Simple-Lover






ヒロにいとの旅行から帰った翌週、なつみとさあちゃんとランチにお出かけ。
この辺では珍しい、オーガニックサラダボウルのお店に集合。

席についてすぐに、お土産を渡したら、どうだった?!と聞かれて、話をした…は良いけれど。


「はあっ?!何それ!」
「超ムカつく!その女!」


二人揃って、目を三角にして怒り出す。

いや…まあ…結果的に少しの時間、嫌な思いはしたけれど。
私、途中で逃げ出したし…ヒロにいは迎えに来てくれたし…。


「友香里さんの言ってることって、その通りだなって思ってさ…」


言った私に、なつみとさあちゃんは、目を三角にしたまま、ぴたりと動きをとめ、お互い顔を見合わせてそれから私に少し顔を寄せる。
二人とも…眉間に皺がよってて、目が白黒してる…。


「…何言ってんの、ヒナ。問題は、そっちじゃないでしょ。」
「まあ、友香里ってヤツも大概ムカつくけど…」
「え?ど、どう言うこと?」


ルイボスティーを一口飲んで、キョトンとした私を見て、二人とも今度ほおを緩ませる。

というか、悶え始めた?


「もー!やっぱりヒナはヒナだ!」
「本当に!可愛すぎか!」


くーって言いながら、私の隣に座っていたさあちゃんが私の頭をなでなで。


「…まあ、ヒナに勝てないって思ったから余計にマウント取ろうとしたのかもね、ソイツ。」


さあちゃんがそう言って、私に微笑むと、アイスティーを一口飲んだなつみが、ソファの背もたれに腕組みをして寄りかかった。


「に、してもだよ?したたかだねーその羽純って女!あーヤダヤダ!」


は、羽純…さん??


「え…で、でも…羽純さんはずっと友香里さんを嗜めたり、『昨日はごめんね』って。話し方も丁寧で優しい感じだったし。気を使ってくれていたよ?」


そう言うと、なつみは腕組みしたまま目を細める。


「ヒナ、わかんない?」
「う、うん?」
「じゃあ…教えてしんぜよう。」


神妙になったなつみに合わせて私も箸を置いて、姿勢を正して少し前のめりで、言葉を待つ。
少し、こくりと思わず生唾を飲んだら、さあちゃんが隣で、「ヒナ!」となぜか私にくっついた。


「ちょっと、さあちゃん!私が意を決して言おうと思ってるのに…話の腰を折らないでよ。」
「いや、だって!反応が素直過ぎて、ヒナはやっぱり可愛いから。」
「だからさ。可愛いヒナがコケにされたんだから黙ってられないよねって話でさ。」
「それな!」


さあちゃんにぎゅーぎゅーされたままキョトンとしている私に、ふうとため息をついたなつみはアイスティーをまた一口飲んでから「だからね」と口を開いた。


「もし、羽純さんが、本当にヒナを気遣っているなら、友香里さんが隣に座れって言っても断るだろうし、その時点で友香里さんを嗜めるでしょ。」


あ…そういえば…。羽純さん、全く断らずに、「え…でも…」とは言って遠慮がちにしていたけれど、座った…。


「それにさ、大学の話が続いていた時も本当に気遣っていたら、ヒナが飽きる前に共通の話題を振るでしょ。お互い伊豆にいるんだから観光の話をしたり世間話に変えたりって出来るよ。
だって、もういい大人だよ?高校生の私達でさえ、その位わかるよ。」


さあちゃんもなつみに相槌をうちながら、ミニトマトを一つ口に入れて食べると、ふうと息を吐く。


「友香里さんが、羽純さんと『ヒロにい』が仲良しで『ヒロにい』がいつも羽純さんを気にかけてるって話だって、否定しなかったんでしょ?」
「う、うん…」
「話を聞いてるとさ、羽純さんは自分が都合の良い様に立ち回ってるんだよ、友香里さんを盾にして。そんなイメージ。まあ、計算なのか天然なのかは定かじゃないけど。」


そ、そうなのかな…。


「で、でも…話題が分からないものばかりで、私が疲れた顔になったら、『ごめんね、分からないよね』って…」
「それ!まさにそうじゃん!わざと『分からないからつまらない顔してるんだよねあなた。大人気ないね』って言われてるようなもんじゃん!ヒナがつまらなそうにしてるのを、悪い印象になるようにさりげなく誘導してるんだよ。」
「そ、そう?」
「だって、本当に気遣い出来る人なら、そんな事改めて言わずに、会話の内容を切り替えるよ!それをわざわざ、『分からないよね』ってさ…。
まあ、切り替えた内容も、勉強を『ヒロにい』に教わってることについて、友香里さんが文句言うのを分かってた可能性すら疑うよ、私は。」


そこまでかどうかは…定かじゃないけど。


「とにかく、羽純って女は気をつけないとだよ!ヒナ。」
「そういや、ヒナ、『ヒロにいが居るから相央大学に行きたい』って言ってなかった?これは…大学に入ったらもっと戦わなきゃいけなくなるよね。」


あ…そうだった。


「そのことなんだけど…。その…二人にちょっと相談したいことがあって。」


私の代わりに、「待ってろ、羽純!ヒナに勝てるわけないんだからね!」と戦闘モードになっている二人にそう言うと、一度ぴたりと動きが止まる。目をぱちぱちとさせて首を傾げる姿が全く同じで、思わず今度は私の頬が緩んだ。

二人とも、私のこと可愛いって言ってくれるけど、私からしたら、なつみとさあちゃんはかなり可愛いんだけどな。

というか、私だけじゃない。
なつみもさあちゃんも彼氏が溺愛している。
でも、彼氏の気持ちはわかる。
二人とも、裏表なくさっぱりしているけれど、こうやって友達のために一生懸命になってくれるから。

出会って、仲良くできたことに「ありがとう」と思いながら、内容をお話し。


「塾かあ〜。ヒロにいに教わるのはもうやめようってこと?」
「うん…友香里さんに言われた事はもちろん嫌な思いはしたんだけど、一理あるなあって。私の人生の節目の出来事を一部であってもヒロにいに責任が行くのは違うと思うんだ。」


ルイボスティーのグラスの中で氷が溶けて、少しカランと音を出す。
それをストローでかき混ぜてから少し口に含んだ。
そんな私を見ていて、さあちゃんも穏やかな眼差しを私に向ける。


「…私もちょっと思うかな、そこは。確か、羽純に言われたんだよね、『解放してあげて』って。」
「う、うん…」
「まあ、言い方は明らかにマウント取ってて、上から目線で『私の方が本当のヒロをわかってます』的な感じで嫌だけど!ってか、思い出したらめっちゃ腹立ってきた!何が『ヒロのヒナちゃんに対する好きは恋愛感情?』よ!お前が都合の良い方に考えたいだけでしょうが!」
「さあちゃん、落ち着け。言いたい事から話が逸れてない?」
「はっ!そうだよ、なつみありがとう!とにかくね?」


ふうと息を吐いたさあちゃんは、穏やかだけど真面目な顔になる。


「羽純は嫌だけど、言っている内容的にはさ、ヒナにも同じことが言えるのかなって思ってさ。」
「同じ…こと?」


首を傾げた私に、なつみも穏やかに笑い、姿勢を正してから少しかがみ、体を私に寄せた。


「…“ヒロにい”をそろそろ卒業しても良いんじゃないかなってこと。」
「そ、それは…」
「あー…うん。それがどう言うことになるかは分からないけどさ。でも、今の『幼馴染』ありきの距離感を少し変えてみたらまた違う目線が持てると思うって話でさ。別れろとか、そう言う類の話ではなくてね。」
「羽純のヤツは絶対に、『別れろ』路線で話したよね。そりゃマイルドにしたら、相手は食ってかかれなくなるよ。それでヒナが怒りだしたら、ヒナが悪者になるんだから。それをわかってやってんのかな。」
「どっちにしても、したたかで、やな感じ!」


なつみとさあちゃんはまたプウっと頬を膨らまして、怒り始めて、サラダボウルに入っているビーツや揚げなすを頬張り出した。


“ヒロにいから卒業”か…。


「塾はいいきっかけだと思うな。」


なつみがそう言ってまた少しアイスティーを飲む。
それを見ていたら、さあちゃんも、そうだよ!と少し目を輝かせた。


「塾もさ、もちろん勉強をしに行くんだけど、他校の生徒もいたりとか、先生とかチューターさんとも話をするし。
色々な人が居るから、視野を広げるという意味では良いかもね!」
「そうだね。特に大手塾のチューターさんとか、個別指導の先生の一部は、大学生が多いから、歳も近いけど大人で結構話しやすいし、わかりやすく色々教えてくれるよね、大学生活のこととか、受験勉強のこととか色々。」
「二人は違う所だよね。どうやって決めたの?」
「色々見て回ったの。体験授業やってたりするから、申し込んでみれば?どんなところがいいの?」
「うーん…完全に個別はちょっとって感じだけど、かといって大勢すぎるのもなあって思ってて」
「少人数の個別指導ってやつかな、そうすると。それだと、この辺とか…」
「あ、こっちもそうじゃない?」


色々見て回っただけあって、なつみもさあちゃんも色々な所の情報を持っている。
勉強ひとつをとっても、私は、ヒロにいに依存しすぎていたんだなと、実感。

これから…一つ一つ変えていこう。頑張ろう。


そう誓って、予約した体験授業。

3月最後の日は、ビルの間から見える空がどこまでも晴れ渡っていて、二人で旅行した時に見た桜並木の向こう側の空を彷彿させた。


家から一番近い駅の北口から徒歩5分位の所に立ち並ぶビルの一つ。少し広めの明るいエントランスを通り過ぎてエレベーターで5階まで上がった。

扉が開いてすぐの廊下を左に曲がると入り口がすぐに現れる。

少し緊張気味に、ドアを開けると中から、濃グレーのスーツを着たショートカットの細身の女性が「こんにちは」と穏やかに出迎えてくれた。


「体験の申し込みをしてくれた、山本陽菜さんですね。私がお電話でやり取りさせていただいた、塾長の加藤です。
今日は、よろしくお願いします。」


細身の体ながら、姿勢良く小首を傾ける姿がどことなく凛として見える。

思わず気後れして、「よ、よろしくお願いします!」と思い切り頭を下げたら、目を細めてふふっと笑ったその人は、「緊張している?」と言いながら、奥へと案内してくれた。


「うちは、対面式の個別指導だから、教室の中を5つ位に分けていて人グループ4人〜5人で机を付け合って、そこに一人の講師という形で…」
「塾長!代わりますよ。」


奥へと進んでいくと、黒髪のセンターパートヘアの男性が現れた。

ヒロにいより少し年上位の人というイメージ。背も高め…180cmはない気がするけど、178cmのヒロにいと同じくらいな気がする。
ジャケットにTシャツで、少し腕まくりをしている感じで…なんとなくおしゃれ。雰囲気がとても落ち着いている。社員の先生かな。


「どうも。西山と言います。」
「あ…や、山本陽菜です…よろしくお願いします。」
「おー!いい感じに緊張してるね。」


ふふっと柔らかく笑った西山さんは、塾長の加藤さんの代わりに私を奥へと案内してくれる。


「山本さんの席は今日はここで。俺が今日ここのグループの講師だからよろしくね。」


言われた席にカバンを置いたのを見ると、「じゃあ、自習室の方も案内するから」と歩くように促される。


「山本さんは今まで塾に行ったりとかしてたことは?」
「いえ…」
「そうなんだ。それでH高校はすごいね。」


…ヒロにいの教え方が上手いってだけで私の実力ではない気がする。
とはいえ、初対面の人に「幼馴染がずっと教えてくれてるんで!」なんてなんとなく言えなくて。

ああ、そういうことかと思った。

私…ヒロにいがいるのが当たり前になり過ぎていたんだな。
本当はもっと早く、こうやって自分の世界を作って行かなきゃいけなかったのかも。


「大学はどの辺狙い?それによって勉強内容も変わってくると思うけど…」


何気なく西山さんに言われた言葉にドキッと心音が鳴る。


…正直言って、相央大学しかよく知らないんだよな。


この時点でそれってやっぱりやばいのかな。


不安もあって、「先生」と名のつく人に話を聞いてもらいたくなったんだと思う。


「えっと…相央大学…」


どもりながらも、そうお話ししたら、西山さんの笑顔が、パッとさらに輝いた。


「おっ!そうなんだ!俺、相央大学だよ!」


え……


思わず目を見開く。


「だ、大学生…」
「そこ?!」


「ひっでー!」と楽しそうに目を細める西山さん。


「まあ、確かにちょっと老け顔って言われるかも。」
「い、いや…そういうことではなくて…。」


普通に社会人なのかと思ったから…なんていうか、落ち着いていて話しやすくて柔らかい雰囲気がある人だから。


「…私よりだいぶ大人に見えたので。」
「そりゃ、3歳も違えばオジサンだよね。」
「そ、そうではなくて!」


慌てる私を楽しそうに笑いながら自習室の中を案内してくれる。


「それで?うちの大学の何学部に興味があるの?」
「そ、それは…」


くちごもる私に優しく微笑みながら、横にあった椅子を少し直した。


「もしかして、彼氏がうちの大学とか?」
「っ!」
「おっ、図星!」


ハハって今度は笑いながら、立ち止まり少し曲がっている椅子をそっと直す西山さんに、不純な動機を見透かされたと恥ずかしくなり、少し俯いた。


「良いじゃん、その理由!」


……え?

顔を上げると、口角をキュッとあげて少し小首を傾げてニコッと笑う西山さん。


「だって、まだ17か18歳でしょ?やりたいことが決まってない人なんてザラでしょ。とりあえずどっか大学入ろうって人もいる中でさ。彼氏と大学生活謳歌したい!って立派な理由じゃん。しかも、相当頑張れるんじゃないの、そういうのって。」
「そ、そうですか…?」
「うん。理由なんてさ、なんでも良いんだよ。自分が行こうと思う気があるかどうかが大事。
受験勉強って、そう言っちゃなんだけど、俺は過酷だと思ってて。だから、自分のモチベーションが保てなければ途中で挫折するわけで。だから、『ここの大学に入りたい』って強く思ってると頑張れる。」
「西山先生は…思ってたってことですか?」
「俺?俺はね、大学はどこってなかったんだけど…とりあえず法律勉強すりゃ、最強!って思って法学部受けた。」
「…なんですか、それ。」


私の反応にまたハハって声を出して笑いながら、ヘッドホンとタブレットの扱い方を丁寧に教えてくれる西山先生。


そういえば…相央大学の法学部って相当偏差値高いけど、司法試験の合格率がすごく良いってヒロにいが言ってた気がする。


「今…何年生ですか?西山先生は。」
「2年。来月から3年だから、今年いっぱいかな。塾講師は。」


そっか…司法試験の勉強しなきゃいけないんだろうしな。


「まあ、俺の話はさておき、とにかく山本さんがやる気があって頑張ろうと思えるなら、それは理由がなんであっても正しいと思うよ。」


鼻の奥がツンとして、少し目頭が熱くなる。


単純に嬉しかったのだと思う。
今の私を肯定された事が。


私…このまま頑張って良いんだ、大学に入るために。


そう思ったら、行こっかと促されて、自習室から席へと運ぶ足取りは、軽くなっていた。




……そこから、90分行われた『お試し授業の英語』。


緊張していたのは最初だけで。


「その英単語はこっちの熟語と連動してて…」
「ここは、文章全体の意味を捉えないと解けないから、ポイントはここ。」


西山先生の教え方はとても上手で、渡された課題を解く私の手が止まるタイミングで必ず話しかけてくれて解くためのヒントや道筋をわかりやすく丁寧に教えてくれる。
そのおかげか、かなり集中していたと思う。

気がついたら90分経っていて、達成感と充実感で満たされていた。

西山先生…凄いな。私だけじゃなくて、他の生徒さんのことも同じようにサポートしてる。

授業後に生徒達と楽しそうに話をしている西山先生を思わずジッと見てしまっていたら、視線に気がついて、ニコッと笑顔を向けられた。


「どうだった?」
「はい…なんだか、楽しい90分でした。」
「そっか。それは何より。」


私の言い方が面白かったのか、ハハっと笑う。


「まあ…山本さんの今日の感じだと、うちみたいな個別でも、大手でもやっていけそうな感じはあるから、よく考えたら良いと思うよ。もちろん、うちに入るなら全力でサポートするけどね」


そう言いながら、「あえて、『またね』って言っとく。」と去っていく。


なんだか…素敵な人だなあ。
「入ってね」というわけでもなく、「違うところに」とそっけない感じでもなく。
ああいう風に話ができるって凄いかも。


西山さんは再び生徒に話しかけられて、笑顔で答えている。


…誰に対しても同じようにああやって接してるのかな。
それも凄いことなんじゃ。


そんな風に思っていたら、入れ替わりで塾長の加藤先生がやってきた。


「どうでしたか?」
「はい…なんだかとても充実していた気がして…」
「そうですか。よかったです。山本さんの感じだと、個別も大手の集団もきっと大丈夫だと思いますよ。」
「あ…西山先生にも同じことを言われました…」
「そうなのね。西山先生は、生徒さんのこと、よく見てるから。」

ふふっと柔らかく笑うその表情。
そう言えばさっき、塾長の加藤先生は他の生徒や先生と話す時も同じように優しい顔をしていた。
他の先生も…皆なんていうか、優しく柔らかく、楽しいってイメージ…。


「…うちは大手ってわけでもないし、講師も大学生が居るから、教えられる時間帯は限られてしまっているんです。同じ時間帯に、高校三年生だけではなく、他の学年や中学生も居る。その環境の方が合っている人もいれば、周りが全員受験生の方が合っている人もいる。よく考えていただいて…もし、うちを選んでくれるならば、大学合格まで全力でサポートします。」


そう言われ、塾を後にはしたけれど。


もう…心は決まったな。


塾長の加藤さんや西山先生はじめ、雰囲気がとても良い気がした。生徒さんの表情も。

もちろん、加藤さんが言った通り、合う、合わないがあると思う。


私には…


『良いじゃん、その理由!』


…絶対、ここだって思う。


そう、自分の直感を信じて、お父さんとお母さんに「ここの塾がいい!」と熱弁をふるったその日。


次の日には、加藤先生にアポをとり、その週末にお父さんと一緒に再訪し、入塾の手続きを済ませていた。


「おっ!入ってくれるんだ。」


あ…西山先生…。


お父さんと一緒に書類の写しを受け取って帰ろうとしたところに、西山先生がやってきた。


「はい、これから1年間、よろしくお願いします!」


そう言った私に、笑顔で「全力でサポートさせていただきます」と会釈。


「言っとくけど、スパルタだよ?俺は。お試しの時は、猫被ってたからね」


なんて言って笑ってたけれど。
そこに頼もしさを何となく感じる。

一緒にいたお父さんも、良い先生がいるみたいだねと笑ってた。



「良い塾がすぐに見つかってよかったけれど…問題は、帰りよね。終わるの10時でしょ?迎えに行かないと」


帰ってきてカリキュラムを見たお母さんがうーんと唸る。


「リモートワークの方が迎えにいく感じかな」
「そうね…水曜日がちょっとバタバタだけど…やれなくはないわね!」


そっか、お父さんもお母さんも水曜日が比較的遅い。
会議が入ったり、残業することも多いから、一人でお夕飯を食べたり、それこそヒロにいのお家にお邪魔することもあった。


「一人で帰ってくるから…」
「「危ないからだめ!」」


…過保護なんだよな基本、うちの両親。

夜の10時ってどうなんだろう。結構人は歩いてると思うけど。


「大丈夫だよ!自転車で帰ってくるから!」
「そう?あー!でも!」


仕事の後に迎えに来てもらうって、心苦しい気がするしな…。


「とりあえず、やってみて体力的にキツかったら、考えようか」


お父さんがそう言って、まずはやってみようということになったはずだったんだけど…。



「…お帰り。塾、楽しかった?」


初めての塾の帰りに、お母さんとの待ち合わせ場所のコンビニ前に行ってみたら何故かヒロにいが立っていた。


「な、何で…?」
「や?おばさんが迎えに行くの大変そうだったから、『俺が行きます』って言った。つか、これから迎え、週何回かは俺が来るから。」


た、確かに、先週の土曜日に入塾した後ヒロにいと会ったから、「塾に入った」って報告して、月曜日からだとは言ったけど。


「…何、嫌なの?俺が迎えに来るの。」
「そ、そうじゃなくてさ…」
「じゃあ、良いじゃん。ほら、帰るよ。」


私の手をそっと握るとそのまま上着のポケットに突っ込んで歩き出すヒロにい。


あったかい…。

嬉しくて思わず頬が緩ん…でる場合じゃない。


これじゃあ、結局ヒロにいに負担をかけてるじゃん!


「ひ、ヒロにい…あの…大変だよ?平日にお迎えなんてさ…」
「俺は、暇なんで。」
「それは、春休みだからでしょ?」
「今はね。でも、おじさんとおばさんのが大変じゃん。仕事終わって、家のことやって…それからヒナのお迎え。」
「そ、それは…そうだけど…」
「自転車だって危ないでしょ、このご時世。」
「結構人、歩いてるよ?」
「人は人。ヒナはダメ。」


…幼馴染が、お父さんとお母さんと同じレベルで過保護ってどうなの?
いや、これは彼氏だから?どっちなの?


ビル風に少し吹かれながら、テクテクと少し歩いた所で、信号待ちで立ち止まる。
ポケットの中で繋いでいる手が少し緩み、指を絡め直された。


「ま、これからヒナは受験勉強で忙しくなるんだから。会う時間の確保にもなるでしょ?」


それは…そうだけど…


「…これじゃあ、ヒロにいばっかり私に合わせてくれてるじゃん。」
「そりゃそうでしょ。ここから一年はヒナに合わせないと。なんせ、受験生ですから。」


受験生…だから??
いや、待って。
ヒロにいが受験生の時って、うちに結構来てくれてた気がするんだけど。

私のテスト前とかさ。
一緒に勉強してくれて。

土日も私が居ると家に来てくれてたし。
まあ、受験の1年間はゲーム機やらスマホが単語帳や参考書に変わってた気もするけど。

どちらかと言うと…ヒロにいが合わせてくれていた様な。

というか、ヒロにいって塾とか行かないでA大学に入ったってこと…だよね。
それって、めっちゃ頭いいじゃん!


「ヒロにいは天才…」
「…どうした、いきなり。」


ふふっと笑う横顔が柔らかくて、何となく距離を詰めたくなってヒロにいの腕に少しだけくっつく。
そうしたらまた、ポケットの中で絡められてる指に少し力がこもった。


「…じゃあ、ヒロにいは天才って事で迎えに来て大丈夫だね。」
「超人ではないよ。」
「あんま変わんないじゃん。」
「…私をバカだと思ってるでしょ。超人と天才の違いくらいわかるもん。」
「ふーん。」
「…ヒロにいのバカ。」
「あ、今度はバカ認定。」


楽し気に笑っているヒロにいにきゅうっと気持ちが掴まれ少し苦しくなる。


…確かに『ヒロにい卒業』が目標ではあるけれど。
ヒロにいに全く甘えないは無理かも。

だって、大好きなんだもん。
すぐに距離を置くなんて…無理だ。


家の門の前まで来ると何となく離れがたくなって、立ち止まってしまう。
私に引っ張られる形で、止まったヒロにいはくるりと向きを変えると、躊躇なく私を左腕で抱き寄せた。


「ひ、ヒロにい…い、家の前…。」
「へーきだよ。このくらい。」
「………。」


誘惑に負けて私も左腕でヒロにいを抱き寄せ、目を閉じる。くふふと満足気な吐息が頭の方から聞こえてきて、全身に染み渡っていく。


「…ヒナ、明日も塾?」
「うん…春期講習は土日以外ほぼ毎日かな。」
「そっか。んじゃ、夜しばらく会えるね。」
「……。」
「…何?会いたくないの?」
「………。」
「ヒナ?」
「あい……たくなくない…。」
「どっちなんだよ、それ。」


優しく楽しそうな声色に、ここ数週間色々なことを考えて何となく入っていた力が抜けていく……。


そっか。私、知らない間に、『ヒロにいと距離を置くために頑張らないと』って力が入って、ストレスを感じてたんだ。


よりヒロにいを引き寄せたら、より満たされ、嬉しくなる。


こんなに大好きなんだもん。すぐに距離を置くのはやっぱり無理だよね。


…ごめんね、ヒロにい。
ちゃんと少しずつ、『ヒロにい卒業』を目指すから。今はもう少し甘えさせてね…。