Simple-lover(シナリオ版)


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○陽菜『転機』の一部を回想

裕紀『元々お前は俺のでしょ?』
陽菜の部屋のベッド上にて、そんな陽菜を裕紀が見下ろし、口角をキュッとあげて、余裕の笑み。
裕紀『ヒナ…好き』
“転機”の陽菜の部屋のシーンを引用。(優しく柔らかい表情で陽菜を抱きしめる裕紀。)



ずっと、ずーっと大好きだった幼馴染みのヒロにぃと晴れて恋人になった夏休み。
耳元で優しく囁かれたあの時、本当に、本当に幸せだった。
恋人になってからも、相変わらずお休みの日にはおうちに遊びに来てくれるヒロにぃに、お父さんもお母さんもニコニコで。

〜陽菜の家のリビングにて〜
陽菜母「ヒロくんと二人で旅行?そうねえ…」
陽菜父「まあ、高校休んではダメだけど…春休みに一泊二日くらいならいいんじゃないか?」
二人とも、笑顔で賛成している。

『春休み、一泊二日位なら』って、二人で旅行に行くことも許してくれて順風満帆…だったはずだった。

けれど、旅行の許可が出た直後…去年の12月位からヒロにぃは何かって言うと『バイト』って言い出して、おうちに遊びに来る回数も減った。
だから、バレンタインはちゃんと当日にチョコを渡して一緒に過ごしたいなあって思って、『2月14日はお休み取ってね!』って言っておいたのに。


○2月11日祝日 陽菜の家のリビングにて

裕紀「14日?俺、バイトだわ。」
陽菜「?!」

陽菜の両親がお互い出かけてる最中、いつも通り私の家に遊びに来て、ソファでくつろぎスマホゲームをしている裕紀の側に立ち、口を尖らせる陽菜

陽菜「バレンタインなのに…」
裕紀「“バレンタインだから”だよ。バイト代、跳ね上がるんだよ。」
陽菜「ちょ、チョコ渡したいのに。」
裕紀「仕事なんだから仕方ないでしょ?日付跨ぐまで働いているワケじゃ無いし。終わったら連絡すっから。そしたら当日貰えるでしょ?」
(陽菜の心の中『そんな、バレンタインはチョコを渡して、ハイ終わりみたいな言い方…。
大学生のヒロにぃは、高校生の私と比べればだいぶオトナで。
私も、ヒロにぃに並んでも恥ずかしくないオトナな女になりたい。
なんて思いながら、今年のバレンタインは、トリュフを手作りすることにしたのに…
ヒロにぃのバカ!嫌い!
ヒロにぃにチョコなんてあげないもん!)

陽菜、喉元まで出た、その気持ちと想いを体に力をいれ、口をつぐんで、グッと堪える。
(陽菜心の声『…そうだよ。オトナの女になりたいんだから。』)

陽菜「…し、仕方ない、よね。ば、バイトなら…うん。」

チンっ

リビングと繋がっているキッチンでオーブンが短い音を立てる。

(陽菜心の声『あ…焼いていた紅茶のチョコケーキが焼けたかな。』)

陽菜、小走りでキッチンへと移動。
オーブンを開けると、アールグレーの香りがフワリと一気に広がる。

(陽菜心の声『…よし、これを一日かけてゆっくり冷やしたらラッピングだな。』)

陽菜、その出来映えの良さに、頬が緩む。
その途端、ギュウッと背中から裕紀の腕に包まれる。

裕紀「…美味そう。」
陽菜「こ、これはダメだよ。学校の友達に配るんだもん。」
裕紀「へー…学校の友達ねえ…」

肩に乗る顎の感触と頬にかかるふわふわの髪先が、どことなくくすぐったいと感じる陽菜。それでもくっついてくれているのが嬉しくて、頬が緩み、いつもの調子でご機嫌にニコニコしたまま話を続ける。

陽菜「インスタにアップするし…可愛いくて凝ってる方がいいじゃん。これなら日持ちするから今日作っておけるし。」
裕紀「今どきの女子コーセーは色々気を遣わなきゃいけなくて大変だね。」
陽菜「そうだよ~。早川なんて、“お前の不器用さからして期待出来ねえ”とか言ってて。絶対見返してやるんだから。」
裕紀「……“ハヤカワ”。」
裕紀、少し声が低くなる。陽菜はそれに気が付かず、話を軽快に続ける。

陽菜「あれ?前に話さなかったっけ。早川涼也。夏休みにクラスの友達と遊びに出かけた時に違うクラスだけど来てて…
そこから結構話するようになったんだけど。会えば人のこと、からかってさ…」
裕紀「……。」
陽菜「この前なんてね?…っ!」

陽菜が楽しげに話を続けようとすると、突然、首筋に裕紀の唇が強くくっついて、その指先がもぞもぞと陽菜の体を這うように動き出す。

裕紀「…オトモダチの話はもういい。」
陽菜「やっ…」

裕紀の唇が陽菜のうなじへと這っていく感触に思わずのけぞる陽菜。
前へと離れた腰は簡単に裕紀の腕に捕らえられて引き戻される。その手が、ショートパンツの上を滑り降り、内股を撫でた。

陽菜「ひ、ヒロにぃ…ま、待って…」
裕紀「待たない。」

裕紀が陽菜の体の向きを変え、自分と正面を向かせると、後頭部と腰に手を当てて抱き寄せ、そのまま唇を塞ぐ。

陽菜「んん……っ」

柔らかい裕紀の唇が何度も陽菜のを包み込み、吐息を吐く事すらままならない。
陽菜、息苦しさを覚え、思わずギュッとひろきのセーターを握る。

裕紀「…ヒナは14日、俺がバイト行っても全然へーきなんだ。」

暫くして漸く開放した陽菜の唇の端を裕紀の丸い親指の先がそっと辿る。
そのまま片頬をフワリとつつまれ、耳に指先が触れる。

陽菜「ひ、ヒロにぃが言ったんじゃん…働いてるんだから仕方ないって…」
裕紀「俺は働いてる張本人ですから。それでいーんだよ。でもお前が聞き分け良いと、何か気持ち悪い。」
陽菜「なっ!何それ!」
(陽菜心の声『人が折角頑張ってオトナになろうとしてるのに!』)

陽菜「ヒロにぃのバカ!嫌い!」

陽菜が裕紀の胸元を片方の手で押して、もう片方でペシンと叩く。
それにハハッと楽しそうに、嬉しそうに笑う裕紀。もう一度陽菜を優しく抱き寄せる。

裕紀「…まあ、なるべく早く帰ってくるからさ。」
陽菜「う…ん…」
裕紀「じゃあ…続き?」
陽菜「お、お母さん達そろそろ帰るかもしれないから…」
裕紀「平気でしょ。」
陽菜「で、でも…」
裕紀「俺が平気つったらへーきなんだよ。」

陽菜を抱き寄せ、耳元でそう囁く裕紀。そのまま鎖骨に裕紀の唇が触れた。




○2月14日バレンタイン当日、陽菜の高校教室

〜陽菜回想〜
2月11日夜
陽菜母「あら、ヒロくん!来てたのね。ちょうどよかった!さっき、ヒロくんのお母さんに、箱根のお土産に美味しいさつま揚げとかまぼこ買ってきたから、一緒にお夕飯食べようってLINEしたのよ!」
陽菜父「あれ?お母さんもしてたの?俺もヒロくんのお父さんに『獺祭で飲もうよ』って…。とりあえず来られるみたいだから、ヒロくんはもうここにいればいいんじゃない?」
裕紀「はーい。」
陽菜がどことなく、さっきまでしていた事を思い出し気まずい雰囲気を出している中、裕紀は爽やかに応えて、それから陽菜に意味ありげに口角をキュッとあげて微笑む。
ピンポーンとインターホンが鳴り、裕紀のお父さん・お母さんが「こんばんわ!」とやって来る。
そしてみんなで 大宴会のように楽しく食卓を囲んだ。

(陽菜心の声『それはそれで楽しくて良かったんだけど…』)

〜陽菜回想〜
裕紀『早く帰ってくるからさ。』
優しく微笑み、陽菜を抱き寄せる裕紀

(陽菜心の声『誤魔化されたのかな…。いや、でも退いた後に『それは気持ち悪い』って言われたしな…。』)

〜ここから教室内のやり取り、昼休み〜
陽菜「うーん…」
陽菜が自分の机に座り机に両肘をつき、顔をそこに乗せて眉間に皺を寄せて悩んでいると、目の前に早川涼也が現れる。

早川「お前、何でずっと唸ってんだよ。」
陽菜「あ、早川…はいこれ、チョコのケーキ。バレンタインおめでとー。」
陽菜、抑揚なくそう言い、作ってきた紅茶のケーキを早川に片手で渡す。
その様子に苦笑いをする早川。
早川「お前、心ここにあらず過ぎるわ。」

急にうりゃっと早川の大きな手が頭をグシャッと触る。

陽菜「ちょ、ちょっと!何すんのよ!」
早川「バレンタインのお礼に撫でてやっただけ。」
陽菜「お礼になってない!」

楽しそうにハハッと笑った早川は「ごちそーさん」と立ち上がると教室を出て行く。


陽菜「早川め~!あー…寝癖みたいになっちゃったじゃん…。」

鏡とにらめっこしはじめた陽菜に、一緒に居てその様子を見ていた友達のなつみとさあちゃんが苦笑い。

なつみ「ほんと、早川はヒナが好きだよね~。」
さあちゃん「ね。わかりやすい。」
陽菜「…それは無いでしょ。どう考えてもバカにされてるし。」

陽菜心の声(『今回のバレンタインだって、『期待しない』とか言ってさ。テストもスポーツも、『お前、本当にダメだな』っていっつも笑って…』)

唇を尖らせたまま、ため息をつく陽菜をおもしろそうに見る、なつみとさあちゃん

なつみ「早川良いと思うけどな~。」
さあちゃん「ねー!仲良しだしさ。」
陽菜「…仲良しではない。」

目を細め、変わらず唇を尖らせたまま、鏡を閉じる陽菜。

陽菜「とにかく、私はヒロにぃ一筋だもん。」
なつみ「出た!幼馴染みのイケメン大学生!」
さあちゃん「今日は?バレンタインだし、ちょっと良さげなお店とかでデートしちゃうとか?!」

目をキラキラさせて、なつみとさあちゃんが少し身を乗り出し、話を聞きたそうにしているのを見て諦めたような表情でパックジュースをチューっと吸う陽菜。

陽菜「…良さげなカフェでバイトだって。」

陽菜の発言になつみとさあちゃんは、目を合わせ瞬き。

なつみ「それ…許したの?」
陽菜「だって。仕方ないじゃん。もうシフト入れちゃってたんだから。」

さあちゃんが、思い出したような表情になる。

さあちゃん「…そういや、12月位から急にバイトが頻繁になったんだっけ。」
陽菜「うん。カフェのバイトを始めたのがその位の時期だったかな…」
なつみ「クリスマスは?」
陽菜「イブもバイトで夜遅かったけど、会えたよ。どっちにしてもクリスマスは、ヒロにぃの両親とうちの親が仲良しだから皆でどんちゃん騒ぎが恒例だからね。」
さあちゃん「そっか…」

うーんと腕組みするさあちゃん。

なつみ「…ヒナ、大丈夫?それってさ…バイト先にさ…」

なつみまでそんな微妙な顔をする。

二人の複雑そうな表情と態度に小首を傾げる陽菜。

(陽菜心の声『……一体何があるの?バレンタインにバイトが入ると。』)


○なつみとさあちゃんに言われた事が陽菜は気になったまま迎えた放課後

なつみ・さあちゃん「彼氏と帰る♡」
声を揃えて言う二人を、はーい!と笑顔で見送って陽菜は一人で学校を出る。

学校の横の道を歩いている陽菜の横に大きな人影

陽菜「うーん…」
早川「何だよ、まだ唸ってんのかよ。」
陽菜「…ああ、早川、おつかれ。」
早川「お前な。反応が薄すぎるだろ。」

ハッと面白そうに笑いながら、『早川先輩さようなら』と通りすがりの可愛い後輩達に声をかけられ、「じゃあな」って手を振る早川。
振られた後輩は何だか嬉しそうにきゃあきゃあ言いながら去って行く。


後輩1「いいなー。あの隣の人!」
後輩2「彼女かな?」
後輩1「かもねー。この前も見かけたし、一緒に居るの。」

その姿を陽菜が見て、それから隣を歩いている早川に目をやる。

陽菜「……早川」
早川「んー?」
陽菜「あんた、私が彼女だと思われてるよ。」
早川「おっ!マジで?」

楽しそうに笑うと私の頭をグシャッと撫でる早川。

早川「いーじゃん、思わせとけば。」

(陽菜心の声『…良いのかい。』)
心の中でそうツッコンでから、ハッとする陽菜。

陽菜「っていうか、髪を撫でないでって言ったでしょ!」
早川「何でだよ。別に減るもんじゃねーじゃん。」
陽菜「減らないけど、ぐしゃぐしゃになるじゃんか!」

むうと口を尖らせて、髪を手ぐしでとかす陽菜。
その様子に、フッと含み笑いをし、それからまた前を向く早川。

早川「あの二人は?」
陽菜「なつみとさあちゃんは、彼氏と会うって。」
早川「じゃあ…お前も?」
陽菜「私は…」

口ごもって、目線を少し伏せがちにする陽菜の前に早川が前に立ちはだかり、楽しそうに目を輝かせ、少し覗き込む。

早川「なに、もしかしてフラれた?」
陽菜「ち、違うし!」
早川「何だ、違うのかよ。」

面白くなさそうに『ちっ』と軽く舌打ちし、スタスタと歩き出す早川に、『今、舌打ちしたよね?』と思いムッとしながらその背中を追いかける陽菜。追いついて、口を尖らせながら横を歩く。

陽菜「…早川。」
早川「んー?」
陽菜「あんた、人の不幸を喜ぶとバカになるよ。」

陽菜の言い草に、早川がブハッと吹き出す。

早川「や、それを言うなら喜ぶと“自分が不幸になる”じゃねーの?」
陽菜「そう、それ。」
早川「“それ”って…」

含み笑いした早川が、少し陽菜を見る。

早川「で?今日は彼氏、会えないって?」
陽菜「…バイトだから。」
早川「ふーん…」

相槌を打った早川の顔を少し見る陽菜。

陽菜「ねえ、早川。」
早川「んー?」
陽菜「バレンタインに彼氏がバイトだと何があるの?」
早川「はあ?」

わけわかんねえって顔をする早川に、かくかくしかじかと、なつみとさあちゃんが話していた事を説明する陽菜。
それを聞いた早川は、微妙な顔をして、あー…と微妙な返事をする。

早川「まあ…単に本当にバイトなだけかもしんねーけどな。」
陽菜「…『けどな』。」
早川「ひっかかんなよ、あんま。つか、彼氏バイトなら暇じゃん。どっかでメシでも食おうぜ。
今日貰ったケーキのお礼してやるよ。お前にしては出来が良かったから。」
陽菜「…いや、やめとく。だって私…行ってみようと思うから。」
早川「何か…嫌な予感すっけど、一応聞こうか。“どこに”?」
陽菜「だから!ヒロにぃのバイト先だよ!」
早川「それは…ちょっと…重たくねえか?」

止める早川、燃える陽菜。勢いよく、そして目を輝かせて早川を見る。

陽菜「中には入らない!外から…様子を見るだけ!偶然散歩してて、通りかかったていにすればいいと思うし!」
早川「彼氏確か、数駅向こうの高級住宅街にある、カフェレストランつってなかった?
そんな家から遠い、閑静な高級住宅街を散歩してて偶然通りかかるのかよ。
無理ねえか?それ。
やっぱりやめた方がいいんじゃ…」

諭そうとする早川と少し離れて、目を輝かせながら、手を少しふる陽菜。

陽菜「じゃあね、早川!私、帰って準備しなきゃ!」
早川「おい、話聞けって!」

早川の叫び声をスルーして電車に乗り込む陽菜。

○陽菜の家

自室で可愛い洋服に着替えて、少し髪もゆるふわにして、少し化粧もする陽菜。
特に会うわけでもないけれど、ヒロにぃの働く姿を見れると思い、気合いが入る。
好奇心でワクワクしながら、準備をする陽菜。


陽菜「お母さん!行ってくるね!」
陽菜母「いってらっしゃい。あまり遅くならないのよ」
リモートワーク中の陽菜母に告げて、意気揚々と家を出る陽菜。

○裕紀のバイト先であるカフェレストランの最寄駅
降り立った頃には、もう日が暮れ、空は暗くなっていた。
行く道は、秋は銀杏が綺麗に舞い、春は桜のトンネルが現れる、この時期は、ライトアップし綺麗に彩られる。そんな素敵な煉瓦の敷き詰められている道。
その道を陽菜は見つめる。
(陽菜の心の中『ヒロにぃはここを通ってバイトに行ってるんだな…私もヒロにぃと並んで歩いてみたいな、こんな素敵な道。』)

突然、グイッと後ろに腕を少し引っ張られる陽菜。
驚いて振り向くと、引っ張ったのは唇の片端をあげ、得意気な笑顔の早川。

陽菜「っ!早川?!」

濃ブルーのダウンジャケットに、ジャストフィットのブラックジーンズ。そんな出で立ちの早川が「よっ」と、余裕の笑みを浮かべながら、少し手を上げる早川。

陽菜「…散歩?」
早川「なわけねーだろ。お前が変な事しようとしてるから、笑いに来たんだよ。」
陽菜「変じゃないよ…ちょっと外から様子見たら帰るもん。」
早川「そもそも、様子を見に行く事自体が、変だろ。それにほら、俺、ガタイがデカいから、お前が隠れるのに便利だろ?」
陽菜「なるほど!確かに!行くよ!早川!」
早川「はいはい。」

水を得た魚のごとく、早川という強い味方をつけて意気揚々と裕紀のバイト先に行く陽菜。

○裕紀のバイト先のカフェ前○
静かな高級住宅街の一角に、現れた、窓で覆われたカフェ。
黒い壁に白い文字。そんな印象だろうか。大人びた感じだけれど、丸文字がポップな印象を与える看板。グリーンの観葉植物があちこちに点在していて、爽やかな感じの外観。

陽菜と早川は道を挟んで反対側に立ち止まり、少し中の様子をさぐってみる。

人気のカフェなのか、店内はほぼ満員で。
品の良さそうな大人のカップルがほとんどを占めている。

(陽菜心の声『あ…ヒロにぃだ。)

<裕紀の様子>
フワリと厚めにおろした前髪。
白いシャツに、茶色のエプロンをつけて、お客さんに微笑み、オーダーをとっている。

(陽菜の心の声『か、かっこいい!見に来て良かった!』)


早川「…お前の彼氏、画像でチラ見しただけだったけど、実物、すげーイケメンだな。」

涙目で見ている陽菜の横で、早川が関心するように呟く。その後、少し複雑な表情になる。

早川「大丈夫なわけ?お前。」
陽菜「…何が?」
早川「や…だから…さ…」

言葉を濁らせながら、目線はカフェの方にむけている早川。

早川「まあ…モテるでしょ?あんな感じだと。」

その言葉に、思わず真顔で早川の横顔を見る陽菜。


陽菜の脳裏に不意によぎった、付き合う前の裕紀の事。
〜陽菜の回想〜
駅前や学校の近くで、綺麗な女の子と笑顔で並んで歩く裕紀
それを見て、「ヒロにいはモテるよね。私は相手にされないよね、子供だし」と悲しい表情。

(陽菜心の声『夏休みに私が彼女になってからは一切見かけなくなったけれど、確かに、その前は、綺麗な女の人を連れて歩いている所を見かけた事が何度もあった。
家の前ではないけれど…駅とか。
彼女になれたって舞い上がって…すっかり忘れてたな、そういうの…。
だって、本当に夏休みに彼女になってからは全くそういう光景に遭遇しなかったし、それらしいそぶりも感じも全く無かったから。』)

〜ここから現在〜
以前を思い出しながら、カフェの中へと目を向ける陽菜。

<裕紀の様子>
カウンターの中へと戻った裕紀に、同じくスタッフらしき女の人が声をかける。
きりりと髪をお団子にしていて、色白で大人びた顔つき。笑い方が清楚な感じで嫌味がない。
話しかけられた裕紀は、楽しげに何かを言い返して、二人でまた笑いながら並んで何かの作業を始めた。

それを固まって凝視している陽菜。そんな陽菜の様子を見て、早川が陽菜を肘でつつく。

早川「……もう帰ろうぜ。」
陽菜「も、もう少し…だけ…」

(陽菜心の声『…だって。ただ、一緒に働いているスタッフの人でしょ?職場の人なんだから和やかムードにしてるだけでしょ?』)

陽菜の脳裏にさあちゃんとなつみのやり取りが浮かぶ。

さあちゃん『バレンタインの日にバイト入れるってさ…』

(陽菜心の声『あの人に会うため…じゃない、もん。』)






早川「あ…おい…」


確証が得たくて、近くで見たい衝動に駆られ、早川から離れてフラフラとカフェに近づく陽菜。


窓一枚隔てて、見える裕紀の楽しそうな笑顔。
隣に居る綺麗な女の人が、そっと裕紀の腕に触れ、笑う。

(陽菜心の声『何か…お似合い。やっぱりヒロにぃにはああいう綺麗な大人の人が似合うんだよね。
それは…わかってたけど。
だから、頑張って大人にならなきゃって…。』)

陽菜がふうと息を吐き出した。途端、不意に顔をあげた裕紀と目が合う。

少し驚いてすぐに眉間に皺が寄る裕紀。
隣の女の人と話していた今までの柔らかい笑顔が消えた。


(陽菜心の声『…帰ろ。別に仕事を邪魔したいわけじゃないから。ただ、『大丈夫?』の意味が知りたかっただけだから。』)


何となく、寂しくなって目頭が熱くなる陽菜。
目線を静かに外して、歩き、早川の元へと戻る。

陽菜「帰ろ。」
早川「…おう。」

静かに早川と歩き出す陽菜。
煉瓦の敷き詰められた道に再びさしかかった時。

裕紀「ヒナ!」

後ろから聞こえて来た声で振り返る陽菜と早川。

(陽菜心の声『ヒロ…にぃ。』)

裕紀「あー…良かった、追いついて。」

走って追いついて来た裕紀は、シャツの上から、ダウンを羽織った状態で少し息を切らしている。
呼吸を整えたいのか、一度フッと短く息を吐き、早川を一瞥した。
その視線に気がつき早川が口を開く。

早川「あ…俺…ヒナの同級生で、早川って言います。」
裕紀「ああ…“ハヤカワ”君…ね。どうも。相沢です。」

そんな早川に軽く挨拶をすると、陽菜の手首をグッと握る裕紀。

裕紀「…行くよ。」
陽菜「え…?ど、どこに…」
裕紀「俺のバイト先。俺が終わるまで控え室で待ってて。」
陽菜「い、いいよ…そんなの。ちょっと様子見に来ただけだもん。」
裕紀「もう暗いし、一緒に帰った方がいいでしょ。」
陽菜「で、でも…」
早川「大丈夫ですよ?俺が送ってくんで。」

早川がモメ出した陽菜と裕紀の間に入る。

早川「…バイト、戻った方が良いんじゃないんですか?」

眉間に皺を寄せたまま、真顔の早川と少し目線を交わせていた裕紀はふうと深く溜息をついて、私の手首を開放する。

裕紀「…バイト終わったら連絡する。」

ポンと陽菜の頭に少し厚めの丸っこいその手のひらが乗っける。

裕紀「気を付けて帰んだよ?」
陽菜「うん…」

陽菜に少しだけ微笑むと「じゃあね」とそのまま来た道を戻っていく裕紀。

早川「……行こうぜ。」

その小走りの背中を陽菜が見送っていたら、早川が歩く様に促す。
それに、従い回れ右をして、再び歩き出す陽菜。
出した溜息は、フワリと白く夜空へ舞っていった。


早川「あー…っとさ。まあ…良かったんじゃね?」
陽菜「…何が?」
早川「や、だからさ…ここまで心配してお前を追いかけてきて、しかも自分のバイト先に連れてこうとしたって事は、真面目にバイトしてるだけって事だろ?」
陽菜「……ヒロにぃは昔から私に過保護だから。“彼氏だから”じゃないと思う。」
早川「そう…なんだ…」

煉瓦の道が終わり、横断歩道で二人並んで立ち止まる。
早川の少し茶色の髪が、車のライトに照らされて光る

陽菜「…私がまだすっごく小さい時からずっと。何だかんだ、遊んでくれるし面倒見てくれてたし。」
陽菜、流れゆく車の景色を見ながらぽつりとそう呟くように話す。

(陽菜心の声『あんな優しくてかっこいい幼馴染みが一番近くに居たら、他へ目を向けようがない。
ずっと、ずっと、好きで、大好きで…辛かった。
どんなに想っても、ヒロにぃにとって私は幼馴染みでしかないんだろうって想ってた。
だから…凄く嬉しかった。

『お前は元々俺のでしょ?』
ヒロにぃが、私を彼女にしてくれた事が。
だけど…本当に良かったのか分からなくなってきた。』)

さっきカフェで見た、ヒロにぃと綺麗な女の人の絵面が鮮明に思い出す陽菜。

陽菜「……ヒロにぃには、私なんかよりもっと良い人がいるのかな。」

早川がぽつりと言った陽菜を少し見て、また目線を赤信号へと戻す。


早川「…それはさ、お前にも言える事じゃない?」

早川の言葉に、見た陽菜に、ニッと口の片端をあげて笑う早川。

早川「男はこの世の中、ワンサカ居るわけじゃん。」

信号が青に変わると同時にポンッと陽菜の頭に乗る早川の掌。

早川「まあ…俺もそのうちの一人だし?」

ぐしゃぐしゃっとそのまま髪を思い切り撫でる。

陽菜「ちょっ…!」
早川「ほら、渡るぞもじゃ子。」
陽菜「もじゃ…誰のせい!」


長い足でとっとっとっと、軽やかに渡っていく早川を慌てて追いかける陽菜。

陽菜「もう!やめてって言ったじゃんか!」

渡り終えて立ち止まり、口を尖らせ怒りながら髪を整え始めたら、ククッと含み笑いする早川。

陽菜「…何?」
早川「や?お前はその方がいいなーって思っただけ。」

頭のてっぺんの逆毛を早川の指がそっと直す。それから優しく笑う早川。


早川「元気な方が、お前らしくて可愛い。」

早川の言葉にフリーズする陽菜。
頭の中で、ぐるぐると考え始める。

(陽菜心の声『……私、早川に何言われた?
”可愛い”…?
いや…いやいや。
別に好きって告白されたわけじゃなし。
早川も私が落ち込んでるから、慰めようとね?
ほら…早川もモテるし、きっと女子の扱いが上手いから……』)

動揺を隠しきれない陽菜に、早川はいたっていつも通り、クッと笑う。

早川「帰るぞ、もじゃこ」
陽菜「もじゃこじゃないし。寧ろさらっさらだから」
早川「うん、知ってる。お前の髪、触り心地良いから好き。」

横断歩道を渡り切った所で立ち止まった早川の指が今度は少し陽菜のマフラーを直す。

早川「つか…お前が好き。」

勢いよく走って来た車の作り出した風が、陽菜の髪を少し巻き上げる。

陽菜、再び動揺をする。
(陽菜心の声『……好き…?』)

陽菜「あ、あの…さ…」
早川「あ~…わかってるよ。お前には“ヒロにぃ”がいるもんな。」

もう一度陽菜の頭の上に早川の手が乗る。
けれど、いつもみたいに、グシャッとはしない。

早川「…でもさ。“ワンサカ”の男の中の一人じゃん?」

「まあ…考えといて?」と歩き出す早川。

○陽菜帰宅後
リビングのソファにて、早川の事を思い出す。
「考えといて」と言った早川は、家までは、そんな話があったの?と言う位サラッとしていて。
「じゃあな」といつもと変わらず笑いながら帰って行った。

クッションを抱えて、考え込む陽菜。

(陽菜心の声『私…早川に告白された…んだよね。今まで散々からかわれてバカにされてたのに…』)

不意に脳裏になつみとさあちゃんとのやり取りが過ぎる。

『本当に早川はヒナが好きだよねー!』

(陽菜心の声『…なつみとさあちゃんはわかってたって事?』)

考え込んでいたら、スマホがメッセージの着信を知らせてポケットの中で震える。

(陽菜心の声『あ…早川…』)
<メッセージやり取り>
早川『おやすみ、もじゃこ。ちゃんと歯、磨けよ』
早川の文章にフッと思わず笑う陽菜。
陽菜『お前もな』

陽菜が返信したらグッと親指を立てたスタンプが送られて来て、また陽菜はまた笑う。
ーメッセージやり取りここまでー

陽菜心の声『…告白はともかく。
今日、早川が隣に居てくれて良かったのは事実だよね。
一人で行って、ヒロにぃとあの人の仲良さげな所を目の当たりにしていたら、落ち込んで歪んで…ヒロにぃにあたっていたかもしれないから。』

裕紀『ヒナ!』

追いかけて来てくれた裕紀を思い出す陽菜。ふうとため息をつく。

陽菜心の声『迷惑…かけちゃったな。』


裕紀『暗いから一緒に帰った方がいいでしょ。』
心配して真剣な顔をする裕紀をまた、思い出す陽菜。

(陽菜心の声『ヒロにぃはいっつも、心配してくれて、私の事を大事にしてくれてるのに。
ああやって、自分の好奇心だけで押しかけて。
私…やっぱり子供だよね……。』)

不意に、裕紀とバイトを一緒にやっている女の人が仲良く笑い合う姿を思い出してツンと鼻の奥が痛くなる。
目頭が熱くなったのを、唇をキュッと締めて制す陽菜。

陽菜「…よし。」

ソファから立ち上がり、キッチンに行き腕まくり。
それから、ボールと測りを取り出した。







○裕紀、バイトが終りカフェから出てくる。

裕紀「お疲れ様でしたー。」

裕紀、スマホで時間を確認。午後10時半。

(裕紀心の声『…今から帰れば日付変わる前にヒナに会えるはず。』)

急いで自転車にまたがる裕紀を後から出てきたバイト仲間の女性が呼びかける。


舞「あっ!ヒロ、待って!」
裕紀「ああ、舞。お疲れ。」

パタパタと走って来て、自転車にまたがっている裕紀の目の前に立つ。

舞「店長に私の事『送れ』って言われたの覚えてないの?」


(裕紀心の声『…そうだっけ。頭の中、全部ヒナの事だったからすっかり忘れてたわ。』
『今日はバレンタイン。
バイト代は割り増し。
しかも、遅番なら更にアップ。
そう言われて飛びついた。
舞を送るの込みだったっけね、そういや。』)

裕紀「あ~っと…駅まで…」
舞「普通家までじゃないの?店長に見つかったら大目玉だよ?
と言うか、私、そんなに遠く無いところに住んでるから。普段も自転車か歩きで来てるの。 」

クスクスと笑う舞は歩き出す。

(裕紀心の声『…今日に限って、徒歩ですか。まあ…仕方ないか…。』)

諦めて舞の隣を歩き出す裕紀。
煉瓦の道にさしかかると鮮明にヒナと“ハヤカワ”が並んで歩く姿を思い出す裕紀。

(裕紀心の声『…デートってわけじゃないだろうね。わざわざ俺のバイト先に来る位だから。
だけど、そんなとこについて来るぐらいだから。』
”…バイトに戻った方が良いんじゃないんですか?”と言った早川の表情も鮮明に蘇る。
『まあ…普通に考えて好きなんだろうね、ヒナが。
だけど、俺の所に来るのについてきても平気な位、ヒナは早川を信用してる。
だったら、俺も信用すべきだって思った。
ヒナの“仲良しの友達”だから。』)

陽菜の事を考え押し黙ってしまった裕紀に、舞が横から話しかける。

舞「…さっき尋ねて来てた子って、彼女?」
裕紀「ああ…うん。まあ。」
舞「可愛い子だったね。でも…年下?バイト先まで来ちゃうなんて…ヒロも大変だね。」
裕紀「あ~…まあ。」

信号が赤に変わって、横断歩道で立ち止まったら、裕紀の目の前にスッと小さな紙袋が差し出す舞。

舞「バレンタインのチョコ。」
裕紀「さっき貰ったけど。」
舞「これはヒロにだけだから。」

舞が自転車の籠にストンとそれを入れる。

舞「…私は、バイト先に行くなんてことしないけどな。そんな…困らせる様な事…」
裕紀「でしょうね、舞は。あの人はあなたと違って色々困ったちゃんだからね。すーぐ怒るし、泣くし、凹むし。」
舞「そっか…やっぱり大変なんだね…」
裕紀「まあでも、困った子でも、俺にとっちゃ大事なわけよ。」

怪訝な顔をして小首を傾げる舞。裕紀は自転車の籠から紙袋を持ち上げ、今度は舞の前に差し出す。

裕紀「これは貰えない。」

舞が裕紀に苦笑い。

舞「酷いなあ…受け取ってもくれないなんて。送ってくれたお礼って事で受け取ってよ」
裕紀「お礼なら、キャッシュでお願いします。」
舞「ゲスっ!」
裕紀「何とでも言ってよ。俺には今、金が必要なんだよ。」
舞「それでバレンタインにバイト入れたの?しかも遅番。」
裕紀「そうです。」

あーあ…と呆れた様に、紙袋を舞が裕紀からそっと受け取る。

舞「少しは期待してたのにな~。だから、店長に頼んでこの時間にシフト入れて貰ったのに。」

信号が青に変わり、歩き出す舞。

舞「私、駅からタクシー拾って帰るから。もういいよ、ここで。早くしないと、一緒に居た男の子にとられちゃうかもよ?」
裕紀「うん、俺も大いにそれがある気がして、今、すっげー焦ってます。」
舞「もー!早く行きなよ!」

裕紀の背中をバンと叩いた舞は、歩を進める。

舞「ヒロ、またバイトでね?」
裕紀「うん、お疲れ。」


ヒラヒラと手を振る舞の背中がタクシーに乗り込んだのを確認すると、踵を返して、自転車を全速力でこぎ出す裕紀。

○裕紀自宅

それでも家に帰り着いたのは、11時過ぎ。
すぐに、裕紀は陽菜に電話をかけてみる
陽菜、出ない。
ため息をつきながらリビングのドアを開け、目線を向けたダイニングテーブル。

小さな紙袋と皿に乗った丸いスポンジケーキ、裕紀母の書き置きが目に入る。
裕紀、書き置きの内容を見る。

『ヒナちゃんが持って来てくれたわよ~』

裕紀心の声『この香り、紅茶…?』

裕紀、数日前のやり取りを思い出す。

『美味そう』
『だ、ダメだよ、これは…』

その後、そっと触ってみたケーキはまだ温かい。

(裕紀心の声『もしかして…俺用にもう一個焼いたとか?』)

手に取った紙袋の中には小さな箱と一緒にカードが入っている。

『ヒロにぃへ
バイトお疲れ様。
良かったら食べてください。ケーキは今日焼いたから、明日1日冷やした方が美味しいと思います。
今日はバイト先にいきなり行ってごめんなさい。』

裕紀「…ほんとだよ。
大人しく家で待ってればいんだよ、ヒナはさ。」

裕紀、頬が緩み、口の端が上がる。

(裕紀心の声『やっぱり、焼いたんだね、俺用に。』)
カードを袋に仕舞い、またスマホをかける裕紀。

(裕紀心の声『…出ない。寝ちゃったかな。とりあえず、メッセージ入れとくか。』)

<メッセージ>
裕紀『チョコもケーキもありがたく頂きます。また明日』

裕紀「……。」

一旦、スマホを閉じて、それからまたメッセージ画面を開く裕紀。画面を見て思わず、含み笑い。

(裕紀心の声『…既読になってるし。』)

<メッセージ>
裕紀『何だ、起きてんの?』


打ってみても来ない返信。

(裕紀心の声『……既読無視。』)

<メッセージ>
裕紀『チョコもケーキも一人で全部食べさせて頂きます。』


(裕紀心の声『…また既読無視。』)

<メッセージ>
裕紀『ヒナ?』
裕紀『まあじゃあ、返事しなくてもいいや。一応、言っとく。』
裕紀『好き』

(裕紀心の声『……あ。
もう着信ですか、ヒナさん。
素直だこと。』)

もう、どうしようも無いほどだらしない顔のまま、通話をタップする裕紀。


裕紀「…もしもし?寝たかと思ってた。」
陽菜『ね、ね、寝て…ない!』

ヒナの甲高い声に耳が対応出来ず、キーンって少し根をあげる大樹の耳。

裕紀「ヒナ、明日は?」
陽菜『…七時半に家出る。』
裕紀「じゃあ…一緒に行く?」
裕紀『……。』
陽菜「ヒナ?」

裕紀が名前を呼んだら、「あのね?」と少しべそをかいた声に変わる陽菜。

陽菜『ヒロにぃは…私でいいの?』
裕紀「…何。それはつまり…ヒナは“ハヤカワ”がよくなったってこと?」
陽菜『は、は、早川?!ち、違うよ!よくなったとかそんなんじゃないから!そう、違うの!だからね?ほら、私比較的…なんて言うかな…髪がサラサラだから…』

(裕紀心の声『……絶対何かあったな、“ハヤカワ”と。』)

裕紀「ヒナ、今、出てこれる?」
陽菜『お、お母さん達帰って来てるから…チョコは渡しちゃったし…』

(裕紀心の声『まあ…無理に会いに行けないことはないけど。
夜遅くに行って、おじさんとおばさんの心証を少し悪くすんのは良くないよね…春休み間近だし。ハヤカワのことは明日ゆっくり問い詰めよ。』)


裕紀「んじゃ、ヒナ、また明日?」
陽菜『う、ん……』
裕紀「………やっぱ今日?」
陽菜『えっ?!あ、あし……た……』

後ろ髪惹かれるように返事をする陽菜に更に顔がにやける裕紀。
スマホを切ってから、フッと笑顔になる。

(裕紀心の声『まあ…ヒナが“ハヤカワ”にどう揺れてもムダだよね。他の男に渡すなんて、絶対しないから、俺は。』)



○バレンタインの翌日、陽菜自宅前から駅

朝からシャワーを浴びて、念入りに髪の毛をブローしてついでに小顔体操もしてから家を出る陽菜。

“一緒に…行く?”

裕紀との通学は、日課。
もちろん、毎日髪を整えて家を出てはいるけれど、昨日の今日、だから。何となく、ちゃんと気合いを入れなきゃと思った陽菜。

玄関を開けると、スマホをいじりながら裕紀が待っている。

裕紀「おはよ。」

柔らかく笑う裕紀はいつも通り。

陽菜「…おはよう。」

けれど陽菜は、何となく気まずさが残っていて目線を逸らす。裕紀の前まで俯いたまま行く。

陽菜「その…昨日はごめんなさい。」
裕紀「それは何についての『ごめん』なの?」
陽菜「え?」

視線をあげた途端、裕紀にギュッと握られる陽菜の左手。
「寒っ」と呟いた裕紀は、コートのポケットにそのまま手を突っ込む。
それから二人並んで歩き出した。

鳥の鳴き声と元気な小学生の声や車のエンジン音。
そんな朝の音達に耳を傾けながら歩くいつもの歩道。
もうすぐ駅まで着くと言う所の赤信号で一度、足を止めた。

裕紀「ヒナ、ありがとね。」

顔を見た陽菜に、少し眉を下げる裕紀。

裕紀「美味かったです。チョコも、ケーキも。」
ヒナ「…両方食べたの?」
裕紀「うん。」
ヒナ「おばさん何だって?」
裕紀「さあ…それはわかんない」

何で?とキョトンとした顔で小首を傾げる陽菜。それに少し得意気に唇の両端をキュッとあげる裕紀。

裕紀「だって、俺が全部食ったから。」

驚く陽菜
(陽菜心の声『全部…食べた…?あれを一晩で?』)

陽菜「ひ、ヒロにぃが…一人で?」
裕紀「そ、ヒロにぃが一人で。おかげで今日は何にも食わなくても生きて行けそう。」

戸惑う陽菜。
(陽菜心の声『だって…ワンホールだよ?トリュフだって、5つも入ってて…』)

裕紀「あ、青だ。行くよ。」

信号が青に変わって、また歩き出す二人。

陽菜「ひ、ヒロにぃ…ごめん。まさかそんな…」

(陽菜心の声『だって、それほど甘い物が得意ではないはずなのに。』)

裕紀「なーんで謝るのよ。俺が食いたいつったんじゃん、紅茶のケーキ。」
陽菜「そ、そうだけど…」
裕紀「一日置いて…って書いてあったけどさ。置いといたら、うちの母ちゃん、俺が居ない間に絶対、全部食べるでしょ?
置いておけるかっつーの。」

駅に着くと、ピッとカードをタッチして、改札を通り、また裕紀が陽菜の手をギュッと握る。
その感触に、さっきよりも、キュウッと心が掴まれ、気持ちが昂揚する陽菜。

(陽菜心の声『…ヒロにぃに相応しいかどうかなんて、考えてもムダなのかも。だって、無理だもん、離れるなんて。凄く…好き、だから。』)

○駅のホームから電車の中

裕紀「あ、あっちが空いてそう。」
陽菜「う、うん…」

電車待ちの列に並んだら、ポケットの中で指を絡める裕紀。

裕紀「ヒナ、今日、学校まで迎えに行くから。」
陽菜「え…?」
裕紀「バイト、昨日出た分、今日は休みなんだよ。だから、行こっかなーって思って。」
陽菜「……どこに?」

小首を傾げて見せたら、キュッと口角をあげ、得意気に笑う裕紀。


裕紀「どこって…旅行会社?色々パンフ貰って選ばないと。行くんじゃないの?春休みに二人で旅行。」
陽菜「い…く…」
裕紀「じゃあ選ばないとね~。バイト結構頑張ったから、豪遊できるかもよ?」

(陽菜心の声『ちょっと待って…?じゃあ…バイトが忙しかったのって…』)

『“バレンタインだから”だよ。バイト代、跳ね上がるんだよ。』と言っていた裕紀を思い出す陽菜。

陽菜「ひ、ヒロにぃ…」
裕紀「んー?」
陽菜「わ、私…全然バイトしてない…よ?」
裕紀「ヒナがバイトする必要無いでしょーが。俺が二人分貯めりゃ済む話なんだから。高校生はちゃんとお勉強してなさい。」
陽菜「で、でも…お年玉いっぱい貯めてるから、それで行こうかと…」
裕紀「んな勿体無い事しないの。いいじゃん、俺は時間があるんだし。」

(陽菜心の声『近隣の一泊二日くらいの旅行だって費用は結構かかる。それを二人分…だよ?』)

電車がホームに入って来て、なだれる様に中へと乗り込む。

裕紀「あー…今日も混でんな…」

押しつぶされそうなほど混み合っている電車の中。陽菜を窓際に立たせ、手すりにつかまり、窓に腕を置いて陽菜を囲む様に立ち、他の乗客との壁になってくれる裕紀。
身体が密着して、微かにその頬が陽菜の頭にぶつかる。
耳元で囁く声は電車の音にかき消され、陽菜以外には聞こえない。

裕紀「……前にも言ったでしょ?お前は俺のなの。」

少し顔をあげる陽菜。間近で微笑む裕紀と目が合う。
それから、裕紀の顔が近づき、フワリと唇が触れ合った。


〈ここから早川目線〉

…隙があったら口説いてやろうとは思ってた。
だって、仕方ないじゃん。俺が出会った時にはもう、彼氏が居たんだから。
年上の幼馴染み。
大学生でイケメン。
バレンタイン、会いに行くって言ったヒナを心配するフリして側に居た。
それでもって、凹んでるヒナをこっち向かせようって少しは素直に気持ちを言ってみたんだけどさ。


◯バレンタインの次の日、陽菜の教室
陽菜の様子を見に、クラスへ来てみた早川。なつみとさあちゃんが、気がついて苦笑い。

なつみ「早川おはよ。今日は…あんま相手にして貰えないかもよ?」
さあちゃん「朝からずーっと、赤い顔して、ぼやーって顔が緩んでる。まあ、ヒナっぽいっちゃあ、ヒナっぽいけど。」

早川は更に教室の奥に入っていき、陽菜の机の前に立つが、陽菜は気がつかず、少し頬を赤らめて、ぼーっと目を泳がせている。

早川「おい、もじゃこおはよ」
陽菜「あ…は、早川…」


早川を見て、陽菜は少しここに意識がもどって来たみたいだけれど、早川はその事で、逆にそれで。『ここにあらず』の心は早川じゃなく“ヒロにぃ”の元だと悟る。


陽菜「ごめん…早川、ちょっと話いい?」


教室を出て廊下の端に早川を連れて行く陽菜。意を決した様に話し出す。


陽菜「あ、あのね…?昨日の事なんだけど…。やっぱり…その…私はヒロにぃ以外は好きにはなれないと思うから…」
早川「……」
陽菜「ごめんなさい…」

(早川心の声『まあ…薄々こうなるんじゃねーかなって昨日の時点で思ってはいたけど。まさか、こうもあっさり一晩でね…』)

早川「……おりゃっ」
陽菜「ぎゃっ!」

陽菜の頭に手を乗っけておもいきり髪をグシャッとする早川。突然にやられ陽菜は身をすくめ驚く。

早川「もじゃこがフるとか、100年早ぇーわ」
陽菜「なっ…早川!」

目を三角にして怒り出す陽菜を笑う早川。

早川「いーんじゃない?お前には一途が似合うかも。」
陽菜「……」
早川「バカだから。」

ムッと口を尖らせる陽菜にバイバイと軽く手を振って立ち去る早川。

(早川心の声『仕方ねーよな…そういう…なんか一生懸命でバカ真面目なトコが可愛いって思ったんだし。
そしたらもう、報われねーじゃん、初めからって話だし。』)

そんな言葉を自分にかけながら自分の教室までポケットに両手を突っ込み、少し顔を伏せがちにしながら、廊下を歩く早川。


◯放課後高校の校門前にて

学校を出たら、門の所に『ヒロにぃ』が立っているのを見つける早川。


女子生徒1「ねえ、ちょっと!あの人かっこいい!」
女子生徒2「えー…誰なんだろう…」

下校していく女子達がそっちを見ながら去ってく。

裕紀がスマホをいじりながら立つ姿に少しため息をつく早川。
(早川心の声『まあ…あれだけカッコ良けりゃ目立つよな。』)

裕紀に近づいて行き目の前に立つ早川。
早川「ヒナなら職員室に呼び出されてるんで、もう少しかかりますよ。」

早川が話しかけると目線をスマホから俺に移し、「ああ…昨日の。」と呟き少し微笑む裕紀。

裕紀「ヒナを送ってくれてありがとう。ヒナと仲良いんだってね。よく話聞くわ。“ハヤカワ”くん。」
早川「……バレンタインに彼女ほったらかしで随分余裕っすね。そのうち誰かにとられますよ?」
裕紀「…“ハヤカワ”くんに?」

相変わらず落ち着いていて余裕の笑みを見せる裕紀に早川は心の中で悔しがる。

(早川心の声『くそっ!気に入らねえ。』)


早川「そうです、俺です。告白もしましたし。いつでも頂きます。」
冷静なフリして裕紀にそう言って立ち去る早川。
(早川心の声『これが多分俺の精一杯。この人には敵わないんだ』
早川何となくそう思う。

(早川心の声『…昨日の時点で俺がヒナを好きだってわかってて、それで迎えに来たけれど、結局送らせた。』)


早川「…ムカつく。」

不平を口にして、それから「あーあ…」と空を仰ぐ早川。


(早川心の声『何で、そこまで信じられんだよ。ヒナを………俺を。』)

早川「…信用されたら、強引に手出しなんて出来るわけねえし。」

(早川心の声『俺がヒナを好きだってわかってて、信用した。
”ヒナが仲良しな友達だから”』)


「あーあ」と溜息ざまに空を仰ぎ見る早川。

早川「…俺もバイトでもすっかな。」

ポツリと呟いた言葉はそこに消えていく。


後輩女子「早川先輩!今、帰りですか!」

いつも手を振ってくれる後輩が早川を追いかけて来て並ぶ。

早川「…あれ?今日は一人?」
後輩女子「はい。もう一人の子は先に帰りました。私は図書委員で先生に呼び出されてまして…」
そこまで話し、ハッと急に目が大きく見開く後輩女子。

後輩女子「よ、横に並んだら彼女さんに申し訳ない!」

(早川心の声『いや、そんな後ずさりしなくても…』)

後輩女子「ぎゃっ!」

(早川心の声『ほら、ガードレールにケツがぶつかった。』)

後輩女子「す、すみません…」
早川「や…つかさ、別にいつも一緒に居たヤツは彼女じゃねーし。」
後輩女子「そ、そうなんですか…?」
早川「そう。ただの友達。」

ガードレールに張り付いたままの後輩女子の腕を引っ張ってあげて立たせる早川。

早川「帰り、電車?」
後輩女子「はい…」
早川「じゃあ、行こうぜ」
後輩女子「っ?!は、は、は、はい!」

早川を追いかけ並ぶ顔が真っ赤な後輩女子。

後輩女子「わっ!」

後輩女子、躓いてしまい、「すみません、緊張しちゃって」と一生懸命に愛想笑い。


早川「…図書委員って言ったよね」
後輩女子「はい。」
早川「いつ当番?」
後輩女子「えっと…火曜日と木曜日…」
早川「そっか、じゃあ、火曜か木曜に本借りに行くわ。」
後輩女子「っ!」

泣きそうな程、目を潤ませ見開いた後輩女子は、赤い顔をそのままに「はい!」と嬉しそうに笑ってくれて、早川も柔らかい笑顔になった。


〈ここから陽菜目線〉
『お前は俺の』
陽菜、電車での裕紀を思い出している。

言われた二度目は、前にも増しての破壊力。
学校に行ってもずっと、ずーっとヒロにぃの事ばっかり頭の中を支配してて、私は、ヒロにぃ以外を好きになんて絶対ならないんだって、心底自覚した。
だから、早川にもきちんと話をして、再びヒロにぃに会える放課後を持つ。

◯放課後職員室
担任「…聞いてる?」
陽菜「え?!は、はい!えっと……」
担任「………。」
陽菜「……なんでしょう。」
担任「いや…うん。もう行っていいよ。」
陽菜「えっ!わかりました!ありがとうございます!」
HRの後呼び出された職員室で、上の空の陽菜に先生が呆れる。
意気揚々と職員室を出て校門に向かう陽菜。


(陽菜心の声『早く、ヒロにぃに会いたい!』
ダッシュで校門に向かう陽菜。


(陽菜心の声『…のは良かったんだけど。』)

裕紀「……お疲れ。」

校門を出てすぐの所にいた裕紀はどことなくテンションが低い。そのテンションの違いに少し気後れする陽菜

陽菜「お、お疲れ…さま…」
裕紀「…行くよ。」

それでも、陽菜の手を戸惑いなく握ってくれる裕紀。陽菜は大人しく手を繋がれて、一緒に歩きだす。

(陽菜心の声『…人前だからちょっと無愛想にしてるのかな?って思っていたんだけど。』)


◯旅行会社でパンフレットを貰って帰って来て陽菜の部屋
入った途端、背中から陽菜を抱きしめる裕紀。
そのままずっと、私の首筋に顔が埋まりっぱなしになる。

陽菜「…ヒロにぃ、パンフレット見ないの?スマホで検索して比べるって…。」
裕紀「……。」

特に返事なく、もぞもぞと少し動いたと思ったら、首筋に歯を立て…甘噛みをする裕紀

陽菜「っ!ひ、ヒロにぃ…」
裕紀「制服、脱がそ。」
陽菜「ちょ、ちょっと…お母さん居るんだよ?」
裕紀「そうだっけ?」

ジャケットとブラウスのボタンをプチン、プチンと外しながら、陽菜の首に唇をちゅ、ちゅっとくっつける裕紀。
だらしなくはだけた陽菜の肩にまたキスを落す。
それからまた、ぎゅっと陽菜を捕らえ直した、裕紀は、口を陽菜の耳に近づける。


裕紀「…昨日“ハヤカワ"と何かあった?」

陽菜、ドキンと鼓動がより強く跳ねる。


陽菜「…な、何で…?」
裕紀「んー?何となく?」


腕で器用にジャケットとブラウスをずり下ろし、するりと肌に指先を滑らせ下着の紐に手をかける裕紀。
今度は、鎖骨から、胸の付け根に向かって何度もキスが落し始める。

陽菜「ひ、ヒロにぃ…ま、待って…」
裕紀「ヤダ。」
陽菜、ドキドキして、焦る。

(陽菜心の声『こ、このままだと本当に…
お母さんが下にいるのに。』)
裕紀の腕の中でくるんと向きを変え、裕紀の首に腕を回す陽菜。


〈ここから裕紀目線〉
(裕紀心の声『いや…まあね?
何かあったなーとは思ってたけど。
『いつでも頂きます』
そう言った“ハヤカワ”くんは堂々としていて。
昨日、俺とヒナの間に割って入った時を彷彿させた。
…随分とまあ、厄介な人に好かれたね、ヒナ。
ヒナって昔からそうだよね…なーんか、『イイ男じゃん』てタイプを自覚無しに引き寄せて来る。
……それがまあ、俺的には気にくわないわけ。
ヒナは、俺だけに好かれてりゃいいんだよって…身勝手な感情が沸々とね。』)

◯陽菜の部屋
部屋に入った途端に陽菜を腕の中に引っ張り込む裕紀。
イタズラする裕紀に困り果てた陽菜が、腕の中でくるんと向きを変え、真正面に向いて裕紀の首に腕を回す。

陽菜「…き、昨日ね?送ってくれたでしょ?その時にその…好きって言われた…。」
裕紀「……。」
陽菜「で、でも、今日ちゃんと断ったよ?」
裕紀「……今日。」
陽菜「だ、だって!悩んでたから……」
裕紀「…ハヤカワにしようかどうしようか?」
陽菜「ち、違うってば!」」

裕紀の圧に耐えられないのか、目線を逸らし、口を尖らせる陽菜。

陽菜「……ヒロにぃは大人だな…って。私は…どう考えても大分子供だな…って。」
裕紀「バイト先に様子、オトモダチ連れて見に来る位?」
陽菜「ぐっ…。ごめんなさい…行って。」

(裕紀心の声『や、だからね?
ごめんなさいは“来た事”じゃないんだよ、俺からしたら。』)

裕紀、コツンとおでこ同士をつけて、陽菜を腰から引き寄せる。

裕紀「別にいーじゃん、子供だって。」
陽菜「……。」
裕紀「ダメなわけ?俺がいーっつっても。」
陽菜「だって…似合ってた。」

(裕紀心の声『…似合ってた?』)

陽菜、目線を上げたけれど、すぐにまた伏せる。

陽菜「あ、あの…一緒に働いていた女の人…」

(裕紀心の声『ああ、舞……』)

陽菜「私、あの人みたいに素敵な大人の女の人じゃないし……色気も無いし。」

(裕紀心の声『……や、お言葉ですが、ヒナさん。
今の乱れ具合で言う台詞じゃないと思う。
俺に散々イタズラされて、中途半端にはだけてるジャケットとブラウス。
そこから覗く肌。
こんなに誘惑されて、今正気でいる俺を褒めて欲しい位なんですけど。』)


裕紀「あ~じゃあ…ヒナ、どうしよっか。とりあえず、抱いていい?」
陽菜「っ?!」
裕紀「大人になれるかもよ。」
陽菜「人が真剣に悩んでるのに!バカ!大嫌い!」
裕紀「そうですか。」

ムッと唇を尖らせた陽菜。そこにフワリとキスを落とす裕紀。

裕紀「まあ…俺には似合うとか似合わないとかって感覚よくわかんないし、ヒナが変わりたいなーって思うなら変わればいいけどね。
でも、ヒナがどうなろうと、俺は変わんないかな。」
陽菜「変わらない…」
裕紀「うん。多分、ずっとヒナを好きなまんまじゃない?今までがそうだったみたいに。」

「なんせ、年季が違いますから」とおでこをつけたまま笑って見せる裕紀。それを聞いて尖っていた口が今度はへの字に曲がる陽菜。泣きそうな表情。


陽菜「…ヒロにぃ」
裕紀「んー?」
陽菜「ありがとう…大好き!」

ギュウッと裕紀にしがみつく様にくっつく陽菜。それに応え、腕で引き寄せ堅く閉じ込め直す裕紀。

裕紀「んで?旅行はどこに行きたいの?」
陽菜「伊豆とか…かな…何か景色が良くてゆっくりできるところ。」

(裕紀心の声『ふーん。静岡県の伊豆下田ってことか。
海もあるし、温泉もあるし…どっちかっつーとゆっくりする感じだけど。』)


裕紀「この前、ディズニー行きたいって言ってたじゃん。」
陽菜「でも、ディズニーは日帰りで行けるし…東京方面とか横浜とかも。
どうせなら、普段行けない所に行きたい!」
裕紀「なるほどね。」
陽菜「うん…ヒロにいは?どう?」
裕紀「良いんじゃない?家から伊豆なら近からず遠からずでゆっくり出来そうだし。」

(裕紀心の声『…まあ、ヒナが居りゃどこでも良いんだけどね、俺は。』)

裕紀「じゃあ、とりあえず、伊豆方面のパンフレット漁りますか。スマホと照らし合わせないとね。」
陽菜「うん!」
裕紀「ヒナ。」
陽菜「ん?」
裕紀「もう、告白されちゃダメだよ。」
陽菜「う、うん…。」
裕紀「分かってんの?意味が。」
陽菜「ちゃ、ちゃんと断ったから…」

(裕紀心の声『そうじゃなくてね?
俺以外に好かれんなってすげー身勝手な考えを強要してるんだけど、俺。)


「まあ、いいよ」と鼻をすり寄せる裕紀。くすぐったそうに笑う陽菜
その綺麗に弧を描いた陽菜の唇に裕紀が唇を重ねる。

柔らかくて甘くて…心底満たされる瞬間と感じる裕紀。


(裕紀心の声『…ヒナが俺の事で何かを悩む必要なんて一切無いって思うけどね。
ほんとね、昔っからずっと変わんないよ?俺は。
ヒナを自分の手元に置いとく事ばっか考えてる様な、どうしようもないヤツなんだよ。』)


裕紀「じゃあ、ヒナ、大人になれるか確かめる?」
陽菜「だ、ダメ…」
裕紀「やだ。確かめる。」

(裕紀心の声『あー今日、この瞬間もヒナは俺のだーって。』)