少し首筋が寒く感じてきたその時、濃紺のスーツにトレンチコートを着た長身の葉山が、駆け足で環の前に現れた。
「遅くなって申し訳ない。仕事が予定通り片付かなかった。」
「いえ。謝らないでください。社長の激務は私達スタッフが誰よりも知っていますから。」
環の言葉に葉山は眉を顰めた。
「今日は俺を社長扱いしないで欲しいな。これは完全なプライベートだから。」
「プライベート・・・」
その言葉に環の心臓は高鳴った。
特別扱いされているのではないかという期待と、そんなことを喜んでいる自分にとまどっていた。
しかし自惚れてはならない、と環は気を引き締めた。
それは社長とスタッフということではなく、友人の妹として自分を扱うというだけのことなのだと思った。
そして、それ以上に環には自らを恋愛から遠ざける、ある誓いがあった。



