○大学の中庭の楓の木の下
ベンチに座り、陽菜が好きな、ホットココアの缶を飲みながら「なにこの甘いの」って悪態ついて、見上げた冬の空は、裕紀のモヤモヤした気持ちとは裏腹に、どこまでも澄み渡っている。
(裕紀心の声『今日、クリスマスだけど…今年も雪は降りそうもないね。』)
数年前、『ホワイトクリスマスを経験したい!』って息巻いて言ってた陽菜を思い出す裕紀。
裕紀心の声『来年は、どっか雪が降ってるとこでヒナと過ごせると良いけど。
そんな事より、今どうするかだよね。
クリスマスの夜位会えるのかな…つか、会いに行こっかな。無理矢理にでも。
今年もプレゼント買っちゃったし。
…というか、今年は余計ちゃんと渡したい、できれば。』
クリスマスプレゼントが入れっぱなしになっている隣に置いているリュックを思わず見る裕紀。
(裕紀心の声『俺がヒナと距離を取ってるって知ってからは特に、羽純と友香里もヒナの話題をそこまで出さなくなってるし。
別に、知られなければ反応することもないんだろうし。ちょっとだけ会いに行くかな…。』)
隣にすとんと羽純が座る。
羽純「ヒロ、ここに居たんだ。」
裕紀「ああ、うん。どした?」
羽純「ほら、今日ってさ、クリスマスでしょ?予定がないなら、これから…その…さ、どこかにご飯にでもいかないかなって…。」
裕紀「…皆んなで?」
羽純「えっと…その…二人…じゃ…だめ?」
少し顔を赤らめて微笑む羽純は、若干上目遣いで裕紀を見る。
(裕紀心の声『まあ…可愛いとは思うけど。客観的にみれば。でも、俺には無理。』)
裕紀「…ごめん。それは無理だわ。」
羽純「な、何で?予定…あるの?一緒に過ごすの…私じゃだめ?」
裕紀「まあ…うん、申し訳ないけど…」
羽純「だ、だって…ほら、ヒロ…ヒナちゃんもう距離を置いているんでしょ?前に話をした時、『解放される』って…。」
裕紀「ああ、うん。あの時の話は感謝してる。」
羽純「だったら…」
…何かこんなに食い下がる羽純初めて見たかも。
今までって友香里がグイグイきているのを羽純が後に居て…って…
裕紀「………」
(裕紀心の声『…なるほどね。
今、結構明確になったかも。構図が。
友香里が、何か俺とヒナ、俺と羽純の事で話をするとき、必ず羽純がいた。そして、友香里が言うことを最初から止めるでもなく、しばらくは言わせて置いて、途中で止めたり間に入ったり…。
けれど、今は羽純と友香里の中で、俺とヒナは「別れる寸前、俺の気持ちがヒナから離れて行ってる」となっている。
だから…自ら説得に出たって感じ…なのかな。
まあ、意識的なのか、無意識なのかはわからないけど。
とにかく、クリスマスにヒナ以外の女の子と二人で過ごすなんて、ヒナの安定のためには良くないし、何より絶対に俺が嫌だから。』)
裕紀「マジでごめん。」
羽純「ま、まさか…ヒナちゃんと過ごそうって思ってないよね?それじゃあ、解放されたことにならないよ?」
裕紀「解放……」
羽純「っ!その反応…やっぱりヒナちゃんと一緒に居たいってこと?!ダメだって!いい加減、目を覚ましてよ!ヒロ!」
初めて聞いた、羽純の大きな声。いつもなら、ただ驚いて、余裕で「どした?」なんて笑ってかわす事ができたのだろうけれど、今の裕紀は精神的にいっぱいいっぱいで、羽純の言葉に反応してしまう。
羽純「ヒロのヒナちゃんに対する『好き』は、幼馴染って関係で麻痺してるだけだよ!恋愛じゃないでしょ?」
(裕紀『…………は?
何言ってんだ、この人。
俺とヒナの関係に口出すほど、俺とあなたの関係、親密かよって話なんだけど。』)
眉間に皺を寄せて、睨みつけた俺の反応が、自分が望んでた反応とは真逆だった羽純。
明らかに、羽純はハッとして動揺の表情に変わる。
裕紀「…悪いけど、ただでさえ不安定なんだよ、情緒が。部外者が口出しとかしないでもらっていい?」
羽純「なっ…わ、私は…ヒロのこと心配で…」
裕紀「友人として俺の事ちゃんと考えてくれてんだったら、そんな言い方しないでしょ。」
(裕紀心の声『そうだよ、舞も早川も…他の友人も、皆、俺とヒナの関係を俺達の形として受け入れてくれて。ちゃんと俺のヒナへの好意を認めてくれている。
何だよ…“目を覚ませ”って…“恋愛じゃない”って。
何で、羽純に決められなきゃいけないんだよ。』)
沸々とした感情で、もはや、冷静では居られなくなった裕紀。
裕紀「…羽純の中で、俺の印象がそうならそれはそのままでいいけど。その…羽純で言う所の“目を覚ます”ってことのためにヒナに今後接触するようなら、絶対許さない。それは覚えておいて。」
羽純「っ!ヒロ!ヒロは、幼馴染で一番近い存在なヒナちゃんに執着してるだけだよ!どうしてそれがわからないの?」
裕紀「…それを分からせる為に、わざわざ、友香里を使ってヒナに話をしたわけ?嘘の話を。」
羽純「な、何のこと…」
裕紀「聞いてるから、色んな筋から。友香里が俺と羽純が、”一緒に合宿に参加した”ってわざわざヒナを待ち伏せして話に行ったって。」
羽純「そ、そうなの…?それは…ご、ごめん。友香里も私達のために…」
裕紀「は?“私達”って括らないでよ。俺は、当日まで羽純が合宿に参加することすら知らなかったのに、何で共犯なわけ?つか、そんな事されたヒナの気持ち考えたわけ?これでヒナが大学落ちてみろ、その責任どう取るんだよ!」
羽純「せ、責任て…酷い!私、何も知らなかった…のに…」
裕紀「…なるほどね、友香里だけのせいで、羽純は何も知らなかったってことね。じゃあ、俺、友香里に話をしてくるわ。」
立ち上がりおもむろにカバンを持つと「ま、待って!」と羽純が裕紀を呼び止める。
羽純「ヒロ…お願い…行かない…で…。」
その消え入りそうな声色に、ふうと一度ため息を吐き出し、羽純の方へと向き直る裕紀。
裕紀「…俺が羽純の事気にかけてたのは事実だけど。でもそれは、友達として助けたいって思ったからで。でも、それが羽純にはそう伝わってなかったんだよね。ごめん。責任は言いすぎた。」
頭を下げると、羽純の目から、ポタン…と大きな涙が落ちてくる。
裕紀「…でも、ここから先、もしヒナに何かしたら絶対に許さないし、絶対にさせないから。」
じゃあね、と踵を返してその場を去った…けど。虚脱感で思わず息を吐き出す裕紀。
.裕紀心の声『…結局、荒療治に出る羽目になってしまった。俺…精神的に弱すぎない?
いつかは言わないととは思ってたけど…それは受験が終わってから、しかも、敦弘にも立ち会ってもらって穏便に…って思ってたのにな…。』
自分のダメ加減を改めて痛感して、そしたら余計にヒナに会いたくてたまらなくなって、居てもたってもいられないまま、ヒナの家の前まで来た裕紀。
○陽菜の家の前
陽菜「あ…ヒロにい…!」
丁度、家庭教師を終えて西山先生を見送りに出てきていた陽菜とそこで遭遇する裕紀。
陽菜「わあっ!凄い偶然!」
裕紀「…うん。お疲れ。」
横に居る、西山先生にも、会釈する裕紀。
西山先生もそれに応えて、裕紀にニコッと笑うと「こんばんは」と会釈を返してくれる。
(裕紀心の声『…本当に、いつ見ても落ち着いてるよな、この人。
だけど冷めてるとかじゃなくて、なんていうか…どっしりとしている感じ。話していて、心地いいって言うか…。
この人だったら俺みたいにはならないんだろうね。』)
そんな事を考えてたら、「山本さん、じゃあ、俺はこれで。また明日ね」と帰っていく西山先生。
その背中を二人で見送る。
裕紀「…ヒナ。」
陽菜「ん?」
裕紀「今からヒナんとこ行ってもいい?」
陽菜「え?!い、今から…?」
裕紀「うん。そう、今、すぐに。」
戸惑う陽菜を行くよって引っ張って陽菜の家に入っていく裕紀。
「こんばんはー…」って挨拶をしたけど、何故かシンとしている家の中。
裕紀「…出かけてんの?もしかして。」
陽菜「う、うん…ほら、今日クリスマスだから…夜には戻るって言ってたけど。」
裕紀「昼間…二人きりだったんだ。センセーと。」
陽菜「そ、そうだけど…し、仕方ないじゃん!」
焦り出した陽菜を一瞥してから、「お邪魔しまーす」と言って靴を脱ぐ裕紀。先にスタスタと上がる家の中。トントンと軽快に階段を上がっていったら、慌てて陽菜がその後をついてくる。
陽菜「ま、待って…」
裕紀「…何?なんかあんの?部屋に俺が入っちゃいけない理由が。」
陽菜「そ、それは…」
チラリと部屋の方を気にする陽菜に、眉間に皺を寄せてそれからふうとため息を吐き出した。
裕紀「…わかった。無理に入らない。」
陽菜「あ、ありがとう…あの…ちょっとだけ待っててね!」
裕紀心の声『…甘いです、ヒナさん。俺と何年一緒に居るんだよ。
自分だけ部屋に入ろうとした陽菜を半ば捕まえながら、部屋に押し入る裕紀。
陽菜「ちょ、ちょっと…!ヒロにい!」
なんだいつも通りの部屋じゃん…と見渡して、ローテーブルに置いてあるモノクロの紙袋が目に入る裕紀。
裕紀「…何あれ。」
陽菜「だ、だから!」
ムスッとしながら俺の腕からすり抜けてその紙袋を乱暴に手に取る陽菜。そのままその紙袋にシワが寄るくらい腕で抱え込み隠すように俺に背中を向ける。
(裕紀心の声『あのブランド…男物だよね。西山先生はすでに帰ったし…ってことは。
もしかして…もしかする?』)
頬がゆるゆると勝手に緩み出す裕紀。
裕紀「…ヒナさん?」
陽菜「ヒロにいのバカ!嫌い!せ、せっかく…会いに行って渡そうって…け、計画…」
裕紀心の声『ああ…やばいわ。
禁断症状の後のこの展開は。』
ヒナが会いに来てくれようとしてたって事が嬉しすぎて、居ても立ってもいられず、紙袋を抱きしめてる陽菜を背中から包み込む裕紀。
裕紀「…ごめんて。」
陽菜「やだ!嫌い!」
悪態つきながら、裕紀の腕の中に収まってる陽菜がもうどうしようもなく可愛くて、「嫌いで結構」と耳たぶを甘噛みする裕紀。
陽菜「っ!」
その感触に、ビクンと陽菜の体が跳ねてそれをまた腕で押さえ込んで。フッとわざと耳の中に息を吹き込んだ。
陽菜「ヒ、ヒロにい…」
裕紀「…何?今、俺は絶賛、ヒナを充電中なんで。邪魔しないでもらえます?」
裕紀は何の裏の意味もなく、何気なく言った言葉だった。
…けれど。陽菜はそれに反応して、「え?」と顔を裕紀の方に向ける。
横から覗き込んでた裕紀と目があった陽菜は、何故か目をまんまるにして、驚きの表情。
陽菜「じゅ、充電…?ヒロにい…が?」
裕紀「…うん、そう。充電。」
いつものことでしょ位のノリで裕紀がそう返すと、陽菜の綺麗な瞳が潤って、ポロって涙が溢れる。
裕紀「…ヒナ?」
裕紀の呼び掛けにハッとして少し鼻を啜ると、へへッと笑う陽菜。
陽菜「だ、だって…ヒロにいが私で充電て…。」
裕紀「…違うって。」
陽菜「え?」
クルッと自分の中で向きを変えさせて正面に向けるとギュッとそのまま包み込む裕紀。
裕紀「ヒナで充電してんじゃないよ。ヒナを充電中なの。俺はヒナ以外は充電できないんで。」
陽菜「私を…充電…」
裕紀「そう。ヒナを。誰かさんが受験勉強頑張りすぎて、俺がカラカラになってんのに気が付かないから。」
陽菜「か、カラカラ…。」
その華奢な腕が俺の背中に回ってきて引き寄せる。
裕紀「…まだ受験終わるまで長いしさ。ここらで充電しとかないと、俺、マジで枯れ果てるよ。」
冗談めいた言い方で、本音を言ったつもりだったんだけど、陽菜は何でかスンと鼻を鳴らす。
裕紀「…何で泣いてんの。」
陽菜「だ、だって…嬉しくて。私ばっかり充電させてもらってるんだって思ってたから…。」
(裕紀心の声『…そんなわけないでしょ。
まあ、でもあんまりあからさまに知られるのも何か違うかも。その…俺が、ヒナと出会ってからずっと、自分がヒナ不足にならないように、会いに来てたんだってことは。』)
裕紀「…と、言うわけで、ヒナ、充電させて。」
くっついてる陽菜を少し引き離すと、コツンとおでこをくっつける。
腰から引き寄せたら、もう片方の手のひらで背中から服の中に手を滑り込ませた。
陽菜「っ!ま、待って…お、お母さんたちが帰ってくる…」
裕紀「そう、帰ってくるからね?躊躇してる暇ないから。」
陽菜「え?!そ、そう言うことじゃなくて…」
裕紀「そう言うことじゃなくないから。」
何だかんだ言う、口を塞いで、そのままベッドへとその身体を組み敷いて。
目を潤ませた陽菜に一度笑顔を向けてからまたキスを落とす裕紀。
(裕紀心の声『そっからは…かっこ悪いほど夢中。
受験生の大事な冬休み初めをこんなふうにしたらいけないってわかってても歯止めが効かなくて。
やっぱりさ、あんまり不足しちゃいけないんだよね、俺の中でヒナが。
なんて、心底反省した。』)
○1時間ほど後、陽菜の部屋
(陽菜心の声『ヒロにいが『私を充電』なんて言い出して、驚いた。
だって…私がヒロにいを充電するって…そればっかりかと思ってたから。
"お母さん達が帰ってくるかも”なんて焦燥感に駆られながらも、拒む選択肢なんてベッドに身体を沈められた時点で吹っ飛んでたと思う。
久しぶりにヒロにいと触れ合った感覚が幸せで、頭の中が真っ白になった。』)
裕紀「…ヒナ、ごめん。」
二人して、お母さん達が帰ってくる前にって、散らばってた服に着替えてローテーブルの前に並んで座る。
陽菜「…何?」
陽菜が顔を見ると、眉を下げて苦笑いの裕紀。
裕紀「や…うん…その…さ。」
(陽菜心の声『何だろう…歯切れが悪い…な…。』)
陽菜「何かあったの?」
陽菜がそう聞くと、バツの悪そうに頭をかく裕紀。
裕紀「や、ね?今日、大学でさ。その…羽純と話したんだけどね?」
陽菜「…うん。」
裕紀「まあ、思わず悪態ついちゃったわけよ。イラついて。」
(陽菜心の声『…………………え?!
は、羽純さんに、ヒロにいが…悪態?!』)
言われたことに、驚きすぎて事態が把握できない陽菜。
陽菜「ど、どうしたの…?」
裕紀「…まあ、最終的には、俺がヒナの事を好きなのは麻痺してるからみたいに言われて腹が立ったってことなんだけどね。」
陽菜心の声『羽純さん…ヒロにいにも言ったんだ。
でも、今までのヒロにいなら、羽純さんにそう言われても別に流しそうなもんだけどな。
まあ…怒ってくれたのは嬉しいけど。一体ヒロにいに何が…』
裕紀「といかうかね?そこじゃないから、俺が言いたいのは。」
そういうと、裕紀はあぐらをかいたまま陽菜の方にその体を向ける。
裕紀「…ヒナさ。俺が免許取りに行ってた時に友香里がヒナを塾の前で待ち伏せしてて、“羽純とヒロが一緒に合宿行ってる”って言われたでしょ?」
心音がドキッと跳ねる陽菜。
裕紀「まず、俺は免許場で羽純に会うまで申し込んでる事しか知らなかった。」
陽菜「そう…なんだ。」
裕紀「うん。だから、『一緒に合宿に』ってのは語弊がある。まあ…結果的に教習所に一緒に居たのはそうだけど。」
でね?とさらに陽菜へ体をむける裕紀。
裕紀「…多分、羽純は知ってた。友香里が来ないってこと、陽菜に言いに行ったってこと。」
陽菜「それで…羽純さんとケンカ?」
裕紀「…そう。思わず『ふざけんな』って言っちゃって。本当は物申すのはヒナ受験が終わってからって決めてたんだけどね。」
眉を下げて弱々しく苦笑いをする裕紀。羽純に言ってくれた事が嬉しくて鼻の奥がツンと音を立てるのを感じる陽菜。
泣きそうになった気持ちをグッと抑えて、「うん」とうなづく。
裕紀「…多分、櫻燈庵の頃から、羽純と友香里は色々画策してたんじゃないかなって思うんだけど。ごめん、俺が全然鈍くて…その…」
陽菜「…私が嫌な思いをしたのは、その事じゃないよ。」
裕紀のブラウンの瞳が揺れ、少し心許ない表情になる。それに今度は陽菜が苦笑いを見せた。
陽菜「…話して欲しかった。“羽純さんと合宿で会った”って。」
あの時の辛い気持ちを思い出したら、気持ちがまたぎゅっと苦しくなる陽菜。
目の前がぼやけてぽたんと涙が落ちてくる陽菜。
陽菜「まあ、私…初日に聞いちゃってそれからヒロにいの着信に出なかったから、話せなかったのかもしれないけど。帰って来てからも話してくれなかったじゃん。」
裕紀「…ごめん。その…受験が終わったらって思ってて。」
陽菜「…そっか。でも、私も知ってたのに言わなかったんだもんね。」
こんな風にはっきり言うのって、今までなかったかもしれない。
裕紀がどう思うか…そんな怖さを少しだけ感じて思わずギュッと一度唇を噛み締めた。
陽菜「…でもさ、ヒロにい、ずっと否定しなかったでしょ。羽純さんの事を“特別だ”って言われて。羽純さんとの関係も…“大好き”ってことも。だから…私が嫌な思いしてるって話ても、ヒロにいは櫻燈庵の時みたいに自分が「ごめん」て謝って終わるんだろうなって。」
そこまで言って言葉に詰まる。
そして、それまでのあの二人に言われた言葉を思い出す。
“幼馴染なんて”
“ヒロはヒナちゃんに執着してるだけで、恋愛としての愛情じゃない”
“解放してあげて欲しい”
“そこまでして、ヒロを独占したいわけ?”
何度も…何度も…言われて、悲しくて、傷ついて。
だけど、ヒロにいにはそんな私の感情は言えなかった。
だって、ヒロにいは、一度も羽純さんの特別を否定することもなく、言い合いになっても羽純さん「だけ」を庇ってた。羽純さんが望むなら、それを叶えようとしてた。
キュッと一度唇を噛み締める。
陽菜「…きっと言ってしまったら、ヒロにいは、羽純さんを選ぶ。自分がヒロにいと居たいなら、私が、我慢すればいいんだって思った。」
“邪魔者は私”
そう結論づけたあの時の気持ちを思い出したら、辛くて、居た堪れなくて、涙がぽたんと流れ落ちる。
裕紀「………。」
そんな陽菜の背中に、ヒロにいの腕が回ってきて、そのままギュッと引き寄せられた。
その優しい感触に、余計に涙が溢れ出る。
裕紀「…ほんと、ごめんヒナ。」
堰を切ったようにどんどんと溢れ出てくる涙で、ヒロにいの首元も濡れていく。
それでもどうしても止まらなかった。
そんな私をただ、ただ、抱きしめて頭を撫でているヒロにい。
どの位のそのまま時間が過ぎただろうか。
わからないけれど、「ヒナ」とヒロにいが私を呼んで、少し身体を離してからおでこ同士をつけた。
裕紀「…俺さ。ヒナが好きなわけ。」
陽菜「……。」
裕紀が言わんとしている事が少し不鮮明で、思わず瞬きをする陽菜。それに少し眉を下げて見せる裕紀。
裕紀「や…うん。そこの所はあんま詳しくは言えないけどね?」
陽菜「…詳しく聞きたい。」
裕紀「…やめておいた方がいいって。」
陽菜「聞きたい。ヒロにいは、羽純さんと浮気したから、拒否権なし。」
裕紀「してないわ。つか、するわけないし。ありえないでしょ、浮気とか。さっきも言ったけど、ヒナしか俺を充電できないんだってば。」
陽菜「…そんな言葉じゃ誤魔化されない。」
頑なな陽菜に、「あー…もう。」と困惑の裕紀。
裕紀「…実は、西山さんと大学で少し話をしてさ。」
陽菜心の声『…え?』
予期しなかった話に、思わずおでこを一度離して裕紀を見ると、苦笑いの裕紀がまたおでこ同士をくっつけた。
裕紀「まあ…なんていうか、説教されたわけ。『“彼氏”としてちゃんとしろ』的な。」
陽菜「西山先生が…」
裕紀「うん。」
(陽菜心の声『そう…だったんだ。』)
裕紀「あの人、言ってた。『俺は今、家庭教師って立場で、だから山本陽菜にその立場で何ができるか、すべきかを考えてる』って。」
(陽菜心の声『西山先生…。』)
優しく目を細めて笑う西山先生が浮かんで、鼻の奥がツンと痛みを覚えて目頭が熱くなってまた瞼を伏せがちにした。
裕紀「…今までさ。幼馴染とか恋人とかって別に関係なくない?俺は陽菜が好きなんだからって思って過ごして来たけど。
『彼氏としてどうすべきだと思う?』って言われて、なんか、自分の考えが浅はか過ぎたって気がつかされたんだよね。
今まで俺がしてきたことって、結構安易だったなーって。」
(陽菜心の声『浅はかで…安易…?
そんなわけ…ない。』)
○陽菜、過去の回想
陽菜3歳、裕紀5歳、お風呂上がり…“ほら、ヒナ、風邪引くからもっと頭拭きなって”
陽菜5歳、裕紀7歳、公園に遊びに行く時…“公園まで手、つなぐ?じゃあ、おいで”
陽菜中学生、裕紀高校生…“何、数学わかんないの?いいよ、ヒナのわかんないトコだけ教えてあげる”
陽菜高校生、裕紀大学生…“そ、ケーキ全部ヒロにい一人で食べた”
(陽菜心の声『物心ついてからずっと優しかった記憶ばっかりなヒロにい。私の側にいつもいてくれて、泣きたいことも悔しいことも、嬉しいことも全部全部聞いてくれて、受け止めてくれて。
自分より年下の子供がずっと側にいて、まとわりついて。
どう考えたって面倒臭いって思うこともたくさんあったはずなのに。
いつも、いっつも優しく“ヒナ”って…』)
○再び現在、陽菜の部屋
また涙が込み上げてきて、思わず口をへの字にする陽菜。
陽菜「…ヒロにいのバカ。今のが一番傷ついた。」
裕紀「……」
少し見開いた裕紀の目の奥で瞳が煌めく。
おでこを離して、そのままギュウっと裕紀にくっついて首筋に顔を埋める陽菜。
陽菜「…ヒロにいが私にしてきてくれたことが浅はかで安易なことだったなんて、絶対に私は認めない。幼馴染って括りなのかもしれないけど、ヒロにいは、私をずっと大事にしてくれたのは私が一番わかってるもん。だから、たとえ本人でも、ヒロにいの今までの言動を否定することは絶対に嫌。」
陽菜の言葉を聞いて、裕紀がどう感じたのかはわからない。けれど、「そっか」と言葉少なに裕紀をギュッと抱きしめ直した。
裕紀「…ヒナ。」
陽菜「何?」
裕紀「受験が終わったら、また櫻燈庵行こっか。」
また、ヒロにいの手のひらが私の頭を優しく撫でる。
裕紀「桜見て、アジ丼食って…夕食も二人で食べて。」
陽菜「……。」
苦しかった櫻燈庵での夕飯の出来事が頭に蘇る陽菜。
(陽菜心の声『素敵な宿だった。
ヒロにいと長い時間ずっと一緒に過ごせて、最高に楽しかったし嬉しかった。
…あの二人に会うまでは。
幼馴染なんてって、言われて悲しくて。ヒロにいと私の関係はただの幼馴染で恋じゃないって否定されて。
今なら思える。
部外者であるあなたたちに、ヒロにいと私が歩んできた歴史の何がわかるんだ、何を知ってるんだって。
でも、あの時はその通りだって…どうしても受け入れてしまう自分がいた。』)
裕紀「ヒナ?」
陽菜「…………行く。絶対行く。ヒロにいの奢りで。」
陽菜の返事に、クッと笑う裕紀。
裕紀「んじゃ…決まりだね、役割分担。ヒナは受験勉強、俺は櫻燈庵に向けてバイト。」
陽菜「一番美味しい食事にグレードアップで。」
裕紀「何それ。そんなのあったの?」
陽菜「お刺身の舟盛りがつく!」
裕紀「なるほどね。りょーかい…って、ヒナ、すげー調べてたんだね。」
陽菜「だって、ヒロにいがとってくれた所だから。私もちゃんと知っとかないとって。」
そう言ったら、また「そっか」って相槌を打った裕紀が陽菜を少し動かして、おでこをまたコツンとつけて、そのままふわりと唇同士をくっつけた。
裕紀「…もういっこ忘れちゃいけない任務があったわ、俺。」
陽菜「任務…?」
裕紀「そうです。バイトも大事だけど、そっちが俺のメイン。つか、その話もあって今日会いたかったわけ。」
キョトンと目を瞬かせた陽菜に裕紀はふっと少し目を細める。
裕紀「…今日、羽純に悪態ついちゃったからね。もしかしたらまた、友香里がヒナに接触してくるかもしれない。だからヒナを守らないと。とりあえず、塾の迎えは今後全部俺が行く。」
“守らないと”
その言葉に、また目頭が熱くなる。
(陽菜心の声『ヒロにい…ありがとう。私がちゃんとヒロにいを信じていられるように話をしてくれて。無意識なのかもしれないけど、すごく嬉しい。
…ただ、な。』)
陽菜「あの…さ。迎えは…ヒロにいの負担が大きすぎるから…」
裕紀「ヒナ、よく考えてよ。現状、俺が大変になるのは自業自得でしょ?だって、俺の蒔いた種なんだから。」
陽菜「…友香里さんが仕掛けてくるのは、友香里さんのせいだと思う。ヒロにいは悪くない。」
裕紀「や…うん。友香里のキャラ的な所はあるかもだけどね?それ含め、ヒナを守れない俺は何なんだって話じゃん。」
不意に舞さんの言葉を思い出した陽菜。
“ヒナちゃんを守るための自分の言動をちゃんと省みないと。”
陽菜「“彼氏”…」
裕紀「そうです、ヒナの彼氏なんで。というかね、この2ヶ月位でわかったんだけど、迎えに行ってた方が、俺にとっては大変じゃないかも。」
陽菜「そう…なの?」
裕紀「うん。やっぱね、ヒナに定期的に会ってないと、どうも気持ち悪い。調子が狂う。」
(陽菜心の声『…言わんとしていることはわかるけど。
よく、ドラマとかで言ってる、「お前に会わなきゃ俺はダメなんだ!」ってやつ…』)
陽菜「…言い方が彼氏じゃない。」
裕紀「そ?もっとかっこよく言ってみる?」
陽菜「……やめとく。」
裕紀「何でだよ。」
楽しげに微笑むひろきに、陽菜も含み笑い。そのままどちらからともなく唇同士をくっつける。
裕紀「…“受験が終わるまでは、俺自身がヒナへの接触を避けてれば、羽純と友香里も躍起になってヒナに近づこうとはしない”なんて考えてたけど、安易だった。」
陽菜「それで、最近音沙汰が…」
裕紀「うん。で、結果枯れて、情緒不安定。羽純に悪態をつくという最悪の結果。」
思わず、クッと笑う陽菜に、裕紀が「あーもう…」と罰が悪そうに苦笑いしながら、おでこをくっつけ鼻をすり寄せる。
いつか“お前は俺の”って言われた時の事を思い出した陽菜。
(陽菜心の声『…その通り。
散々悩んで、考えたけれど、それが前提なんだと思う。私はヒロにいの、だよ。
あの時は浮かれて、嬉しくて破壊力が凄かったけど。
今は言われなくてもそうなんだって自分で自覚できる。
そして、それが正解なんだって。』)
裕紀の腰に腕を回して少し引き寄せる陽菜。
陽菜「…ヒロにい頑張れ。」
裕紀「うん、頑張る。だから、ご褒美の前借りでよろしく。」
陽菜「え?!ちょ、ちょっと…んんっ」
反論する間もなく裕紀が陽菜の唇を塞ぐ。
そのまま何度も何度も少し強引なキスが降ってきて、息苦しさを纏った意識の中で陽菜もより裕紀を引き寄せる。
(陽菜心の声『……もう、大丈夫だ。
あの二人がまた接触してきても、ヒロにいの気持ちがはっきりわかった今なら、絶対に大丈夫。
何を言われても、私は負けないし、揺れない。』)
◇
陽菜と過ごせて、色々話が出来たクリスマスを経ての翌日。
(裕紀心の声『…羽純にあれだけ悪態ついた以上、友香里と話しておかないとまたヒナに接触しそう。』)
そう考えて、友香里を大学近くのカフェに呼び出した。敦弘も一緒に。
(裕紀心の声『敦弘は普段から、何かと冷静に客観的に話を聞いてくれて色々言ってくれるから。
一緒に話を聞いてもらった方が、俺も冷静に話ができるって思った。』)
○大学近くのカフェ、オープンテラス
友香里「やっほー!あれ?羽純は?まだ?」
裕紀「俺は呼んでない。」
友香里「え?何で?私、ヒロが誘ってるのかと思って、もうすぐ着くよってさっきメッセージしちゃったよ」
裕紀「そうなんだ。まあ…羽純はどっちでも良いよ。今日は友香里と話したくて連絡したから。」
友香里「えー?何?何?羽純を差し置いて愛の告白だったら困るなあ〜」
陽気にカラカラと笑う友香里に、ふうとため息の裕紀。
そんな俺の様子に、隣に座ってた敦弘が苦笑いしながら、「とりあえず何か頼めば」って友香里にメニューを差し出した。
カフェオレとチーズケーキを店員に頼んだあと、裕紀の方に「それで?」と陽気に向き直る友香里。その様子を見ながら、自分のコーヒーを一口飲む裕紀。
裕紀「…友香里さ、夏休みの終わり頃にヒナと会った…と言うより、待ち伏せして、俺と羽純が二人で免許合宿に行ってるって話したんだってね。」
裕紀の言葉に、「はっ?」と声を出した敦弘の眉間に皺が寄る。
当の本人は、「あー…うん、あったね、そんな事」と、特に動揺もせずに水を飲む。その様子に、さらに敦弘の顔が険しくなって、裕紀が口を開く前に、口を開いた。
敦弘「友香里…何してんの?つか、何でそんな事したんだよ。」
友香里「えー?だって、内緒はまずいでしょ。ヒナちゃん可哀想じゃん。後から知るよりも、その方が良いって思ったんだよ。」
(裕紀心の声『全く悪びれた様子もなく、むしろ良いことをしたでしょ位の感じだな…これ。』)
笑顔もなく、ふうとため息をついた裕紀の様子に友香里もため息をついた。
友香里「…ヒロ、いい加減、ヒナちゃんを手放したら?“二兎追う者は一兎も得ず”だと思うけど。」
裕紀「……は?」
羽純「可哀想だと思わないわけ?羽純が。」
(裕紀心の声『羽純が…可哀想?』)
友香里「だって、あれだけ気にかけてて、優しくしておいて、”でも好きじゃありません、友達です”ってさ。何言ってんのって感じ。」
裕紀「や、だってさ…羽純は色々困ってることが多い…」
友香里「別に見守ってできるまで待っててあげたって良いじゃん、友達なら。なのにヒロはすぐに羽純にちょっかい出してさ。あれじゃあやられてる方は好きになってもおかしくないでしょ。というか、ヒロだって周りから見れば羽純が好きなんだろうなって思われてもおかしくないと思うけど。」
友香里が敦弘の方に同意を求めて目を向けると今度は、敦弘が呆れた様にため息を出した。
敦弘「…友香里の話は一理ある。俺もそこは一回確認してみたかった。ヒロってさ、羽純に対してだけ、その…なんつーか、否定しないし、すぐちょっかい出して楽しそうにしてるって自分で自覚してんの?」
(裕紀心の声『俺が…羽純にちょっかい出して楽しそうに…?
や、まあ…羽純と話してて楽しいとか面白いって思うことは多いけど。
それは、敦弘や友香里と話していても抱く感情だし…』)
首を捻り考え出した裕紀に、敦弘が友香里を見ると、友香里が肩を少しすくめてみせた。
友香里「だから言ってんじゃん。ヒロ自身が気がついてないだけって。だからうちらは思うんだよ。羽純が好きなのに、ヒナちゃんてフィルターがかかるから、目の前がちゃんと見えてないって。」
敦弘「ごめん、ヒロ。その事に関しては、ヒロももう少し考えた方が良いって思うわ、俺も。」
友香里「そうだよ!ちゃんと考えて羽純を好きだって自覚してあげなきゃ、可哀想じゃん羽純が。このままじゃ宙ぶらりんでさ。いい加減はっきりしなよ!」
(裕紀心の声『俺の、羽純に対する態度や言動…そんなふうに見られてたんだ。
ただ、“友達”って認識で、親しくしていたつもりが…。』)
“相沢君がモテるのは知ってる。だけど、山本さんの彼氏として、行動して欲しかった”
“相沢君は?彼氏としてどうすべきだと思う?”
西山さんの言葉が脳裏に浮かび、黙ったまま、ふうと息を吐いてから一口コーヒーを飲む裕紀。
やけにその味が苦い気がした。
そんな裕紀を見ながら、友香里がチーズケーキを頬張りカフェオレを一口のむ。
友香里「幼馴染なんて、厄介なだけだねー仲良しだと。」
その一言に、ぴくりと裕紀の手が反応して、マグカップが揺れた。
(裕紀心の声『幼馴染で仲が昔から良かったから…フィルターがかかってる?
本当は、別にヒナを好きじゃないってこと?』)
裕紀「………。」
敦弘「ヒロ?」
あまりにも喋らなくなった裕紀に、敦弘が心配して、横から覗き込む。
それに、「ああ、ごめん」と苦笑いして返す裕紀。
(裕紀心の声『…マジで、俺最低だったわ。ヒナに対しても羽純に対しても。』)
裕紀「…友香里の言うとおりかも。はっきりさせるわ、この際。」
友香里「おっ!わかってくれて嬉しい!」
裕紀「けど、友香里の思ってるのとは真逆の結論。」
友香里「え…?」
裕紀「や…うん。ちょっと俺話になって申し訳ないんだけど…聞いてもらった方が理解して貰えるって思うから…この際話すわ。」
ヒナを守る為に俺が出来る事…というか、友香里に納得してもらうには話すべき事だって思うから、仕方ない。
ふうと一度息を吐いて、コーヒーを一口また飲んでからカップを静かに置く。
それから、友香里と敦弘の顔を見ながら、また苦笑いした。
裕紀「…ドン引き覚悟で話す。」
友香里「な、何…?」
友香里が真剣な眼差して、眉間に皺を寄せて若干裕紀の方に前のめり。
敦弘も、持たれていた体を起こし姿勢を正す。
裕紀「…俺さ、ヒナへの恋愛感情を自覚したの、小5か小6の時位なんだよね。」
友香里「そう…なんだ。」
裕紀「そう、そっからずっと好き。でも中学生が小学生好きって言うのが恥ずかしいって思って、ずっと隠しててさ。でも会いたくて夕方とか、土日とか…彼女が居てもヒナに会いたくて、会いに行ってた。」
二人とも、「何それ」とやっぱり引き気味。
(裕紀心の声『まあ…俺の事見る目が変わっても仕方ないよな、こればっかりは。
ヒナが嫌がってたら、完全ストーカー。それでなくても、傍目から見たら、子供に執着してるやべー奴って思うだろうし。』)
裕紀「高校入っても彼女ほったらかしでヒナのことばっか気にしてるから、すぐフラれて。」
友香里「当たり前じゃん!」
裕紀「だよね、だからさ…高校の後半は、もういいや、口説ける年齢まで待とうって決めて、高校卒業を待ってるつもりだったんだよね。」
敦弘「じゃあ…何で…」
裕紀「や…まあ、ほらヒナも成長していくわけでさ。俺があまりにも何もアクションを起こさなかったからじゃない?出会いを求めて他のヤツに行きそうになってさ…慌てて阻止したっつーね…何ともカッコ悪い話。」
友香里「はあ?!何それ!じゃあ、ヒナちゃんの出会いのチャンスもヒロが奪ったってこと?!」
友香里が、「あんた何やってんのよ!」と目を三角にしてる…けど。
裕紀「…そこ?」
友香里「はあっ?!自覚なし?!
確かに、中学生が小学生好きとかレアな話だけどさ…そこまでは、まあ、可愛い初恋って感じだし、ヒロはそうだったんだねで終わる話だよ。」
でもさ、と水をコクリと飲むとまた裕紀をキッと睨む友香里。
友香里「そんな環境にして、ヒナちゃんに選択権を全く与えなかったのはヒロってことでしょ?それなのに自分は、羽純にデレデレしてたわけ?!ヒクレベルの話じゃないんだけど!最悪!最低!」
敦弘「友香里…落ち着けって。」
敦弘が、見かねたのか、友香里を嗜めようと割って入ったけれど、友香里の勢いは止まらない。
眉間に皺を寄せて、裕紀の目を真っ直ぐ見て…。
(裕紀心の声『改めて思った。
本当に友香里は、裏表なく真っ直ぐだわ。良くも悪くも。
だから信用できるって思う所はある。』)
友香里「あのさ、ヒロがやってる事はただの過保護だと思うけど。ヒナちゃんを守るとか大事にしてるってことじゃなくて、ただ単に自分が囲いたいがための自己満足じゃん。ヒナちゃんの事、ちゃんと人として見てるわけ?趣味で愛でてる物じゃないんだよ、ヒナちゃんは!
それに、歴代彼女にも失礼過ぎ!バカにするのもいい加減にしなよ!」
(裕紀心の声『すげー…辛辣だけど。
めちゃくちゃその通りって、今は自覚ある。
というか、自覚があるから話をしようと思ったんだから。』)
敦弘が言われ放題の裕紀の肩をポンと叩いたあと、また友香里を「だから、落ち着けって」と嗜める。
敦弘「友香里、言い過ぎ。ヒートアップし過ぎ。それにさ、ヒロは自分が悪い印象になるように話しすぎてない?もしかして、ヒナちゃんを好きだって事が恥ずかしくて、他の子好きになろうとしたんじゃねーの?さっきのリアクションだと。」
裕紀「それは…うん、その通り。」
敦弘「だとしたら、まあ…仕方ないっちゃ仕方ないよな。やっぱ小学生と中学生とか、中学生と高校生とかって…恋愛に関しては何となく違和感つーかさ。あるもんじゃん。周りにバレないようにしたいって気持ちに俺もなるかも。で、利用しようって言うんじゃなく、他に目を向けてみたら、この苦しさから逃れられるかもって、“努力した”ってことじゃないの?」
友香里「…で、結果結局ヒナちゃんから離れられなくて失敗ってこと?」
敦弘の穏やかな口調に、友香里の温度が少しだけ下がったらしい。
唇を尖らせて、目を細めてはいるけれどふうと一息吐いて、発する声色が少し冷静になった。
裕紀「まあ…うん、要約するとそんなとこ…かな。」
友香里「なるほどね。じゃあ、羽純に対してそう言う感情が一切ないままに、あれだけイチャイチャしてたんだ。」
裕紀「や…そんなしてた?俺。」
友香里「してたじゃん。細かい話で言うとさ…前に羽純が語学で課題がわからない時とか食堂で教えてあげててさ、隣同士で仲良く座って、一生懸命にやってる羽純にこうしたら、ああしたらって…」
裕紀「…それ、別に他の人にも困ってたらするけど。」
友香里「私にはしないじゃん!」
裕紀「や、だって友香里はする必要ないし…あんまり困ってる時なくない?」
裕紀「あるよ、私にだって!気がつかないだけでしょ?羽純の困ってる事はすぐ気がつくじゃん」
敦弘「それは、友香里もだろ?」
敦弘がまた裕紀と友香里のやりとりに割って入った。そんな敦弘を二人して見たら苦笑い。
敦弘「あ〜…まあさ。こっからは俺の印象だから、聞き流して貰えるとありがたいんだけど。」
そう言って、コーヒーを一口飲んでから、また口を開いた。
敦弘「羽純って…さ。二人に助けて貰いたいんだろうなって感じがね…。」
歯切れの悪い敦弘の言い草に友香里と二人して首を傾げる裕紀。
敦弘「…連れてくれば良かったな、圭人も。」
そう言って、「待って」とスマホを取り出すと、圭人に連絡をしだす敦弘。
敦弘「あーもしもし、圭人?今時間ある?今、ヒロと友香里と居るんだけど、ちょっとさ…羽純の話になってて。良い機会だから、ちょっとだけ参加してもらっていい?」
そう言うと、スピーカーにして、スマホをテーブルに置いた。
圭人『もしもし?ヒロ、友香里?』
友香里「圭人、やっほー!」
友香里がいつもの明るい声に戻って、「圭人も来なよ!」と誘う。
圭人『今日、これから用事あるから無理だけど、ちょっとなら話せるから。』
裕紀「ありがと、圭人。ごめん。」
圭人『ああ、ヒロ?うん、まあ…俺と敦弘、お前と話すタイミング狙ってたトコがあったからさ。敦弘の言う通り良い機会かも。』
裕紀「どう言うこと?」
裕紀が聞くと、敦弘がスマホに体を寄せる。
敦弘「や…だからさ。羽純は無意識なのかもしれないけど、ヒロや友香里の前では結構『困ってます』『できません』オーラを出してんなーって印象でさ。俺といる時とか、圭人といる時って、そんなに手助け、口出ししなくても、羽純ってしっかりしてるし、自分で行動してるって思うんだよね。隣に頼れる人が居ると、甘えるって性格なのかもしれないよね」
圭人『だってさ、あいつMT一回も落ちる事なく取れたんだよ?ヒロと友香里はすごいじゃん!て大絶賛してたけど、俺と敦弘からしてみたら、その位は羽純にとっては普通じゃね?って。』
(裕紀心の声『そう…なんだ。
羽純って、何しても上手くいかなくて、もたついているって俺の中ではそんな感じだったんだけど…』)
友香里「でもさ、実際、羽純は特にヒロの事で最近悩んでばっかだったよ?私はよく相談されてたし。ヒロ自身に何かをズバって言うことができないって…」
圭人『友香里、ヒロ関連以外の事で、羽純を助けたことある?』
圭人にそう言われて、友香里は「そりゃある…」と考えだして、フリーズ。
友香里「…あれ。あんま無いかも。忘れてるだけかもしれないけど、思い出せない程度にしか無いかも。」
敦弘「だろ?多分ね、羽純は友香里にヒロに関しては助けて欲しくて話してるし、ちょっと…申し訳ない言い方すれば、助けてくれるって期待が含まれてると思う。俺らは一切ヒロのそう言うのに関わらないってわかってるからか、羽純、俺達の前でほとんどヒロの話自体しないし。」
友香里「え?!そうなの?!」
友香里は目を見開いて驚いてから、「えー…そっかあ…」と背もたれにもたれて若干項垂れる。
友香里「…私、羽純に利用されたってこと?」
敦弘「そこまででは無いでしょ。信頼してるからこそ、話したんだと思うし…実際、行動に移してくれたって面では、羽純にとっては唯一の味方なんだから。」
友香里「それだって、私が行動に移さなかったら、お役ごめんだってことじゃん。」
圭人『まあ…それはまた違うと思うけどね。別に行動に移さないで、話を聞くだけでも、友香里と話すのは羽純にとっては気持ちが楽になったんじゃ無いかって思うし。』
友香里「そっかな…。まあ、その事実を知っても私的には別に羽純を嫌いになるとかって話では無いけど。」
そこまで話をした所で、圭人は『そろそろ時間だから』とスマホを切った。
スマホ画面に通話終了の文字が出たのを確認し、敦弘が手にとり自分の鞄にしまう。
敦弘「…友香里、これで分かった?ヒナちゃんにしたことが如何にダメだったか。」
友香里「そ、それは…」
敦弘の言葉に、バツの悪そうな表情になった友香里は、裕紀を見て、口を尖らせ少し息を吐いた。
友香里「…ごめん、ヒロ。というか、ヒナちゃん、ごめんなさい…だよね。
…どっちかって言うと、ヒナちゃんはヒロに囲われた、哀れな被害者だったのに。」
裕紀・敦弘「「おい」」
裕紀と敦弘同時にツッコミを入れると、友香里は苦笑い。
友香里「自分が羽純に踊らされてたって事も含めてさ。結構今、自分のやってた事に対して反省してるかも。ヒロとヒナちゃんの関係もよく知らないくせに、自分の先入観で色々本人達に言ってね。まあ、言い訳すれば、羽純のため!って思いが強かった…っていうか、それが100%になってて、冷静じゃなかったって事なんだけどさ。
さっきも言ったけど、それが分かってもやっぱり羽純の事は相変わらず好きだけどね。別にヒロの事だけしか羽純とやりとりしてなかったわけじゃないし。それ以外の事でも羽純とは色々楽しくやってきたし。でも…反省してる今、もう羽純には協力してあげられないって思うから。もしかしたら、羽純は私から離れていっちゃうかもね。」
敦弘「そんなことは無いんじゃない?圭人もさっき言ってたけど、協力してくれる人だからってだけで一緒に居たわけじゃ無いでしょ。」
友香里「だと良いけどね。それより、ヒロ…」
裕紀「何?」
友香里「ヒナちゃんに直接は今は会わない方が良いと思うから、まずは伝えておいて。ごめんなさいって。」
裕紀「りょーかい。」
友香里「あと、ヒロも、きっと私にムカついてるだろうから、許せる時が来るまではムカついてもらっていいよ。私は…今後はちゃんと反省したって、行動で示す方法を模索していくから。」
こう言うところが、まっすぐな友香里らしいよな。
自分で納得すると、見栄とかプライドとかよりも、素直に自分の否を認める。
裕紀「…いや、俺としては、友香里の今の言葉でだいぶ気が済んだけど。」
友香里「はっ?!何その、ダメな優しさ!そんなすぐ人の事許しちゃダメだって、ヒロ!」
裕紀「何で、許す側の俺が許される側に説教されてんだよ…」
(裕紀心の声『もちろん、友香里がしてきたことは、ヒナを傷つけたから、そこは俺も許せない部分はある。
でもさ、友香里の態度を見ていて、今後ヒナに危害を加えることはないだろうって、信じられるから。
後は…羽純だな。』)
裕紀が思っている事が、分かったのかどうかは定かじゃない。けれど、友香里が、水を一口飲んでから、また裕紀をまっすぐに見て口を開いた。
友香里「…私がこんな事言えた義理じゃないけど、羽純の事、ちゃんとしてあげて欲しいかも。ヒロに気がないならあの子がそれをわかるまでちゃんと話してあげて欲しい。それが…ヒナちゃんを守る事でもあると思うし。」
裕紀「うん…そこは、俺もそう思う。昨日、変なふうに羽純に悪態ついちゃったし。そこも謝らないと」
友香里「はっ?!悪態?!どうしてそう言うことするかな…。可哀想じゃん!羽純が!というか、それによってヒナちゃんにだって迷惑かかるかもしれないわけでしょ?」
もうっ!とまた怒り出した友香里は、けれど穏やかに裕紀を見る。
友香里「…まあ、そうなる前に防ごうという算段で今日私に会ったんだろうけど。とにかく、ヒロがはっきりと言った後の事はさ、私達がちゃんとフォローするから。ね!敦弘!」
敦弘「おう。まあな。友香里できんの?」
友香里「はあ?!最悪!敦弘!」
二人で戯れ始めたのをクッと含み笑いをする裕紀。
まあ…友達は大事だよね、なんてつくづく思った。
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