Simple-Lover



お買い物に行く支度をしながら、久しぶりに中学の同級生ちーちゃんとメッセージで会話して。

今から駅前のマルワンスーパーに行くよーって言ったら、『近くにいる!あの近くの商店街で久々にたい焼き食べようよ!』と誘ってくれた。



「ちーちゃん!」
「きゃーヒナ!」


久しぶりの再会にしばし歓喜。
二人で並んで商店街のハズレにある街路樹の木陰に座って、たい焼きを頬張った。


「インスタでは頻繁にやり取りしてても、やっぱり中々会えないよね…。」
「ねー…忙しい?」

うーんとちーちゃんが眩しそうに空を仰ぐ。白い雲がふわふわと浮かぶ夏の空。吹いてくる風が木陰のおかげで少しばかり涼しさを纏った。


「…大学迷っててさ。」
「そう…なの?」
「うん。ヒナは?」
「私は…法学関係の学部狙い。」
「へー!かっこいい!」

ちーちゃんの言葉に、西山先生の顔がポンと浮かぶ。


「…確かに、かっこいい。実際に法律家を目指してる人は。だから、私もそうなりたいんだ。」
「なるほど〜!ってあれ?相沢先輩ってそっち関係なの?」
「え?ヒロにいは違うけど…」
「そうなんだ。てっきり相沢先輩の影響かと思った!」

「ヒナは相沢先輩大好きだったもんね!」とニコニコで言うちーちゃん。

「相変わらず仲良いの?ほら…相沢先輩ってさ、何かにつけてヒナのこと気にしてたじゃん。」


…え?


「気にして…た?」
「えー?!覚えてないの?中一の初めなんて、週1でクラスに顔出してたじゃん。」


そうだったかな?


「最初の頃は、女子の先輩が結構やっかんで大変だったけど、最初だけだったよねー。途中から先輩達、相沢裕紀は無理って言い出してさ。あまりにも相沢先輩がヒナを好きすぎて。」
「…私がヒロにいを好き過ぎてじゃなく?」
「えー!逆でしょ、どう見ても!意外と本人はわかってないんだね…そういうの。」
「う〜ん…生まれた時から一緒でずっと私の扱いは基本的に変わらないからな…ヒロにい。」
「そうなんだ…」


ちーちゃんが、ペットボトルのお茶を一口飲んでから、私の方に「ヒナ」と向き直った。


「それはね…ヒナの感覚が麻痺してるかも。」
「麻痺…。」
「そう、相沢先輩のヒナの扱いって、普通じゃないと思うよ。私はもちろん中学1年の時しか知らないけどさ。幼馴染云々じゃなくて…上手く言えないんだけど、もっと深い愛情がある気がする。じゃなきゃ、あれだけ殺気立ってた先輩達が大人しく諦めないと思うし。」


ちーちゃんは、スマホを確認して、「そろそろ行かなきゃ!」と立ち上がる。


「相沢先輩がさ、何であんなに皆んなからかっこいい!って言われてたか知ってる?」
「まあ…イケメンて言われるよね、よく。」
「それって、見た目もなんだけど、実はさ、皆んな、ヒナに対する接し方を見てて、『かっこいい!』ってなってたんだよね。要は、相沢先輩のかっこよさは、ヒナありきってこと。」

「まあ、中学の時の話だけどね!」と言いながら去っていくちーちゃん。インスタのメッセージに「受験が終わったら絶対遊ぼう!」と数分後に送られてくる。


ヒロにいのかっこよさが…私ありき…。


思いがけない言葉に、思わず頬が緩む。


なんか…嬉しいことをいっぱい聞かせてもらったなあ。


“あまりにも相沢先輩がヒナを好き過ぎて”


ちーちゃん、『幼馴染云々じゃない』ってはっきり言ってくれていた。もっと深い所の愛情じゃないかって。

ふと友香里さんや羽純さんの『幼馴染なんて』と言う言葉を思い出す。


『側から見てるのなんて、野次馬と一緒だろ。それぞれ見方も変わるじゃん。』


…早川の言う通りだな。
私…一方的に友香里さんや羽純さんの言葉を間に受け過ぎてるのかな。
まあ、でも…羽純さんと合宿に二人で行ってるのは事実だろうしな…。


答えの出ないまま、スーパーで買い物をして、自宅に帰る。


スマホで調べた、もやしのナムルと冷やし中華と手羽中の岩塩焼きを作って食卓へ出した。


「すごーい!ヒナありがとう!」


帰宅したお母さんは大喜び。お父さんも、ニコニコとしながら、お母さんにノンアルビールを注いではいと渡す。


「ありがとう、ヒナ。助かったよ。と言うわけで、掃除機かけた後、リビングの窓とシンク磨いといた。」
「えー!すごいじゃん、お父さん。ね、ヒナ。」
「うん…たまにはサボればいいのに。」
「なんか張り切っちゃって」


変わらない雰囲気と食卓。それに何となく安堵をもらう。
食後には、西山先生がくれたシュークリームを3人で食べた。

甘さが口いっぱいに広がって、幸せで満たされる。


西山先生には沢山迷惑かけてるな…。お菓子焼いてお礼しようかな、今度。


ケーキ屋さんの話で西山先生の甘い物好きはわかっているから、何のお菓子を焼くかだな…なんて考えたらそれも楽しくて。
足取りも軽く、行ったヒロにいと早川のバイト先。


「おおっ!陽菜ちゃんだ!」


今年のバレンタインにヒロにいと並んで仕事をしていた、綺麗な女の人が私を迎えてくれた。


「こ、こんにちは…」
「ランチの時間は終わったから、ゆっくりしていって!店長には言ってあるから。あ、ケーキ何か食べる?モンブランおすすめ!」
「舞さん、いきなりそう出たらビビるでしょ。」

その後から苦笑いで出てきた早川。
舞さんやヒロにいと同じ、白いシャツに、茶色のエプロンをつけているその出立ち。


「…何だろうか。早川がかっこよく見える。」
「俺は元々かっこいいんだよ、お前がヒロにいしか見えてないだけで。」
「あの、私モンブラン食べたいです。」
「無視すんな、モジャこ。」

「ったく…」と呟きながら私を店の奥のソファ席に案内してくれる早川。そのまま自分はテーブルを挟んで反対側のソファに腰を下ろす。


「私、陽菜ちゃんに会いたかったの!」


モンブランとカフェオレ、自分達が飲むであろうコーヒーと一口マカロンとクッキーを平皿に入れたものを持ってきてくれた舞さんも早川の隣に座る。


「初めまして、横川舞です。」
「山本陽菜です…。あ、モンブランとカフェオレありがとうございます。」

慌てて、少し立ち上がり少しお辞儀をした私に、舞さんはにっこり笑う。


「今日は来てくれてありがとう。というか、呼び出してしまってごめんね。」
「え…?い、いえ…その…私こそ、突然すみません。ランチが終了した時間の貴重な休み時にお邪魔してしまって…。」


私の言葉にさらに目を細めた舞さんが早川と一度面白そうに目を合わせる。


「なるほどね、ヒロの事以外はどちらかというとしっかりしてるんだ。」
「…はっきり言いますね、舞さん。」
「や、だってさ。突然彼氏の職場に様子見に来ちゃう感じだったから。どんな子なんだろうなーって思うじゃん。」


あ……。


早川と店の前まで来て中の様子を見ていた事を思い出して、カアっと頬が熱を持つ。


「そ、その節は…その…失礼いたしました…。」

しどろもどろな私に舞さんはあははと今度は声を出す。
それから、マカロンをサクッと一口食べるとコーヒーを飲んだ。


「…いや、そんな子にヒロが夢中って言うのが何となく違和感があってね。きっと何かあるんだろうなーって思ってたの。」
「幼馴染…なので…その…元々過保護な所があって…。」
「それは違うと思うよ?」
「え…?」

キョトンと小首を傾げた私にニコッと笑う舞さん。


「“幼馴染なんて”ただのていのいい口実だよ。ヒロからしてみたら。陽菜ちゃん自身が好き過ぎるんだ、アイツは。」
「ああ…それな。」


舞さんの言葉を受けて早川も苦笑いしながら、コーヒーを飲む。


“幼馴染なんて”…か。


…何だろう。
同じ言葉を羽純さんや友香里さんにも言われたのに、舞さんの言葉は全然否定された気がしない。
むしろ、私とヒロにいの歴史があってこその今だって…そんなふうに肯定された気がする…。


パクリと口に入れた栗の甘露煮が、濃厚な甘さを口いっぱいに広げる。カフェオレを口に含んだら、甘さが緩和されてまろやかになった。

美味しい…。なつみとさあちゃんにお土産に買っていこうかな。モンブラン。


「そう言えばヒロ、今教習所行ってるんでしょ?」


舞さんの言葉に、ドキンと思わず心臓が跳ねたら持っていたカフェオレの表面が少し波だった。


「俺や若菜に会いたいなんて言い出したのって、もしかして何かあんじゃねーの?って思ったんだけど…」


何となく一生懸命笑おうとしているのが、早川にはバレたみたいで。早川は私をみてまた苦笑い。


「…うん、今回も一応聞くわ。」


ーそこから数分ー

旅行からの事のあらましを舞さんに説明し、今回起きたことを二人にお話。


話を聞き終えた舞さんが「へー」と関心したような声を出す。


「”西山先生”すごい大人でイケメン!」
「あーそれはその通りですよ。見た目も程よくオシャレでイケメンな感じだけど、中身が良いと思う。この前のオープンキャンパスで少し話ただけだけど。言葉の選び方とか、すげースマートな感じかも。」
「そっかあ…陽菜ちゃんどうするの?!」
「え…ど、どう…???」
「だって!西山先生脈ありじゃん!」


脈…あり??


「い、いや…そんな事は…」
「と言うか、そこまでされたら私だったら好きなっちゃうかも!」

…こんな美人顔の人が、さわかやに笑顔でそんなこと言ったら、相手はイチコロだと思う。


きゃーっと盛り上がってる舞さんに、若干苦笑いしながら、早川はまたコーヒーを一口飲む。


「……つかさ。西山先生がイケメンなのはいいとして、お前のスランプの原因はヒロにいがあの羽純って人と二人きりで合宿に行ってるって事とそれを言わないって事なんだろ?」
「…そう…だね。」
「えー…でもさ。その友香里って子が言ってるだけでしょ?わかんないじゃん、真実はさ。もしかしたら、皆んなで行くつもりだったのが、ヒロが集合場所に行ってみたら羽純って人しかいなかったとかさ。それか、そもそもヒロは一人で行ったのに、羽純が勝手にいたとかね!」


あ…確かに、そこまで考えが及ばなかったな。


私が目を見開いて、まさに”目から鱗”という顔をしたんだと思う。フッと舞さんまた楽しそうに笑う。


「陽菜ちゃんて、目の前で発せられた言葉に敏感なんだね。そして、礼儀正しい。それはつまり、相手を尊重している。
まあ…それに胡座をかいて無遠慮な人が出てくるのかもね。」
「バカ素直なんでしょうけどね。」
「…早川、絶対バカにしてるでしょ。」
「や…うん。だから、バカ素直っつってんじゃん。」
「ムカつく!」


眉間に皺を寄せてムッと唇を尖らせた私と呆れている早川に、舞さんは「まあまあ」と楽しそうに間に入る。


「バカが付くほど素直だから、可愛いんだよヒナちゃんは。こんな感じだとヒロは確かに放っておかないだろうね。西山先生も!」
「いや…あの…西山先生は…。」
「どっちに決めるかはさておき!」


…いや、さておかないで欲しい。西山先生の名誉のためにも。


と、心の中で苦笑いしつつ、再び口に入れた、モンブラン。口の中にこっくりとした甘みを再び広げてくれて、その後に飲んだカフェオレも苦さの中の甘さが際立つ。


「ヒナちゃん…出来ればね?ヒロの言葉を信じてあげて欲しいかな、友人としては。」
「言葉……?」


小首を傾げて見せると、その小ぶりな唇の口角をキュッとあげて綺麗な笑顔を見せる舞さん。


「ヒロから聞いてない?教習所に行く理由。
“ヒナの塾の迎えが車になれば時短になるからヒナにとっては良いんじゃないか。”
“ヒナが北海道に行きたいって言ってるから、その時にレンタカーが借りられる様に”って…私達はそう聞いてるけど。」


あ…確かにそう言ってた。
不意にヒロにいのあの柔らかい笑顔がふわりと目の前に浮かんだ。


少し考え出した私に舞さんは優しく微笑む。


「…友香里って人にさ。“優先順位が麻痺してる”って言われたって言ってたでしょ?
でも、私はヒロに接していて、ちょっと解釈が違うかも。ヒロはさ、“幼馴染を優先にしている”んじゃなくて、“山本陽菜の優先順位が1番”なだけなんだと思う。幼馴染云々じゃなくてね。」


幼馴染云々じゃなく…”山本陽菜の優先順位が1番”


そんな風に…考えてくれる人もいるんだ。


その言葉があまりに嬉しかったからなのか、ツンと鼻の奥が痛みを覚えて目の前がぼやけ、ぽたんと涙が落ちてくる。
そんな私を見て、席を立つと、私の隣に来て私にハンカチを差し出す舞さん。そしてそっと私の背中を摩り出した。


「…大変だったね、ヒナちゃん。受験生なのに、変な事言われちゃって。」
「本当だよな…あの友香里って人…つか、俺は、羽純の差金かもってちょっと思ってる所あるけど、とにかく、ヒナをどうしても相央大学に入れたくないって敵意がさ…凄いよな…待ち伏せしてそんな話するってさ…それこそ何か麻痺してんじゃねーのって思うけど。」
「だよね…。ヒナちゃん、ほんと頑張ってるよ。こうやって前を向こうとしててさ。」


背中をさすってくれている舞さんの手の感触が優しいからだろうか、それとも…その言葉にだろうか。体の力が抜けて、余計に涙が溢れてくる。


「う…っくっ…」


受け取った舞さんのハンカチで目元を拭ったら、ふわりと優しい石鹸の香りがした。


「でもなあ…そこまでヒナちゃんに敵意を抱くって…ヒロ、大学でその二人とどう接してるんだろうね。」


ため息を吐きつつ、うーんと考え出す舞さん。それに早川も腕組みしながらうなづく。


「言われてみれば、確かに。相沢さんて、なんつーか、気が付く人だし、基本優しいじゃん。面倒見がいいっつーか。」


面倒見がいい…。


涙目のまま、早川を見た私に、少しバツが悪そうに頭をかいて見せる早川。


「や…まあさ、俺がここにバイトに入ったきっかけがあの人に会いに来たってのもあるかもだけど、俺の体調とか顔色とか…すげー気が付くんだよね。なんだかんだ、ちょっかい出されるっつーか。いや、話してて全く悪い気しないから、いいんだけどさ…。」
「早川が女の子だったら、イチコロだよねーあの距離感は!」
「そうっすね…。接してて時々思いますもん、この人何でこんなイケメンなんだよって。」


早川の言い草に、舞さんがあははとまた楽しそうに笑う。それから私の背中を再び少し摩った。


「ヒロってさ…基本が優しいんだよ。一緒に仕事をしていても、本当によく気が回るし気がつくの。
店員に対してもお客様に対しても。そこまでやる?って言うくらい親切だったり…この前なんて、メニューの内容がわからないってお客様に納得するまでずっと説明していて、料理が運ばれた後もちゃんと気にして『どうですか?』って声をかけたりしてさ…。」
「ホールスタッフの鏡みたいですよね、あの対応は。」
「でもなあ、大学の友人で、しかも特定の女子にそれはどうかなあ。」


今度は、舞さんの手が陽菜の頭を優しくポンポンと撫でる。


「ヒロって“助けなきゃ”と思うと助けるけど、必要ないって思うと良い意味で見守ってくれるだけじゃん。だから、誰にでも平等に親切ってわけじゃないじゃん。」
「…そうですね。舞さんの事を俺みたいに面倒みてたことないですよね。」
「そうだよ!この間なんてあまりにも早川のことばっかり気にしてるからさ。私が、ヒロ、私も助けてよ!って冗談で言ったら、『舞は俺が助けなくても大丈夫じゃん。むしろ助けて欲しいくらいなんだけど』なんて言われたしね。」


あ…れ…?


二人の話に多少のデジャヴ感が生まれる。


『友達が困ってたら助けるでしょ、普通』
『私の事は助けてくれないじゃん!』
『友香里は助ける必要なし。』


櫻燈庵の夕食を4人で食べた時のそんな会話をしたけど…。


待って…あれは、もしかして羽純さんが特別なんじゃなくて…助けた方が良い友人だから助けていて、友香里さんは助ける必要がないだろうと思う友人だから助けない…。

羽純さんも友香里さんもヒロにいの中では同じ様に見守っているだけ…ってこと?


でもじゃあ、どうして”羽純は特別”を否定しないんだろう…。“大好き”も…。


ハンカチを鼻に当てたまま考え出した私の頭を優しくよしよしと舞さんが撫でる。


「まあ、ヒロはよく気がつき、優しいって言うのがデフォルトで、更に甘えられると、余計に助けたくなったりちょっかい出したりしたくなるのかもね。」
「まあ…気が付くとか優しいっていう所は、どう考えてもお前の影響だけどな。」
「私の…?」
「そうだよ。お前が生まれた時から、お前の相手してたんだろ?ヒロにいは。
そういう人って、やっぱ人に対して気がつくし気が利く様になるんじゃない?」
「そうだね。ヒロの特技はヒナちゃんが作ってあげてるよね、絶対。
でもさ、これからはそこにヒロが甘んじてちゃいけないんだよ、多分。もっとちゃんと線引きしていかないと。」
「私がヒロにいに甘えていちゃいけないんじゃなくて…ですか?」
「お前が甘えなくなったら、あの人枯れるぞ。」

早川の言い草に、舞さんがまたあははと笑う。

「確かに枯れるかも。でも、一回枯れても良いんじゃない?荒療治かもだけどさ。」
「きつい事言いますね…舞さん。」

早川の苦笑いに、舞さんは「だってねえ?」と私の頭をそっと撫でる。


「自覚なさすぎじゃん、ヒナちゃんの彼氏としての。」
「や…俺が庇うのもなんですけど、相沢さん、かなりヒナ中心の考えだと思うんですけど。その努力もかなりしてると…。」
「それは、大好きなヒナちゃんと自分が居たいから頑張ってるってだけのことでさ。彼氏として、ヒナちゃんを大事にしてるのとは別でしょ。」
「…すんません。ちょっと深すぎてわからなくなってきました。」
「よーし、よく聞け、早川!」

私の頭をナデナデしながら、早川にビシっと指をさす舞さん。


「要はね?ヒロの“気が利く優しいイケメンぶり”をヒナちゃん以外の他の人に発揮してしまってたら、今回みたいな事が今後も起こりうるってことよ。」
「…要するに、勘違いする人や、相沢さんを好きになる人が出てくるってことですね。」
「その通り!そして、その矛先が今回みたいにヒナちゃんに向かってしまう。百歩譲って、ヒロが守れるならいいよ?ヒナちゃんを。
でも…守れてないじゃん。というか、余計に拗らせてヒナちゃんが受験勉強に集中できなくしちゃってんじゃん。それじゃあダメなんだよ。ヒナちゃんを守るための自分の言動をちゃんと省みないと。」
「なるほど…そう言う事っすね。」
「私も最初はあの優しいイケメンぶりに惹かれたけど、よく考えると彼女だったらキツイよ。だって、人によって優しくされる度合いが違うんだよ?絶対勘違いする人出てくるに決まってんじゃん。『私は特別!』って。」


私の横で、コーヒーを一口飲む舞さんに習い、コーヒーを飲んだ早川は、腕組みしなおして、ソファに背中を預ける。


「まあ優しいし気がつくことは悪いことではないけど…距離感的なものは考えないとだよな…。」
「そう。普通はさ、その辺て感覚でできるものだと思うんだけど…ヒロはその辺が未成熟なんじゃん?って話よ。」


そこまで言うと舞さんは、私の方に向き直り優しく少し小首を傾げる。

「だからさ、ちょうど良い機会なんじゃない?ヒナちゃんが受験勉強で中々会えなくなって…さらには、ライバル登場!」
「西山先生ライバルはキツすぎるな…相沢さんでも。」
「一度は負けてしまえ!」
「それはマジでキツ過ぎますって…。」


いや、その前に西山先生はライバルという括りにはならない…。


西山先生ライバル説に盛り上がる二人を見ながら、心の中で西山先生に全力で「すみません」と謝罪。


でも…また、少し気持ちが軽くなった。


『山本さんが会いたい人に会うこと』


西山先生の優しい穏やかな声が蘇る。
少し細い目が三日月形になって唇の両端をキュッとあげる笑顔も。


西山先生、もしかしてわざとこの宿題を出してくれたのかな…。




「有り得るよ!あのイケメン先生なら!」
「というか、ヒナが好きなんでしょ?イケメン先生は。」


…ここでも、何か勘違いが。


早川と舞さんに、丁重にお礼を言って、あまりにも美味しかったモンブランをなつみとさあちゃん用に2個お買い上げ。自分が食べたいマカロンとクッキーもお買い上げして、さあちゃんのご家族の分も焼き菓子菓子詰め合わせを一つ購入してから行ったさあちゃん家。


さあちゃんの部屋でなつみと手分けして買ってきたコンビニのお惣菜を食べながら、色々と報告したら、なつみとさあちゃんは、怒ったり、目を輝かせて感動したり、表情がコロコロ変わる。


可愛いな…二人とも。
舞さんは、私が言葉に反応して素直だって言ってくれたけど、この二人はもっとかも。
しかも…私の話を自分のことの様に、熱心に聞いて反応してくれる。


二人を見て、デレっとした私を見て、二人が一瞬真顔になって止まる。


「…ヒナ、やっぱり西山先生にするの?」


は、はい?!


思わず目を見開いた私の反応に二人とも目が輝く。

も、もしかして…これは私が西山先生を思い出してデレっとしたと思った…のでは。


「あ、あの…違うよ?」
「遠慮は無用だよ、ヒナ!」
「そうだよ。ヒロにいもイケメンだけど、羽純から守ってくれないしさ。西山先生は大人でスマートでイケメンだしさ…良いと思うよ!」


…いや、良くないって。
だからさ、西山先生に申し訳ないんだってば、そういうこと言うと。


「…いや、本当にないよ。西山先生が私をそう言う対象で見るわけないじゃん。」


チューっと買ってきた、バナナ豆乳を飲み出した私にまた二人が少しまた動きを止めて私を見る。


「…ヒナ、じゃあ聞くけどさ。西山先生がヒナをそう言う対象で見たらどうなの?」


なつみの言葉に今度は私の動きが止まる。

どう…って…。


ふと、以前西山先生と部屋で話した時のことを思い出した。


コップをコトリと机に置いた後、そのままひじをそこにつき、私を少し下から小首を傾げて除くように見て。
相変わらず…優しく微笑んでいて…


『山本さんに好印象なのは嬉しいかも。』


思わずカアッと顔が熱くなる。


「い、いや…ない!無いって!!!」


大袈裟に手を横に振って誤魔化そうとした私に、さらになつみもさあちゃんも目を輝かせた。


「んもー!ヒナは本当に正直なんだから!」
「可愛い!!」


なつみにぎゅーっとくっつかれて、さあちゃんに頭をナデナデされる。


「これは良い感じだぞ!」
「ねー!舞さんじゃないけど、ヒロにいには良い薬かもね。ちゃんと羽純からヒナを守れないんだから。」


「そもそもさ」と砂肝をパクッと口に入れたさあちゃんが、炭酸水をゴクッと飲んで少し渋い顔。


「ヒロにいって、羽純がしたたかだって、わかってんのかな?この前の話ぶりとヒナの話から考えると完全にヒロにいの中の羽純のイメージ、儚いちょっとドジで頼りない可愛げのある女子だよね。」
「えー…騙されてんじゃん、完全に。でも、ヒナの話を聞いて、舞さんと早川の話がしっくりくるかもって思った。」
なつみがおしゃぶり昆布をもぐもぐと食べながらそう言うと、さあちゃんが、「それな!」と同意する。


「まあ、どっちにしてもさ。今、行ってるかもなんでしょ?二人で合宿。」
「う、うん…」

何となく憂鬱な顔をした私に、なつみが「はい」と鶏皮の焼き鳥を差し出す。


「私、思うんだけどね?その『二人きり』って所に関しては、おあいこなんじゃないかな、って。」
「ああ、それは何となく私も思ってた。」


きついこと言う様だけどね?とさあちゃんが、少し私に苦笑い。


「ほら、今さ、ヒナは西山先生に週5ペース位で会ってるでしょ?そのうちの2日は夜家まで一緒に二人きりで歩いて帰っていて、2日はヒナの部屋で何時間も二人きり。」
「そ、それは…だって、受験勉強…」
「一緒じゃない?ヒロにいだって、“免許を取るための合宿”でしょ?」


あ…た、確かに……言い訳があるのは一緒だ。


「むしろ、長期的に見逃さなきゃいけないって意味では、ヒロにいのがキツイかもよ。」
「日数的にはね〜。後は向こうは寝泊まりで夜も一緒ってのが嫌だけど。」
「それな。だからまあ、おあいこっちゃあ、おあいこかもね。」

キュッと唇を結んだ私をなつみがそっとナデナデ。


「…どう言う経緯で羽純と二人で合宿に行っちゃったかはわからないけどさ。舞さんの言う通り、ヒロにいを信じるのが正解な気がするよ?」
「だね!話を総合すると。じゃなきゃ、ヒロにい可哀想だよ!ヒロにいはヒナを信じて西山先生との時間を認めてくれてるんだからさ。」


「そしてもし、ヒロにいが裏切り者だったら、西山先生に慰めておもらおう!」と盛り上がっている二人に頬が緩む。


また舞さんや早川と話した時とは少し違った感情。

二人に癒されたのは間違いない。
けれど…それだけじゃない。


ヒロにいを信じないとダメだよ。自分の行いもちゃんと考えてと…反省しなきゃいけない部分も示してくれる。

私、二人が私の友達でいてくれて本当に幸せ者だよ。

涙がぽたんと落ちた後、キュッと唇を結ぶと、その後は自然とほおが緩む。


「なつみ!さあちゃん!」


そのまま二人をいっぺんにぎゅっと抱きしめた。


「大好き!めっちゃ好き!すっごい好き!有りえないくらい好き!」
「きゃー!」
「ヒナ!私もだよー!」


二人も一緒になってギュッてしてくれるのが、更に嬉しくてもっと涙が溢れてくる。


…ありがとう、二人とも。
私がしなきゃいけないことをちゃんと示してくれて。

そうだよ、私が今すべきことは、『ヒロにいを信じること』だ。

友香里さんの言葉も羽純さんの言葉も全部、ヒロにいから聞いたことじゃない。
ヒロにいが私に話てくれたことが…私が信じるべきことなんだ。