上手く言えずに無言になってしまったのを、それも当たり前だというようにユーリは受け容れてくれた。
テーブルに置かれたマグカップが何だかとても珍しくて、それでいて心地いい。
「何から話そうかな。君は、気になってることとか先に聞いておきたいことはない? 」
「あの後、みんな無事だった? 」
「うん。幸い火はすぐ消し止められて、みんな無事だ。君のおかげで先に脱出した人たちも、大きな混乱はなかったと聞いてるよ。ノアも頑張ってくれた」
「……ノア……」
聞き慣れない名前だと思った瞬間、涙が頬を落ちていく。
どうして泣くのか、ああ、私はあの世界で子どもがいたんだった、それがノアくんだったんだ――そう順に思い出した時には、もう止まらなくなっていた。
「……すごく、頼もしかったよ。おかげで、ヴァルモンドも捕まえられたし、怪我人も出なかった。とは言え、王家どころか城にいる全員が命を落とす可能性もあったから。処分は免れないだろうね」
「……そっか」
動機は何だったのだろう。
親類である王妃が亡くなって、昔ほど力が及ばなくなったとは聞いていた。
だからこそ、力に固執したのだろうか。
ノアくんやエインを操り、もしもヴァルモンドの思惑どおりに動かせたとして、一体どんな国を理想としていたのだろう。
「今、向こうはどうなってるのかな。 “エナ” は彼女の意識が戻って上手くやれてるとして、ユーリが今ここにいるなら、向こうの世界でのユーリは……」
ヴァルモンドの思考は恐ろしいけれど、まずは向こうのユーリとノアくんが気になる。
まさか、王子様のユーリは眠ったままなんてことは――……。
「大丈夫だよ。今もあの世界で、ユーリはみんなと元気にしてる。全部思い出して、きっとこれが正解だと思ってるんだ」
「正解? 」
「そう。俺はね、君よりもずっと前にあの世界を訪れたことがある。記憶が戻った……というより、繋がったって言うのかな。覚えてる? 向こうでユーリが……俺が、君に言ったこと。それから、国王が漏らしたこと」
何かあっただろうかと悩む間もなく、すぐに彼は教えてくれた。
「俺の出自は怪しい。なぜなら、俺には子どもの頃の記憶がないから」
「……あ……」
確かに、そう言っていた記憶は私の中にある。
それなら、それに関連している国王の言葉は――……。
『二度目は、対処が早い』
「この不思議な現象を、父は既に経験していたんだよ。きっと俺は何度かあちらとこちらを行き来して、自分でもよく分からなくなってしまっていた。初めてあの世界で “ユーリ” として過ごした時、子どもだったこともあって混乱して、部屋に閉じこもってた。人前に出ても対応できないから、そうするしかなくて。それで何か、気づいたんじゃないかな」
確か、ユーリが子どもの時、療養していた期間があると聞いた気がする。
まさかそれが、こんな事情だったなんて。
「もしかしたら、君があの世界にいたどこかのタイミングでも、俺はそこにいたのかも。曖昧だけど、そうだったらいいなって思ってたら……名前、呼んでくれたから」
「……そう思ってくれたんだ」
全部思い出したうえで、このおかしな体験を一緒にしたのが私だったらって。
「当たり前だよ。……っ、ごめん。君にはただの悪い夢だったかもしれないのに」
「だったら、部屋になんて来ないよ。まだ完全に理解できたわけじゃないけど、今聞いたこと全部、そのとおりだと思う。そのうえであなたがユーリだと思うし、その……それでよかった。と、と言うか! 今のユーリにはこっちの世界で好きな人がいるんだと……」
「え、俺のこと知ってたんだ。思い出す前も、君のことが気になってたよ。無意識に見ちゃってたところもあるんだろうけど、それだけじゃない。何でそんな発想に……」
こう言うと悪いけれど、そこまで都合のいい話があるだろうか。
いや、嬉しいんだけど、でも。
まさかあの時も、私を見て言ってたなんて。
「ああ、あれ。あれももちろん、君の話。業務内容も全然違うし、なかなか声を掛けれない俺に先輩が痺れを切らして。でも、あの感じ似てると思わない? レックスに」
「ま、まさかー。どんな人だったか覚えてないけど、さすがにそこまでは」
「そう? 俺はあり得ると思うけど」
そう言われるとそうかも。
でも、私にはその程度の感想しかなかった。
つまり、私も同じ。
きっと、知らないうちにユーリの方を向いていた――なんて、それこそ都合よく取りすぎかもしれないけれど。
でも、微笑んでいる彼を見ると、それを正解にしていいのだろう。



