Simple-Lover






久しぶりにヒロにいの温もりに心置きなく包まれた翌日の日曜日には、お父さんとお母さんに、「法学部に入りたい」と自分の意思を伝えた。


お父さんもお母さんも、最初は少し目を見開いたけれどその後頬を緩めて「頑張って」と言ってくれて。



「でも、法学部って受験はどうなの?」
「お母さん、そこなんだけどね?全体的にレベルが高いから…どうなるか…。これから調べないといけないかも。」
「場合によっては、それ用の準備が必要かもしれないね。家庭教師をつけるって言うのは?」
「おおっ!お父さん、それ良いかも!ヒナが嫌じゃなければね。」
「え…でも…塾より高い…」
「いや、迎えの労力とか考えれば、ありよ!ヒナ、そっちの方向で調べてみましょ。」


背中を全面的に押して、応援を示してくれるお父さんとお母さんにありがとうと感謝をしながら、頑張ろうと気合が入る。
月曜日には、塾長に面談を申し込みして、次の日、塾が始まる前の時間に足を運んだ。



「お、来たね。」


あ…。西山先生、早出してくれたんだ。


塾長に面談を申し込んだ時に、「西山先生が面談に同席できるならして欲しい」とお願いしていたんだけど…大学の講義もあるだろうし、昨日の今日だから、難しいかなと思ってたんだけど…。


「西山先生、無理を言ってしまってすみません…」
「いや?火曜日は講義が少ないから大丈夫。いつも早めに来て授業の予習したりしてるし。」


「最強になるには、休息も必要でしょ?」とまた力こぶを作るように、腕を曲げて見せる西山先生に、思わず頬を緩ませる。


…私も、こんな大人になりたい。


始まった面談で、開口一番、「相央大学の法学部を目指したい」と言った私に、塾長も西山先生も驚くことはなく「良いと思う」と言った。

あまりにもサラリと受け入れられたので、逆に私が不安になる。


「あ、あの…無謀とか…そう言う反応を想定していたんですが…」
「そう?山本さん、法学部…特に、相央大学の法学部の授業は合っている感じがするよ?」


あ…塾長また西山さんと同じ様なことを言っている。


「ただ…相央大学の法学部は偏差値も高いし倍率もすごいから、かなり苦戦は強いられると思う。」


タブレットをスラスラと塾長のスラッとした指が滑らかにスライドして、「ほら」と画面を見せられる。


…確かに。ランキングで見るとよくわかる。
私大法学部の中では、トップクラスだ。


「…昨日、両親ともよく話し合いました。理想は相央大学法学部ですが、他の大学の法学部の講義も受けてみて、同じような感覚になるところを2、3校探そうと思っています。」


そう言った私に、西山先生が柔らかい笑顔で静かに頷いてから口を開いた。


「…何を目標にするか、だよね。」
「何を…」
「そう。先週の土曜日、うちの講義を受けたでしょ?」
「はい…それで、目指したくなったんです。」
「それは良いことなんだけど、もっと具体的に言うとどう?」
「具体的に…」
「そう。相央大学の〇〇教授の講義を絶対に受けたいとか、相央大学でゆくゆくは法律の研究をしたい、ということであれば、相央大学に入れるまで頑張るべきだと思うけど。そうじゃなく、『法律家を目指す』とか、『法学の講義が楽しかったからもっと聞きたい』言うなら、『法学部を目指す』ってところに目標を置くのが良いと思う。」


なるほど…。それで言ったら、私は後者だ。


「…土曜日に講義に出させていただいて、講義自体も講義の雰囲気も私には合っていると感じたんですが、受講生の表情とか、講義中と休み時間の緩急とか…そう言うところも含めて、法律家を目指している人が素敵だって思ったんです。私もその仲間になりたいって。
その…将来本当に法律家になりたいかと言われると、明確なものはないんですけど…」


少し口ごもった私に、塾長と西山先生は、フッとまた目を細め、優しい笑顔。


「十分だと思う。その動機で。」
「俺もそう思う。というか、その歳でそこまで明確なのもすごいよ。」
「そ、そうですか…?」
「そうだって!俺なんて、『とりあえず法律知ってりゃ最強じゃん』だよ?」
「…いや、それで相央大学法学部入れたんだから凄いと思います。」


私と西山先生のやりとりに塾長が今度はあははと声を出して笑う。


「とにかく、明確なビジョンが見えたんだから、勉強も法学部を受験する方に絞りましょう。授業はなるべく西山先生を配置するようにするけれど。もしかすると、うちの塾の日を減らして、家庭教師をつけるとか考えても良いかもしれない。相央大学法学部を今から目指すとなると、それ用の効率重視の勉強の仕方を考えないと。」
「あの…その事と話が少しズレるかもしれないのですが…昨日両親と話し合って、家庭教師を週何度かつけようと言うことになりました。費用的にはかかってしまうので、心苦しかったのですが、両親が「その方が、送迎の負担も減るから嬉しいかも」と…」
「素敵なご両親ね。そうやって言ってくれるなんて。」
「はい…感謝しても仕切れません。絶対受かります。」


口を真一文字にした私を見ながら、タブレットをしまう塾長。


「じゃあ、家庭教師が決まったら、どこの時間を減らすか教えてね」と去っていった。


その後ろ姿を見ながら、ふうと一つ息を吐いた。


…よし。とりあえず、自分の意思は決まった。あとは、家庭教師をどうするか、だよね。



「…っと言っても、どう言うふうに見つければ良いんですかね。色々調べては見てるんですけど…」


塾が終わり、西山先生と歩く帰り道。ぽつりと言った私を西山先生が見た。


「法学部受験に強い家庭教師って、どこをどう探せば良いかわからなくて。西山先生、何かご存知ですか?」
「うーん…そうだね…まあ、一人、『こいつ』って奴を知ってるけど」
「ほ、本当ですか?!」
「うん、俺。」
「あ……」


そ、そうか…相央大学法学部を2年前に受験して、受かっている人で、塾講師をしているから、今時の受験事情にも詳しい…。
まさに、ドンピシャではあるけれど…。


「…皆んなから西山先生を取り上げるわけには行きません。」


西山先生が、ははっと声を出して笑ったら、少しだけ周囲にその声が響いた気がした。

大通りを一緒にまっすぐ歩くその横顔が通る車のライトに照らされて、綺麗に陰影を映す。すっと通った鼻筋に比較的細目なのに優しい表情がとても綺麗に見える。


「今、俺が一緒に帰ってるのが、火曜日と木曜日でしょ?月・金はご両親だから、その日に俺が家庭教師として行くよ。」
「で、でも…」
「塾の方は大丈夫。火・水・木は働いているわけだし。月・金は俺、居る時と居ない時があったでしょ?月曜日は大学の授業が5限まであるからで、金曜日は自由に動けるように仕事入れてなかったんだよね。」
「それなら、やっぱり申し訳ない気がする…」
「いや?月曜日に関しては、俺はより近所で仕事ができるならそれに越したことはないし、金曜日に関しては、自由に動ける日なわけだから、数ヶ月の間、家庭教師として働くのもありなんじゃないかって思う。」


信号が赤になり立ち止まった西山先生が、「それにさ」と私の方に少し体を向けた。


「自由に動ける日を山本さんに充てるのは、俺としても嬉しいし。」


真正面から見た西山先生はあまりにも柔らかく優しい表情をしていて、ドキンと鼓動が跳ねる。
目を見開いて、かあっと顔が紅潮したのが自分でもわかる。慌てて前を向き少し俯いた。


「へ、変なこと言わないでください…。頼みづらくなるじゃないですか。」
「そう?だって、嬉しいじゃん。俺が誘った講義がきっかけで山本さんが法学部目指すって言い出したわけでさ。絶対受かって欲しいから、俺が協力できるところはしたいなって。」


そ、そうか…そう言う意味…だ、よね。
私何勘違いをしているのか。


「その代わり、絶対受かってもらう。」
「…絶対受かります。」
「おっ!そのいきだ。じゃあ…ご両親に話して承諾貰ったら、家庭教師に入るから教えて?」


赤信号が青に変わると、長い足を一歩前に出し、いつも通り進んでいく西山先生の大きな背中に、どことなく感じた安心感。


…頑張ろう。絶対に受かろう、法学部に。


改めて、そう強く思い、私も一歩踏み出した。


自宅に戻り、早速両親に報告し、両親は「良いと思う!」と賛成してくれて。


…以前、送って貰う時に話をしなかったら、ヒロにい心配していたから今回はちゃんと話をしておこうかな。


水曜日、お迎えに来たヒロにいに、西山先生が来週から家庭教師に来ることを話した。

繋いでる手の指先がぴくりと反応し少し目を見開いて私を見るヒロにい。


「そう…なんだ…。」
「うん。私、どうしても法学部に入りたいから。」


そんなヒロにいを、今度は臆することなく真っ直ぐ見つめて、グッと繋いでいる手に私が力を少しこめる。


「…相央大学のオープンキャンパスの後、ヒロにいがうちに来てくれたでしょ?それでね、覚悟が決まったの。」
「俺、何かしたっけ。」
「“頑張れ”って!」
「…うん、言ったわ、確かにそれは。」


ふふッと笑うヒロにいの髪が少し春の柔らかい風に掬われてふわりと浮く。


「何、そうすると、24時間勉強しないで寝る時間確保できるの?」
「うん!多分!」
「多分て。」


俯き加減に相変わらず笑顔のヒロにいは少しスンと鼻を啜って、それから私を見た。


「…西山センセー、うちの大学だったんだね。しかも法学部。」
「そうなの!しかも塾講師とくれば、受験対策に最も適してる人ってことになるよね。」
「……確かにね。」


今日は、特に機嫌を悪くすることもなくいつもの優しい表情のヒロにい。


そうか…こうやってちゃんと話をすれば、誤解を招くこともないんだな。
やっぱり、距離感で難しい。

そんな事を考えながら、そこからはまた他愛もない話をしながら帰る道のり。
その時間が本当に嬉しくて、楽しくて勉強で疲れていた頭も癒された感じがして、私はいつもこうやってヒロにいの存在に優しく包まれて過ごしていたから毎日楽しく過ごせてたんだなって改めて思った。


…ヒロにいが居てくれれば、私きっと受験勉強も最後まで頑張れる。


改めてそんな風に思った頃にちょうど着いた家の前。
いつもと同じ様に手を繋いだままヒロにいが向き直り私の頭に手のひらをポンと置く。

「…俺さ、免許取りに行こっかなって思ってて。」
「車の…?」
「そう、車の。だって、ヒナと北海道行った時に必要でしょ?移動に。」
「あ…た、確かに!電車より車の方が移動は便利…」
「そのうち車で迎えに行けるかも。塾まで」
「っ!!!」

それって…ヒロにいのお迎えが車になる…。
助手席のドアを開けると、運転席に座ってるヒロにいが『おかえり』って…。


「ヒロにい!頑張って!絶対受かるよ!」
「…何で急にテンション上がったのよ。」


クッと面白そうに笑ったヒロにいが、コツンとおでこをつけて、静かに目を閉じる。


「夏休みに合宿で取ると思うから、その間水曜日のお迎えどうしようかって思っててさ。」
「どの…位?」
「2週間くらい…かな。まあ、順調に行けば、だけどね。」
「2回位なら何とかなるよ!」
「そ?俺…そのままお役御免にならない?」
「そ、そんなわけないじゃん…」
「どもった。」
「どもってないもん。」


唇をムッと立てると、そこにふわっと柔らかいヒロにいの唇が触れる。


「…浮気すんなよ。」
「しないし。してないし。」
「お、即答。」
「当たり前じゃん。私、ヒロにいしか好きにならないもん。」


サラッと言った私に、何故か「すげっ」って言って楽しそうに笑うヒロにいの吐息が唇をふわりと包んだ。


「んじゃ…また来週?」
「う…ん…。」


何となく、離れるのが嫌で、繋いでいる手にギュッとまた力を込めてしまう。


「…ヒナ?」


頭の上に乗っていたヒロにいの手が降りてきて腰に周り少し私を抱き寄せる。


「…今日、うちの親出かけてて居ないけど、うちくる?」
「っ!………………む、む、む」
「すげー葛藤してんじゃん。」
「だ、だって…」
「おじさんとおばさんに、俺が言ってみよっか?塾の宿題でわからない所があるから、一緒に勉強するって。で、俺は留守番だから家にいなきゃいけないからって。」
「っ!その手があったか!」
「あ、乗るんだね、そこは。」


含み笑いしているヒロにいをグイグイ引っ張って、一緒に自分の家に入っていく。

玄関を開けて「ただいまー!」と言うと、「おっ!お帰り、二人とも」とお父さんが爽やかに、お風呂から上下スウェットで出てきた。


「おじさん、今日なんだけど、ヒナが塾の宿題が難しいから教えて欲しいって言ってて、一緒に勉強しようかと思ってるんだけど、今日うちの両親出かけてて、できれば家に居ないと行けなくて…今からヒナ、うちに来てもいいですか?」
「おっ!早速気合いが入ってるな、ヒナ。でもだいぶ時間も遅いから…」


やっぱりダメか……そう諦めかけたけど。


「ヒロくんが一緒なら安心だな!ちゃんと睡眠時間もとれそうだ。」


…え?


「おかあさーん!ヒナ、今日ヒロくんちに泊まるって。勉強教えて貰うらしいよ。」
「あら、そうなの?!じゃあ、夕飯お弁当にするから、持って行きなさい。ヒロくん、今日お父さんとお母さん居ないんでしょ?どっちにしても、ヒロくんの分も夕飯作ってたから。ヒナ、お風呂入ってから行ったら?その間にお弁当詰めとくから。」
「う、うん…」


あまりにも、事がうまく行きすぎて、呆気に取られている私を隣でククっと笑うヒロにいが私に耳を寄せた。


「…伊達にお付き合いの年数重ねてるわけじゃないんだよ、俺も。」


…信用の度合いが凄いってこと?


それにしたって…男子一人の家に行くって言ってるのに…反対どころか背中を押されているレベルの賛成ぶり。


“ヒロにい”じゃなきゃこうはならないんだろうな…。


「じゃあ、1時間後位に迎えに来るから。」
「流石に自分で行けるし。」
「だめ。ヒナ、道に迷って家まで辿りつかないかもしれないから。」
「ま、迷わないよ!」
「いいじゃない、お弁当もあるから迎えに来て貰えば。」


ニコニコのお母さんが「一品追加しよっと!」と何故かウキウキキッチンへと帰っていく。


「…『ヒロくんがいれば安心』感丸出し過ぎない?」
「よかったね、彼氏が120%信用されてて。」


まあ、そうだけど…。


何だか腑に落ちないまま、お風呂に入ってリビングに来ると、既にお弁当が用意されていてカウンターに置いてある。その隣には、駅前の洋菓子屋さんの袋。


「ヒロくんの好物いっぱい追加しといた!」
「これ、お礼にヒロくんに持っていきな。俺の小遣いで奮発して買ってきた、駅前の限定フィナンシェ!明日の朝に二人で食べたら?」
「………。」


…なんか、好きすぎない?ヒロにいが。


ムウっとした私に、二人は含み笑い。


「…大丈夫よ、ヒナが一番ヒロくんが好きなのはわかってるって。」
「そ、そんな事ないよ!」
「ふーん…そうなんだ。そんなに好きじゃないんだ。」
「ひ、ヒロにい!いつの間に…」


いきなり後ろから耳元で言われて、びっくりした私をお父さんとお母さんが笑いながら、「ヒロくん、ありがとう。」とお弁当とフィナンシェを渡してる。それに、ヒロにいも「すみません、いつも。」と丁寧にお礼を言って…。


……お父さんとお母さん、目尻下げすぎじゃない?デレデレじゃん。


何となく、腑に落ちないまま、「いくよ」とヒロにいに腕を引かれて行ったヒロにいのお部屋。


…久しぶりに入ったな。
私の部屋に居ることの方が圧倒的に多いもんね…。
この前も思ったけれど、ヒロにいが「行こう」と思い、行動してくれなければ一緒に居られなかったってこと…だよね。


ローテーブルにお弁当を置いたヒロにいの背中にギュッとくっついた。


くっつけた耳から聞こえるふふっと柔らかく笑う声と呼吸音に、また安心と心地よさを感じる。


「…ヒナ?」
「……」
「弁当食わないの?」
「食う。」
「んじゃ…離れないと。」
「……。」

言うことを聞かない私の腕を少し力を入れて外すと向きを変える。そのままふわりと今度はヒロにいが私を包み込む。


「…ヒナ、何かいい匂い。」
「そ、そう…?」
「うん、相変わらず髪サラサラで、触り心地もいい。」


…だって、一応ヒロにいのお家にお泊まりなわけだから。ヒロにいが好きな香りのボディクリームとヘアオイルを少しつけてきたし、念入りに髪もブローしてきた。
だから、そう言ってもらえるの…嬉しいな。


ぎゅうっと私もよりくっついた。


「ヒロにい…」
「んー?」
「大好き。」


「そりゃどうも。」と声が聞こえた後、頭の上にヒロにいの唇がちゅっとつく。


「…ヒナ、飯食ったら寝る?」
「…勉強。」
「今日は“大好きなヒロにい”のために時間くれないの?」
「勉強してから。」
「はいはい。飯も食ってからね。」
「食べながら勉強する!その方が早く終わるよ!」
「確かにね。」

頭を撫でられる心地よさに、目を閉じて感じる安心感と幸せ。


…もちろん、『ヒロにい卒業』は考えているし、目指してるけど。だからこそ絶対忘れないようにしなきゃ。この温もり、存在が当たり前じゃないんだって。



そんな風に思いながら過ごしたその日は開けて、翌日の昼休み。


学校の中庭で、若菜ちゃんとその友達のともみちゃんも交えて、なつみやさあちゃんとその彼氏とみんなでお弁当を食べることになった。


「その後、大丈夫?」と心配してくれた皆に、法学部を目指すことになって西山先生が家庭教師に就くことになったことと、ヒロにいが私と居てくれることが、当たり前と思ってはいけないんだなって思ったということを話す。

早川がサラリとさも当たり前のように一言。


「そりゃ、そうだろ。お前とあの人が『最強』な所以をもっと考えろって。」
「…早川、ムカつく。私を絶対バカだと思ってる。」
「や…うん。あの人に関して言えばちょっと思ってる。」
「ムカつく!」
「ムカつくなよ。まずは、ちゃんと考えろっつってんだって。」


私と早川の間で、若菜ちゃんがいちごみるくを飲みながらポンポン交わされる言葉のたびに、クリクリな目を私と早川に移動させて見ている。


「可愛すぎか!」
「マジそれ!」


それを見て、なつみとさあちゃんが悶えてる。
ついでに、私も。


「若菜ちゃん!めっちゃ好き!」
「っ!」

私が若菜ちゃんにギュッと抱きつき、若菜ちゃんがびっくりすると早川が呆れるように「またかよ」とため息をついた。


「くっつくなって。若菜もだけど、ともみちゃんもドン引きしてる。」
「してません!全く!」


顔を真っ赤にしている若菜ちゃんをキラキラと顔を輝かせ見ている若菜ちゃんの友達のともみちゃん。


「というか、早川先輩のお友達と一緒にお弁当食べられるなんて思わなかったから、若菜ありがとうって感じです!マジで!」


お箸を握りしめて満面の笑みのともみちゃんに、なつみとさあちゃんが更に目を輝かせる。


「…典型的な類友じゃん。」
「それな。可愛い子は可愛い子とつるむってことだ。」
「えっ?!若菜は可愛いですけど、私は全くですよ!なんか…ガサツだって言われたし、この前も。」
「はあっ?!誰だ、そんなこと言ったヤツ!マジムカつく!」
「本当だよ、こんな可愛い子捕まえてさ!」


ともみちゃんの話にぷんぷんしだす、なつみとさぁちゃん。

それを見て、ともみちゃんは「…マジで良い人の集団ですね」と感心している…けど。


確かに、なつみもさあちゃんも相手に気を遣うことができるすごい二人ではあるけれど。誰でもこうやって仲良くしようと思うわけじゃないから。若菜ちゃんとともみちゃんが良い人だからだと思う。


3人のやりとりがひと段落つくと、早川がまた私の方に向いた。


「まあ、とにかくさ。お前も受験勉強で大変だろうけど、あの人のこと大切にしてやった方がいいと思う。」
「ムカつくけどそれはそう。」
「…大切のやり方、間違えんなよ。お前、前科ありまくりだろ。」
「うっ…」


バレンタインにはバイト先に突撃でヒロにいを見に行ってしまい、旅行では、勝手に部屋を出て早川と電話をするという暴挙…


「ちゃ、ちゃんと考えます…。」


私が弱腰でそういうと、早川は若菜ちゃんの頭に手のひらを乗せてポンとすると立ち上がる。


「んじゃ、教室まで若菜を送ってから戻るわ、俺。」


思わず、なつみとさあちゃん、私も「え?」という顔になる。


そこまで一緒に居るのって…なんで?


「ほら、行くぞ、若菜。」
「は、はい…」


若菜ちゃんもその後を慌てて、ともみちゃんと一緒に去っていく。


「どうしたんだろう、早川。だいぶ過保護だよね。」
「うん…好きってだけじゃなさそうだけど。」


なつみとさあちゃんがそう不思議そうに首を傾げ、何か聞いてる?と二人の彼氏に聞いても、「さあ…?」と同じく不思議そうにしているだけ。


自分がやられている時はそれほど違和感を抱かなかったけれど、“過保護”ってハタから見ると、その理由があるんだと感じるものなんだ。

ヒロにいの場合は…私が『幼馴染だから』なのだろうか。それとも、他に理由がある?

ふと思い出した、旅行の時のヒロにいの言葉。


『俺が一番嫌なこと知ってる?“ヒナが居なくなること”』


チューっと吸ったマンゴー味の豆乳が甘さを口いっぱいに広げる。
ふうと息を吐いた先で仰ぎ見た空は白い雲がふわふわと浮く青空。そこにヒロにいの柔らかい笑顔を思い浮かべたら、そのふわふわの髪の感触を思い出して恋しくなった。


…受験勉強が始まって、ヒロにいに会える時間が格段に減ったけれど、ヒロにいのことを忘れることは全くなくて。むしろ、「がんばれ」って頭を撫でてくれた手のひらの優しさとか、抱きしめてくれた時の温もりとか…鮮明に思い出して「頑張ろう」って気合いが入る。
私にとってヒロにいの存在って、大きい。

それは、生まれた時からずっとそうだったんだけれど、改めて想ったんだよね。私は本当にヒロにいが大好きで、欠かせない存在なんだって。

いつか、それをちゃんとヒロにいに伝えて、一緒に居てくれることを感謝しないといけないよね。

空になったお弁当箱を保冷バッグに入れて「よし」と立ち上がる。


ともあれ、まずは大学に受かることから。
受験勉強を全力で頑張らなきゃ。