人の人生を奪っておいて、なんてことを言うんだろうと思った。
でも、とても口には出せないことだった。
俺の心の中では、もう驚きよりも、今は恐ろしさの方が勝っていた。
目の前に人殺しがいる。
愛し合った人が、殺人を犯したその夜に平気で炊き込みご飯を炊ける目の前の女が、俺は怖かった。
「とりあえず、いいかな?」
と俺は、タバコを吸う仕草をして、ベランダの方に足を向けた。
足が自分でも驚くほど、震えていて、それをミツに悟られないように、ベランダに出た。
ベランダに出てからも、震えは止まらない。タバコを胸ポケットから取る右手も、ライターを持つ左手も、震えている。
そんな俺の後ろ姿を、きっと見ているであろうミツに悟られないように、肩をすぼめて、夜風に身体が冷えているように演出した。
「殺人を犯したときは、もっと動揺して、全身で恐怖を演じるんだよ!」
と叱責していた、いつかの演出家の言葉を思い出す。
状況は違えど、もし今の俺をあの演出家が見ていたら、「OK!」。それも、大きく手を叩いての「OK!」が出ることだろう。



