狼と猫が戯れるとき

「何してんだよ…もしかしてやられたかな」

《新幹線が遅れちゃって、もう少しかかる!》
《7時半には着くと思う》

最後のメッセージから20分。邪魔にならないよう柱の隅に移動してキャリーケースの上に腰を掛けてからゆうに1時間は超えている。

彼とは1か月前ネットのコミュニティサイトで知り合った。マッチングアプリという訳では無かったので、お互い暇だし遊ばない?位のラフな感覚で、ネットではお決まりのリア凸なるものを計画した。

まあでも所詮ネットというものは、少しでも自分に不都合があれば相手をブロックして永遠にさよなら、なんてことが気軽に出来るフィールドであるし、そんなのは日常茶飯事で、むしろ何も滞りなく事が進む方がおかしい位だ。

でも流石に今回は新幹線で向かう程の距離を移動してきたし、ホテルは彼が事前に予約してくれているはずなので、一から宿泊先を探すというのも面倒だ。出来れば今回は予定通り進めたい。

約束通りに来るのかどうか分からない彼を待つ間に、お気に入りのプレイリストを何度再生したか分からないが、楽しげな友達や家族、カップル達の「お待たせ」「じゃあ行こっか」というやり取りが目の前で繰り広げられていく様子を再生分は見送った。

時刻は20時を過ぎ、これ以上ここに居たら冗談抜きで野宿になってもおかしくない状況だった。

《8時半までは待つけど、それまでに来なかったら帰るね》

どうせこのままドタキャンされるのだろうと思いつつも、もしも本当に遅れているだけだったら…という一抹の希望が捨てきれず一通メッセージを送信し、再び彼が来るのを待ち始めた。不思議なもので何時までという期限が決められた途端に、待つ事を苦痛に感じなくなった。全く感じないかと言われれば、まあ少しだけ。

メッセージを送った5分後、彼から返信があった。

《は?!待ってよ!本当に今向かってるって!!ホーム出たらすぐ通話かけるからちょっと待ってて》

文面だけで凄まじい焦りを感じる。本当にドタキャンするつもりがあるのであれば、放っておくだけで勝手に去ってくれる人間をわざわざ呼び止める必要も無いだろう。もしかしたら本当に来るのかもしれないな、と期待の方が高まり始めた時、通話の呼出音が鳴った。

着信画面を見つめながら、やっぱり来れなくなったとかそういうお決まりのやつだろうか、と不安が脳裏をよぎったが、とりあえず待たされたことに対する不満は、連絡が無かったことへの不満は態度に示しておこう、と少々大袈裟に不機嫌さを表に出したまま通話に出た。

『もしもし。』

『ほんとごめん!今着いた!どこにいる?』

『…ほんとに来てんの?正直に言っても怒んないよ、他行くし』

『ほんとなんだって!今着いたの!どこ?』

『東口だけど…』

『わかった、そこで待ってて!』

会話が出来たことに安堵しつつも、ほんとに来るのかよと不貞腐れ、しばらく駅構内に敷かれたタイルの溝をつま先でなぞっていると、足元が突然暗くなった。影を辿ると今日会う事を予定していた彼が申し訳なさそうに立っていた。知り合ってから何度も互いの写真を送りあったりしていたのだが、イマイチ相手の雰囲気が掴めずにいたので、実際に見る彼の姿に言葉を失って、黙り込んでしまった。

彼はゆるふわ系のファッションにそぐわない、大きなボストンバックを片手で肩に担ぎ、スポーツブランドのロゴがさりげなく入った黒色のマスクを身につけていて、いかにも学生時代やんちゃしてましたと言わんばかりの風貌だった。

この威圧感のあるマスクのお陰で口元はよく分からないが、男前…いや美人といった感じで眉間や目元に影が出来るほどのすらっとした高い鼻に長いまつ毛、猫のようにパッチリとした目がこちらをじいっと見つめていた。彼の外見が想像以上に不良少年なのでつい逃げ腰になってしまいそうだったが、いや、遅刻してきた彼が悪いのだし連絡さえくれていれば良かっただけなのだ、と気を取り直して口を開いた。

「遅いんだけど。」

「ほんとごめん!ごめんね?」

ツンと彼の方を見ること無くスーツケースを引いて足早に歩き出した私を謝りながら追い掛ける彼の姿は、まるでキャッチかナンパか気の強い彼女の尻に敷かれた男のようだった。

「ほんとに遅れてたの!電波も悪くて俺何回も送ろうとしたんだよ!」

「ふーん」

「ごめんて…てかめっちゃ可愛いね!写真も可愛かったけど実物はもっと可愛いくね!!?」

ホストクラブにでも居んのか私は…

ご機嫌取りの為の発言だと分かっていても、決して満更でもなかった。可愛いと言われて嬉しくない女は居ないだろう。

「ありがと…。てかさ荷物置きたいからこのままホテル寄っていい?その後ご飯食べに行こーよ」

「いーよ!あ、でも先に喫煙所寄んない?」

長旅で自宅を出発してから1度も吸えて無いのだろう。それにしたって初対面でこれだけ待たせておいて、当たり前のように喫煙所に誘える度胸というかその図々しさたるや、嗚呼彼は腐っても彼なのだ。私が喫煙者だからというのもあるが、嫌な感じが一切ない。きっと世の中をこうして上手く渡り歩いてきたのだろうと妙に納得した。


※次ページ性的描写有り