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『お前は俺のでしょ』
…バレンタインに色々あって、もっともっとヒロにいが好きになった。
そんなヒロにいと旅行なんて嬉し過ぎる!
でも、ヒロにいがどうしても出すって言っている以上、少しでも旅費を抑えたい。
そう思って、パンフレットとスマホの検索と睨めっこ。
お部屋がいい感じで食事が美味しくて、なるべく安いところを一生懸命に探してたんだけど、見れば見るほど、どこが良いかわからなくなって来ちゃって。
私が学校から帰ると毎日二人で私の部屋に集まってどこが良いか相談。
ヒロにいは、最初は私の隣にいて、私の肩に頭をのっけたり、ほっぺたつついてみたりしてどちらかというと私が熱心に見ていた感じだったけど、3日目にはあまりにも私が集中していて反応しなかったせいか、ちょっかい出すのに飽きた様子で、自分もスマホをいじり出して。
「……おし、予約完了。」
「え?!」
数分後いきなりそう言い出した。
「ほら、ここ。大学の友達にリサーチしたら、結構良いって言ってたから。飯もうまいし、部屋も綺麗だってさ。」
「櫻燈庵…って、ひ、ヒロにい、こ、ここ、結構高い…」
「そ?いいんじゃない?なんせほら、俺いま、億万長者だから。」
飄々とそう言いながら、私の方に胡座をかいたまま体を向けると私の頭を優しく撫でる。
それから私の頭を引き寄せて、ふわりとキスをした。
「…ヒナ、楽しみ?」
「う、うん…」
「んじゃ、良かったです。」
でも…申し訳ないな、いっぱいお金使わせて。
そんな風に思った表情が顔に出ていたんだと思う。柔らかい表情のヒロにいは、少し困った様に眉を下げる。
それから、おでこ同士をコツンとつけた。
「…ヒナ、あなたが今することは、申し訳ないと思うことじゃないよ?旅行の前にやることがあるでしょ?」
「やること?」
「うん、そう。」
やる…こと…??
おでこをつけられたまま、目線だけヒロにいに向けると、ふはって楽しそうに笑う。
「俺…言ったよね?『高校生はお勉強してればいいんだよ』って。」
お勉強………あっ!
「き、期末テスト!」
「そうです。お願いだから、おじさんとおばさんの機嫌を損ねるようなことはしないでね。それこそヒロにいの努力、水の泡よ?」
「う…っ!こ、今回…テスト範囲広いんだ…。」
ヒロにいとのことで浮かれてて、すっかり忘れていた…。
んーっと眉間に皺を寄せて口を尖らせたら、ヒロにいがそこに自分の唇をちゅっとつけた。
「…ヒナ。」
「な、何…?」
「旅行、楽しみにしてるね。」
「っ!ほ、本当に?」
「うん。めちゃくちゃ楽しみ。ヒナと旅行すんの。」
ヒロにいが…楽しみって言ってくれてる…旅費も出してくれた…。
ここで私がお父さんとお母さんの機嫌を損ねるわけにはいかない!!!
高校生の威信に欠けて、何としても期末テストでいい点を取らないと!!!!
…そうして、挑んだ、期末テストとの戦い。
「…受験?」
私の猪突猛進な頑張りに、勉強を教えてくれているヒロにいはそう言って隣で含み笑い。
「だって!成績悪かったら、お母さん達が旅行ストップしちゃうかもしれないじゃん!」
「あ〜うん…そうだね。頑張らないとね。」
「うん!頑張るからね!」
「……。(旅費、俺が全額払ったの知ってるから、ストップには絶対しないと思うけどね)」
私の勉強は、私が中学1年生の時からずっとヒロにいが教えてくれている。
ヒロにいに褒められたくて一生懸命頑張っているから、いつもそこそこの成績は取れて来たのだけれど…今回は更にだよね!
こうして、やる気と気迫に満ち溢れ過ごしたテスト期間。
「まあ。ヒナ頑張ったじゃない!」
お母さんもニコニコするくらい、テストの点数も3学期の成績も爆上がり。
今までに見たことのない成績で締め括った、高校2年生。
修了式に、「春休みにも会おうね!」と話していたなつみとさあちゃんが、目を輝かせて少し私に顔を近づける。
「ところでヒナ、『ヒロにい』と春休み旅行に行くんだよね!いつだっけ?」
「来週の火曜日・水曜日だよ!今回成績良かったから、お父さんもお母さんも快く送り出してくれそう!」
「いいな〜幼馴染だと、そう言うこともできちゃうんだね。伊豆でしょ?」
なつみとさあちゃんは、二人で「大人!」と盛り上がってる。
「露天風呂付きの部屋とか?!めっちゃ大人じゃん!」
露天…風呂付き…。
思わず、笑顔のまま顔が固まる私に、盛り上がっていたなつみとさあちゃんは、キョトンと首を傾げる。
それに、微妙な表情をする私。
…実は、テストが終わってから改めて櫻燈庵のホームページとインスタを見たら、全室露天風呂付きと書いてあった。
ヒロにいが知ってるのかどうかもわからないけど、一緒に見た時は気が付かなかった…というか、お料理が美味しそうというところにまず目がいったのと、お値段が結構高かったから…恐縮しちゃって。
…でも、せっかくヒロにいがリサーチしてきてくれてとってくれたんだし、露天風呂はともかく、写真を見る限り本当に素敵な宿だって思うから、それで今更わあわあ言ってもなと思って。
私の微妙な表情に、さあちゃんとなつみは何かを悟った様に苦笑い。
「なんて宿だっけ?」
「“櫻燈庵”ってとこ。」
「おう…とう…あん……あった!ここ?」
なつみがスマホで検索してそれを3人で覗き込む。
「うわあ〜めっちゃ雰囲気あるね!」
「おしゃれそうだしね。えーいいなあ…って、やっぱ露天風呂付きじゃん。」
「そりゃバイトも頑張るよね〜こういうところに彼女と行けるってなればさ!」
……いや、いやいやいや。
ヒロにいがそこまで考えてるなんて思えない。
多分、本当にリサーチして予約してくれたってだけだと思うけどな。
だって、パンフレット見る時だって、その後スマホで検索している時だって、私が真剣にみてるのを散々邪魔してからかってたよ?
だからこそ、私もあえて言わなかったんだし。そんなの恥ずかしい!とかってさ。
自分だけ意識してたら、それこそ恥ずかしいもんね。
それに、大浴場もあるって書いてあったから、そっちに入ることだってできるだろうし。
とにかく、ヒロにいと旅行に行ける!一泊二日ずっとヒロにいと一緒に居られるんだから。
それだけで私は嬉しいもん!
ニコニコのまま当日を迎え。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「ヒロ君の言うことをきちんと聞くんだぞ!」
ニコニコのお母さんとお父さんに見送られて、ヒロにいと合流し、最寄駅から電車に乗って一路伊豆へと旅立った。
「ヒナ、チェクイン前でも荷物預けられるらしいから、預けてからどっか行こっか。」
「うん!」
電車を降りて、宿に向かう最中もずっと手を繋いでくれて。
「お荷物お預かりしますね。行ってらっしゃいませ。」
旅館で荷物を預けた後も、手を繋いで二人で並んで歩く。
少し歩いた所にある「桜の散歩道」と呼ばれる、川沿いの遊歩道には、何本もの桜の木が満開に咲き、薄桃色の花びらを少しハラハラと降らせながら、トンネルを作っている。
見上げると、木々の間から木漏れ日が降り注ぎ、その先には青空が広がっていた。
「すご…。」
「確かに、こんだけ咲き乱れていると圧巻だわ。中々貴重な絵面だね、天候も含めて。」
柔らかな初春の風を気持ちよさそうに受けて、少し目を細めて桜の木を見上げているヒロにいの横顔が綺麗で少しドキッとする。
思わず、ギュッと繋いでいる手のひらに力を入れたら、「ん?」っと優しい微笑みのまま私の方を向いた。
うう…かっこいい。
もう何年も一緒にいて、ヒロにいの彼女になって半年以上が経つのに、いまだにこう言う時にドキドキする。
「な、何でもないよ!綺麗だなあって思ったの!」
誤魔化すようにまた上を見上げたけれど、確実に頬が熱い。
私…こんなことでドキドキして赤くなって、やっぱり幼いよな。
ヒロにいは、別にそのままで良いって言ってくれたけど、やっぱりこう言う時に余裕ある感じで楽しくできたら、ヒロにいはもっと楽しくできるんじゃないのかな…。
………うん、努力はしよう。ヒロにいの言葉に甘んじていてはダメだよね。
「そ、そろそろ行こっか。ヒロにい。」
少しテンションを落ち着けてなるべく穏やかに言ってみる。
「そういや、他にも行きたいトコあるんでしょ…ってその前に昼飯食べません?俺、腹減ったわ。ヒナ、確かアジ丼食べたいって言ってなかった?」
アジ丼!!そうだ!
インスタで見たお店に行きたいって思ってたんだ!
「うん!食べたい!確かここから数分で着くよ!」
「行こう!」とヒロにいの手を引っ張って意気揚々と歩き出してハタとした。
し、しまった…。大人の雰囲気でって思ったのに…い、色気より食い気に走って…
振り向くと、ヒロにいは、含み笑い。ククッと楽しそうに笑ってる。
「っ!ち、違うよ!あ、あの…だってヒロにいだってアジフライ食べたいって言ってたじゃん!」
「うん、食いたいよ?だから、ほら行こ?」
今度は、ヒロにいが私の手を引っ張る。
「ひ、ヒロにい…あの…」
「んー?」
「…私、決して食いしん坊だからと言うことではなくて…」
ふはっと今度は吹き出した。
「大丈夫だって。ヒナが色気より食い気なのは、昔からでしょ?」
「っ!」
ぜ、全部…バレて…
一気に顔が熱を持つ。
「ひ、ヒロにいのバカ!嫌い!」
手を振り払おうとするけど、指を絡められている上に、ギュッと強く握られていて離れない。
「残念だね。今日は怒って部屋に閉じこもれなくて。」
「っ!」
「ざまみろ。」
くふふと楽しそうに笑うと、「ほら、行くよ」と少し私の手を引っ張り歩くように促した。
◇
伊豆に行きたいって所までは、すぐに決まったんだけれど、その後の宿選びが難航。
まあ…俺が全額出すつったらヒナの事だからそうなるだろうなとは思ってたけど。
明らかに、『なるべく安い所』『でも良い所』って一生懸命になってる。ずっとパンフレットとスマホを睨めっこしてて。
あまりにも集中してるのか、俺が横からほっぺたつついてちょっかい出したり膝に寝転んでも気にしない。
パッと目を輝かせたと思ったら、眉間に皺寄せて口を尖らせて、スマホで何かを検索して。「んー」って唸って。
まあ、それはそれで、集中してるヒナの横顔見てるのは、面白くて良いんだけどね。
旅行の相談を口実に、平日夜でもヒナの部屋に来られるし。俺が得してるっちゃあ、してるんだけど。
けれど、さすがに3日目…そろそろ決めないと。
「ヒロ、お疲れ!」
大学の食堂で、スマホで伊豆旅館を色々検索していたら、目の前に数名の人影ができた。
少し目線を上げると、語学クラスで一緒の4人。
「ああ、お疲れ…」
そっけなく返事をする俺の前に、「何?調べ物?」と圭人が座る。その横には、敦弘。
俺の横に「ほら、早く詰めて!」と友香里に言われて、少し躊躇しながら羽純が座り、それを見てから羽純の隣に友香里が座った。
「うん…。ちょっとね…つか、誰か伊豆方面詳しい人いない?」
「伊豆…?」
羽純がキョトンと首を傾げると、少しウェーブがかった長い髪がふわりと揺れた。
「そういや、彼女と旅行行くんだっけ?伊豆って…あれ?彼女高校生じゃないの?渋っ!」
圭人がちょっと面白そうに笑う。
「本当だね〜。高校生だと、横浜とかディズニーとか言いそうだけど。っていうか、そのためにバイト増やしてたの?!もしかして。うわ〜大変だね、年下彼女は。」
友香里がそう言って、机に手をついて少し呆れた素振りをした。
「遠慮…してるのかな、ヒロに。良い子なんだね。」
羽純がそう言うと、友香里は「羽純は優しいからそう言う捉え方なだけでしょ」と横槍を入れる。
特に口を出さずにスマホをいじってた敦弘が、「ああ、ここだ」と何かを見つけた様子で俺に自分のスマホを差し出す。
「ここ、ちょっと値段張るけど、どう?」
「“櫻燈庵”…」
「うん、ゆっくり出来るし、結構綺麗で良いらしいよ。ねーちゃんが行ったんだよ。料理も美味かったし、温泉も良かったって。」
「へえ…って、部屋に露天風呂ついてる!高校生にはハードル高くない?!」
「友香里うっさい。決めるのは、ヒロと彼女だろうが。」
圭人がなんだかんだいう、友香里を嗜めてたけど。
まあ…確かに。
俺にとっちゃこの上ないご褒美だけど、ヒナはどういう反応すんだろうな、こういうの。
でも、料理もヒナ好みの和食っぽいし、ゆっくり過ごしたいって言ってたからいいかな。文句言い出したら変えればいいしね。
そう思って、3日目も唸ってるヒナを横目に、予約完了!ってわざと言ってみた。
けれど…値段が高いって恐縮こそすれ、部屋付き露天風呂のことを言われることもなく。
というか、俺が、欲が出ちゃったんだろうね。
恐縮してるヒナにこれ以上宿の事を詮索されないようにってどっかで考えたんだと思う。
「テスト頑張ってよ」なんてさりげなくヒナの気を逸らした。
けれど、テストが終わっても、部屋付き露天風呂でどうこう言われることもなく。当日を迎えて。
ああ、あんまり気にしてないのかな、なんて思ってはいたけど。
当日両親に送り出され出てきたヒナは、「嬉しい!」って表情100%で、俺の所に駆け寄ってきて。
ああ、ほんと、何年経っても、関係が変わっても、俺のこと本当に満たしてくれるよねって心底思った。
桜の遊歩道を歩いて目を輝かせているヒナも、なんか急にお淑やかにしようとし出して、俺の邪魔により失敗に終わって項垂れてるヒナも、アジ丼頬張ってふくふくと幸せそうにしてるヒナも、ぜーんぶ堪能して、あーマジでバイト頑張って良かった!なんて満足の中、過ごした一日。
二人して、歩き回って、だいぶ疲れてきた頃には、日も暮れて辺りは暗くなってきていた。
「そろそろ、宿に行こっか。」
「うん、そうだね…っ!」
そこまで100%楽しそうにしていたヒナが何かハッとした様子で一瞬笑顔が固まる。
「…ヒナ?どした?」
「え?!な、何…?何でもないよ?」
…明らかに動揺し始めたんだけど。
「まだ行きたい場所があるとか?」
一応聞いてみる。理由は違うってもうわかってるけど。
「そ!そんなことない!早く宿に行こう…って!違うの!宿に行きたいけどね!そう、ほら、ご飯食べたい!」
…“違うの”って。急に動揺しすぎでしょ。
思わず頬が緩んで、慌ててそれを誤魔化すように「確かに、お腹空いたわ」と相槌打って誤魔化した。
ずっと一緒に居る利点ちゃあ、利点だよね。
こう言う時のヒナの思考が手にとるようにわかる。
やっぱり、気にしてたんだね。
『露天風呂付き』
でも…俺が決めたし、わがまま言っても困らせるだけだって遠慮したって感じなのかな。
まあ、大風呂もあるし、別に無理に一緒に入る必要もないかなとも思うけど。
……と、思いつつ。
部屋に案内されて、露天風呂の前に大きく咲く夜桜に感動し始めたヒナを背中から包む俺。
「…露天風呂一緒に入ってお花見する?」
「っ!」
わざとそう言う俺の腕に包まれたまま、肩をぴくりと揺らしたヒナは首筋も耳も真っ赤。
その反応が嬉しくて、耳裏にちゅっと唇をくっつけた。
結局自分の楽しみ優先の自己中だよね俺は、なんて、また心の中で苦笑い。
「ヒナ、俺、超バイト頑張ったでしょ?ご褒美は?」
散々、『ヒナとずっと居られるのがご褒美だ』なんて思っておいて、どうだろ、この欲深さ。
まあ、しょうがないでしょ。だって、相手はヒナだもん。
欲を持たないって方が無理です。
「ご、ご褒美…」
「そう、ご褒美。ヒナのテストも協力したでしょ?」
自分の方にヒナの体を向けさせると、困り顔で少し涙目になってるヒナの表情が見える。腰から抱き寄せ直して、おでこ同士をつけると、ヒナが俺のシャツをギュッと握った。
「じ、時間をください…」
「やだ。」
「?!」
「だって、散々待ったもん。」
勝手にだけど。
ヒナが成長するまでは手を出さないって。
まあ…それも途中で挫折したけど。
「ヒナ、俺のワガママ聞いてくんないの?」
「そ、そんなことは…ない…よ…?」
少しだけまた俺を上目遣いに見るヒナ。
「…が、頑張って大人になるから。」
……また、『大人』。
ヒナから見たら、そんなに俺は大人に見えるのかな。どう考えてもヒナのが物事真っ直ぐ考えて捉えてて真っ当だと思うんだけど。
ああ、俺のが大人だから歪んでんの?違うよね、それは。
「やだってば。俺は今のヒナがいい。」
「……。」
すげー困り顔…。これ以上いじめると嫌われるかな。
まあ、別にどうしても一緒に風呂入りたいってわけじゃないしね。口実つけて、ヒナにちょっかい出したいってだけだし。
「とりあえず、飯までに一回はお風呂に入ろっか、せっかくだから。」
「え、えっと…その…」
「…大浴場の方の露天風呂はもっと夜桜が綺麗に見えるらしいから。」
「え?あ…だ、大浴場…」
「あれ?一緒にここで風呂入りたかった?」
「ち、違っ」
「そっか、ヒナは一緒に入りたいか〜。そうだよね〜ヒナ、『ヒロにいが一緒じゃなきゃ頭洗わない!』って駄々こねてたもんな〜」
「?!何それ!知らないよ!そんなの!」
…でしょうね。俺が、5歳、あなた3歳。
結局大泣きしておばさんと入ってるヒナを俺がずっと脱衣所で待っててあげてたって言うね。
ハハっと楽しそうに笑った俺に、ぷうっとほっぺた膨らまして、怒るヒナ。
話題が変わって、こわばった表情は消える。
まあ、仕方ないか。本人が大人になるまで待てっつってんだし。今日の所はお預けで。
「じゃあ、ヒナ。浴衣に着替えて行こっか、大浴場。」
「うん…。」
「…手伝おうか?浴衣着るの。『ヒロにいと一緒じゃないとパジャマ着ない!』って…」
「だから、知らないってば!」
ヒナをからかいながら支度をして部屋を出る…までは良かったんだけど。
フロントの所まで行く手前で、見覚えのある顔がいて、思わずフリーズ。
「あ!ヒロ!会えた、会えた!連絡しようと思ってたんだよ〜!ね、羽純?」
「う、うん…。まあ…。」
流石に面食らったわ。
明らかに、ここで会うには不自然な二人。
意気揚々と俺とヒナのもとに駆け寄ってくる友香里とその後からちょっと気まずそうに遠慮がちに近づいてくる羽純。
「や…何でいんの。」
「ほら、敦弘が良さげだよって言ってたからさ。私達も泊まってみようよ!ってなったの!会えて良かったー!」
「ご、ごめんね…ヒロ…同じ日で。」
「羽純ってば何言ってんのよ!いいじゃん、どうせ行くなら知り合いが居る日のが楽しいし。」
いきなり寄ってこられて俺と軽い会話をし始める二人に、すっかり恐縮しているヒナに、友香里が「どうも!大学の友人でーす」と挨拶している。
と、言うかさ。いくら行きたいって思ったとしても、普通…同じ日は遠慮するんじゃないの?
まあ…予定上この日しか空いていなかったのかもしれないし、仕方ないか。
じゃあまあ、お互い楽しみましょうってことでね。
「じゃあまたね」と隣で不安そうにしているヒナの手を引っ張って歩き出そうとしたら、「待って!」と友香里が止める。
「ねえ、せっかくだから、一緒に夕飯食べようよ!」
はっ?!やめてよ。
俺は、ヒナのふくふく顔を一人で楽しみたいんだよ!
…なんて、本人の前でそんな事言えるわけもなく。
「どう?」と俺に聞かずにヒナに迫る友香里。
「伊豆がいいって言ったんだってね!大人だよね!ヒロの事、考えてあげてる!」
友香里にそう言われて、パッとヒナの表情が少し明るくなる。
「お、大人…?」
「そうだよ。ヒロがゆっくりしたいのかなあとかさ。考えたってことでしょ。大人な付き合い、大事だよね〜。彼氏の友達とも仲良くしないと!」
「そ、そうですね…」
「『そうですね』じゃないよ。嫌です、俺は。」
「えー!何それ!めっちゃ感じ悪い!」
感じ悪くても何でも良いんだよ。俺はヒナと二人がいいの。
なんて、俺の気持ちはヒナには伝わらなかったらしい。
「ひ、ヒロにい…い、良いじゃん…ご飯一緒に食べるくらい。人数多いと、わいわいしてて楽しいよ?」
「わっ!ありがとう!話わかる!フロントに言っておくね!行こう、羽純!また後でね。ヒロ達の部屋に行くから!」
…完全に押し負けたじゃん。
友香里め…このままじゃ気が治らないんだけど。
追いかけて文句言ってやろうとしたら、俺の浴衣の袖を掴むヒナ。
「ま、待って!ほら、ちゃんとヒロにいの知り合いとも仲良くしなきゃ!ね?」
「そんなの必要ないでしょ。それ言ったら逆もってことでしょ?俺がいつ、“ハヤカワ”と仲良くしたよ。」
「…そ、それとこれは別だもん。」
いや、口篭らないでよ、そこ。
ハヤカワ君に未練ありなの?って勘繰っちゃうでしょ?
あ〜もう…こんなことなら、無理矢理部屋の露天風呂に引きずり込めば良かった。
さっき良い子に引き下がった自分を恨むわ。
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