◇
○陽菜宅、陽菜の部屋
裕紀と幸せなクリスマスを過ごせた翌々日。
陽菜のスマホに裕紀からメッセージが入る。
『昨日友香里と話した。今日は羽純と話をしてくるから』
陽菜心の声『今まで、羽純さんとどこでどう会って何をしてるかなんて、知らせてこなかったのに。』
“ヒナを守る”
(陽菜心の声『…自分の人間関係を壊すかもしれないって、ストレスだろうなって思う。
ヒロにいが、私の為に頑張ってくれてるんだって、この一文だけで伝わる。
私は、ちゃんとそれに応えて受験勉強に集中しなければ。』)
改めて、気合を入れた所でインターホンが鳴って、その後「ひなー!お客様!」とお母さんの声が聞こえてきた。
陽菜心の声『…誰だろう。』
○1階に降りて、玄関
羽純がそこに立っている。
羽純「ごめんね、ヒナちゃん。押しかけてしまって…。今、少し時間がある?」
陽菜「…なんでしょう。これから家庭教師が来るので、できればまたにして頂ければと思うのですが。」
丁寧に断ると、少し悲しそうな顔をする羽純。
羽純「そっか…うん。ごめん。今から“ヒロと出かける”からね?先にヒナちゃんと話せたらって思って。ダメかな。」
(陽菜心の声『もしかして…ヒロにいと出かけるって事をわざわざ言いに来た?
友香里さんを通してではなく、自分で…。
“羽純にかなりキツイ事言っちゃったからさ”
…来るなら友香里さんが来ると思ったけど、昨日話したってヒロにいは言ってたから…もしかしてそのせいかな。
それにしても、自分勝手だな。
相手の状況とか、考えないのかな…私、“今は話せない”って言ったのに。
そもそもこうやってアポなしで来ること自体…いや、それは逆にこのご時世、親しくないからこうするしかないって事なのかな。』)
ふうと、一つ息を吐く陽菜。
(陽菜心の声『ここで、押し問答してたら、お母さんが仕事に集中できないし、仕方ない。』)
陽菜「…すみません、母も仕事中ですので、家の中で話すのは無理なので、すぐそこの公園でも良いですか?」
そう言って上着を羽織り、靴を履いて家を出る陽菜。
そのまま近くの公園へと二人で向かう。
○近くの公園
冬休みに入ったせいか、近所の小学生が複数遊んでいて比較的賑わっている印象。
陽菜心の声『…昔、ここでもよく遊んだな、ヒロにいと。
と、いうかヒロにいが遊んでくれてたって感じだけど、今思えば。』
○陽菜、回想。陽菜3歳、裕紀5歳、公園の砂場にて
陽菜『ヒロにい、おとーしゃん!ヒナがおかーしゃんね!はい、ごはんどーぞ!』
裕紀『はいはい。いただきます。』
陽菜『おとーしゃん!“はい”はいっかい!』
裕紀『…うちのお母さんみたい。ヒナ。』
陽菜『ちがうもん!ヒナはヒロにいのおよめしゃん!』
「わかったって」とヒロにいが私の頭を優しく撫でてくれた記憶が蘇る。そこに「ヒナちゃん」と羽純さんの声が入り込んできて、現在に時を戻された。
羽純「…さっきも言ったけど、ヒロと今日これから会うの。ヒロに誘われて…。」
陽菜「…はい。聞いてます。」
陽菜の返答に、「え?」っと目を大きく見開く羽純さん。
その表情に、逆に私は、キョトンと首を傾げて見せた。
陽菜「…すみません。ヒロにいから『今日羽純さんに会う』ってメッセージを貰ってるので。というか、その前の…クリスマスの出来事も少し伺いました。」
羽純「そ、そっか…二人は何でも話をするんだね。あ、でも!それじゃあ…今日私とヒロが会うことについて、ヒナちゃんも認めてるってことだよね。」
そう言って余裕の表情に戻る羽純。
羽純「…ヒロは今、努力をしてる。ヒナちゃんから解放されるっていう努力を。それで、私が色々言っちゃったから、クリスマスの時は混乱したのかなって。だから、今日はゆっくり二人で話ができたらって思ってるんだ。それで…お互いの想いを確認したい。すぐに自覚は無理でも、これからはもっと一緒に居る時間が増えるように私も努力したいって思ってる。」
陽菜「そう…ですか…。」
羽純「ヒロと免許合宿に行ったのは、友香里から聞いてると思うんだけど…ごめんね。ヒナちゃんの事を考えれば、内緒にしておくべきだったよね。まさか、友香里が言いに行っちゃうなんて私も思わなくて。」
申し訳なさそうにそういうけれど、羽純の笑顔は至って穏やか。
(陽菜心の声『話の内容からして、きっと…ヒロにいが私と別れて、羽純さんを選ぶってそう確信しているんだろうな。
だから、『今後は私達の事を邪魔しないで欲しい』というスタンスでの話なんだろうとヒシヒシと…。』)
裕紀「だから言ってんじゃん。俺を共犯にしないでよって。」
ベンチの後ろから、ため息混じりの呆れた声色で声が割って入った。
裕紀「ひ、ヒロにい…!」
陽菜「ヒロ…ど、どうして…」
裕紀「どうしてって…そりゃこっちのセリフなんだけど。つか、知らせてくれたんだよ、陽菜のお母さんが。」
私達が座るベンチの前に回ってきた裕紀は、上から見下ろす形で、腕を組み目を細めて羽純を見る。
裕紀「俺と約束してるはずの羽純がどうして、ヒナと会ってんの?おかげで、仕事中の陽菜のお母さんにまで手を煩わせることになったんだけど。」
羽純「そ、それは…少し時間が早かったから…」
裕紀「そんな理由で、これから家庭教師の時間に入るヒナの貴重な時間を使わせてんの?ヒナ、受験生なんだけど。そこ、考えてる?」
羽純「ご、ごめんなさい。私…気が回らなくて…」
申し訳なさそうにする羽純さんにふうと一つため息をつくと、スマホを手に取り、時間を確認する。
裕紀「…ヒナ、そろそろ西山先生来る時間じゃない?」
陽菜「あ…うん…。じゃあ、羽純さん、私はこれで…。」
羽純「ご、ごめんね、ヒナちゃん…その…迷惑かけてしまって。」
陽菜「…それは、何についてですか?」
陽菜がベンチから腰を上げながら、言われたことに問いで返すと、羽純は「だ、だから…」と何となく返答に困っている。
(陽菜心の声『…本当は、別に謝ろうって思ってないんだろうな。その場しのぎで言った感じで。』)
陽菜「“迷惑”と言うならば、旅行で会った所からかと思いますが…とにかく、あの時言われた事のお返事だけしておきます。」
羽純「あの時言われた…?」
陽菜「“ヒロを解放してあげて欲しい”って…。」
裕紀「はあ?!ヒナにも言ったわけ?!」
「あのさ」と羽純に物言いそうになった裕紀をちょっと待ってと止める陽菜。
(陽奈心の声『…きっと、この先羽純さんに会うこともないだろうから。
ちゃんと、クギを刺しておこう、“彼女として”』)
陽菜「…私は、“相沢裕紀”の隣を譲る気はさらさらありませんので。それが、私の意思です。」
羽純「ヒ、ヒナちゃん…」
何か言おうとした羽純に「それでは」と一礼すると、そのまま踵を返しその場を後にする陽菜。
○陽菜自宅、陽菜の部屋
(陽菜心の声『後は…信じてヒロにいに任せよう。』)
気持ちは不思議と落ち着いていて、穏やか。足取りも軽く、自宅へと戻る陽菜。
机に向かうと、改めて、ふうと息を吐き、頭を一気に勉強へとシフト。
『脱皮した?』
西山先生の言葉がまた浮かぶ陽菜。
(陽菜心の声『…確かに強くなったかも。というか、前に西山先生の言っていた、『違うと思うことに立ち向かえる力』『自分の考えが正しいと思える意思』が少し身についたってこと…なのかな。』)
そこまで考えて、また一つ、ふっと短く息を吐くと、テキストに向かう陽菜。
(陽菜心の声『…頑張ろう、私は私のやるべき事を。』)
◇
○再び近くの公園、陽菜が立ち去った後
陽菜“相沢裕紀の隣を譲る気はない”
裕紀心の声『…すげーこと言われたな、また。』
ヒナが立ち去って、オロオロとしている羽純を前にしているのに、思わず頬が緩んで慌てて口元を掌で覆う裕紀。それから、ヒナが座ってた所に座った。
(裕紀心の声『懐かしいな…ここの景色。
そういや、ヒナ、『ヒナはヒロにいのおよめしゃん!』って言ってったけ…』)
羽純「あ、あの…ヒロ…。」
昔の記憶が蘇り出したら、そこに羽純の声が混じる。
(裕紀心の声『やばっ、ニヤケ顔になってたかな。』)
意識的に顔を引き締めた裕紀。
裕紀「羽純、まずは、クリスマスの時の事、謝らせて。ごめん。色々キツイ口調で言っちゃって。」
羽純「そ、そんな…大丈夫だよ。」
俺が少し頭を下げたら、羽純は恐縮して、両手を振って見せる。
裕紀「…だけど、今日の事も含めてヒナにしていることは、許せることじゃないから。しかも、さっきの話だと、少し誤解を招くような言い方してるよね。
俺、羽純と“一緒に”免許合宿行ってないけど。向こうに着いたら、居たって知ったわけだしさ。」
羽純「で、でも向こうではほとんど一緒に居たし…」
裕紀「それは、羽純に限らず、友達がいれば自然にそうなるでしょ。」
裕紀の言葉に、羽純はクッと唇を少し噛み締め、瞳を揺らし、悲しそうな表情を浮かべる。
(裕紀心の声『“友達以上だ”と思わせてしまったのは、俺の言動。だから、羽純をこんな風に俺が傷つけるのはどうかと思う。』)
『最低!』
友香里の言葉がふと浮かんだ裕紀。
(裕紀心の声『まあ…友香里、お前もなって話だけど。
人間、欠陥があって然りってことだよね。だからこそ、ヒナを守るためにもはっきり言わないといけない、羽純にも。』)
裕紀「…ヒナを傷つけるような言動をして、迷惑かけて…」
羽純「私、そんなつもりないよ!」
裕紀「じゃあ聞くけど、ヒナ以外にも、あんな感じで接してるわけ?アポなしで相手の迷惑考えないでいきなり訪ねて行って、自分の都合で連れ出すとか。」
羽純「そ、それは…」
裕紀「もしそうなら、今後はもっとよく考えた方が良いと思うけど。」
裕紀のキツイもの言いに、羽純の表情は硬くなり顔色も青くなる。眉間に皺を寄せて、瞳が潤いを増した気がした。
けれど、横からは吹いてきた風に、その髪がふわりと揺れると、それを耳にかけてから、羽純は笑顔を作った。
羽純「…その通りだね。私、これからは気をつける。」
裕紀「うん、そうした方が良いと思う。」
羽純「後で、ヒナちゃんにも謝ろうかな。」
裕紀「それは良いよ、俺が言っとく。」
羽純「それじゃあ意味ないよ!誠意が伝わらないでしょ?伝言なんてそれこそ失礼!時間とか場所とかはちゃんとヒロと相談するから。」
裕紀「……わかった。いつかね。」
「ありがとう」と穏やかに笑う羽純。
羽純「私…やっぱり色々抜けてる所があるよね。いつもヒロに頼っちゃって、助けられてて…本当にありがとう。感謝してる。もっと自分でも頑張るからね!」
(裕紀心の声『……今までなら。
「や、無理でしょ羽純は」なんて言ってからかって、二人で笑って…なんて会話だったけど。多分、そういうやりとりがダメだったってことだよね、羽純にとっては。』)
裕紀「…まあ、頑張って。羽純なら大丈夫じゃない?圭人も敦弘も、羽純はしっかりしてるって言ってたし。」
羽純「え…う、うん…そっかな。ドジしてばっかだけど…。頑張れるかな。」
裕紀「うん、大丈夫だって思うよ、俺も。」
羽純「で、でもさ…えっと…」
いつも通りの展開に行かない事を明らかに焦り始めている羽純。そんな羽純に申し訳なさを感じつつ、けれど言わなきゃと腹に力を込めた。
裕紀「…前にさ、羽純が『ヒロはもう解放されて良いと思う、幼馴染のヒナちゃんから』って言ったの覚えてる?」
羽純「う、うん…」
裕紀「俺も、それに関してはそうだって思った。」
羽純「そ、そっか。うん、それが良いよね!」
裕紀の言葉に、羽純は戸惑いが消え、パッと表情が明るく変わり、目を細めて嬉しそうにする。
裕紀「確かにさ、幼馴染のヒナからはいい加減卒業したいよね、彼氏なんだし。」
けれど、そう言ったら、そのまま顔がフリーズする羽純。
(裕紀心の声『傷つけまくってんな…羽純のこと。でも、最後まで言わなきゃ。』)
裕紀「…羽純さ、合宿の時に『側から見てる私は悔しいって思う』って言ってくれたじゃん。俺の労力をヒナが知らないって。」
羽純「うん…。」
裕紀「でも、ヒナは知ってるんだよね、そういうの。つか、俺自身より感じ取ってることのが多い。」
羽純「え…?」
裕紀「今年の三月の伊豆旅行の時、本当はヒナは自分の分は貯めたお小遣いで出すつもりだった。でも、俺が勝手に宿予約して振り込み完了して。塾の迎えも両親が全部する予定だったのをおばさん達に勝手に俺が掛け合って水曜日の迎えを自分が行くようにねじ込んだ。北海道の旅行だってヒナは電車で周るつもりだったのを俺が車の免許取るって言ったし。全部、俺が自分の”欲”のために強引にやってることなんだよ。」
羽純「で、でも…それにヒナちゃんは乗っかってるわけでしょ?結果的に。」
裕紀「良いんだよ、だからさ。俺は見返りに”欲”を叶えて貰ってるわけだから。」
羽純「“欲”…。」
裕紀「そう。“ヒナと居る”“ヒナが俺を好き”…ドン引きした言い方すれば“ヒナへの独占欲”」
裕紀の言葉に思わず羽純がコクリと喉を鳴らした。
(裕紀心の声『まあ、引くわな、“独占欲”とか言っちゃったら。でも、いいや。とにかく伝わって欲しいから。
俺は、独占してでも、ヒナを手放したくないって。』)
裕紀「…解放されたくないわけ、俺は。“山本陽菜”から。」
ひゅうと横から風が吹いてきて、羽純のウェーブの長い黒髪がまた揺れる。
それとともに
「待って!」「早く!」
なんて子供の無邪気な声が届いてきた。
羽純「ヒロ…さっきも言ったけどね?少しずつで良いと思うよ?ヒナちゃんへのこだわりを消して行くのは…」
裕紀「や、少しずつでも無理だから。」
言葉を遮るように、キッパリとそう言う裕紀。羽純の目が困惑し潤いが増す。
羽純「…これじゃあ、クリスマスの時と同じだよ?ヒロ。また言い争いになっちゃう。私はそんなの望んでいないから。ヒロがちゃんとこだわりをなくしてくれるのを待つから。」
裕紀「…それは、本当にごめん。」
羽純「ヒロ…」
裕紀「羽純がいくら待っても、俺はヒナから離れない。そもそも、拘ってるわけじゃなくて、本当に山本陽菜が好きなだけ。」
クッと羽純が唇を噛み締める。
羽純「…今のヒロと話ても仕方ないかもね。もう少し時間が経たないと。」
裕紀「そう?経っても一緒だと思うよ?ヒナはああ言ってたけど…俺だって同じ。山本陽菜の隣は絶対に譲らないし、俺の隣をヒナに譲らせない。その為にこれからもダメな所は反省するし、直していくし…努力もする。」
羽純「な、何で…どうしてそんなに…ヒナちゃんが優先なの…?わ、私だって…ヒロに近しい存在になれてきたって…」
裕紀「…そうだよね、俺の態度のせいで、ごめん。友香里にもかなり怒られた。」
羽純「ひ、ひどい…よ…ヒロ…。私…ヒロが好きなのに…。」
裕紀「…ごめん。」
羽純「ヒロだって…私の事…」
裕紀「そう思わせた俺が悪い。」
羽純「……っ」
羽純の目からポタポタと涙が溢れて来る。
裕紀はそこに、ハンカチをそっと差し出した。
裕紀「…でもね、羽純。それとヒナに何かするのは違うから。それはもうやめて欲しい。今日みたいに、ヒナの都合も考えないでアポなしで訪ねて来るとか…今までの事も。友香里の一存なのかもしれないけど、それでも俺の目から見れば、友香里を使ってヒナに仕掛けたって思っちゃう部分もあるから。まあ…俺がヒナ寄りに歪んでるからかもしれないけど。」
羽純「わ、私…そんな…」
裕紀「友香里ともよく話をした方がいいよ。羽純のこと、好きだってあんなに言ってくれる人なんだし。」
羽純「……。」
裕紀の言葉がどれくらい、羽純に届いたかは定かではない。
ポタポタと涙を流した後、少しふうと息を吐いた。
羽純「…私、帰る。」
裕紀「そ?」
羽純「うん。ヒロ、今日は会ってくれてありがとう。それから…ヒナちゃんちに押しかけてごめんなさい。だけど、私やっぱり納得できないから。」
裕紀「羽純…。」
羽純「ヒナちゃんの事じゃないよ。ヒロのこと。あれだけ私にちょっかい出してきて、好きじゃありませんて…期待を持たせるようなこと散々して、バカにしないで…って、言いたい。
ヒロにとっては私という友人との距離感がそれだったんだろうから。私がタラシを好きになったってだけの話だと思う。
さっきは謝るって言ったけど、やっぱりヒナちゃんに対して話したこととかについて謝らない。だから、ヒロももう私と関わらなくていいから。」
じゃあね、と去っていく羽純に、少しの虚脱感を覚える裕紀。
(裕紀心の声『“タラシ”…ね。
困ってる人が居たから助けたってことだけだったはずなんだけど。』)
“羽純って意外といろいろ出来るやつだよ”
敦弘の言葉を思い出す裕紀。
(裕紀心の声『俺…ちゃんと羽純を見られてなかったんだな、多分。
ちょっと困っている程度を大袈裟に助けたってことだったのかも。』)
裕紀がふうとため息を吐き出して、見上げた空は、透き通る冬の空に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいた。
◇
ー羽純、回想ー
○大学1年春、大学の小教室
語学の授業の終業時
裕紀『…ねえ、大丈夫?』
真面目な顔で、でもどこか柔らかな表情で、羽純の隣に腰を下ろして小首を傾げている裕紀。
それに、少し目を見開く羽純。
羽純「えっと…」
裕紀「や、なんか、困ってそうだなーって思ってさ。授業の内容、わかりづらいとか?」
(羽純心の声『それが、最初に話をした時。
語学の授業のレベルが思っていたよりもだいぶ高くて、四苦八苦していて、毎回当てられてもいいように頑張って予習して答えられるようにってしていたけれど、それでも皆みたいにサラサラとはできない。困り果てていたのは間違いなくて、疲弊していたって言うのもあったけれど。
とにかく、そんな言葉をかけてくれたヒロは、私の目から見ると、柔らかくて優しくて…好意を寄せるには十分だった。
それから、授業の度に、ヒロは私の席の隣に座るようになって、何かと気にかけてくれて。
私が理解するまで教えてくれる。』)
裕紀「ほら、羽純、ここは、こうだって。この単語、どう?覚えた?」
羽純「えっと…。あ、こう?」
裕紀「おっ!すげーじゃん。覚えてる。羽純がレベルアップした。」
羽純心の声『それが恩着せがましい感じでもなく、冗談や憎まれ口も叩きながら、私が居心地良く、「申し訳ない」と思う気持ちを消してくれる。
そんな気遣いもあって、話てても楽しくて、ヒロも私と話す時は楽しそうにしていて。
いつの間にか、大学ではほとんど一緒に居るようになった。』
○大学食堂、前期終わり頃。
学生A「ヒロと羽純って、ずっと一緒にいるよね、付き合ってるのかな」
学生B「仲良しでさ。なんていうか、見てていいよね!ニコイチって感じ!」
食事を取りに行った先で、偶然そんな会話を耳にする羽純。
羽純心の声『…はたからみて、そう見えるんだ。嬉しいな』
思わず、ほおが緩む。
○大学冬休み直前、食堂
羽純「ねえ、ヒロはクリスマスどうしてるの?」
裕紀「あー…多分、隣の家とどんちゃん騒ぎ。」
羽純「そうなんだ。仲が良いんだね」
裕紀「まあね、隣の家の幼馴染は生まれた時から一緒だし。」
羽純「幼馴染…」
裕紀「そ、彼女。」
裕紀、嬉しそうにでもキッパリと羽純にそう言う裕紀。友香里初め、圭人や敦弘も、少し驚いた顔で食べている動きを止めて裕紀を見る。
友香里「ヒロ…彼女居たんだ。」
裕紀「あれ?言ってなかった?」
敦弘「や…うん、そっかそうなんだ。」
ちょっと意外そうにする友香里に、裕紀は特に気にする様子もなくそう答え、敦弘と圭人は少し心配そうに羽純をチラッと見る。
羽純は、ショックを隠しきれない表情になる。
圭人「…そういや、羽純。この前の漫画のことだけどさ。」
羽純「え?ああ、うんあれね。すごい面白かったよ!」
友香里「あ、あれ?私も便乗で読ませてもらったよ!圭人、続き貸して!」
圭人が話題を変えたことで、裕紀の彼女の話はそこで終わった。
○冬休み明け、語学教室
裕紀「おはよ、羽純」
羽純「あ、裕紀おはよう。今年もよろしくね!」
裕紀「…それ、2日にも聞いたじゃん」
羽純「そうだった!」
裕紀「…羽純、今年も相変わらずで嬉しいです。」
羽純「何それ!」
その後も、仲が良い裕紀と羽純。
(羽純心の声『どんどんと仲良くなる距離感に、「幼馴染なら、先に出会ったのがそっちだったってだけ」と思うくらいに、距離の近さを感じていたって思う。
…けれど。1年経っても、ヒロは一向に私の方は向かない。相変わらず距離感は近くて仲良しなのに、そこ止まり。
友香里が見かねて相談に乗ってくれて、「違う方に目を向けよう!」としてくれた時もあったけれど、一緒に居てヒロみたいに楽しく過ごせる人なんて他に見つからなかった。
日に日に悩みが募る。
時々聞く幼馴染との関係も、恋人っていうより、ヒロがとにかく”過保護”って印象で。
ヒロ…もしかして、幼馴染で一緒にい過ぎて麻痺してるのかな。お世話しなきゃ的な。
そんな風に考え出したら、自分に都合の良い方に思考がどんどんと加速してしまった。』)
○裕紀が櫻燈庵を圭人に紹介してもらったその日の夕方、大学近くのカフェ
羽純「…ヒロ、大丈夫かな。」
友香里「ん?」
羽純「や…ほら、何となく過保護というか…“一方的に尽くしている”感じがして。なんていうか…世話しなきゃって思ってそう。」
友香里「だよね、それは私も思った。というかさ、その相手の幼馴染も大概図々しくない?いくら幼馴染、隣のお兄ちゃんだって全額平気で出させるかな、旅費を。」
羽純「やっぱり心配だよ、ヒロが。やっぱり一緒に居すぎて麻痺してるのかな…」
友香里「それある!」
羽純「どうすれば良いんだろうね…ヒロがそれに気が付くには。」
うーん…と唸りながら腕を組んで考え出した友香里。
友香里「羽純と居る時間を増やしたら良いんだろうけど…」
羽純「春休みだしね…というか、私も普通に行ってみたいな…、さっきヒロが見てた宿。」
友香里「あっ!じゃあさ、うちらも旅行いこっか!一緒の日に泊まれば、鉢合わせするかもよ」
羽純「な、なるほど…」
羽純心の声『鉢合わせになったら、ヒロは私と過ごす時間を作ってくれるかもしれない。彼女が一緒に居ても。』
早速、羽純の目の前で友香里がスマホから予約をとり始める。
友香里「はい、取れた!協力するからね!ヒロの目を覚そう!」
羽純「ありがとう…友香里。」
ニコニコして、チーズケーキを頬張る友香里をカフェオレを飲みながら笑顔で見ている羽純。
羽純心の声『友香里は思った以上に積極的に協力してくれて。
櫻燈庵でも、ヒロの隣で夕飯を食べられて、ヒロもそれを受け入れてくれていて。楽しかったのに…ヒナちゃんが居なくなるまでは。』
○櫻燈庵、裕紀と陽菜の部屋、陽菜が出て行ってしまったあと
裕紀「…もう、部屋に戻って。俺も出るから。」
友香里「えー!良いじゃん、もう少し。ね、羽純だってヒロと話がしたいよね?」
羽純「う、うん…」
遠慮がちにそう言ってみた羽純は、ヒロの顔色がとても険しく、これ以上粘るのは得策ではないと悟る。
羽純「友香里!部屋に帰ろう!」
友香里「えー!何でよ。」
羽純「ヒロ、ごめんね。またね!」
裕紀「………や、ごめん。」
羽純の謝罪に少しだけ険しい顔が緩む裕紀。
(羽純心の声『やっぱり麻痺してるよね…ヒロは。
無意識には私と居たいって思ってて、だけどヒナちゃんが近くに居るからそれが急になくなると不安なのかも。』)
どんどんと、自分の都合のいい方に思考が動く羽純。
羽純心の声『この時点で、ヒナちゃんの事を考えるなんてことは皆無だったと思う。
むしろ、「ヒナちゃん、もっと気を遣えないのかな。ヒロと短時間しか話せなかったよ、ヒナちゃんのせいで。」なんて思ったくらいで。
だから…翌朝ヒナちゃんに会った時は、100%自分が正しいと思って、話をした。
“ヒロを解放してあげて欲しい”』)
(羽純心の声『合宿のことは、なんとなく、友香里はキャンセルするだろうなって期待があって、その通りになった。
ヒナちゃんも、知っておいた方が良いよね、私とヒロがいかに仲が良いか。
そう思って、友香里に、『ヒナちゃん、私とヒロだけで行ってるって知らないよね。良いのかな』とメッセージを送ったら、友香里から『それは任せて』と返信が来て…ああ、直接言いに行くんだろうなって思った。
友香里には、私を応援するていで、かなり色々ヒナちゃんに対して圧をかけてもらって、私はヒロのそばになるべく居るようにして。完全に役割分担ができている。このままなら、もう少しでヒロは私を選んでくれるかもと期待が高まる。
案の定、ヒロは後期始め位から、ヒナちゃんと距離を取るようになって、もう少しって思って、もっと一緒に居ようって思っていたのに。
私達ともあまり一緒に居なくなった。
バイトを掛け持ちにして、そのうちの一つが朝バイトだからって理由なのか、遅刻寸前に教室に入ってきてすぐに居なくなってしまう。
私の隣に座る事もなくなった。
どうしたんだろう…
なんとなく、モヤモヤが募る。
もしかして…ちゃんと別れられなくて苦労しているとか?
だったら、私が応援してあげないと。
元気が無いヒロをご飯に誘って、帰り道に話をして。『解放されて良いと思うよ』と言ったら、穏やかな顔で「そうだよね」って久しぶりの笑顔を見た。
…けれど。
その後も、結局あまり一緒に居る時間はなくて。
そのまま迎えたクリスマス。
ヒナちゃんは受験だし…離れる努力をしているんだったら、私と居てくれるはずと声をかけた。
…けれど。
「ごめん、今日は無理。」
結局ヒロは、ヒナちゃんに囚われっぱなしで。
いつまで拘ってるの?解放されなきゃ行けないのに!と、焦りが生じて思わず突っ込んだ話をしてしまった。
それに嫌悪感を露わにするヒロは、いつもの柔らかい表情は皆無で。
それだけじゃない。
友香里が、「ヒロと羽純が一緒に免許合宿に行ってる」と話したことも何故か知っていた。
友香里が話したの…?
どうだろう…それはない気がする。だったら、誰が…。
ヒロが立ち去った後、一瞬呆然とはしたけれど。
知られた所で、それは“荒療治”なだけ。
ヒロは私に甘いし、それでヒナちゃんと距離が出来たのなら、それは良いことだからと納得し、その日は大学を後にした。
その翌日、『もうすぐ着くよ!』と約束していない友香里から謎のメッセージが来て、なんだろうと思って電話をかけてもメッセージを送ってもすぐには返事がなくて。
ようやく来たのは、夕方。
友香里『ごめん!返事できなくて!間違えて送っちゃったんだ』
羽純『そうだったんだ…。あ、友香里…昨日、ヒロと私、ヒナちゃんの事でケンカしちゃってね?だけど、ヒロ、明日会いたいってメッセージくれたの』
友香里『そっか!じゃあ、ちゃんと会って話しておいでよ。』
…なんとなく、返事や会話がいつもの感じじゃない気はした。
でも、まさかヒロと話をした後だなんて思わなかった。』)
羽純「…ヒナちゃん、知ってるのかな。私がヒロに誘われてるってこと。」
いつも通りの誘導会話をした羽純に、すぐには返事をせず、一瞬無言になる友香里。
羽純「…友香里?」
友香里『ああ、ごめん!どうだろうね。わからないけどさ、とにかく羽純はヒロとよく話なよ!』
羽純「ゆ、友香里あの…」
友香里『ごめん、これから家族と食事に行くから!ヒロと話した後にでも、年末年始遊ぼうね!』
そう言って切られる電話。
モヤモヤと募った違和感。
友香里…何で協力してくれないわけ?と、後から考えればお門違いもいいところの不服が生まれる。
仕方ない、自分で言いに行くか、とヒロに『私、明日朝イチでヒロの家の近くで用事があるから、済ませてからヒロの家に行くね!』とそれらしいメッセージを送って、ヒロとの待ち合わせよりも早くにヒロの家の前に到着する羽純。
◇陽菜の家の前、インターホンを押す。
家の中を気にして、迷惑そうな顔をする陽菜。
羽純心の声『…わざわざ尋ねてきた知人にそれって、良くないと思うけどな。』
なんて思いながらも、この寒空の下公園で話すということに渋々付き合う羽純
◇陽菜の家の近くの公園
羽純心の声『まあ、今日でヒナちゃんと喋ることも終わりだろうから。』
ちゃんと、ヒロは私と付き合いたいって思ってるんだってわかってもらって…なんて考えながら話を始める羽純。
裕紀が登場。
羽純心の声『ど、どうして私がヒナちゃんと話をしてるのがわかったの?
動揺する私に、ヒロが、「俺が仲良しなの、ヒナだけじゃないんでね。」とニコッと笑う。
もしかして…最初に出てきたヒナちゃんのお母さん…。
何それ、ずるい。
私、どう考えても不利じゃん。
あなたのせいで、私とヒロは付き合えないのに。
ヒナちゃんへの矛先が向きそうになった矢先、ヒロが私を責める。
どうして…。
ヒロは私にずっと優しかったのに。
ずっと…そばに居てくれたのに。
そう投げかけても“友達”だって頑なで。
何を言っても、頑なで。
最後は、心が折れた。
…と、言うより、我に返ったって方が近い感覚かもしれない。
私…何やってたんだろう。
こんなに傷つけられて、悲しくなって…頑張ってきたこと全部認められなくて。
そもそも、ヒロは、あれだけ優しく距離を近くしておいて、友達ってさ…バカにするのもいい加減にして欲しい。
そう気持ちが動いた。
「ごめん」と謝るヒロに余計に腹が立つ。
ヒロに対して、こんなふうに思うことがあるなんてな。
ヒロと別れて見上げた空は、ぽっかりと柔らかい雲が浮かんでいて、澄んだ青色。
それがぼやけて、鼻の奥がツンと痛みを味わう。
…帰ろ。
もう2度と、ヒロとは関わらない。
関わりたくない。
友香里をはじめ、いつも一緒にいた人達がヒロの味方をするならば、一人になったっていい。
だって、自分を理解しない人達と一緒にいる方が苦痛だもん。
そう思いながら、公園を後にした。』)
◇
今までで一番幸せに思えたクリスマス。
羽純さんが突撃訪問してくるという、イレギュラーなことはあったけれど、お母さんのファインプレーもあって、その後羽純さんから接触はなく、ヒロにいが話をしてくれたんだと感じながら安心して過ごせた。
おかげで、年末年始も受験勉強により集中できて。
1月の模試では、A大学もB判定まで出るようになった。
◇陽菜宅、陽菜の部屋
西山先生「おー。頑張ってるね。」
陽菜「はい!おかげさまで絶好調です!」
ムキっと力こぶを作るポーズを見せた陽菜に、クッと西山先生が笑う。
判定用紙を机の上に置くと、コーヒーを一口飲んだ。
西山先生「…さて、じゃあ最後の追い込み、やりますか。」
陽菜「はい!」
(陽菜心の声『…絶対に受かりたい。
西山先生がここまでしてくれたんだから。
お父さんやお母さんが、頑張って働いて、その環境を作ってくれているんだから。
そして…ヒロにいが守ってくれているんだから。
なつみやさあちゃん、早川や若菜ちゃん、舞さん…の笑顔もよぎる。
皆、それぞれ頑張ってる事があって。でも応援して見守ってくれている。
だから、私は最後までちゃんと頑張れる、絶対に。背中を押してくれてる人達がいるから。』)
(陽菜心の声『色々な人の私への愛情を感じながら過ごせた受験勉強の最終段階は。』)
◇塾前、車
裕紀「おかえり。今日もお疲れさん。」
陽菜「…っ!」
陽菜心の声『ヒロにいが車で迎えに来てくれる事でさらにやる気がグレードアップ。
助手席を開けた時の運転席で少し小首を傾げて微笑む様と言ったらもう。
初めて目の当たりにした時は、そのカッコ良さに息を飲み過ぎて……咽せた。』
◇塾からの帰り車の中
あまりにも陽菜が裕紀を見ていたら、「運転間違えるから」と笑う。信号が赤になった瞬間に陽菜に体を寄せてふわりとキスをする裕紀。
陽菜「よ、よそ見…厳禁…」
裕紀「そ?」
(陽菜心の声『わ、私に…こんな幸福たっぷりな瞬間が訪れるなんて!しかもヒロにいと!
いや、ヒロにい以外とはあり得ないけど!』)
合宿に羽純さんと行ったと聞いた時はショックだったけど、運転免許万歳!って本当に思った陽菜。
冬の寒さは日を追うごとに深くなって行ったけれど、ヒロにいや西山先生、お父さんやお母さんの協力もあって、心の中がポカポカとしたまま過ごせた1月を過ぎて。
いよいよ、相央大学の試験当日を迎えた。
◇相央大学、受験会場入口
裕紀「行ってらっしゃい。」
陽菜「うん、行ってきます!」
裕紀「んじゃ…俺、図書館に居るから。」
陽菜「えー…平気なのに。帰りは一人で帰るよ。」
裕紀「俺がヤダ。つか、帰りにヒナを口実に飯食いたい。」
陽菜「何それ。」
裕紀「うまい、ラーメン屋見つけたんだよ。」
陽菜「ラーメン?!行きたい!絶対試験頑張る!」
裕紀「…俺が待ってることにモチベーション上げろや。」
クッと笑い、手のひらをポンと一度私の頭に乗せると「じゃあ、後で」と去っていく裕紀。
その背中を見送って、陽菜も教室へと踏み出した。
(陽菜心の声『…よし。頑張る。
絶対に…受かる。』)
◇試験会場教室
気合いを入れて、陽菜が教室に行くと、ジャケットを着てメガネをかけた西山先生の姿。
陽菜心の声『あ…そっか。今日の試験の補助を頼まれていたって言ってたな…。』
目が合うと、ニコッと笑って口パクでこっそり「頑張れ」と言って軽く力こぶを作る西山先生。
それに、陽菜も笑顔で力こぶを作って見せた。
おかげで、落ち着いて試験を受けられた…のは良かったけれど。
◇ラーメン屋さんのカウンター
陽菜「…めっちゃ難しかった。」
西山先生「あー…試験の傾向は当たってたけど、内容がさらにディープになってたってことか…まあ、とにかくお疲れ。」
陽菜「はい…ありがとうございます。」
ラーメン屋さんのカウンター席で、項垂れて机に突っ伏した陽菜を隣で西山先生が苦笑いしながら、水を飲んだ。
裕紀「…つか、何で西山さんが居るんですかね。」
陽菜を挟んで左隣に裕紀、右隣に西山さんという並びでいる今。陽菜と西山さんのやり取りを見ながら、カウンターに肩肘をついてそこに頬を置いて聞いていた裕紀が目を細めて不満げに口を開いた。
西山先生「え?ダメ?ほら、丁度会場整理が交代で終わったからさ。」
西山さんが楽しそうに裕紀の方に体を乗り出して、そう聞く。
裕紀「や…まあ…ダメ…って事はないですけど…」
西山先生「そ?だったら良かった。」
(陽菜心の声『…珍しくヒロにいがたじたじしてる感じ。
貴重かも。』)
陽菜が裕紀の顔を見るとバツの悪そうにふうと息を出して、ポンと陽菜の頭に手を置く。
裕紀「…とりあえずお疲れ様。えっと後…C大学?だっけ、受験。」
陽菜「そう!第二希望の望星大学はもう終わって結果待ち…ってそうだ。今日結果がわかる日だ。」
二人に見守られながら、スマホで望星大学の受験合否を検索。
陽菜心の声『あ……。』
裕紀「おっ」
西山先生「おおっ」
スマホに現れた「合格」の文字。
(陽菜心の声『や、やった…。』)
声にならない歓喜でヒロにいと西山先生を互いに見たらら、ニコッと笑ってくれる。
陽菜「と、とりあえずお母さんとお父さんにメッセージ打っておく。」
裕紀「うん、そうしてあげた方がいいね。つか、俺もうちの両親に送っていい?すげー気になって昨日あんまり寝てないみたいだから。」
陽菜「え…おじさんとおばさん…。」
裕紀「まあ、ヒナが好きすぎるからね、あの二人。俺の時なんて、相央大学受験日、寝坊したのにさ。」
ハハっと西山先生が笑ったら、ちょうど3人分のラーメンが目の前に現れた。
西山先生「とりあえず、送ったら、ラーメンで勝利の美酒と行きますか。おめでとう、山本さん。とりあえずめでたく春から大学生だね。」
陽菜「は、はい!嬉しいです!」
裕紀「相央大学に入れるかはわかんないけど、法学部に入るって所は、達成できること確定だもんね。」
裕紀が、そういうと西山先生もそれにうなづいて、微笑む。
西山先生「望星大学も合ってると思うよ。あそこも相当法学部はスパルタだから。司法試験の合格率もいいしね。
それに、山本さんがオープンキャンパスで受けた公開授業の先生、来年からB大学の教授になるみたいだからさ。」
陽菜「えっ?!そうなんですか!やった!あの先生の授業また受けたいって思ったんです!」
裕紀「…や、まだ相央大学の合否。」
苦笑いの裕紀が、スープを一口飲んで、うん、美味い。と笑顔。
陽菜もそれに習って心軽く麺を頬張った。
(陽菜心の声『…色々あったけれど、頑張って良かった。
『受験は過酷』と西山先生が言っていたけれど、本当にそうだったな。勉強自体もそうなのかもしれないけれど、人間どうしても気持ちの揺れなく1年間を過ごすなんてあり得ない。
色々な葛藤があって、それにプラスして大変な受験勉強をこなさなければならない。
本当に…大変だった。
頑張ったよ、私。
ちゃんと自分を褒めてあげなきゃ。』)
陽菜「ラーメン替え玉!大盛りで!」
裕紀「ヒナ…替え玉に大盛りはないから。」
西山先生「山本さん、相変わらず面白いなー。」
呆れる裕紀とニコニコとしている西山先生に挟まれながら、美味しいラーメンを心から堪能したその日。
数日後に来た、相央大学の判定は…不合格だった。
(陽菜心の声『残念だという気持ちは、とても強かったけれど。
自分の進路について真剣に考え出したのは、高校2年の春休みで。
それまで平穏無事に何も考えずに生活をしてきたのだから、仕方ないと思う自分も居て。
そんな反省点も踏まえて、高い壁に挑んだ自分は無駄じゃなかったって思えた。)
◇学校!中庭
卒業式の日は、朝からどこまでも晴れ渡る空。
自分の心の中みたいに、すっきりとしていた。
なつみ「ヒナ〜!」
さぁちゃん「お互いおめでとう!」
陽菜「なつみ!さあちゃん!」
卒業式も教室でも号泣して、全員瞼が腫れて目の周りが真っ赤な三人。そんなお互いを見合わせてぎゅーっとして笑いあった。
陽菜「二人とも、志望校合格だもんね!」
なつみ「ヒナだって、望星大学法学部でしょ?凄いよ!」
さぁちゃん「大学行っても会おうね!」
(陽菜心の声『この二人がいたから、高校生活が本当に楽しかったし、心強いこともたくさんあった。ヒロにいの事も…たくさん聞いてもらったし、時には冷静に話をしてくれたもんね。』)
陽菜「ずっと好き!」
なつみ「ヒナ〜!可愛い!」
さぁちゃん「それな!」
早川「…わかったから、とりあえず道の真ん中から退けば?」
盛り上がってたら、呆れた声が聞こえてくる。
陽菜「なんだ、早川!邪魔しないでよ…って何それ!」
振り向いて見た、早川は、ネクタイを外して、ジャケットのボタンも校章も…全部なくなり、どこかボロっとしてる。
陽菜「…追い剥ぎ?」
早川「お前、もっと良い方に考えろや。いく先々で、『なんかください』って言われて取られたんだよ。」
ふうと少し後頭部をかいてみせた早川は、陽菜にふっと頬を緩める。
早川「まあ…色々と良かったな。」
陽菜「うん、早川も。色々ありがとう…って、若菜ちゃんは?平気なの?」
早川「あーうん。図書委員を来年はやらないし、それで様子を見るって。まあでも、大丈夫でしょ。来年は授業数も減るし…そしたら高校に居る時間減るだろうから。若菜もなるべく接触しないって決めて。ともみちゃんもだし…何人か気にかけてくれる人も居るみたいだから。」
陽菜「そっか…。まあ、様子見るしかないってことだね。」
早川「ついでにちょっと、”オハナシ”をしてきたしね、先生には。」
陽菜「お、お話し…。」
なつみ「こわっ!早川怖いって!」
早川「そう?ただ、ちょーっと『若菜に手ェ出してみろ、絶対許さねえ』って真剣に言ってみただけだけど。」
さぁちゃん「サラッと言うセリフか?!それ!」
なつみ「イケメン気取り!」
早川「お前ら…マジで最後まで散々だな、俺のこと。」
なつみとさあちゃんがカラカラと笑いながらからかうと、苦笑いしながら、「まあでも楽しかったわ。またな」と去っていく早川。
なつみ「早川…マジで若菜ちゃん好きだよね。ありゃ大変だ、若菜ちゃん。」
さぁちゃん「本人に自覚があんまりなさそうなところも含めてね。あいつ、大学行ってもモテそうだけど、眼中なさそうだねーそっちは」
(陽菜心の声『…早川は、指定校推薦で大学に入れたから、高校3年でもバイトが出来てた。
ちゃんと皆んな、考えて高校生活を送ってたんだな…。私って本当に自分の置かれてる環境に甘えてこれからのこととかちゃんと考えていなかった。』)
不意に見上げた空。
そこに裕紀の笑顔が浮かぶ陽菜。
陽菜心の声『…帰ろう、ヒロにいの所に。』
◇塾にて
…と、思ったけれどまずはご挨拶と思って寄った塾。
陽菜が西山先生にいますか?とメッセージを送ったら、「待ってるよ」と連絡をくれた。
塾長の加藤先生に迎えられて、他の高校の子達も来ていて、皆んなで別れを惜しみながらまた泣いて。
盛り上がっている最中抜け出して行った自習室。
まだ開放時間ではないから、誰もいなくて、西山先生だけがそこで待っていた。
西山先生「山本さん、卒業おめでとう。それから…4月から大学生になるのも。」
陽菜「はい。ありがとうございます!まあ…相央大学に入れなくて残念だなっていうのがありますが…」
そう言って苦笑いをしたら、西山先生は、ふわりと笑う。
西山先生「うん、俺もね、それは物凄く残念に思ってる。」
陽菜「す、すみません…あんなに良くしていただいたのに…」
西山先生「や?そうじゃなくてね?」
小首を傾げた陽菜に、「はい、卒業祝い」と小さな細長い箱を取り出す。
それを受け取るのを見てから、ポンと陽菜の頭に手のひらを置いた。
西山先生「…もし、相央大学に受かって俺の後輩になったら、全力で口説こうと思ってたからさ。」
驚き目を見開いた陽菜に、小首を傾げて微笑む西山先生。
西山先生「だって、これで晴れて俺はお役御免でしょ?塾講師でも家庭教師でもなくなったんだから。だったら、どうしようと自由じゃん。」
陽菜「そ、それは………」
西山先生「うん。」
陽菜「……ごめんなさい。」
陽菜の答えに、ははっと今度は楽しげに笑う。
西山先生「やばっ!まだ口説き始めてないのにフラレた!」
陽菜「や、あのっ!だって!」
西山先生「だよねー。山本さんには、イケメン彼氏がいるから。」
陽菜から離れ、んーっと伸びをする西山先生。
陽菜「あ、あの…たくさんお世話になったので、お礼をしようと、カフェレストランを予約してたのですが…」
西山先生「えっ?!マジで?!嬉しい!」
陽菜「…お誘いしにくくなりました。マジで。」
西山先生「何それ。俺、2度フラレたみたいになったけど。」
陽菜「えっと…だ、だって…」
陽菜の反応に、ククッと笑うと両ポケットに手を突っ込んでまた小首を傾げてみせる西山先生。
西山先生「…そのレストランは、彼氏と行きなよ。受験期一番の立役者は彼氏でしょ?」
陽菜「それは…」
西山先生「俺はそう思うよ。山本さんの気持ちを支えていた人はたくさんいるけれど、相沢くんみたいに真っ直ぐに山本さんを想う人、中々貴重だと思う。ほら、俺は家庭教師として謝礼をたくさんいただいていたわけだし。彼は、無償であれだけ尽くしてるんだから。」
(陽菜心の声『そう言われてしまうと…な…。
どう考えても、通常の家庭教師よりもずっと働いてくれた気がするんだけど…。』)
西山先生「…もし、山本さんが俺のこと覚えていてくれるなら、いつか法曹界のどこかで出会った時に味方になってくれたら嬉しいかも。」
陽菜「も、もちろん!というか…今度は、法に携わる人間として仕事ができて、西山先生にお会いしたいです!」
西山先生「おっ!じゃあ、口説くのはその時まで待つことにする。」
陽菜「そ、それは…勘弁願います。」
西山先生「3度フラレた!」
あははと笑うと、「またね」と去っていく西山先生。
その姿が見えなくなっても、そのまま何となく話をした余韻に浸っていた陽菜。
陽菜心の声『ありがとう…ございます。
西山先生は、私の努力だ、ヒロにいは寄り添ってくれていたって言うけれど。
それが出来たのは、紛れもなく西山先生のおかげだから。
もし…もしもいつか、私がどこかで西山先生とまた何かで会うことがあったら、その時は…私が今度は西山先生の役に立ちたい。
そのためにも、これから頑張って勉強していきます。』)
再び塾の教室に戻って、もう一度塾長初め皆と話をしてから出たビル。
入り口に立って見上げた空は、やっぱりどこまでも青かった。
陽菜心の声『…今度こそ、帰ろう。』
軽やかな足取りで一歩を出すと、陽菜のスマホが震える。
裕紀からのメッセージ『今どこ?迎えに行こうかと思ってたんだけど。卒業祝いに、ドライブでも行く?』
(陽菜心の声『卒業式の後…彼氏が車で迎えに来て、そのままドライブ。
わ、私にこんな贅沢な日が来るなんて!…って受験直前にも思ってた気がする。
『立役者は相沢君』
不意に西山先生の言葉を思い出した。
…そう、だよね。いつだって、こうやってヒロにいは私を優先して気にかけてくれて。
でも、それが申し訳ないって思ってた。甘えだって…。
スマホをタップして、返信。
『ありがとう!ドライブ行きたい!』
ヒロにいはずっと私と居たいって言ってくれる。だから、それを信じて、受け入れるってことが私のヒロにいに対する誠意なのかなと思う。』)
◇裕紀がドライブで連れて行ってくれた所は、大きな桜の木のある丘。
裕紀「ソメイヨシノはまだだけど、ここは早咲きの桜が咲いてるからね。結構穴場スポットだったりするみたいよ」
確かに、人はまばらで、ぽつりぽつりと日向ぼっこを楽しんでいる程度の丘。
公園が併設されているらしく、遠くから子供の声はしているけれど、丘には子供の姿もほとんどなくて静かだった。
木の下まで二人で来て、その綺麗さに見惚れ見上げた私を裕紀が穏やかに微笑む。
裕紀「ヒナ、卒業おめでと。」
陽菜「うん!ありがとう!春から大学生だし!」
そう言ったら、手を絡めて繋がれて、少し引き寄せられる陽菜。
裕紀「…浮気すんなよ。」
陽菜「しないし。ヒロにいこそ、ちょっかい出したくなる人居ても、デレデレしない。」
裕紀「しないし。」
ふっとお互い、自嘲気味に笑ってから頭をもたれ合う。
吹いてくる風が、春を感じて柔らかくて、もっと目を細める陽菜。
陽菜「…ヒロにい。」
裕紀「んー?」
陽菜「私ね、高校生も今日までだけど、ヒロにいも今日卒業しようかと思って。」
言った途端、ふっと頭の重みがなくなり、陽菜も頭を上げた。
笑顔が消えてそのブラウンの瞳を揺らすヒロにいの眉間に少し皺が寄る。
(陽菜心の声『別に…大した話でもないんだけどな。
特に言わなくても良いのかもしれないことだし。
けれど、区切りとして私の中の宣言として声に出しておいた方が良いかなって思った。』)
お互い絡めあっている指に、グッと少し力を込めると、少し裕紀を引き寄せて背伸びをして自ら唇同士をつける陽菜。
陽菜「…“幼馴染”は卒業する。私は“ヒロ”の彼女、だから。」
正直、どういう反応になるか、真顔だからわからない。
真っ直ぐに近い距離で見つめられて、ドキドキと心臓が忙しなく動き、緊張が走る陽菜。
…けれど。
裕紀「…くっ!」
次の瞬間、笑い出す裕紀。
陽菜「なっ!何で?!どうして笑うの?!」
裕紀「や、だって…うん、そうだよね、卒業!」
陽菜「はっ?!バカだと思ってるでしょ!ヒロにい嫌い!」
裕紀「あれ?戻った?幼馴染に。」
離れようとした陽菜を引き寄せて、つないでいない反対側の腕で陽菜の体を包み込む裕紀。
裕紀「…ヒナ。」
陽菜「な、何…?」
裕紀「好き。」
耳元にかかる吐息と共に、発せられた掠れ声は、気持ちを掴まれるには十分で。離れようとするのをやめて大人しくその大好きな腕の中に収まる。
裕紀「ヒナ、もっかい聞きたい。ヒナの宣言。」
陽菜「…もう言わない。」
裕紀「言ってよ。」
陽菜「ヤダ。」
裕紀「あーそう。まあいいや。どうせ櫻燈庵行ったら、いくらでも聞けるから。」
陽菜「っ!ずるい!言わないもん!」
裕紀「ダメ、言うの、露天風呂で。」
陽菜「入らない!」
裕紀「ヤダ。入る。」
終わりのない応酬を繰り返す陽菜と裕紀の元に、また柔らかくどこか暖かさを感じる風が吹いて、桜の花びらが舞い落ちてくる。
(陽菜心の声『ありがとう…ヒロにい。
私をずっと大事にしてくれて、好きでいてくれて。
この愛情が当たり前じゃないって、今はきちんとわかるから。
私も、“相沢裕紀”を大事にして、ずっと一緒に居れるように頑張るからね。』)
裕紀「櫻燈庵まで待てなくなってきた。ヒナ、明日から泊まりに行こっか、どっか。」
陽菜「な、何で…」
裕紀「だって、西山先生から卒業祝いも頂いちゃって、ついでに口説かれて来たんでしょ?」
陽菜「っ!ど、どうしてそれを…」
裕紀「あ、図星?」
陽菜「っ!カマかけたの?!ヒロにい嫌い!」
裕紀「誰だっけ、ヒロにいって。俺は、もう違うんでしょ?」
陽菜「っ!やだ!」
裕紀「ダメ。明日から泊まり決定。もうね、取ってるから、予約。横浜桜木町のクイーンズタワーのとこ。」
陽菜「えっ?!泊まりたい!」
裕紀「でしょ?俺って良くできた彼氏!」
(陽菜心の声『これから先も、きっと、色々あるだろうけど…“相沢裕紀”と居るのなら、私は大丈夫』)
(Simple lover fin.)
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