その黒い壁の建物は、かろうじて小さな看板がしつらえてあることで、小料理屋だということがわかる。
「ここは小さな店ですが、旨い料理と酒を出してくれるんです。俺の隠れ家的な店なので、環さんが心配するように会社のスタッフと会うことは絶対にありません。・・・というより誰かをこの店へ連れて来たのは環さんが初めてです。」
「そうなんですか?そんなところへ私なんかが来て良かったのでしょうか。」
環は身に余る思いで戸惑いを隠せなかった。
「貴女だから連れてきたんです。」
環は先ほどから告げられる甘い言葉の数々に胸をときめかせながらも、一時は男性相手に会話をする仕事をしていた筈なのに粋な返しが出来ない自分がもどかしかった。



