「てか、その前に名前でしょ?!」
わたしがそう言うと、左右を確認し車を発進させ始めた彼は「時和千景。あんたは?」と言った。
「鈴鹿希沙。」
「鈴鹿希沙?希沙って呼びづらっ。」
「そんなの名前を付けたうちの親に文句を言ってくれます?さっきから失礼よ、千景くん。」
「千景でいいよ。くん付けされるような歳でもないから。」
本当に、何を話してもトゲがあるようなイラッとする言葉しか返ってこない。
わたしは、何でこの人について来てしまったんだ?
「てか、何でわたしは千景の家に行かなきゃいけないの?理由を教えてもらえる?」
わたしがそう訊くと、千景は「歌ってもらいたい曲がある。」と言った。
「えっ?」
「希沙の歌声に惚れた。だから、歌ってもらいたい曲があるから俺んちに向かってる。」
"歌声に惚れた"
さっきからトゲのある言葉ばかりだったのに、不意に褒められ照れてしまうわたし。
それから、歌声を褒められたことが何より嬉しかった。
わたしには、何の取り柄もない。
ただ、"歌うことが好き"。
それしかないからだ。



