資格マニアの私が飛んだら、なぜか隣にこどもと王子様が寝てました








つまり、この二人は恋愛結婚ではなかった。
父親そっくりなノアくんの頭を撫でながら、そっとブランケットを掛ける。
切なくなっている場合じゃないのに、両親を信用して眠っているノアくんを見るとやるせなかった。


「ノアのこと、君は嫌ってるんだと思ってたよ。いや、関心がないというのかな」

「……どう接していいのか、分からなかっただけ」


ズキッと鋭くも重い痛みが刺したのは、私の胸だろうか。
もしかしたら、本当のエナの心も私のなかに同居しているのかもしれない。


「メイドたちとも、随分仲良くなったみたいだね。今更」

「いけませんか? ユーリ様がいらっしゃらない間に、お友達を作るのは」


偽物であることはバレている。
それでも、中身が別人だという発想にはなかなか至らないだろう。
いくら私を締め上げても、出てくるものは何もない。
それを、どうやって理解してもらったらいいのか。


「 “殿下” 」

「……っ」


手首を取られたと思った瞬間、もう片方の手で肩を押され、簡単に背中がベッドに着いてしまう。


「即位もまだだっていうのに、君は俺をそう呼ぶのが好きだったよね。趣味、変わった? 」

「……仰る意味が分かりません。そう呼ばれるのは、お嫌なのでは? だから、やめたのに」


ボロが出まくるのは、この際もうどうしようもない。
ここからはもう、ただの腹の探り合いだ。
この男が、一体私をどうするのか――最悪、スパイや暗殺者だと思われて、罰を受けるのか。
たとえ拷問されたとしても、やはり私から話せることは何もない。
私だって、誰かに教えてほしいくらいなのだから。


「……君、敬語になったり親しげに話したり安定しないね。どちらが正解か、俺を探ってる? ヒントはもう、たくさんあげたっていうのに」

「それこそ、あなたの好みを探っているのかも」


初めて、誰かの下にいる。
それは、何も知らない頃すら憧れることもなかった王子様で、場所も可愛くて素敵で、上質なベッドの上だとしても、声が震えた。
どんなに格好いい人が相手でも、子どもだってお伽噺だと分かる状況だったとしても、たとえこれが夢だったのだとしても同じだ。

――望んだものじゃない。

なのに、怖がるなという方が無理で、本来必要のないものなのに。


「……姿形は瓜二つ。影武者や間者というわりには、元のエナには似せてこない。押し倒されても誘ってくるどころか、まるで処女のような反応だ。何もかもどっちつかずで、君の目的が理解できず腹立たしい」

「……今まで押し倒した女は、誘ってきましたか。もしくは、嘘でも恥じらってみせよと」


とんだ王子様だ。
それとも、それが普通なのか。


「そうだよ。君――エナ含めてね」

「なるほど。それで、どうなさいます? 妻は偽物だったと、斬首にでも処しますか。周りはどう思うかしら。新しい女を作った王子様が、体よく捨てたと思われなければいいですね」

「……俺を脅すの? 責められているはずの君が」

「別に。女を馬鹿にした言動が嫌いなだけ」


恐れるな。
たとえ首を撥ねられたって、私はこの世界からいなくなるだけだ。
もしかしたら、それで元の世界に戻れるかもしれない。


(……でも、彼女……本来、この世界でのエナは……? )


ダメだ。彼女を殺せない。
――だから、勝手に上にいる男に挑発されるまま、抱かれるの……?


「また一つ、証明したね。この国にそんな刑はない。……お前、本当に何者なんだ。ノアは、ああ見えて聡い。たとえ姿が同じでも、他人に懐くはずはないのに。……いや」


その問いもまた、私には答えられない。


「……私にも、何も分からない。ただ言えるのは、好き好んでここにいるわけじゃない。そんななか、ノアは本当に救いなの。危害を与えることは、絶対にしない。あなたの身分にも王位継承にも興味はないわ。……だから」


――媚なんて売らない。


「そろそろ退いてもらえます? 押し倒さないと見下せないなんて、王子様が聞いて呆れる」


エナの意識がこの身体に戻るまで、私は死ねないけど。
それで仲良くするつもりがあるかと言われれば、別の話だ。
幸か不幸か、今の私がエナでないことはバレている。
それなら尚更、二人きりの時にまでおしどり夫婦を装う必要はない。


「生憎これまで、相手の希望でしか押し倒したことはない。無理やりさせられているのは、俺の方だ。……これまでは、な」


最早口調まで変えてきたユーリを睨むと、あっさりと身体を起こし、私の背中まで支えてくれた。


「……ねぇ、俺たち、話し合えばもっと近づけそうだと思わない? 」


――きっと、お互いにとって有益だと思うよ。