ラストノートの香る頃には

「千織。何考えてるの。」

「なんで…?」

「何だかぼーっとしてたから。」

「多分昔のことを思い出してたの。」

さっきまで明確に輪郭を持って私の側にあったものを取り戻そうと頭を働かせてみるが、どうも上手くいかない。

彼の温度も顔も薫りも全ては過去として私から少しずつこぼれ落ちていく。

「元彼とか?妬けるなあ。」

「そんなんじゃないって。」

そんなものじゃないのだ。彼は。もっと深く大切な何かなのだ。

「そうそう。千織にプレゼントがあるんだ。」

かばんの中から何かがごそごそと取り出される。

出てきたのはピンクの包み紙。形の整った白いリボンが巻き付けてある。

「誕生日おめでとう。」

香水だ。

素朴ながらも美しいガラスの瓶は桃色の澄みきった液体を閉じ込めている。

「とっても素敵。」

小振りの小瓶に顔を近づけてみる。

一瞬何も考えられなくなった。
どこか懐かしいその薫り。
ぼやけた記憶の欠片をたどったその薫りはあまりにも不自然なほどに彼の匂いと似ていた。

だめだ。

突き上がってくる涙を抑える術を私は知らなかった。
涙は止まることを知らずいっそう激しく頬を流れていき私の視界をぼやけさせるばかり。

肩が小刻みに震える。
これは上手く息が吸えないせいなのだろうか。

徐々に思い出していく彼の面影。



私は今でも貴方のことを思い出すよ。

ああ私の唯一の人。

私の最愛の人。