボク、卒園したらガイコクに行くんだって」
明日香「それって、とおいところ?」
幼馴染の少年「ずっとずっととおいところ」
すると明日香はとたんに目をうるませる
明日香「やだ……離れたくない」
幼馴染の少年「ごめんね、明日香ちゃん」
明日香「タスクくん……」
幼馴染の少年は明日香のほほに手を寄せて笑った
幼馴染の少年「明日香ちゃん。約束しよ?」
明日香「約束?」
幼馴染の少年「大きくなったら、ボクのお姫さまになって?」
明日香「お姫さま……?」
幼馴染の少年「ボクは立派な王子さまになって、明日香ちゃんを迎えに来るから」
二人は小指を結んで指切りげんまんをする
明日香「約束だよ?」
幼馴染の少年「約束」
(回想終了)
明日香は目を見開く
明日香「……まさか……でも……」
しかしチャイムがその声をかき消してしまう
稲岡は明日香を抱き寄せて耳元でささやいた
稲岡裕「かわいいお姫さまになったね、明日香ちゃん」
明日香は顔を真っ赤にして目を見開いていた
稲岡裕「遅くなってごめんね。もう離さないよ、お姫さま?」
あやしく笑う稲岡に明日香はパンク寸前だった
