Simple-Lover







…結局、あの後、ヒロにぃはお母さん達が帰って来てもそのまま居た。

そして、 ヒロにぃの両親も合流しての大宴会。


それはそれで楽しくて良かったんだけど…


『早く帰ってくるからさ。』


誤魔化されたのかな…。
いや、でも退いた後に『それは気持ち悪い』って言われたしな…。


「うーん…」
「お前、何でずっと唸ってんだよ。」
「あ、早川…はいこれ、チョコのケーキ。バレンタインおめでとー。」
「お前、心ここにあらず過ぎるわ。」


お昼休み、クラスの違う子も集まって、いつものメンバーで教室の中ご飯を食べていたら
急にうりゃっと早川の大きな手が頭をグシャッと触った。


「ちょ、ちょっと!何すんのよ!」
「バレンタインのお礼に撫でてやっただけ。」
「お礼になってない!」


ハハッと笑った早川は「ごちそーさん」と立ち上がると教室を出て行く。


「早川め~!あー…寝癖みたいになっちゃったじゃん…。」


鏡とにらめっこしはじめた私に、その様子を見ていたなつみとさあちゃんが苦笑い


「ほんと、早川はヒナが好きだよね~。」
「ね。わかりやすい。」
「…それは無いでしょ。どう考えてもバカにされてるし。」


そうだよ。
今回のバレンタインだって、『期待しない』とか言ってさ。
テストもスポーツも、『お前、本当にダメだな』っていっつも笑って…


「早川良いと思うけどな~。」
「ねー!仲良しだしさ。」
「…仲良しではない。」


パタンとお弁当箱を閉じた。


「とにかく、私はヒロにぃ一筋だもん。」
「出た!幼馴染みのイケメン大学生!」
「今日は?バレンタインだし、ちょっと良さげなお店とかでデートしちゃうとか?!」
「…良さげなカフェでバイトだって。」


目線を外に向け、パックジュースを飲みながら呟いた私に、なつみとさあちゃんは、目を合わせ瞬き。


「それ…許したの?」
「だって。仕方ないじゃん。もうシフト入れちゃってたんだから。」
「…そういや、12月位から急にバイトが頻繁になったんだっけ。」
「うん。カフェのバイトを始めたのがその位の時期だったかな…」
「クリスマスは?」
「イブもバイトで夜遅かったけど、会えたよ。どっちにしてもクリスマスは、ヒロにぃの両親とうちの親が仲良しだから皆でどんちゃん騒ぎが恒例だからね。」
「そっか…」


うーんと腕組みするさあちゃん。


「…ヒナ、大丈夫?それってさ…バイト先にさ…」


なつみまでそんな微妙な顔して…。


……一体何があるの?
バレンタインにバイトが入ると。



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なつみとさあちゃんに言われた事が気になったまま迎えた放課後。


「彼氏と帰る♡」と声を揃えて言う二人とは別に、一人学校を出た。


「うーん…」
「何だよ、まだ唸ってんのかよ。」


スッと隣に大きな人影。


「…ああ、早川、おつかれ。」
「お前な。反応が薄すぎるだろ。」


ハッと面白そうに笑いながら、『早川先輩さようなら』と通りすがりの可愛い後輩達に声をかけられ、「じゃあな」って手を振った。


振られた後輩は何だか嬉しそうにきゃあきゃあ言いながら去って行く。


「いいなー。あの隣の人!」
「彼女かな?」
「かもねー。この前も見かけたし、一緒に居るの。」


「……早川」
「んー?」
「あんた、私が彼女だと思われてるよ。」
「おっ!マジで?」


楽しそうに笑うと私の頭をグシャッと撫でる。


「いーじゃん、思わせとけば。」


…良いのかい。


「っていうか、髪を撫でないでって言ったでしょ!」
「何でだよ。別に減るもんじゃねーじゃん。」
「減らないけど、ぐしゃぐしゃになるじゃんか!」


むうと口を尖らせて、髪を手ぐしでとかす。


「あの二人は?」
「なつみとさあちゃんは、彼氏と会うって。」
「じゃあ…お前も?」
「私は…」


口ごもって、目線を少し伏せがちにすると、早川が前に立ちはだかり、楽しそうに目を輝かせ、少し私を覗き込む。


「なに、もしかしてフラれた?」
「ち、違うし!」
「何だ、違うのかよ。」


…いや、『ちっ』って今、舌打ちした?


スタスタ歩き出した早川にムッとしながらその背中を追いかける。


「…早川。」
「んー?」
「あんた、人の不幸を喜ぶとバカになるよ。」


早川がブハッと吹き出した。


「や、それを言うなら喜ぶと“自分が不幸になる”じゃねーの?」
「そう、それ。」
「“それ”って…」


含み笑いした早川が、少し私を見た。


「で?今日は彼氏、会えないって?」
「…バイトだから。」
「ふーん…」
「ねえ、早川。」
「んー?」
「バレンタインに彼氏がバイトだと何があるの?」
「は?」


わけわかんねえって顔した早川に、かくかくしかじかと、なつみとさあちゃんが話していた事を説明すること数分。


早川は、微妙な顔して、あー…と微妙な返事をした。


「まあ…単に本当にバイトなだけかもしんねーけどな。」

「…『けどな』。」

「ひっかかんなよ、あんま。
つか、彼氏バイトなら暇じゃん。どっかでメシでも食おうぜ。
今日貰ったケーキのお礼してやるよ。お前にしては出来が良かったから。」

「…いや、やめとく。だって私…行ってみようと思うから。」

「何か…嫌な予感すっけど、一応聞こうか。“どこに”?」

「だから!ヒロにぃのバイト先だよ!」

「それは…ちょっと…重たくねえか?」

「中には入らない!外から…様子を見るだけ!偶然散歩してて、通りかかったていにすればいいと思うし!」

「彼氏確か、数駅向こうの高級住宅街にある、カフェレストランつってなかった?
そんな家から遠い、閑静な高級住宅街を散歩してて偶然通りかかるのかよ。
無理ねえか?それ。
やっぱりやめた方がいいんじゃ…」

「じゃあね、早川!私、帰って準備しなきゃ!」

「おい、話聞けって!」


早川の叫び声をスルーして電車に乗り込む。

可愛い洋服に着替えて、少し髪もゆるふわにして…化粧もしようかな。
特に会うわけでもないけれど、ヒロにぃの働く姿を見れるって思ったら気合いが入る。
好奇心でワクワクしながら、準備して。


「お母さん!行ってくるね!」


意気揚々と家を出た。


ヒロにぃのバイト先のカフェレストランの最寄りの駅に降り立った頃には、もう日が暮れ、空は暗くなっていた。
行く道は、秋は銀杏が綺麗に舞い、春は桜のトンネルが現れる、この時期は、ライトアップし綺麗に彩られる。そんな素敵な煉瓦の敷き詰められている道。


ヒロにぃはここを通ってバイトに行ってるんだな…
私もヒロにぃと並んで歩いてみたいな、こんな素敵な道。

なんて、思っていたら、グイッと後ろに腕を少し引っ張られた。


「っ!早川?!」


濃ブルーのダウンジャケットに、ジャストフィットのブラックジーンズ。そんな出で立ちの早川が「よっ」と、余裕の笑みを浮かべながら、少し手を上げる。


「…散歩?」
「なわけねーだろ。お前が変な事しようとしてるから、笑いに来たんだよ。」
「変じゃないよ…ちょっと外から様子見たら帰るもん。」
「そもそも、様子を見に行く事自体が、変だろ。それにほら、俺、ガタイがデカいから、お前が隠れるのに便利だろ?」
「なるほど!確かに!行くよ!早川!」
「はいはい。」


水を得た魚のごとく、早川という強い味方をつけて意気揚々と向かったバイト先。


静かな高級住宅街の一角に、現れた、窓で覆われたカフェ。黒い壁に白い文字。そんな印象だろうか。大人びた感じだけれど、丸文字がポップな印象を与える看板。グリーンの観葉植物があちこちに点在していて、爽やかな感じもした。


道を挟んで反対側に立ち止まり、少し中の様子をさぐってみる。


人気のカフェなのか、店内はほぼ満員で。
品の良さそうな大人のカップルがほとんどを占めていた。


あ…ヒロにぃだ。


フワリと厚めにおろした前髪。
白いシャツに、茶色のエプロンをつけて、お客さんに微笑み、オーダーをとってる。


か、かっこいい!
見に来て良かった!


「…お前の彼氏、画像でチラ見しただけだったけど、実物、すげーイケメンだな。」


早川が隣で、関心するようにそう呟いた。


「大丈夫なわけ?お前。」
「…何が?」
「や…だから…さ…」


言葉を濁らせながら、私と一緒にカフェの中の様子を観察している早川。


「まあ…モテるでしょ?あんな感じだと。」


モテ…る…


不意に過ぎった、付き合う前のヒロにぃの事。

夏休みに私が彼女になってからは一切見かけなくなったけれど、確かに、その前は、綺麗な女の人を連れて歩いている所を見かけた事が何度もあった。
家の前ではないけれど…駅とか。
ヒロにぃの学校の近くとか。

彼女になれたって舞い上がって…すっかり忘れてたな、そういうの…。

だって、本当に夏休みに彼女になってからは全くそういう光景に遭遇しなかったし、それらしいそぶりも感じも全く無かったから。


今一度目を向けたカフェの中。

カウンターの中へと戻ったヒロにぃに、同じくスタッフらしき女の人が声をかける。
きりりと髪をお団子にしていて、色白で大人びた顔つき。笑い方が清楚な感じで嫌味がない。
話しかけられたヒロにぃは、楽しげに何かを言い返して、二人でまた笑いながら並んで何かの作業を始めた。


「……もう帰ろうぜ。」


早川が隣で私を肘でつつく。


「も、もう少し…だけ…」


…だって。
ただ、一緒に働いているスタッフの人でしょ?
職場の人なんだから和やかムードにしてるだけでしょ?


『バレンタインの日にバイト入れるってさ…』

あの人に会うため…じゃない、もん。





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