さよならの前に抱きしめて

「わたしも最初は同じだったの。今日ね、ケンカ中の友達に“好きな人取った子”って、他の子に言ってるのの聞いちゃった」

「……」

「……わたしも、好きなんだからウソつけないよ」


「難しいねえ」と、ななせ先輩は頼りなく唇に笑みを残した。私が隣にいることを忘れていたかのように、小さく呟いている。

空から落ちる雪の結晶が、ななせ先輩の頬に触れた。



「チャイム鳴るから、先に行くね。千夏ちゃんも、風邪引く前に早く戻ってね」


そう告げると、ななせ先輩はゆっくりと立ち上がって、錆びた扉の向こう側へ移動したのだった。

沙耶佳ちゃんにラインを送ろうと、スマホを取り出した。アプリを開いて、つい先日までやり取りしていた沙耶佳ちゃんのページを開ける。
だけど、いざ文字を打つとなったら、指先がぴたりと止まった。


どんな内容を送ったらいいの?
既読だけ付いて返事がこなかったら?


不安の渦に巻き込まれて、ポケットへ入れた。


ダメだ。これじゃ、逃げてる。