Simple-Lover






…と、決意をより強固にして、その日は家に帰って来たつもりだったけど。


結局、数日経つとすぐに決意は鈍り、ヒナ不足が深刻化。
このまま情緒不安定だと本当に色々生活に支障が出そうなんですけど。


せめて…メッセージじゃなくて、声が聞きたいけど…声聞いたら絶対もっと会いたくなるだろうしな…どうしようかな…。


そんな事を考えながら、中庭の楓の木の下のベンチに座る、クリスマスの今日。


ヒナが好きな、ホットココアの缶を飲んで「なにこの甘いの」って悪態ついて、ため息1つ。
見上げた冬の空は、俺のモヤモヤした気持ちとは裏腹に、どこまでも澄み渡っている。


…今年もクリスマスに雪は降りそうもないね。


数年前、『ホワイトクリスマスを経験したい!』って息巻いて言ってたヒナを思い出した。


来年は、どっか雪が降ってるとこでヒナと過ごせると良いけど。


そんな事より、今どうするかだよね。
今日、夜位会えるのかな…つか、会いに行こっかな。無理矢理にでも。
今年もプレゼント買っちゃったし。


…今年はちゃんと渡したい、できれば。


クリスマスプレゼントが入れっぱなしになって隣に置いているリュックを思わず見た。



俺がヒナと距離を取ってるって知ってからは特に、羽純と友香里もヒナの話題をそこまで出さなくなってるし。
別に、知られなければ反応することもないんだろうし。


そんなことを考えてたら、隣にすとんと羽純が座った。


「ヒロ、ここに居たんだ。」
「ああ、うん。どした?」
「ほら、今日ってさ、クリスマスでしょ?予定がないなら、これから…その…さ、どこかにご飯にでもいかないかなって…。」
「…皆んなで?」
「えっと…その…二人…じゃ…だめ?」


少し顔を赤らめて微笑む羽純は、若干上目遣いで俺を見る。
瞳が潤ってて、そんな表情されたら、普通は心が揺れ動くのかもしれないけど。


「…ごめん。それは無理だわ。」
「な、何で?予定…あるの?一緒に過ごすの…私じゃだめ?」
「まあ…うん、申し訳ないけど…」
「私はヒロと過ごしたら楽しいかなって思ってるよ?」
「や…」


…こんなに食い下がる羽純初めて見たかも。
今までって友香里がグイグイきているのを羽純が後に居て…って…

そこで、今までの羽純と友香里がヒナと会った時の言動が蘇ってきた。


「………。」


…なるほどね。
今、結構明確になったかも。構図が。


友香里が、俺とヒナ、俺と羽純の事で話をするとき、必ず羽純がいた。そして、友香里が言うことを最初から止めるでもなく、しばらくは言わせておいて、途中で止めたり間に入ったり…。


けれど、今は羽純と友香里の中で、俺とヒナは「別れる寸前、俺の気持ちがヒナから離れて行ってる」となっている。
だから友香里がヒナと接触する必要もないし、後ひと押しと思い、自ら説得に出たって感じ…なのかな。


まあ、意識的なのか、無意識なのかはわからないけど。


とにかく、クリスマスにヒナ以外の女の子と二人で過ごすなんて、ヒナの安定のためには良くないし、何より絶対に俺が嫌だから。


「マジでごめん。本当に無理だから。」
「ま、まさか…ヒナちゃんと過ごそうって思ってないよね?それじゃあ、解放されたことにならないよ?」
「いや、だからさ……」


あまりにも食いついてくる羽純が初めてで扱いに困る俺が、羽純には煮え切らない様に見えたのかもしれない。痺れを切らしたように、眉間にシワを寄せる。


「…やっぱりヒナちゃんと一緒に居たいってこと?!ダメだって!いい加減、目を覚ましてよ!ヒロ!」


初めて聞いた、羽純の大きな声。


「ヒロのヒナちゃんに対する『好き』は、幼馴染って関係で麻痺してるだけだよ!恋愛じゃないでしょ?」


…………は?
何言ってんだ、この人。


いつもなら、ただ驚いて、余裕で「どした?」なんて笑ってかわす事ができたのだろうけれど、今の俺は精神的にいっぱいいっぱいで、羽純の言葉に反応してしまった。


明らかに不機嫌な顔になり、睨みつけた俺の反応が、自分が望んでた反応とは真逆だったんだと思う。
明らかに、羽純はハッとして動揺の表情に変わる。


「…悪いけど、ただでさえ不安定なんだよ、情緒が。部外者が口出しとかしないでもらっていい?」
「なっ…わ、私は…ヒロのこと心配で…」
「じゃあ聞くけど、俺とヒナの何を知ってんだよ。」
「そ、それは…だから…幼馴染で…」
「そんな上部のことじゃなくてさ。ヒナが生まれてから今日まで、俺とヒナに何があったのか知ってんのか、って話。」
「そ、そんなのわからないよ…」
「だったら、それは羽純の主観でしかないよね。」


何だよ、“目を覚ませ”って…“恋愛じゃない”って…ヒナと一緒に居ちゃダメって…何で、羽純に決められなきゃいけないんだよ。
ヒナを追い詰めるような事もしてさ…。


沸々とした感情で、もはや、冷静では居られなくなった。


「…羽純の中で、俺の印象がそうならそれはそのままでいいけど。
その…羽純で言う所の“目を覚ます”ってことのためにヒナに今後接触するようなら、絶対許さない。それは覚えておいて。」
「っ!ヒロ!ヒロは、幼馴染で一番近い存在なヒナちゃんに執着してるだけだよ!どうしてそれがわからないの?」


…まだ言うか。
まあ、”一番近い存在”だし“執着”はそうだと思うけど。


「…それを分からせる為に、わざわざ、友香里を使ってヒナに話をしたわけ?嘘の話を。」
「な、何のこと…」
「聞いてるから、色んな筋から。友香里が『俺と羽純が、”一緒に合宿に参加した”』ってわざわざヒナを待ち伏せして話に行ったって。」
「そ、そうなの…?それは…ご、ごめん。友香里も私達のために…」
「は?“私達”って括らないでよ。俺は、当日まで羽純が合宿に参加することすら知らなかったのに、何で共犯なわけ?
つか、そんな事されたヒナの気持ち考えたわけ?これでヒナが大学落ちてみろ、その責任どう取るんだよ!」
「せ、責任て…酷い!私、何も知らなかった…のに…」
「…なるほどね、友香里の一存でやったことで、羽純は何も知らなかったってことね。じゃあ、俺、友香里に話をしてくるわ。」


立ち上がりおもむろにカバンを持つと「ま、待って!」と羽純が呼び止める。


「ヒロ…お願い…行かない…で…。」


その消え入りそうな声色に、ふうと一度ため息を吐き出し、羽純の方へと向き直った。


「…俺が羽純の事気にかけてたのは事実だけど。でもそれは、友達として助けたいって思ったからで。でも、それが羽純にはそう伝わってなかったんだよね。ごめん。責任は言いすぎた。」


頭を下げると、羽純の目から、ポタン…と大きな涙が落ちてくる。


「…でも、ここから先、もしヒナに何かしたら絶対に許さないし、絶対にさせないから。」


じゃあね、と踵を返してその場を去った…けど。


…俺、マジでダメすぎない?


虚脱感で思わず息を吐き出した。


結局、情緒不安定過ぎて、荒療治に出る羽目になっちゃったじゃん。


受験が終わってから、なるべく穏便に…って思ってたのに…。


自分のダメ加減を改めて痛感して、そうしたら余計にヒナに会いたくなって、居てもたってもいられないまま、ヒナの家の前まで来てしまう。


「あ…ヒロにい…!」


丁度、家庭教師を終えて西山先生を見送りに出てきていたヒナとそこで遭遇。


「わあっ!凄い偶然!」
「…うん。お疲れ。」


横に居る、西山先生にも、会釈すると西山先生もそれに応えて、ニコッと笑い、「こんばんは」と会釈を返してくれる。


…本当に、いつ見ても落ち着いてるよな、この人。
だけど冷めてるとかじゃなくて、なんていうか…どっしりとしている感じ。話していて、心地いいって言うか…。
この人だったら、俺みたいにはならないんだろうね…。


そんな事を考えてたら、「山本さん、じゃあ、俺はこれで。また明日ね」と帰っていく西山先生。
その背中を二人で見送る。


「…ヒナ。」
「ん?」
「今からヒナんとこ行ってもいい?」
「え?!い、今から…?」
「うん。そう、今、すぐに。」
「えっと…あ!い、1時間後とかにしない?ほら、勉強終わったばっかりだし、部屋片付けたいから!」
「今更気にしない、部屋が散らかってるとか。」
「え?!ま、待って…」


戸惑うヒナを行くよって引っ張ってヒナの家に入っていく。

「こんばんはー…」って挨拶をしたけど、何故かシンとしている家の中。


「…出かけてんの?もしかして。」
「う、うん…ほら、今日クリスマスだから…夜には戻るって言ってたけど。」
「昼間…二人きりだったんだ。センセーと。」
「そ、そうだけど…し、仕方ないじゃん!」


焦り出したヒナを一瞥してから、「お邪魔しまーす」と言って靴を脱ぐ。先にスタスタと上がる家の中。トントンと軽快に階段を上がっていったら、慌ててヒナがその後をついてくる。


「ね、ねえ…本当にま、待って…」
「…何?なんかあんの?部屋に俺が入っちゃいけない理由が。」
「そ、それは…」


チラリと部屋の方を気にするヒナに、眉間に皺を寄せてそれからふうとため息を吐き出した。


「…わかった。無理に入らない。」
「あ、ありがとう…あの…ちょっとだけ待っててね!」


…甘いです、ヒナさん。俺と何年一緒に居るんだよ。

自分だけ部屋に入ろうとしたヒナを半ば捕まえながら、部屋に押し入る。


「ちょ、ちょっと…!ヒロにい!」


なんだいつも通りの部屋じゃん…と見渡して、ローテーブルに置いてあるモノクロの紙袋が目に入った。


「…何あれ。」
「だ、だから!」


ムスッとしながら俺の腕からすり抜けてその紙袋を乱暴に手に取るヒナ。そのままその紙袋にシワが寄るくらい腕で抱え込み隠すように俺に背中を向ける。


あのブランド…男物だよね。西山先生はすでに帰った…ってことは。
もしかして…もしかする?


頬がゆるゆると勝手に緩み出す。


「…ヒナさん?」
「ヒロにいのバカ!嫌い!
せ、せっかく…会いに行って渡そうって…け、計画…」


ああ…やばいわ。
今の俺に、この展開は。


受験勉強で大変なのに、わざわざ俺のためにプレゼント買って会いに来てくれようとしていたって事が嬉しすぎて、居ても立ってもいられず、紙袋を抱きしめてるヒナを背中から包み込む。


「…ごめんて。」
「やだ!嫌い!」


悪態つきながら、俺の腕の中に収まってるヒナがもうどうしようもなく可愛くて、「嫌いで結構」と耳たぶを甘噛みする。


「っ!」


その感触に、ビクンとヒナの体が跳ねてそれをまた腕で押さえ込んで。フッとわざと耳の中に息を吹き込んだ。


「ヒ、ヒロにい…」
「…何?今、俺は絶賛、ヒナを充電中なんで。邪魔しないでもらえます?」


何の裏の意味もなく、何気なく言った言葉だった。
…けれど。ヒナはそれに反応して、「え?」と顔を少しだけ俺の方に向ける。

何故か目をまんまるにして、驚きの表情。


「じゅ、充電…?ヒロにい…が?」
「…うん、そう。充電。」

いつものことでしょ位のノリでサラッとそう返すと、ヒナの綺麗な瞳が潤って、ポロって涙が溢れてきた。


「…ヒナ?」


呼び掛けにハッとして少し鼻を啜ると、へへッと笑うヒナ。


「だ、だって…ヒロにいが充電て…。」

…そこ?
や、俺、結構な勢いで充電させていただいてますよ?昔から。

クルッと自分の中で向きを変えさせて正面に向けるとギュッとそのまま包み込む。


「俺はヒナ以外では充電できないんで。」
「私以外は…充電できない…」
「そう。誰かさんが受験勉強頑張りすぎて、俺がカラカラになってんのに気が付かないから。」
「か、カラカラ…。」


その華奢な腕が俺の背中に回ってきて引き寄せる。


「…まだ受験終わるまで長いしさ。ここらで充電しとかないと、俺、マジで枯れ果てるよ。」


冗談めいた言い方で、本音を言ったつもりだったんだけど、ヒナは何でかスンと鼻を鳴らす。


「…何で泣いてんの。」
「だ、だって…嬉しくて。私ばっかり充電させてもらってるんだって思ってたから…。」


…そんなわけないでしょ。
俺のが圧倒的にヒナの家に来ること多かったし。
来たくなきゃ来ないよ、俺は。


「…と、言うわけで、ヒナ、充電させて。」


くっついてる陽菜を少し引き離すと、コツンとおでこをくっつける。


腰から引き寄せたら、もう片方の手のひらで背中から服の中に手を滑り込ませた。


「っ!ま、待って…お、お母さんたちが帰ってくる…」
「そう、帰ってくるからね?躊躇してる暇ないから。」
「え?!そ、そう言うことじゃなくて…」
「そう言うことじゃなくないから。」


何だかんだ言う、口を塞いで、そのままベッドへとその身体を組み敷いて。
目を潤ませたヒナに一度笑顔を向けてからまたキスを落とす。


そっからは…格好悪いほど夢中。
受験生の大事な冬休みにこんな風にしたらいけないってわかってても歯止めが効かなくて。


やっぱり、あんまり不足しちゃいけないんだよね、俺の中でヒナが。
なんて、心底反省した。












「…ヒナ、ごめん。」


二人して、散らばってた服に着替えてローテーブルの前に並んで座る。


「…何?」


私が顔を見ると、眉を下げて苦笑いのヒロにい。


「や…うん…その…さ。」


何だろう…歯切れが悪い…な…。


「何かあったの?」


私がそう聞くと、ヒロにいはバツの悪そうに頭をかく。


「や、ね?今日、大学でさ。その…羽純と話したんだけどね?」
「…うん。」
「まあ、思わず悪態ついちゃったわけよ。イラついて。」


…………………え?!
は、羽純さんに、ヒロにいが…悪態?!と言うか、その前に…イラついた?!


言われたことに、驚きすぎて事態が把握できない。


「ど、どうしたの…?」


私がそういうと、ヒロにいはあぐらをかいたまま私の方にその体を向けた。


「…ヒナさ。俺が免許取りに行ってた時に友香里がヒナを塾の前で待ち伏せしてて、“羽純とヒロが一緒に合宿行ってる”って言われたでしょ?」


心音がドキッと跳ねる。


「まず、俺は免許場で羽純に会うまで申し込んでる事自体、知らなかった。」
「そう…なんだ。」
「うん。だから、『一緒に合宿に』ってのは語弊がある。まあ…結果的に教習所に一緒に居たのはそうだけど。」


でね?とさらに私の方へ体をむけるヒロにい。


「…おそらく、羽純は知ってた。友香里が来ないってこと、ヒナに言いに行ったってこと。」
「それで…羽純さんとケンカ?」
「…そう。思わず『ふざけんな』って。本当は物申すのはヒナ受験が終わってからって決めてたんだけどね。本人と対峙したらどうも抑えられなかった。」


ヒロにいは、眉を下げて弱々しく苦笑いをする。

友香里さんに言うはわかるけど…羽純さんに言ってくれた…。

その事実が嬉しくて鼻の奥がツンと音を立てるのを感じる。
泣きそうになった気持ちをグッと抑えて、「うん」とうなづく。


「…多分、櫻燈庵に行った頃から、羽純と友香里は色々画策してたんじゃないかなって思うんだけど。ごめん、俺が全然鈍くて…その…」


ヒロにいのブラウンの瞳が揺れ、少し心許ない表情になる。それに今度は私が苦笑いを見せた。


「…鈍いのとは違うと思う。」


ヒロにいが私の思いを聞いてどう思うか…そんな怖さを少しだけ感じて思わずギュッと一度唇を噛み締めた。


「…ヒロにいは、友香里さんが羽純さんの事がヒロにいにとって“特別”で“大好き”な人だって言われても否定しなかった。」


そこまで言って言葉に詰まる。
そして、それまでのあの二人に言われた言葉を思い出す。


“幼馴染なんて”
“ヒロはヒナちゃんに執着してるだけで、恋愛としての愛情じゃない”
“解放してあげて欲しい”
“そこまでして、ヒロを独占したいわけ?”


何度も…何度も…言われて、悲しくて、傷ついて。
だけど、ヒロにいにはそんな私の感情は言えなかった。

だって、ヒロにいは、一度も羽純さんの特別を否定することもなく、友香里さんと羽純さん、二人と言い合いになっても羽純さん「だけ」を庇ってた。羽純さんが望むなら、それを叶えようとしてた。


キュッと一度唇を噛み締める。


「…きっと色々私が羽純さんの事を言ってしまったら、“ヒロにいは、羽純さんを選ぶ”ってそう思った。
…だから合宿の話を友香里さんに聞いた時に、ああ…そうかって。それまで考え続けてきたことが、すとんと腑に落ちて…“私が邪魔者なんだ”ってそう思った。」


“邪魔者は私”


そう結論づけたあの時の気持ちを思い出したら、辛くて、居た堪れなくて、涙がぽたんと流れ落ちる。


「………。」


私の背中にヒロにいの腕が回ってきて、そのままギュッと引き寄せられた。
その優しい感触に、余計に涙が溢れ出る。


「…ほんと、ごめんヒナ。そんな事思わせてて。全部俺が悪い。」


堰を切ったようにどんどんと溢れ出てくる涙で、ヒロにいの首元も濡れていく。
それでもどうしても止まらなかった。

そんな私をただ、ただ、抱きしめて頭を撫でているヒロにい。


どの位のそのまま時間が過ぎただろうか。
わからないけれど、「ヒナ」とヒロにいが私を呼んで、少し身体を離してからおでこ同士をつけた。


「…何を言っても言い訳にしかならないけど。
そして、俺の言動でヒナを傷つけてきていたわけだから信じて欲しいってのは、図々しい話だけどね?」
「う…ん。」
「…俺は、ヒナ以外を選ぶことはないし、絶対ヒナの味方だから。それだけは忘れないで。」


その言葉に不意に幼少期から、今までのヒロにいが頭に次々と浮かんできた。


“ほら、ヒナ、風邪引くからもっと頭拭きなって”
“公園まで手、つなぐ?じゃあ、おいで”
“何、数学わかんないの?いいよ、ヒナのわかんないトコだけ教えてあげる”
“そ、ケーキ全部ヒロにい一人で食べた”


物心ついてからずっと優しかった記憶ばっかりなヒロにい。私の側にいつもいてくれて、泣きたいことも悔しいことも、嬉しいことも全部全部聞いてくれて、受け止めてくれて。


自分より年下の子供がずっと側にいて、まとわりついて。
どう考えたって面倒臭いって思うこともたくさんあったはずなのに。


いつも、いっつも優しく“ヒナ”って…


また涙が込み上げてきて、思わず口をへの字にした。


…ヒロにいは、いつだって私の味方だった。

だから…余計に恐かったんだって思う。
私から離れて違う誰かを選んでしまうのが。

そして、今まで絶対的に信じてたはずのヒロにいを信じきれなくなっている自分が嫌で苦しかったんだ、私。


だから…信じようって決めた後、強くなれた。

でも、揺らぐことはあった。
もしかして…って。

その度に、信じるって決めたんだからって、踏ん張ってきたけど。


おでこを離して、そのままギュウっとヒロにいにくっついて首筋に顔を埋める。


「…私が何を言っても?」
「うん。」
「本当に?味方なの?」
「そ、味方。」


私を抱きしめなおし、丁寧に頭を撫でてくれるその感触にどことなく頬が緩む。


「…ヒロにい。」
「ん〜?」
「私が受験終わったら、また櫻燈庵に行きたい。」


……素敵な宿だった。
ヒロにいと長い時間ずっと一緒に過ごせて、最高に楽しかったし嬉しかった。


…あの二人に会うまでは。


幼馴染なんてって、言われて悲しくて。ヒロにいと私の関係はただの幼馴染で恋じゃないって否定されて。
今なら思える。
部外者であるあなたたちに、ヒロにいと私が歩んできた歴史の何がわかるんだ、何を知ってるんだって。
でも、あの時はその通りだって…どうしても受け入れてしまう自分がいた。


だから、ちゃんと幸せな思い出に塗り替えたい。


「…………絶対に行く。ヒロにいの奢りで。」


私の言い草に、ヒロにいがクッと笑う。


「ヒロにいが言ったんだもん。私が何を言っても平気だって。」
「や…うん、何かニュアンスが変わってる気はすんだけどね?」
「私がわがままいっぱい言っても平気って言った!」
「うん、言った、言った。」


それから私の頭の上にコツンとおでこをつけた。


「んじゃ…ヒナ、役割分担しよ。ヒナは受験勉強、俺は櫻燈庵に向けてバイト。」
「一番美味しい食事にグレードアップで。」
「何それ。そんなのあったの?」
「お刺身の舟盛りがつく!」
「なるほどね。りょーかい…って、ヒナ、すげー調べてたんだね。」
「だって、ヒロにいがとってくれた所だから。私もちゃんと知っとかないとって。」


そう言ったら、「そっか」って相槌を打ったヒロにいは私を少し動かして、おでこ同士をまたコツンとつけて、そのままふわりと唇同士をくっつけた。


「…もういっこ忘れちゃいけない任務があるんだけど、俺。」
「任務…?」
「そうです。バイトも大事だけど、そっちが俺のメイン。つか、その話もあって今日会いたかったわけ。」


キョトンと目を瞬かせた私にヒロにいは、ふっと少し目を細める。


「…今日、羽純に悪態ついちゃったからね。もしかしたらまた、友香里か羽純がヒナに接触してくるかもしれない。だからヒナを守らないと。とりあえず、塾の迎えは今後全部俺が行く。」


“守らないと”
その言葉に、また目頭が熱くなる。


ヒロにい…ありがとう。
私がちゃんとヒロにいを信じていられるように話をしてくれて。無意識なのかもしれないけど、すごく嬉しい。

…ただ、な。


「あの…さ。迎えは…ヒロにいの負担が大きすぎるから…」
「ヒナ、よく考えてよ。現状、俺が大変になるのは自業自得でしょ?だって、俺の蒔いた種なんだから。」
「…友香里さんが仕掛けてくるのは、友香里さんのせいだと思う。ヒロにいは悪くない。」
「や…うん。友香里のキャラ的な所はあるかもだけどね?それ含め、ヒナを守れない俺は何なんだって話じゃん。」


不意に舞さんの言葉を思い出した。


“ヒナちゃんを守るための自分の言動をちゃんと省みないと。”


「“彼氏”…」
「そうです、ヒナの彼氏なんで。というかね、この2ヶ月位でわかったんだけど、迎えに行ってた方が、俺にとっては大変じゃないかも。」
「そう…なの?」
「うん。やっぱね、ヒナに定期的に会ってないと、どうも気持ち悪い。調子が狂う。」


…言わんとしていることはわかるけど。
よく、ドラマとかで言ってる、「お前に会わなきゃ俺はダメなんだ!」ってやつ…。


「…言い方が彼氏じゃない。」
「そ?もっとかっこよく言ってみる?」
「……やめとく。」
「何でだよ。」


楽しげに微笑むヒロにぃに、私も含み笑い。

そのままどちらからともなく唇同士をくっつける。


「…“受験が終わるまでは、俺自身がヒナへの接触を避けてれば、羽純と友香里も躍起になってヒナに近づこうとはしない”なんて考えてたけど、安易だった。」
「それで、最近音沙汰が…」
「うん。で、結果枯れて、情緒不安定。羽純に悪態をつくという最悪の結果。」


思わず、笑う私に、ヒロにいが「あーもう…」と罰が悪そうに苦笑いしながら、おでこをくっつけ鼻をすり寄せる。


その様子にいつか“お前は俺の”って言われた時の事を思い出した。


…その通り。
散々悩んで、考えたけれど、それが前提なんだと今は思う。けれど、それをその通りにしておくには、ヒロにいを信じきれないといけない。


あの時は浮かれて、嬉しくて破壊力が凄かったけど…今はそれを全うすることがどれほど大変なのか痛感してる。


ヒロにいの腰に腕を回して少し引き寄せる。


「…ヒロにい頑張れ。」
「うん、頑張る。だから、クリスマスプレゼントね。」
「え?!ちょ、ちょっと…んんっ」


クリスマスプレゼントは渡す…と話す間もなくヒロにいが私の唇を塞ぐ。
そのまま何度も何度も少し強引なキスが降ってきて、息苦しさを纏った意識の中で私もよりヒロにいを引き寄せた。


……もう、大丈夫だ。
あの二人がまた接触してきても、ヒロにいの気持ちがはっきりわかった今なら、絶対に大丈夫。
何を言われても、私は負けないし…


………揺れない。