恋する文化祭

私、紺乃兎羽(こんのうはね)は、片思いをしています。

相手の名前は、柚原仁虎(ゆずはらにこ)。

明るく染められた髪に、耳元でキラリと光るのは銀色のイヤカフ。

おまけに、首を傾けないと顔が見えないくらいの高身長で、サッカー部に所属している。

名前の通り、笑顔で周りを和ます力を持っているし、誰にでも分け隔てなく接することができるのが、素敵なポイント。

―――今だって、ほら。

友達と楽しそうに言葉を交わしてる。

仁虎くんは、クラスの女の子たちからの好意を一身に受けていた。

それでも仁虎くんに近づきたくて、今日も私は、話す機会を窺っています。


* * *


10月の上旬。

席替えが行われ、仁虎くんと隣になった。

私は、嬉しさのあまり、思わず口を開く。



「仁虎くん、よろしくね」

「うん、よろしく……!」



仁虎くんは、あたたかな微笑みを浮かべた。

たった一言。

だけど、仁虎くんの優しい雰囲気が伝わってくる。

やっぱり、人気だからこそ、魅力があるんだ······。

キュン、と、心臓が甘い音を立てる。

ときめいちゃったなんて、仁虎くんには内緒です。


* * *


今月開催される文化祭の準備をしていたある日。

放課後、私は仁虎くんと百円ショップへ買い出しに来ていた。

本当は一人で向かうつもりだったけど、仁虎くんが「俺も付き添うよ」と言ってくれたの。

ちなみに、私のクラスはカフェをやることになった。

写真スポットを設けたり、スイーツを提供するつもり。

あの日を境に、少し距離が縮まった私たち。

このまま、もっと仲良くなれたらいいなぁ。



「あと必要なのは……」



リストをもとに、購入するものを探していく。



「えぇとね、ストロー」

「えっ、さっきあったよ! も~」

「はは、ごめんごめん」



私たちの間には、穏やかな空気が流れていた。

今なら、いけるかもしれない。



「―――仁虎くん、文化祭一緒に回りたいです。私……仁虎くんのことが好きなの」



刹那、沈黙が訪れた。

全ての音が切り離されて、世界に私たちだけのような錯覚に陥る。

喧騒が、遠い。

そして、私の心臓の音だけが、耳元で鳴り響いていた。



「……えっと。俺も、兎羽ちゃんのこと知りたいって思ってて。だから、お願いします」



私は、幸せで胸がいっぱいになった。

どちらともなく、お互いに笑みが溢れる。



「はぁ~、よかった」

「ありがとうな」

「え、緊張した!」

「俺もした」

「ふふ、ほんとに~?」



文化祭の日が、今から楽しみです。


* * *


今日は、待ちに待った文化祭。

私と仁虎くんは午前の部の担当で、カフェは大盛況だった。

SNS映えというのが、若い人に刺さったみたい。

迎えた午後、チアリーディング部の私は、ステージ裏に立っていた。

傍には、仲間たちもいる。

今から、ダンスを披露するのだ。

仁虎くんには、見に来てほしいと頼んでいる。



「みんな、頑張ろうね」



部長の声とともに、私たちはスポットライトで照らされた世界へと踏み出した。



「仁虎くん、どうだった?」



パフォーマンスが終わり、私は仁虎くんのもとへ駆け寄る。



「すごかったね! 可愛かったし、元気もらった」

「やった〜」



すると、仁虎くんは辺りをきょろきょろと見渡した。



「兎羽ちゃん、着替えてきていいよ」

「もう?」



疑問に感じて尋ねると、仁虎くんは逡巡し、こう告げた。



「他の人に、あんま見られたくない。俺だけでいい」



その笑顔を、私だけに向けてくれたらいいな、って思ってたのに。

仁虎くんも、同じことを考えてくれてたんだね。

期待、してしまいそうな自分がいました。

その後、私たちは約束通り、文化祭を回った。

お化け屋敷に入ったときには、怖がっていた私を、仁虎くんはさりげなく守ってくれたりして。

仁虎くんの頼もしい一面を知った時間だった。



「兎羽ちゃん、ちょっと屋上行かない?」



仁虎くんがそう切り出したのは、文化祭も終盤のころ。

私は仁虎くんの提案に賛成し、階段を上った。



「くしゅっ」



風の冷たさに、くしゃみが出る。

最近はだいぶ秋になってきてるからなぁ。



「寒いでしょ。これ着てていいよ」



仁虎くんは、自分のブレザーを私の肩にかけてくれた。



「ありがと〜」



屋上からは、茜色に沈む町の景色が一望できて、とても綺麗。

ロマンチックな気分になっていると、仁虎くんが真剣な面持ちを私に向けた。



「……兎羽ちゃんの気持ちに向き合いたいって思うから、言うね」

「え?」

「実は、前から兎羽ちゃんのことが気になってて。仲良くなってから、兎羽ちゃんの周りのために行動できる優しさに、どんどん惹かれていきました。友達の恋が実るように協力してあげたりとか、文化祭の買い出しに自ら行くところとか。ああいうのって誰もやりたがらないじゃん?」



唐突に始まった告白。

私はまさかの展開に、驚きが止まらない。

だって、仁虎くんが―――。



『春桜(はるさ)、あとは頑張ってね!」

『え……っ、』

『いっちゃえ!」



クラスのみんなで来ていた夏祭り。

私は、友達の春桜が恋している早瀬(はやせ)くんと、二人きりにしてあげた。

でも、それは仁虎くんと席が隣になる前のことだ。

仁虎くんが、私のことを見ていてくれたなんて。



「兎羽ちゃんが自慢できるような彼氏になるから、俺と、付き合ってください」



びゅうっと、私たちの間を風が駆け抜けた。

背中を押された気がして、私は―――。



「お願いします」



こう、返事をした。

夕闇に染まる空の下、私たちは抱きしめ合った。