他人にしたら、ワンナイトよりもあり得なくて信じられない話だ。
そんなことがチラリと頭を過ったけれど、すぐにそれは私の考えとも事実とも異なると思い直した。
「英菜……」
この甘い声は、確かに聞き覚えがある。
誰が何て言ったって、たとえ自分自身まだよく分からなくても、それは確実。
出逢った当初の嘘っぽい甘さも。
少し経ってからの、警戒されて無表情だったユーリも――「英菜」を好きだと言ってくれたユーリも、絶対に私は知ってるの。
「そんな顔しないでほしいけど、させてごめん」
内心恨めしく思っていたのがバレたのか、侑李は私の頬を包んだまま言った。
「俺には君と過ごした記憶はあるけど……ここでは初めてだから。どうしたって、臆病になるよ。そもそも俺は、君に妻であることを強いたわけだからね」
「それは、あなたでもユーリのせいでもない……」
「ほら、分かってない」
――どれだけ外見や雰囲気が違っても、どっちも俺だ。
「俺は、都合よく覚えてる。君が好きだと言ってくれたことも、初めて俺を受け容れてくれた日のことも」
「わ、私だって覚えてるってば」
少し侑李のキスが急いでいるのは、きっと私にこれからのことを意識させる為。
「あなたが侑李。それに、勘違いしないで」
――私が、この世界でも続きを望んでるの。
目を丸くした後、少し意地悪に侑李の口角が上がる。
「……嬉しいよ。とてもね。それに、あの時もそうだったなって、不思議な懐かしさもある。ね……見て」
広げられた掌には、大きな傷跡が痛々しく残っている。
「あの時の……」
「そう。痛みはないけど、結構生々しいでしょう。朝起きて、見に覚えのない傷跡を見て、何を思ったかって」
――嫉妬したんだ。誰に、何のことで妬いているのかはすぐには思い出せなかったのに、どうしようもないほど狂いそうだった。
「君を見て、原因が分かった。……いいかな」
頷き具合と、目に迷いがないかを探るように見つめられる。
そして、いつでも戻れるようにゆっくりと脱がされ、垂れた髪をそっと前に寄せられた。
「い、痛くはない」
「……ん。傷、消えてるからね」
「む、むこうでも大分痛みは引いてたし……と言うより、擽ったいんですけど」
「……ごめん」
嫉妬しているとの言葉どおり、侑李はちょっと不機嫌だ。
背中に口づけられて無意識に捩ろうとした身体を、後ろから引き戻される。
「痕、俺に消させて……」
そんなの、どこにも残ってない。
傷跡はもちろん、エインが触れた感覚もすべて。
でも、それは私の中にであって、侑李にとっては違うのも理解できた。
何より、こんなに優しいキスを拒む理由もない。
「……ん……」
羞恥だけ諦めてしまえば、後はもう何もいらない。
「愛してる……」
吐息混じりの侑李の声に耐えきれず、目を瞑るだけだ。



